05 聖戦(瓦解)
「神よ御照覧あれ! 我らが神託の騎士を弑した異教徒どもに死を! 我らが剣は神の剣! 我らはこれより、聖なる神の使徒として神敵を討つ! マールス神に栄光あれ!」
「マールス神に栄光あれ!」
「異教徒に死を!」
「異教徒に死を!」
神名の唱和と喝采を全身に受けて、教皇エルグ・ビリシニウス・ヴォータン三世は、まさにご満悦だった。
影武者も多く、その姿については後にいくつもの異説を伴うことになるのだが、『本物のヴォータン教皇』は面長の童顔で、それを嫌って常に髭を蓄えていた。体躯は『魔術師のような長身痩躯』であったが、彼のために丁寧に作られた武具がひ弱さを取り払っている。宗教指導者の象徴である錫杖も、わざわざ彼の体格に合わせて新調するほど、彼は見た目に気を遣っていた。
その眼前には、武具を鳴らす八万の軍勢がある。進軍のラッパが吹き鳴らされ、すでに行軍は始まっていた。遠い地で魔皇と話していたグロースの予想より、やや多い。
ヴォータンは、生来の野心家であったと言われている。
グリフ王国王統の長子でありながら慢心をせず、政敵と成りうる類系のことごとくを破滅させ、やはり野心の大きなマールス神教会枢機卿の妹(という名目の実娘)を娶った。
結果、教会での地位も築き上げ、王権と教権を共に手に入れてからは、同じ信教を持つ隣国との同盟関係を文字通り『神権を振りかざして』締結した。
最終的に、ヴォータンは同盟両国共に併呑するつもりだった。
ヴォータンは、マールス教の云う『ヒト族の王道楽土の建設』を口実に、その野心を次々と満たしていったのである。
そこに、辺境の領主から珍妙な陳情が届いた。曰く、「近隣の領地が奴隷を解放してしまい、困っている」と。
「辺境領主の愚痴など知ったことか」と捨て置かなかったのは、危機管理に対するヴォータンの嗅覚が、やはり尋常では無かったからだろう。ほどなく『魔皇』なる異界人の漂着を知り、そしてヴォータンは人生において初めて、『得体の知れない驚異』というものの存在を認めることになった。
「異界人が神の土地を支配し、血統による王統を否定したのみならず、弟子が為政者となり、階級社会まで破壊するとは、なんというけしからん奴だ」
というのがヴォータンの言い分であり、魔皇兄弟の存在は『グリフ王国王統の長子であり正統の継承者であるヴォータン三世』の、根幹を揺るがすものであった。
同時に、ダナン領で行われた『階級社会の破壊』にも興味を引かれた。奴隷解放などするつもりは髪の毛一筋ほども無いが、魔皇が多くの貴族資産階級を解体し、その資産をダナン領の治水工事や開墾などの、開拓事業に投じていたからである。
ヴォータンは、究極的には「正統な王統貴族は俺だけだ」という思考の持ち主だった。ゆえに他の王権や自分の周りを這い回る貴族階級など、塵芥程度にしか考えていなかった。
つまりダナン領の『魔皇』が成しつつある事は、彼にとっては『自分のみに許された特権』でもあった。開拓事業などには興味は無かったが、他の王国や貴族どもが蓄えている財貨には興味があった。
ゆえに、『貴族の解体と資産没収』に先鞭を付けたダナン領を『抹消』することにしたのだ。もちろんその後釜に納まるためである。
皇兄殿下は後に、「とんでもない勘違いをされたものだ」とぼやいたものだ。
皇兄殿下の言い分としては、「換金できない資産をやたらと溜め込むから、貴族のくせに食い詰めることになるんだ」とにべもない。魔皇兄弟漂来当時のダナン領は、総資産の四割以上を貴族(主にヒト族だった)が占有するという、貧富の格差が異常を通り越した状態になっていた。
あまりにの異常さに領内に換金できる商人や組織が存在せず、財があるのに経済が回っていないという、自己撞着に陥っていたのである。
食料を含め物自体は存在するので、物々交換という形で物資の流通はある。ゆえにダナン地方の領民が、危機的なまでに飢える事は無い。
