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9/21

燻製

昔は貧しく縁が無かったのだが、生活が軌道に乗ってからは居酒屋に行き、色々と珍しい物を食べてみる習慣が出来た。

(俺の料理レパートリーの根源である。)

その中でも、最も気に入ったのが燻製である。

生まれて初めてスモークチーズを食べた時などは、『この世にこんな美味い物があって良いのか!?』と驚愕したものだった。

無論、燻製は単価が高く、大食漢が満足しようと思えばカネが幾らあっても足りない。

そんな俺が燻製自作に行き着いたのは、ごくごく自然な事だった。



「お!?

今日は燻製回か!?

最高やな!」



『ネキも燻製好きなの?』



「ちゅきー♥

居酒屋行ったらいつも頼んでるし♪」



『久井さんはどう?』



「実は悩みのタネでした。」



『え?

そうなの?

ゴメン、苦手だった?』



「いえ、逆です。

大好物です。

…それ故に。」



久井曰く、洋風のレストランでお見合いをする場合、大抵はコースに燻製料理が混じっているとの事。

ただ、少な過ぎてまともに味わえず毎回非常に歯痒い思いをしていたらしい。

更には、その不快感が見合いの場で表情に出てしまい、後が続かなくなるそうだ。

そして最後は母親と喧嘩になるらしい。



『まぁな。

燻製って単価が高いから、店側も大量には用意出来ないんだよ。』



言いながら俺は燻製器をセッティングしている。

BBQ大国である米国のアウトドアブランドだけあって、物は相当良い。

例によってキャンプブームに飽きた者から安価で買った。



さて、この燻製器。

そこそこデカくて取り回しが大変なので、自宅前に設置。

最初は長柄や西中島の河原で燻製遊びが出来ないか試行錯誤していたんだけどね。

流石に遠いわ。

それで、ふと十三大橋の袂にある自宅もまた河原と言えなくもない立地であると思い出し、最近は建物の陰でこっそり燻製を開始した次第。

但し、昼間にやるのは初めて。



『久井さん、そっちから見て煙は立ってる?』



「欄干に吸われているように見えます!」



『ネキ!

通話、聞こえてる?』



  「クリアやでー♪」



『どう?

橋の上まで煙は登ってる?』



   「うーん、薄っすらとは。

  神経質な運転手なら気になるかも。」



スマホ片手にネキが橋のあちこちを歩き回ってくれている。

そして送信されてくる画像の数々。

うーん、やはり完全には煙は消えないか。


ここで燻製やったら迷惑かなー。

ってか、何らかの法令に抵触してるかなー。



『でも、やってみるよ。』



「「燻製♥燻製♥」」



まぁ、連棟物件とは言え、ここは俺の所有地だからな。

自宅で燻製遊びを楽しむ分には…

いきなり問題にはならんだろ。


最大の不安は、橋を通行する電車や車に悪影響を与えてしまう事だが…

ネキ撮影の画像を見る限り、殆ど視認はされなさそうだ。



『よし!

もう、ここで燻製をする!

そして、禁じられたら!

燻製タイムは深夜に戻す!』



「ワタクシ、深夜燻製楽しみですー♥」



『あ、うん。

久井さんは、ちゃんと家に帰ろうね?

