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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
9/21

08 公会議(茶番)

「これより、『自称』ダナン領総領事、ジロウ・ヤナギの異端審問を行う」


 東方三国同盟軍に帰陣し、教皇に復帰したヴォータンが、表面上は(おごそ)かに言った。


 急遽(きゅうきょ)しつらえられた公会議場には、各国の主立った現世の権力者と、神権の代行者が集まっている。

 教皇の公会議開催を各国の枢機卿(およびその代理人)が承認し、その瞬間から公会議は東方三国と『ダナン領』を合わせた正式のものとなる。

 本親征軍では宗教的な次席となるギルボア枢機卿が公会議の議長となり、議事進行を始めた。


被告人(ひこくにん)は前へ」


 ギルボアの呼び出しに、魔皇こと柳二郎(やなぎじろう)が起立する。彼の姿は、黒い学生服姿だ。


 この公会議、実は人事に(かたよ)りがある。

 具体的には、ヴォータンの子飼いとも言えるグリフ王国の宗教関係者が、審問官と審議官の主な座を占めていた。


 もちろんグリフ王国以外の、特に王族や貴族からの不満はある。だがこれは公会議の典範(てんぱん)で定められている範囲内なので、文句の言えない事柄だ。

 ただ、かつてヴォータンが自身の教皇選出の時に、この典範を悪用した事があり、他国家の首長や教会関係者は、不満を態度で表明している。

 (ひき)いてきた大量の軍勢に対する体面(たいめん)もあるし、即物的には国益や利権の事もあるからだ。


 そんな会議の空気を意に(かい)せず、ギルボアの声が、議事を進行させる。


「被告人は名をのべよ」

漂来者(ひょうらいしゃ)、柳二郎です」


 ギルボアの問いに、二郎は堂々(どうどう)と答えた。ギルボアはちらりとヴォータンの顔色を見て、議事を続けた。


貴君(きくん)は異端の嫌疑(けんぎ)をかけられている」

「では議長どの。マールス教の公会議では、告発者との対面と弁護人の選定が許されているはずです。僕は告発者との対面と、弁護人の指名を希望します」

「よろしい。では――告発者は教皇猊下でしょうか?」

「俺だ」


 ギルボアの想定外の方向から、声が上がった。急な公会議で様々な情報に抜け落ちがあるのは間違い無いが、それにしても意外な人物だった。

 名乗りを上げたのは、皇兄殿下こと柳太一郎だったからだ。


「漂来者の柳太一郎(やなぎたいちろう)だ。ダナン領総領事の領事補佐官をしている」


 ギルボアはまったくの想定外に、動揺を隠せなかった。やはりヴォータンの方を見て視線で問いを発したが、教皇は無言でうなずくだけだ。


「よ、よろしい。では、弁護人は誰を指名するのか?」

「はい議長どの、僕は神託騎士のラヴィン・ケイマン卿を指名します」


 同席していたラヴィンは、内心で「そういうことか」と得心(とくしん)した。

 公会議は王権に(じゅん)じず、神権に準ずるものである。

 修道女――—つまり元は(あま)であるラヴィンは、神権に(つら)なる身分の人間だ。神託騎士として、王権にはかなうべくもないが貴族としての権能(けんのう)も持ち、その権能で神権を強化している。


 そういう意味では、ラヴィンはこの場この公会議において、ヴォータン教皇の強権に対して唯一(ゆいいつ)()することが出来る可能性がある。


 しかし、疑問もある。


 『異端審問』というのは、原則として『有罪ありき』の審問だ。

 ましてや、真実この世界の人間では無い魔皇兄弟(まおうけいてい)を、どのように弁護(べんご)すればいいのか?

 そもそも、形の上でも実の弟を告発した太一郎の意図(いと)が読めない。太一郎は意味深に彼女が重要な(かぎ)だとは言ったが、何かを具体的に指示されたわけでもないからだ。


「告発人と弁護人は席に着き、法廷宣誓(ほうていせんせい)を」


 ギルボア枢機卿が、太一郎とラヴィンに指定の場所への着席を(うなが)す。


 ラヴィンはマールス教の聖典に手を置き、法廷宣誓をした。太一郎は「信教の宗派が違うので」と言って、「俺は、良心と論理に誓って嘘偽りのない証言を行う」と宣誓する。


 その時点ですでに、周囲には妙な雰囲気が漂っていた。


 絵面(えづら)だけみれば、被告人と告訴人は異界からの来訪者で、弁護人は神託騎士。

 そして裁定者は、ありとあらゆる意味で彼らの敵であるヴォータン教皇である。


 茶番にしては配役がおかしいし、喜劇にしては笑えない。外から見ている分にはいいかもしれないが、周りにいる彼らも一兵卒(いっぺいそつ)(いた)るまで当事者なのだ。その()わりの悪さは、他に例えられるようなものがない。