しかし経済基盤が違えば、他国との交易すらおぼつかない。経済にはどうしても、『貨幣』という、同じ血液型を持つ血の巡りが必要だった。
そこで元財務キャリアの皇兄殿下は、期限付きながら領内の関税を撤廃し、各領主に通行税の徴税を停止させたのである。
その結果、ダナン地方には商人が急激に流入した。商売に税金がかからないのだから当然だ。ダナン地方にだって街道や港はある。ダナン地方はまず最初に『商人にとって都合の良い土地』となり、皇兄殿下は彼らが持ち込んだ貨幣や貴金属によって、貨幣経済を復旧させたのだ。
ただしそれは、経済という血流がダナン地方へより多く流れるということでもある。奴隷制度の廃止や封建領主の事実上の解体もそうだが、魔皇兄弟の漂来は、まずダナン地方の周辺諸侯にとって、財政を脅かす存在となっていたのだった。
ヴォータンは、その点については見誤らなかった。そして、その流れを無理矢理阻害するより、利用することを考えたのである。つまり『家畜は肥え太らせてから食べる』ということだ。
ヴォータンが『神託騎士現る』の報を受けたのは、そんな時分である。
彼に過失があったとすれば、あまりの都合の良さに浮かれて『自分にとって必要な確認を怠った』ということになるだろう。つまり、ラヴィンの事だ。
「『神託の騎士』ともなればさぞかしの剛勇であろう」と思いつつラヴィンの線の細い姿を見たとき、ヴォータンは表情に落胆の色を隠せなかった。もっともラヴィンは玉座の前でかしこまり顔を伏せていたので、落胆したヴォータンの顔は見ていない。
ヴォータンが、彼の言う『聖なる計略』を思いついたのは、その時だった。つまり政敵や面倒な人物をまとめてダナン領へ放り込み、首尾良く魔皇兄弟を討てばよし。よしんば事成らずとも、魔皇に聖人殺しの罪を着せてしまえば、神の名の下に『聖戦』を発令する口実となる。
ヴォータンからすれば、一度に二兎も三兎も狙える良策であった。無論、神託騎士の少女は、無事に戻って来たとしても、口封じに殺すことになる。
ヴォータンはその場で少女に、絶えた古い王統である『ケイマン』の姓を与え、文字通り『より抜きの精鋭』を選び集め、『魔皇討伐隊』として送り出したのだった。
ヴォータンからすれば「まさに異界人の生贄に相応しき処女よ」ということであろう。
だが、まさかラヴィンが魔皇に賓客として扱われ、外交大使としての『機能』を大使館ごと与えられるとは、酸鼻を極める骨肉の争いをくぐり抜けてきたヴォータンにも、さすがに想像が付かなかった。
ただし、状況変化に対する彼の決断は迅速だった。報告を受けた彼は現地の間者に対して、ただちに『魔皇討伐隊の暗殺』を命じたのだ。暗殺の実行部隊は誰一人戻らなかったが、新たに放った密偵は、魔皇がラヴィンに与えた大使館の焼失を確認し、領内で集めた情報でも討伐隊は全滅した――おそらくは暗殺部隊と相打ちになって――と聞き、ついに『聖戦』を発動させたわけである。
ちなみに『魔皇討伐隊』の、偽りの死報を流布したのは諜報戦に長けたブリンクだったのだが、ヴォータンがその事実を知るのは、かなり後になってからの事だ。
ともあれ、口実は出来たのだ。ヴォータンに、行動を躊躇う理由は無い。
「異界人どもは討ち漏らしたが、これで東方三国同盟の盟主が誰かを喧伝できる」
ヴォータンがそうほくそ笑むのもむべなるか。隣国の王にとって聖戦の発令は寝耳に水だが、ヴォータンはあらかじめ軍を進める準備を整えていたのである。もちろん初動兵力の動員数も、東方三国同盟の中で一番多く、となれば切り取れる戦果も一番多い。
他国が可能な限りの軍を集めて進発し始めた頃、グリフ王国軍八万余はすでに、ダナン領へ浸透を開始していた。
「しかし教皇陛下、魔皇には『百万の軍勢』が居るといいますが……」
と、進軍中のヴォータンだけに聞こえる声で言ってきたのは、彼を教皇へ担ぎ上げた義父、ギルボア枢機卿である。やや肉のだぶついた体躯を縮めるようにしているが、奸智にだけは長けた危険な俗物――とは、サムスの評である。
それに対し、ヴォータンは快活に笑って答えた。