お父さんにも注意されたよね?』



「むー。

お父様と圭介さんが、いつの間にか結託していたとは未だに驚きです。

お父様とばかりメールしているし。」



『公正さんは久井さんを心配しておられるんだよ。

安心させてあげることも孝行のうちだよ。』



「むー。」



久井は唇を尖らせているが、少しは立場を弁えて欲しい。

キミの社会的地位で、俺のこの自宅に入り浸っているのは危うい。

と言うか、未婚女性が男の家に上がり込むのは、あまりに問題アリである。

久井公正とは、主にそういう話をしている。

肩の痛みは隠しているつもりだが、見抜かれてる気もする。

幸いにして骨に異常は無かったが、全治2カ月の打撲症ではある。

スマホは正常に作動しているが画面に少しヒビ割れ。

船岡老人は軽い擦過傷だが、息子さん夫婦に酷く叱られて禁酒を誓わされたとのこと。

まぁ、俺が息子さんでもそうしただろうからな。

後は親子で上手く折り合いを付けて欲しい。



『じゃあ、燻製大会を始めまーす。』



「「きゃー♥」」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




まず、焼売。

このチョイスの理由はシンプル。

安いから。

スーパーで1パック90円弱で売られている事が多い。

俺は焼売を好んでいる訳ではないのだが、安いので買っている。

おまけに肉の端くれだ。

今日は10パックだけ。



「ウチは竹輪持ってきたー❤」



ネキが持って来たのは、値引きシールの貼られたチクワ。

50円✕10個。



「近所の玉出で安かったー♪」



知らない人に説明しておくと、大阪には玉出なる激安スーパーが存在する。

パチンコ屋みたいな外装なので、近くを通ればすぐに気付ける筈だ。

腹に溜まればなんでも良い俺としては、嵩のある食材はありがたい。



「ワタクシもー♥」



久井が掲げたのはIKARIの紙袋。

成城石井の関西版と捉えて貰えば構わない。

中には油揚げ✕10。

しかも3割引品。

内心、久井が自腹を切った事に驚くが、エチケットとして言及はしない。

或いは久井公正に何か言われたのかも知れないな。

俺がこの女の親なら『先方にご迷惑を掛けてはならないよ。』と諭すし、子にメタ的な知能が備わっていれば『借りを作るなという意味だ。』と付け加えることだろう。



『じゃあ、適当に燻すぞー。』



「「はーい♥」」



コイツら食べ物を前にした時だけは素直だよなー。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




品目によって適切な燻製時間には差異があるが、面倒なので5分で統一。

自宅内に戻り、ゴロゴロしながら時間を潰す。



「なー、圭ちゃーん。」



『んー?』



「このムートンってウチらの為に買ってくれたん?

クッションも。」



『…たまたま安かったからだよ。』



幾ら掃除してあるとは言え、女を床に座らせるのも何だからな。

肌触りの良さそうなものを選んだつもりだ。



「実はワタクシ、変わったクッションを集めるのが趣味なんです♥」



『へー、そうなんだ。』



コイツの食関連以外のパーソナリティ初めて知ったかも。



「お部屋ではクッションやぬいぐるみをギュ~っと抱きしめて空腹を堪えてるんですよ♥」



…グリム童話にそんな小噺ありそう。



『ぬいぐるみも好きなんだ?』



「はい♥

本当は大型のモノが欲しいんですけど、母が…」



聞けば久井の母親はゴージャス志向。

娘の稚気を絶対に許さない性質らしい。

俺は何時ぞやの京都弁オバサンを思い出す。

あの人なら、そうだろうな。



「おーう、ほしたらウチがドカちゃんのクッションになったるわ♥」



「きゃー、お姉様ー♥」



「等身大ネキネキ人形やー♪」



「夢が叶いましたー♪」



「存分に叶えたらええ。

女の仕事は欲を満たすことや!

ガハハハハ!」



「はい!

満たします!」



「「あはははは♪」」



女共は熱く抱擁し合っていたが、燻製タイマーが鳴ると即座に飛び起きて靴を履いた。

コイツら軍隊でも通用しそう…




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




『よーし、それじゃあ。

第1ラウンドだ。』



「「はーい。」」



燻された竹輪。

元は玉出の特売品だが…



『いや、旨いわ。』



「お見合いの席でも出せそうです♪」



1秒経ってから世間一般への皮肉が混じっている事に気付く。

まぁ、この女はこの女で色々思う事があるのだろう。



「ドカちゃんの油揚げも、ええ味付いとる。」



「ありがとうございます♥」



「ほーら、ネキネキクッションからのサービスや♪

はーい、お口開けてー♪」



「あーん♥」



「「あははははは♪」」



ネキが食料を人に食わせる場面を見れるなんてな。

ふと、ライオンが我が子に獲物を食わせている情景を連想する。

きっと猛獣には猛獣の愛があるのだろう。



『よーし、それじゃあ次の食材投入するぞー。』



「はーい♪」



次はベーコンと粗切りナスビ。

そしてネキが自宅から持ってきたプロセスチーズ。



「酒のツマミはいっぱいあるねん♪」



ネキは大食いに加えて大酒飲み。

この人を養える男が居れば尊敬する。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



部屋に戻ってから、ネキが尋ねるような表情でハイボール缶を持ち上げる。

どうしよう。

久井は食前酒程度なら飲むようだが…

あまり量を飲ませるのもな。


アレルギーを持たないことは久井公正に確認済み。

食物禁忌の話題で一切アルコールに触れなかったという事は全くの下戸ではない?

或いは論外の危惧は口に出さないタイプ?

俺のプロファイリングでは自らの遺漏を嫌うタイプに見えたが…



『それ、分けてくれよ。』



「飲みさしやで?」



『俺、酒弱いしさ。

お裾分け程度で十分なんだ。』



ネキは一度だけ首を振ると、俺達2人に半分残ったハイボール缶を付きだす。

嬉し気に裾を掴む久井、コイツでも回し飲みの概念を知っているのか?

350mlのハイボール缶。

残った半分の更に半分を飲む。

ふむ、意外に悪くないな。

どうせ後から回るんだろうけどさ。

そして久井。

ああ、コイツ多分俺よりも酒が強いな。

キュッと行った。



『ごちそうさま。』



「どういたしまして兄弟♪」



「とても新鮮でした!」



「この程度の新鮮やったら幾らでもくれたるわ♪」



2人に冷やしていたミネラルウォーターを渡した時にタイマーが鳴った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「第2ラウンドや!」