 異界のヒト族とはいえ、二十万人がよってたかってひとりの子供を、私刑(リンチ)にかけることになるかもしれないのだ。


 大人として、親として、あるいは男として、思うことはいくらでもある。

 それに兵卒たちの多くは、いまなお『魔皇の一〇〇万の軍勢』の存在を信じている。事態の推移によっては、彼らが回避できたと思った戦争が再開されてしまうかもしれない。

 兵士達の多くは、農家や商家の生まれである。『聖戦』という非日常から日常に戻ってしまった今、その精神を戦争用に立て直すのは難しい。『我に返る』という言葉があるが、彼ら兵士は国籍の区別無くそのような状態であった。

 ゆえに、兵士達の多くは『穏便な解決』を願いながら、公会議を注視していた。


 議事は、進行する。

 が、会議は告発人である太一郎の第一声で、いきなり止まった。


「まず始めに、議長殿に告発者の権利として『異端の定義』について説明を求めたい」

「は?」


 いきなり話を自分に振られて、脳のタスクが飽和しかけていたギルボアは、思わず間抜けな声を返してしまった。


 『異端』の対義語は、『正統』である。

 ただしそれは言葉の上の話であって、『正統』も『異端』も、時の情勢や状況によって『幅』というものが存在する。

 マールス教一つでも、内部には様々な学派や会派はあり、いちいち異端指定していたらきりがない。なので、現実的なところでは『同じ神を信奉(しんぽう)する限り異端ではない』とすることが慣例化している。


 まあ、それでも自身を神や神の子を僭称(せんしょう)するバカは、いつどのような状況でも一定数現れるため、異端審問官や巡見使、そして処刑人が(ひま)をもてあますようなことは無いのだが。


 そして、ギルボアにとって一番分かりやすくかつ説明しやすい異端は、ずばり『マールス教徒ではない者』となる。


 だが、この説明は非常にまずいものがあった。『異端』を定義すればもちろん『正統』も定義されることになるのだが、『正統=マールス教徒』となると、ギルボアも含めて教皇以下、主な宗教関係者の立場が怪しくなるからだ。


 マールス教における信徒の理想は、『無私、無欲、善良』とされている。


 が、ギルボア自身はヴォータンに自分の娘(公式には妹だが)を(めあわ)せた上で教皇に()しており、その(よこしま)な意図については実のところ、『誰も表だって口にしないだけ』という状態だ。

 またヴォータン教皇もその話に乗っているわけだし、『王統のヴォータン家』で、どういうわけか今代に限りやたらと病死や事故死、また反乱罪や外患誘致罪(がいかんゆうちざい)による王族や貴族の処刑や追放が大量発生していることは、周辺諸国ですら知るところである。


 すねに傷を持つギルボアとしては、うかつに発言できない一言であった。


「この場合の異端とは、マールス教の信徒ではなく、かつ創造神でもあるマールス神の被造物ではない存在である」


 ギルボアが口ごもっている様子を見てか、助け船を出すようにヴォータンが発言した。ギルボアが「なるほど」と内心で手を打つ内容だった。


 『マールス教信徒』については、異界人である魔皇は違うはずである。また『創造主マールス神の被造物』となると、最低限でもこの世界の住人という事になる。

 この時点でギルボアは、異端審問という議題には決着が付いたと思った。


「告発者ヤナギ・タイチローよ、教皇猊下のおおせの通りである。よって貴君の告発を、本公会議は承認す――」

「いや、その理屈(りくつ)はおかしい」


 太一郎が、ギルボアの発言にかぶせるように言い放った。ぎょっとした表情をギルボアと他の決議者が見せるが、太一郎は続けざまに言葉を放つ。


「その定義では、俺の弟も俺自身も異端として告発するのは困難だ。これでは審議の継続も難しいと思われるが」


 文字で表現するなら『淡々と』言葉を放つ太一郎の様子に、ギルボアは混乱しかけた。教皇の規定した異端の定義に、ほころびがあるようには思えなかったからだ。


「告発者ヤナギ・タイチローよ」


 狼狽(ろうばい)するギルボアを他所(よそ)に、ヴォータンが、再び声を発する。


「そなたが()の定義に異議(いぎ)を申し立てる論拠(ろんきょ)は何か? 直答(じきとう)(ゆる)す、答えよ」


 ヴォータンが言う。ギルボアも他の審議官も、太一郎に注目している。


「それでは教皇猊下に申し上げる。当方は、教皇猊下の異端の定義に異論を申し立てているのではない。異論があるのは、ギルボア枢機卿が判断を急ぎすぎた事だ」

「急ぎすぎた?」


 教皇の問いに、皇兄殿下は「(しか)り」と、はっきりとうなずいた。


「『マールス教教徒ではなく、なおかつ、マールス神の被造物では無い存在』と、教皇猊下は異端を定義された」

「その通りだ」

「それでは、前者はともかく後者が。場合によっては前者も、我々は当てはまらない」


 会議場がざわめいた。主立った宗教関係者や王族貴族も、その表情に「なぜ?」という疑問がわいている。弁護人席に居るラヴィンですら、内心では「えーっ!」と大声を上げていた所だ。

