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異世界と繋がるクローゼット  作者: りゅん。
逆トリップ編
27/30

知っているようで知らない。

ユダさんがいなくても私の日常は過ぎていったいった。

私に迫ってきた男達はあれから一度も見ていないし、何より気をつけているし。

元の生活に戻ったのだ。これで良かったのかもしれない。


「あー、最近、【君僕】読んでないなぁ。」


そういえば、ユダさんが家に来るようになってから読む時間が減ったんだっけ。久しぶりに読もうかな、なんて考えて未読分が溜まっているであろうサイトを開く。

別に【君僕】が面白くなくなったわけではない。ただ、食事を抜かないようになって時間がなくなったから。夜遅くまで人と会話をすることが増えたから。その原因のどれもがユダさんに関わることで。


「なんだかなぁ、」


不満を言ったところで、もうユダさんとは会えないだろうし、潔く諦めるしかないのだけれど。

森を燃やしてまで私を殺す意味があったのか。未だに私は分からない。


分かったことと言えば、私と二度と会いたくないんだっていうこと。ただそれだけだった。

もう笑うしかない。そこまで私の何が気に入らなかったのが疑問だし、少なくとも嫌われてはいないと思っていた、なんてね。そんな自意識過剰なこと思うとか、全然似合わないな私。




ユダさんが血筋のいい人間であることに気付いていたのに。


嘘を吐かれていたことなんて分かりきっていた。

普段の私だったら欠片も気付かなかったと思う。でも、異世界トリップだとか転生だとか、そういう"小説"を読んでいたからこそ気付けた。気付けてしまった。


食事作法が傭兵とは言えないほど丁寧過ぎた。まるで貴族のような。それだけだったら食堂で食べるような雑多な雰囲気にも馴れているような仕草に、ただ所作が丁寧なだけの傭兵もいるかもしれない、くらいに思って血筋のいい人間だとは気付きもしなかっただろう。

私は少しだけ笑う。ユダさんは致命的なミスを侵していた。



そう、"毒で死ななかったこと"が、私に気付かれてしまう原因になっていたのだ。


血を吐く程の強い毒を受けていたにも関わらず、私みたいな素人の処置だけで助かったこと。それは毒に耐性があるということに他ならない。毒を持っている食物を食べるしかないほど貧困しているような体つきはしていなかった。となれば、毒に普段から耐性を付ける必要がある人間だということになる。

丁寧な食事作法を身に付けるくらいには貴族と親しく、尚且つ毒に耐性を持つ人。

少なくとも、傭兵ではないだろう。分かっていた。分かってはいたのに。

そんな些細なことは私の気のせいだろう、と。思ってしまった。





私は、騙されていたのだ。



ぐるぐると同じことを考えるのが嫌で、半ば義務のように【君僕】を流し読みすると、ぼんやりとサイトの画面を眺める。


「ヒロインのお相手は騎士だったのか、」


最新投稿は、少女が騎士のことが好きだと気付いた場面で終わっていた。それをみて、私は【君僕】の題名に納得する。

そうか、【君の隣で僕は嗤う】の『僕』は王子で、騎士と少女の二人が身分差で結ばれないことを王子は『嗤って』いるのか。聖女と騎士だもんな。身分的にちょっと問題があるのか。

ハッピーエンド物が好きな私としては上手く纏まって欲しい。騎士も身分差で想いは告げないと決めているようだが、少なからず想っているようで王子と少女の間によく割って入っているし。

ぼんやりと画面を眺めている時だった。




どくん、




心臓がやけに大きな音をたてた気がした。


目に飛び込んできたのはどこにでもあるような広告。右下に【君の隣で僕は嗤う】と書かれていて、ああ、漫画化されたんだ、なんて頭の片隅で思う。

ただ、今の私はそんなことどうでも良かった。

その【君僕】の漫画化された広告の中。場面は少女が王子の目に留まったシーン。


『今の君ならできるさ』

『‥‥分かった、やってみる』


決意を表す少女から絵が変わって別の絵が写し出される。

二人が己の利益の為に誓い合った部屋の外。見えない位置で壁に静かにもたれ掛かっている騎士。俯いた騎士は何を思っているのか拳が震えている。私には、騎士が身分差で少女を支えることができないことを噛みしめているようにしか思えなかった。


その騎士の耳に銀色に光るリング状のピアス。それを私はよく知っていた。そして、画面に映るその騎士のことも。



吸い寄せられるように広告をクリックした私は移動したサイトの試し読みを読んで確信する。耳の軟骨に付いているピアスは、ユダさんが付けているピアスと同じ模様をしていた。長めの髪を耳に掛けている所も同じだ。

私は、大人買いすることを心に決めて『カートに入れる』ボタンをクリックした。



そして、漫画を読んで、私は自分を嗤った。


ユダさんの少女に向ける目線は、とても熱い。時折遠くを見つめて少女を想って浮かべているのだろう、その儚げな笑みは私の知るユダさんとは遠くかけ離れていて。




負けた、と。そう思ってしまった。



ユダさんの様子から、その思いが本気であることは間違いないだろう。

深呼吸をして、ズキズキと痛む心臓を宥める。


「私、ユダさんが好きだったのか、」



ユダさんのこと、知ってると思ってた。

さらさらで少し長めの藍色の髪。鋭い目付きの中に暖かな熱があること。感情が瞳に出やすいことも、顔に似合わず甘いものが好きなことも庶民的な所も、女性が苦手なことも。




けれど、何も知らなかったのだ。


貴方が密かに少女に恋をしていたことも、私が見たこともないくらい熱を宿しているその瞳も。






男の、騎士の、ユダさんの本当の名前が、ジークハルトだということも。

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