嫌だ
ぴんぽーん。
どれくらいたっただろうか。
間抜けな音が家に響いて、我に返る。
そうだった。今更気づいてももう遅いのだ。ユダさんの本当の名前も、私の気持ちも。もう会えないのだから、諦めるしかないのだ。まあ、ユダさんは私になんか会いたくないだろうけど。
動きくないなぁ、なんて考えながらインターホンに出ると、若い女の人特有の少し高めの声が聞こえた。
「すみませーん。道を歩いていたら下着が落ちてきたんですけどー。」
「えっ、本当ですか!?」
うわ、恥ずかしい。
ドアに手を掛けて、ふと、思う。私の家は14階建てマンションの7階に住んでいる。当たり前だが、上の階にも下の階にも人がすんでいるのだ。
「‥‥どうして、私の部屋の下着だと?」
「今ベランダに洗濯物を干している家はここだけだったので。合っていますか?」
覗き穴から見てみると、おずおずと話しかけくる女性の手には私が使っている下着と同じものが見えた。背格好も確かに女の人だ。色々なことがあって、少し過敏になっているのかもしれない。
「わっ。すいません!私のです!」
慌ててガチャガチャと鍵を開ける。ドアノブを回したところで、ふと気付く。
昨 日 、 こ の 色 の 下 着 干 し た っ け ?
反射的に開くドアを押し留めたけれど、少し遅かった。ドアの僅かな隙間から無理矢理差し込まれた手に訳も分からない焦燥を感じる。
足まで入れられて、ああ駄目だ、なんて訳も分からず思って。
ぶすり。
感じたのは、胸辺りに広がる燃えるような熱。
「貴女が、貴女が陽人を誑かすから悪いのよ‥‥!!」
こぷりと口から何かが溢れて、慌てて口を押さえる。堪えきれず漏れたそれはいっそ見惚れるほどきれいな赤い色だった。咳をしても尚溢れてくるのは肺をやられたからだろう、
「ぐふっ、」
「あはっ、」
女の人は、這いずって逃げようとした私の背を何度も突き刺した。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い痛い苦しい痛い痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦し、
感覚が段々と消えていく。視界の隅にクローゼットが写って力が抜けた。
もう、いいかな。
「嗚呼、これで、これでやっと一緒よ‥‥!!」
仰向けにされた私が最後に見たのは狂気の入り交じった女の人だった。