『茄子がさあ。

八百屋で買ったら安かった。』



「圭ちゃん八百屋行くん?」



『天満市場。

昔は青物市場って呼ばれていた程だからな。

冷食とかはまとめ買いする事が多いよ。

ポテト1キロをセール価格238円で買えた時は感動する。』



土物は業務用八百屋でまとめ買いするのが一番だからな。

ほかにもサツマイモやニンニク・ニンジン辺りもお買い得だ。

いつもはニンニクも燻すんだが…

結構臭いが残るから、女に食わすのは申し訳ないな。



「圭介さん。」



『んー?』



「口の中に食べ物を入れたまま喋ってみていいですか?」



『あ、うん。

勿論駄目だけど。

ここでゲージを発散していきな。』



「ほひひいれふーーー♪」



コイツはっちゃけてやがる。

まあ、楽しんでくれて何よりだ。



「わらふひはひめれれふーーー♥」



『ワタクシ初めてです、と言ったのか?』



「もぐもぐごくん♥

圭介さんを心からお慕いしております。

と言ったのです、実は。」



御数が合ってねーじゃねーか。



『それに見合う男になれるように精進するよ。』



「精進はいつ終わるんですか?」



『精進に終わりなんてある筈がない。』



「むーーー!!」



君のお父さんを見て至った答えだから悪く思うなよ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そんな風に休日を満喫していると、ふと目線を感じる。



『どうもー!

こんにちはー。』



「あら、お邪魔してごめんなさいね。」



近所の老婆だ。

名前は知らないが、何度かガード下を掃除しているのを手伝ったことがある。



『ご迷惑でしたか?』



「いえ、ケンさんを思い出してしまって。」



『け、ケン?』



「あら、てっきりお孫さんか何かと思ってのですけど。」



聞けば、俺の前に住んでいた焼き芋屋の老人。

氏名不詳ながら皆からケンさんと呼ばれていたらしい。

彼も俺同様に、ここで芋やら魚やらを勝手に焼いていたとのこと。

なるほど、薄々感じていたが随分フリーダムな先輩だったようだ。



「私もねぇ。

何度かお芋を御馳走になったことがあって…

いつの間にかトラックが無くなっていて、心配してたらアナタが越してこられたでしょう?

それでお孫さんかなと?」



俺は自宅に戻り小皿とプラ楊枝を手に取る。

そしてチーズ・茄子・ベーコンをナイフで切り分けて老婆に贈呈。



「あらあ、御呼ばれになってしまったわねぇ。」



そして改めて自己紹介が遅れた事を詫び、円蹴圭介がケンさんと血縁関係にない事を申告。

老婆は品よくクスクス笑う。



「あの人以外、こんな所には住めないと思ってたわぁ。」



『ええ、橋の袂ですし。』



俺の答えが的外れだったのか、老婆が目を丸くする。



「ケンさんからは何も聞かされてないの?」



『あ、いや。

私が不動産屋から紹介されたのは、ケンさんがお亡くなりになった後のことですので。』



「あらぁ…」



老婆は一瞬考え込むような表情になり、すぐに戻った。



『問題のある物件なのですか?』



「問題も何も…」



あ、これ問題どころじゃない物件ってことだ。

恐らくは建築基準法以前の次元の話。



「誰かに責められたら、知らぬ存ぜぬで通した方がいいわよ。

余程のことになったら私が証言してあげるから。」



その時まだ生きていたらね。

とだけ言い残して老婆は微笑と共に去る。



『ネキ。

今の話、どう思う?』



「んー?

そらぁ、昔に政治問題化した物件なんやろ。

この立地やったら、ゴミ関連・再開発関連・ホームレス関連。

あらゆるパターンが考えられるで?」



『久井さんの感想は?』



「ケンさんと言う方が…」



言い掛けて久井が黙る。

振り返っても澄ました様な表情で惚けているので、俺が気分を害するような仮説なのだろうな。

そしてその推理はきっと正しい。



「圭ちゃん、どうする?」

「圭介さん、中止しますか?」



2人が心配を装った表情で俺を覗き込むが唇の端の笑いを隠せてない。



『実は卵を3パック分買ってさあ。』



4つの瞳が輝く。



『めんつゆに漬けて味玉を30個作った!!』



「「あーーん♥」」



『それと冷凍シシャモ。

いつもはエアフライヤーで調理するんだけどさ。

燻製はもっと相性がいいぞ。』



「「しゃーーん♥」」



『そして沢庵(大)を1本!

これを【いぶりがっこ】にする!!』



「「いーーん♥」」



…コイツら絶対に俺の居ないところでハモリの練習してるだろ。



『はい!

燻していきまーす!!』



「「きゃーーー♥」」



どうやら久井は相当酒が強いらしく、俺が目線を切った瞬間瞬間にネキからハイボールを分けて貰っていた。

俺が振り返ると2人でニヤニヤ笑っている。

何か言ってやろうと思ったが、残念ながら釣られて笑ってしまった。



なあケンさん。

安心したよ。

俺、アンタが孤独死した老人って聞いていたからさ。


ま、いいんじゃない。

自分の料理を食べてくれる子が1人でも居たなら。


男としては、それを満腹と捉えるべきなんだろうさ。



to be next dish ⇒

【名前】


円蹴圭介



【所持品】


ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)


丸型七輪           (富士見産業)

業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)

業務用寸胴8.3リットル    (赤川器物製作所)

1升炊き炊飯器        (象印マホービン)

ドカベン           (ドカベンより寄贈)

2斤ホームベーカリーSD-BMT2000 (Panasonic)

足付きスモーカーグリル     (SUNLIFER)

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