「ふん、百万の軍勢など幻よ。話半分でも五十万。そんな胃袋を養う余裕など、どこの国にもありはせん」
ヴォータンはその辺の愚かな軍人と違い、兵力がそのまま糧食の消費量になることを理解していた。
武器や防具や兵士がどれだけ優秀でも、空腹では戦など出来ない。他国がすぐに兵力を展開できないのも、糧秣の買い付けが思うように進まなかったからである。
もちろん、ヴォータンが先に買い占めていたからだ。他国は高騰した食料費で国庫を逼迫させることになるし、ダナン領側に大量の軍が居たとしても、魔皇の軍勢が近隣からまとまった糧食を買い付けるのは不可能になる。海運という手もあるが、最寄りの寄港地を押さえてしまえば短期での食糧補給は不可能になる。
「義父上、つまり魔皇軍百万は、実際が大軍であればあるほど飢えに苦しむわけなのだ。我々はただ、周りを囲んでいるだけで勝てるだろうよ」
「これは猊下のご賢察、まことに恐れ入りました」
分かりきったギルボアの追従を受けても、ヴォータンは特に気分を害することは無かった。何もかも思うとおりに進んでいるのだから無理もない。まさに『神は嘉したもう』というところであり、「あの不幸な小娘にはせいぜい豪華な慰霊碑を建ててやろう」などということを考えていた――その日の夕刻までは。
まさか魔皇が、文字通りの『全軍』を投じた奇襲に出てくるとは、思いもよらなかったからである。
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魔皇こと柳二郎が、このダナンの地が異界であるという実感を持ったのは、素朴な皮のマントが防風性と防寒性に優れた、極めて優秀な旅装であることを体感した時だったという。
連絡・通信手段や交通手段の限られたこの異世界で、魔皇兄弟はまず徒以外の移動する手段を学ぶ必要があった。最初は馬車で移動していたが道のない場所も多く、竜人族のような飛行種族の元を訪れるには、最低限でも馬に乗れる必要があったからだ。
最終的には、飛竜ぐらいには乗れないと困る局面が出てくるだろう。
黒い学生服に、指揮官とは思えない実用一点張りの簡素な――良く言えば質実剛健な――マントをまとう姿を見て、サムスは「これほど『王』とか『皇』という言葉の合わない為政者はいない」とぼやくことしきりだった。馬の扱いもレーネが「良く訓練された馬じゃな」と角度の違う評価をする程度のものだし、『神託騎士』という言葉に未練があるラヴィンとしても、どのように闘志をかき立てれば良いか分からない風体である。
ただ一人、生粋の軍人であるグロースだけが、二郎の采配に瞠目していた。
「おやおや千人長どの、どうやら火酒一樽いただきですな」
「ああ、良ければあと二樽ほどくれてやるよこの不良密偵め」
ブリンクの軽薄な調子にうなずきつつも、グロースの声色から驚愕の色は消えない。その視線が二郎を見据え、そして眼下の大軍を見た。魔皇の軍――でなはなく、マールス教の神旗を掲げるグリフ王国の軍隊だ。
それはまるで『予言』のようだった。
『異界図書館』の書架から大量の本を引っ張り出した『黒衣の魔皇』は、本の頁を次々とめくり出していくつかの図画――狭隘な山間部の地図だった――を出し、こちらはダナン地方のものらしい地図と比較して、ただ一言グロースに問いかけたのだ。
「ヴォータン教皇は本陣に居ますか?」
と。
改めて問われるまでも無いような当然の事なのでグロースは首肯したが、その一言で魔皇は、即日に出立を決めた。すぐに動ける二千の兵と共にである。
そして二千の、多種多様な異形の兵団が密かに布陣した翌日の午後、マールス教の神旗を掲げるグリフ王国軍が来て、通過し、宿営を始めた。
王旗が『見える場所』に立ち、本営が設営される。文字通り、一駆け一飛びの距離であった。
『魔皇討伐隊』――元が付くが――が同道したのは、二郎の行動に興味があったからに他ならない。
万単位の敵を相手に、たった二千の寡兵でどうするのか?