 ざわめく公会議会場を、ヴォータンは片手を上げて静めた。


「どういうことか、申してみよ」

「では簡潔(かんけつ)に。具体的には『俺の世界と俺の世界のヒト族を、マールス神が創造した可能性』が考慮されていない」


 その時の公会議の様子を、ラヴィンは終生忘れる事は無いだろう。

 無音・不可視の衝撃が稲妻のように会場全体を打ち据え、周辺は水を打ったような静けさに支配されていた。全員の顔に、「その発想は無かった!」と大書(たいしょ)されている。


「そっ、そんなはずがあるか!」


 真っ先に、取り乱したように発言したのは、ギルボアだった。


「マールス神がお前達の創造神であるはずが無いだろう! そんな事は聖典に無い!」

「確かにありませんな」


 太一郎は、ギルボアの言い分を即座に認めた。

 だが、すぐにさらなる一撃を見舞う。


「聖典に世界創造の記述はある。しかし天界や冥界のような、我々が認識できない世界の存在はいくつも示唆(しさ)されている。その中には、我々漂来者の世界も含まれているだろう」

「だが聖典の『創世記』に記述は無い!」

我々の世界(ウチのところ)は、この世界の後に創られたのでしょう。いわば兄弟のようなものですかね。したがってもちろん、こっちがわの聖典や創世記に記述があるはずも無いでしょう」

「なっ……」


 ギルボアは食い下がったが、半秒後に皇兄殿下に論破されてしまった。言葉を失い、陸に揚がった魚のように口をぱくぱくとさせている。顔色も赤くなったり青くなったりと(いそが)しい。

 そこに、とどめをくれるように、皇兄殿下は追い打ちをかける。


「議長殿、マールス神は『唯一絶対』ということで間違いないか」

「そう、その通りだ。マールス神は()()の、唯一絶対の創造神である!」


 皇兄殿下がわずかにニヤリとした表情を浮かべた。ギルボア枢機卿は、一番与えてはいけない『言質(げんち)』を太一郎に与えてしまったのだ。

 皇兄殿下は、とどめの言葉を放つ。


「『唯一絶対』の神が、二柱も三柱もあるはずがない。特に、世界創造がマールス神に()()可能な事ならば、論理的帰結として、俺の世界もマールス神の被造物ということになる。つまり俺も弟も、異端の定義からは外れることになる」


 正々堂々と屁理屈をこね揚げ足を取る皇兄殿下に、ギルボア枢機卿の周囲はどん引きしていた。


 そう、太一郎の言うことは、単なる屁理屈だ。本来、考慮にも値しないような話のはずである。

 だが、今この場、この瞬間だけは効果がある。なぜならば、ここには三国合わせて二十万もの『できれば戦争をしたくない人々』がおり、そして多くは程度こそあれ、敬謙なマールス教教徒なのだ。

 そして皇兄殿下は、普通は立場や地位の向上に使うはずの弁論を、最初から『自ら下に置く』ために駆使している。それでいて、自らの要求は十全に通しているのがいやらしい。


 後に皇兄殿下は、この異端審問についてこう言ったそうである。


「異端審問は戦争と同じで、問題になる前に『無かった事』にするのがコツだな」


 実際問題として、教皇であるヴォータンが担保した異端の定義をいまさら(たが)えることは、ヴォータン教皇本人にも難しい。

 これがグリフ王国内部での密室政治ならばあるいは違ったかもしれないが、ここはかつて無いほどの規模で公開され、注目されている公会議である。うかつに言を(ひるがえ)すような事があれば、教皇も含め会議の主座を占める面々の権力基盤に、亀裂の一つも入りかねない。


「よかろう」

 ヴォータン教皇が口を開く。

「我らが主神が唯一無二の絶対神である事は疑いなく、ゆえに貴君ら漂来者も我らが主神の被造物である可能性が高い。本議題は持ち帰り、改めて公会議でその是非を問うこととする」


 ラヴィンはその言葉に、安堵の溜息を漏らした。少なくともこの場では、魔皇兄弟が異端に問われる事は無くなったからだ。


「だが、一つだけ確認しなければならない事がある」


 ヴォータン教皇が言う。

 そう言えば、なぜ教皇はまったく取り乱していないのだろうか? 『あの』ヴォータン教皇が、このような穏当かつ手下の面子を削ぐような結論で終われるだろうか?


 ラヴィンは疑問に思った。そしてもちろん、答は『否』だった。


「魔皇ことヤナギ・ジロウに火渡り一〇〇歩を命じる。マールス神の加護あれば、成し遂げられるであろう」

「お受けします」


 魔皇は即答し、教会式の礼をした。この状況においては、無条件の臣従(しんじゅう)と同義である。

 ラヴィンは状況を理解し、真っ青になった。結局異端審問の定番な展開になったからだ。


 火渡りとは、燃える炭火を敷いた道を素足で歩く行為である。マールス教では水の上を歩く水渡りと並んで、聖人の加護としては有名な物だ。


 それを一〇〇歩。


 無理難題の筈だ。それこそ聖人でも無ければ。

 だが、ジロウは迷わずに受けた。

 ラヴィンは、神に祈らずにはいられなかった。


 つづく

2016年6月26日 全面改稿

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