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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
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06 閑話(経済)

「このリンゴを、一国にある富の全部だとしよう」


 戦勝し、ヴォータン教皇を捕獲した後のある日、皇兄殿下こと柳太一郎は、元魔皇討伐対の面々の前で、経済に関する講釈を垂れていた。

 ちなみに魔皇陛下は、所用により不在である。


「では一部の貴族や金持ちだけが、大量の富を占有したとする。ここでは仮に半分としよう」


 そう言うと、太一郎はリンゴを半分に切った。


「さて、このリンゴの半分は金持ちが倉庫にしまい込んでいるので食えない。そして残りの半分は、貴族と平民と国家によって消費される」


 再び、リンゴが分割される。テーブルには半分のリンゴが一つと、と三角に切り分けられたリンゴが三つになった。それを太一郎は手元に一切れ置いて、残りの一切をグロースとラヴィンに渡した。太一郎はそのまま、手元のリンゴを食べてしまった。そして、残り半分のリンゴを指差す。


「さて、この倉庫にしまい込んだリンゴはじきに腐る。それを食べられるようにするには、金持ちどもはどこかで、しまい込んだリンゴと同等の『食べられる富』と交換しないといけない。そこで、この場に『リンゴ半分丸ごと』取引できる人はいるかな?」

「私とグロースさん合わせても足りないですよね」

「平民代表として言わせてもらえば、食えないリンゴをもらっても困るだけだな」


 ラヴィンの言葉に千人長はそう答えると、彼は一口でリンゴを片付けてしまった。残りはラヴィンの持つ『貴族が食べる分』だけだ。


「ケイマン卿、貴族も食べなければ生きてゆけないですよ?」


 グロースに促され、ラヴィンもリンゴを頬ばった。食卓には、最初に切り分けられた半分のリンゴだけが残った。

 皇兄殿下は言う。


「これが『経済格差』が生み出す、いわば『大半が貧困になる社会』の縮図だ。国にはまだ資産があるのに、貴族を含めた国民領民が食えるものに換金できない。『死蔵される富の増大』は、それだけで国を死に至らしめる病のようなものだ」

「確かに、宝石は砕いてしまうと価値が無くなるな。傭兵時代、うっかり傷物にして大損をしたことがあった」


 元傭兵の千人長は、親指であごをしごきながら言う。ラヴィンも、思い当たる『死蔵される富』の種類を想像して、確かに切り分けるのは難しそうだと思った。絵画や美術品、あるいは宝石や装飾具を切り刻んで売るのは、いかにも困難である。


「俺が二郎を『ダナンの漂来王』に推《お》したのは、あいつが『青臭い理想主義』と『現実的な知識』を同居させられるほど、世間擦(ず)れしていないからだ。俺は有能な管財人にはなれるだろうが、しょせんは役人にすぎん。しかし『アレ』は違う」

「あの御仁がそれほどの『器』だと?」


 サムスが、太一郎に問いかける。それに対し太一郎は「愚問だ」と応じた。


「二郎は、君主や農民に『全員で損をしよう』と持ちかけた。『君主は徴税権を失って一つ損、農民は売り物の物価が下がって一つ損、領政を預かる我々も王権の一部を失って一つ損』。その結果、ダナン領は『商人が三つの得をする地域』になった。あとの経済復興は知っての通り、貨幣経済の復旧で『食えないリンゴ』を換金した」


 太一郎は皿からリンゴを取り除き、葡萄を一房置いた。


「これが『商人』が持ち込んだ『貨幣という商材』だ。小分けに食べることも出来るし、葡萄酒に変えて飲むことも出来る。多くの貨幣という葡萄を持って、両替商という人種も数多くやってきた。ダナンの外の貴族連中がどう思っているかは知らんが、領内の資産持ちは商人の来訪を歓迎したし、農民は物々交換以外での作物の買い手が付いて喜んだ。ダナン領の中では、きっちり経済という血流が回るようになったんだ。元は『三方一両損』という故事にヒントを得たらしいがな」

「それはどんな故事ですか?」


 と、ラヴィンが問うた。


「正直者が金貨を三枚拾った。落とし主に届けたら『それは拾ったお前のものだ』と言って受け取らなかった。受け取ってもらうように役人に届け出たら、役人は金貨を懐から一枚追加してこう言った。『正直者の二人に金貨を二枚褒美に与える。二人とも本来金貨三枚を得るところをそれぞれ一枚損をし、私も一枚損をした。皆が金貨一枚ずつ損をしたのだから、これで手打ちにしよう』」

「役人が一方的に損をしているような気がしますが……」


 クロウの言葉に、太一郎は生来のものと思えるような、人の悪い笑顔で応じた。


「役人が得たのは『信用と評価』という奇貨だ。目に見えないが、文字通り値千金だよ。信用ほど買い付けが難しいものは、なかなか無い」


 そして、皇兄殿下は先ほどのリンゴを食べやすく切りながらこう言った。


「だから二郎の奴は今頃、ヴォータン教皇を籠絡(ろうらく)して『望みの物』を手にしているだろうさ。ヴォータン教皇が俗人で、現実的な計算が出来る人間ならな」


 皇兄殿下は器用にリンゴの皮を剥き終えると、ウサギ型に整えられたリンゴをラヴィンに差し出した。


「その時こそ、貴女の出番です。神託騎士のラヴィン・ケイマン卿。人死にを出さずに八方丸く収められるかは、うちの愚弟と貴女にかかっています」



 皇兄殿下の言葉は、ほどなく証明されることになった。ヴォータン教皇は、勅命として宗教会議、つまり『公会議』の開催を宣言したからである。


 つづく


間が開きそうなので適度にアップ。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

2016年6月26日 全面改稿

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