それがこの『状況』であった。まさに『魔皇のごとき差配』を目にして、涼しい顔をしているのは弟子入りを自称しているクロウぐらいだ。
クロウが口を開く。
「見たところ、目の前の軍勢は『例の義父上どの』の親衛隊五千ですね。こんな狭い場所では半分も動けないでしょうから、相手は半数以下と考えていいのではないでしょうか」
クロウの見立ては、グロースも同じである。しかも地形的に上を取っているため、一撃の勝負ではこちらに分がある。偵察を兼ねて先行した二郎はサラールしか供を連れておらず、周りにはラヴィン以下の元討伐隊しか居ない。この少人数では、相手の斥候にもまず当たりようが無い。
「雨ンなるなぁ」
灰色の夕空を見上げながら、魔人族の少女が言う。確かに、大気に雨の前特有の粘つきを感じる。
「サラールさん」
「『さん』はナシいうとるやろ」
小悪魔的な笑みを浮かべて訂正を求めるサラールに、二郎は苦笑した。
「じゃあサラール、伝令をお願い。日没後に大水時計二つ待って、全軍突撃します。目標はヴォータン教皇。必ず身柄を拘束して下さい。多少の怪我はともかく、絶対に殺さないようにお願いします」
「はいなー」
お気楽に請け負って、サラールは木立の闇の中に消えた。大水時計二つを現代時間に換算すれば、約二時間ということになる。
「ねえグロースさん、この戦い、どうなるんですか?」
「教皇は負けるな」
グロースは即答した。
「八万対二千が、二千五百対二千になってしまった。相手に油断はあるし、じきに飯時だ。兵の半分は食事の支度をしているだろうし、こんなど陣地のど真ん中の奇襲、誰にも予想出来ん。ただ……」
「ただ?」
「ヴォータンがどこまで抵抗するかによって、結果は変わる。魔皇軍は敵の陣中深く入り込んだが、それは『周りを全て囲まれている』のと同じだ。ヴォータンを殺せば全滅の憂き目に遭うのは確実だ」
と、そこでグロースは、ラヴィンに向かって柔らかな笑顔を向けた。
「ケイマン卿は、脱出されたほうがよろしいでしょう」
「みなさんを置いて行けるものですか!」
怒りを隠さずに、ラヴィンは言った。彼女はそもそも、命を捨てる覚悟を決めてダナン地方まで来たのだ。グロースの言葉は、まさに心外であった。
しかし、魔皇がそこへ割って入ってきた。
「グロースさんの言うとおりです。ケイマンさんは、皆さんを連れて脱出してください」
『怨敵魔皇』から意外な言葉を言われて、ラヴィンは頓狂な顔をする羽目になった。何かを言い返したいのだが、言葉にならない。
心の中には『不正義』や『侵略』といった言葉が渦巻くのに、どうしてか前歯から言葉となって出てこないのだ。
察したように彼女をなだめたのは、サムスだった。
「ケイマン卿。この一戦に魔皇陛下が敗れるようなことがあれば、ダナン領で流される血を減らすには『神託騎士ラヴィン・ケイマン』の存在が不可欠になります。少なくとも、魔皇と行動を共にしていることを知られるのは危険です」
「しかし、しかし!」
「大丈夫ですよ」
何かを言いたくてしょうがないラヴィンを制したのは、為政者の顔をした黒衣の少年だった。
「この一戦だけは勝てます。故郷に織田信長という武将が居たんですが、現状はその人が歴史的な大勝をした『桶狭間の戦い』とほぼ同じ構図なんですよ。桶狭間の戦いでは、相手は二万五千で信長は二千で敵将の首を取りました。僕らの配置は、その時より有利です」
『桶狭間の戦い』は、その場所も含めて様々な異説があるが、信長は総兵力一〇倍以上の今川義元の軍勢をなんらかの奇襲によって分断し、二千対多くて五千という状況に持ち込んで勝利した戦いである。信長は敵の本陣のみを攻め、ほぼ敵将のみを討ち取って敵軍を退けたのだ。
もちろんラヴィンたちが知るよしも無い異界の歴史の話だが、魔皇曰く「戦いは始まったときに勝敗が決しているものだそうです」と言い、実に鮮やかに『待ち伏せた』のだった。
