私ごと、燃やそうというのか。
私は、去っていったユダさんを追いかける気にはならなかった。
そりゃそうだ。だって夜の暗い森でユダさんを見つけるまで私が生き残れるとは限らないから。
そんな言い訳をしたみた所で弁解のしようもない。本心はただ単に怖いからだ。
こういう時、物語のヒロインは泣いて縋るのだろうか。それとも追いかけて理由を問いただすのだろうか。少なくとも私よりは可愛げがあるに違いない。
何も考える気にはならなくて、化粧を落としてお風呂に入って髪を乾かす。毎日の習慣は何も考えなくても身体が動いてくれた。
ただ、扉の存在感だけは無視できなくて。気が付くとクローゼットの前に立っていた。
「ちょっとだけ、」
ドアを開けたらユダさんがいて、冗談だ、なんて笑ってくれたらいいのに。
そんな馬鹿なことを考えて、私は大きな不安とほんの少しだけの期待に駆られながら導かれるように扉を開けた。
「え・・・?」
感じたのは、使い古した油の臭い。針を刺したかのような気管への痛み。熱気が、ちりちりと肌を焼く。息苦しい。暗い夜の空に舞うのは小さな赤の光。ぎょっとして、気付く。この辺りだけ、やけに燃えてる。
森が、燃えていた。
「‥‥消火、しなきゃ、」
家にバケツなんてないから、洗面器に水を汲んでかける。
「あっつ、」
燃え盛る火に火傷をする。
焼け石に水といったところだろうか。この勢いでは鎮火する前に森全体が燃えてしまう。
炎はいっそ美しく思える程、形を変えて広がって行く。
私は自分も巻き込まれるだけだ、と気付いて力が抜けた。
ぱたん、と扉を閉めて座り込む。
燃えているのは、この場所付近だけだったから、森の奥は燃えていないと分かった。
未だに油の臭いが鼻にまとわりついて気持ちが悪い。
ぼんやりと扉を見つめながら思う。
あれだけの炎、さぞ大量の油を使ったに違いない。偶然、森を燃やすためだけに?
それが違うことは分かっている。私はそんなに能天気な性格をしていない。
故意的に、私を殺すために実行されたものだったのだ。
私は思わず嗤った。
クローゼットから入れる私の家の場所。
それを知っている人は、ただ一人だけだった。
ねぇ、そうだよね。ユダさん。