「ところでグロースさん、グロースさんは今でも『傭兵』ですか?」
「ん? ああ、そうだな。上がアレじゃあ、今は無役で無職ということになるかな」
グロースの口調や表情に皮肉めいたものがよぎったのは、錯覚ではあるまい。
「じゃあ、ケイマンさんをダーナまで無事に送って下さい。ちゃんと依頼料は払います。手付けは……あ、財布はサラールが持っていたんだっけ」
衣服をパタパタと叩く魔皇の姿を見て、グロースは苦笑するしか無かった。魔皇もやはり、年相応程度には世慣れていないのだ。
魔皇は懐からやっとで数枚の貨幣を取り出すと、死ぬほど情けない顔をしてそれをグロースに差し出した。
「すいません、今はこれしか持っていなくて……手付けにはちょっと足りないかもしれませんが……」
「なんの、『魔皇陛下の全財産をせしめた』となれば、それこそ傭兵の誉れです」
居住まいを正して、グロースが二郎に礼をする。
「必ずケイマン卿をダーナへ送り届けます。『魔皇陛下の全財産』にかけて」
うやうやしく小銭を受け取ると、金額も見ずにグロースはそれを小袋に放り込んだ。契約成立である。
グロースはラヴィンの馬の手綱を取ると、『元魔皇討伐対』をダーナへと引率し始めた。
「魔皇陛下は、なかなかの男前ではないか。見た目より骨があるようじゃな」
ダーナへの帰路、少々離れた場所の薄暗い林の中で、レーネが言った。
「レーネさん、急にどうしたんですか?」
「ふむ、ケイマン卿には気取られなかったか。それだけでもなかなかのものじゃな」
「ワシも同意見だな。うちの宗主とは大違いだ。まだあんな子供なのに」
「我が師匠ながら、なんというか、本気で杖を捧げて良い気分になります」
討伐対の面々が、ラヴィンにとって不明瞭な会話を続けている。それに解答をくれたのは、遊び人のブリンクだった。
「無理してんのさ。笑顔を作り、雰囲気を作り、自信を持って言葉を紡いで、勝てると周りに思わせている。ついでに言うと、麗しの神託騎士どのの心労にもならないように、見栄も張っている。内心はさぞかし恐いだろうに」
「見栄? あれが?」
ラヴィンとしては、理解しがたい状況である。自分は敵国人で、いつ何時敵陣に下って魔皇を売ってもおかしくないというのに。
それ以前にラヴィンには、博覧強ぶりを披露する魔皇の表情に、恐怖を感じとることが出来なかった。
「じゃから『たいした御仁』ということじゃ。女の前で見栄を張り続けられる男なんぞ、そう多くはないぞ?」
そしてレーネが、意味深な視線をラヴィンに投げかける。
「ふむ、そうじゃな。魔皇陛下がこの戦に勝ったら、神託騎士どのは魔皇陛下と政略結婚なぞしてみてはどうじゃ? 悪くない話ではないか?」
その瞬間、ラヴィンは怒濤のように顔に血が昇ってくる音を聞いたような気がした。仲間がそんなラヴィンの様子を見て笑っているが、周囲はまんざらでも無さそうだった。
その時、雨粒が木々に跳ねる音が森に響いてきた。
雨足は、すぐに激しいものになった。
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数刻後、元討伐対の面々に『ヴォータン捕縛』の報が入った。
水桶をひっくり返した雨天の中、どのような激戦が繰り広げられたかラヴィン達は知るよしも無いが、魔皇は無事らしい。魔皇軍は教皇を引っ立てて、敵中を堂々と行進して帰路についたという。
後、東方三国同盟軍へ使者が立てられた。
内容は「通称『枯れ野の平原』と呼ばれる場所で、ヴォータン教皇をお返しするので、迎えに来て下さい」というものだった。
約束の日、最終的に二〇万以上に膨れあがった東方三国の混成聖戦軍は、臨戦態勢で平原に布陣し魔皇の到着を待っていた。
つづく
戦争とはなんだったのか……。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
2016年6月26日 全面改稿




