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しゃぶ葉

久井家。


鎌倉時代後期から摂津北部を中心に勢力を広げた一族。

現在は兵庫県西宮市を中心に約5万坪の土地を所有する同族経営の不動産会社を保有。

大正時代からの重化学工業の発展と共に関西の発展を支えている。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



自己防衛の為にざっくりと検索したら、こんな回答が出て来た。

まあ要するに大地主の一族なのだ。

そりゃあタワマンの最上階くらい持ってるよね、としか言いようがない。



  「娘がご迷惑をお掛けしております。」



画面の向こうの男は深々と頭を下げる。

本心を推し量る術は無いが、あの苦悶の表情が演技だとすれば相当の役者だろう。



『いえ、とても躾の行き届いたお嬢さんで…』



言い掛けて言葉を止める。

流石に幼稚過ぎだろ、俺。



  「…。」



『…。』



スマホ越しに俺達は不毛な沈黙を続ける。

いや、この状況で何を話せと言うのだ?


画面に映る紳士は久井家当主・久井公正。

30代の頃に府議会議員を一期だけ務めている。

地元のライオンズクラブに所属しているが、そこまで深くコミットはしていない。

久井家が運営する奨学金基金が理工系偏重に舵を切ったのは、この男が理事長職に就任した翌年からのこと。

数学オリンピックで実績を出している以上、単なるポーズではないと見るべき。

公開された情報からは、この程度しか掴めなかった。



「それでお父様♥

外泊許可の件なのですが♪」



  「駄目だ!」



『駄目だ!』



思わず、俺と公正氏の言葉が被る。

互いに会釈。

声を荒げたことを詫び合う。

数秒してから、それこそがこの女の思惑だと思い至る。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



4合メシ動画がバズった事が切っ掛けとなり、俺のアカウントは久井に発見されてしまう。

この女はすぐさまネキに報告したらしい。

(昨夜、ネキから卑猥な自撮り画像付きDMが送られてきた。)

そして家族にも大喜びで俺のアカウントを見せながら交際許可を求めたとのこと。



『正気か?』



「本気です♪」



『いや、そちらも内心疑っているのだが…』



「お父様ったら酷いのですよ?

ワタクシの話を聞き終わる前に反対なさって。」



『あ、うん。

多分、酷いのは君だぞ。』



「それで外泊も許可して貰えなくて。

苦楽園から中津なんて30分の距離ですのに。」



『あ、うん。

じゃあ泊まる必要ないよね?』



「それでそれで♥

ワタクシ、圭介さんの素晴らしさをお父様にプレゼンする事にしたのです♪」



『…胃が痛い。』



「まあ、お父様と同じことを仰るんですね♪」



この直後。

久井は父親をスマホで呼び出し、俺と通話させた。

プレゼンとか言った癖に、通話が始まってからは何のフォローもなく、ただ上機嫌で俺達を眺めていた。

後は冒頭で描写した通りである。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『繰り返すが、胃が痛い。』



「まあ、大変。

今日は何を食べますか?」



コイツ、人の心が無いのかな?



『だが、腹が減ったことも事実だ。』



「いつも胃が痛い時は何を召し上がっておられるのですか?」



『いや、ここまで追い詰められたのは生まれて初めてだから…』



俺が急須に手を伸ばそうとすると、久井が優しく押し留めて代わりに茶を注ぐ。

そして恩着せがましく俺の眼前に置いた。

まさしく栄西や利休が戒めた形式主義の極致である。



「安心して下さい、圭介さん!」



『嫌な予感がする…』



「ワタクシ達には心強い味方が居ます!」



『オチが見えた。』



「ネキお姉様に御助言を求めます!」



『予感が当たった。』



腹をさする俺の前で久井は通話を始める。

通話口から響くのは当然しゃぶネキの声。

相変わらず声もデカいよなー。



  「圭ちゃん!!

  胃腸の調子が悪い時はしゃぶしゃぶ一択やで!!」



『なるほどー。』



  「よーし!!

  それじゃあ京橋集合!!

  2人の席も取っとったるわ!!」



「キャー♪

ネキお姉様♥」



  「ドカちゃんもしゃぶ葉を楽しんで行ってな♪

  食い終わったら京橋のガード下を案内したるわ♪」



マジかー。

ますます公正氏の胃が壊れるなあ…



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【しゃぶ葉 京橋店】



御堂筋線中津駅→御堂筋線淀屋橋駅→京阪淀屋橋駅→京阪京橋駅

気が進まない時ほど電車はスムーズに乗り換えれてしまうもので、20分も経たずに京橋のしゃぶ葉前に到着してしまう。



「ドカちゃーん♥」



「お姉様ー♥」



2人は満面の笑みでキャーキャーと抱き合う。

さぞかし波長が合ってるんだろうなー。



「圭ちゃん!

覚えとるか!?

ここでウチらが運命の出会いを果たしたこと!!」



『あ、はい。』



「えー♥

聞きたい聞きたい♥

ワタクシ、お2人の馴れ初めに興味があります♪」



「よーし!!

鍋をつつきながら恋バナタイムや!!」



「はい!!」



勿論、店内ではノンストップで食べ続け、無駄話は断片程度にしかなされなかった。

ちなみに今季のフェアは麻辣湯。

あからさまに胃に悪い。

だが2人は嬉しそうに麻辣湯に舌鼓を打っている。

女って本当に麻辣湯が好きだよなあ。



「モグモグムシャムシャ。

圭ちゃん、女の辛いモングルメは性欲の発散やで?」



『え?

そうなの?』



「男が不甲斐ないから、ウチらは泣く泣く辛いもんで刺激を代用しとるんや。」



『あ、うん。

泣かされてるのは俺だけど、うん。』



今回のオプションは『平日ラムしゃぶ麻辣湯コース(2つ割り鍋)』。

ダシは《麻辣湯だし》と《白だし》を選択。

辛い物が苦手だがラムは大好物なので、精神にスイッチを入れて脳を肉の摂取のみに集中させる。



「なあなあ圭ちゃん♥」



『スマン、ネキ!

今はラムに集中する!!』



「あはは、それでこそウチの見込んだオトコや♥

ドカちゃん見ときや。

圭ちゃんが、しゃぶ葉をしゃぶり尽くす様を♪」



「しゃぶ葉をしゃぶり尽くす!?」



チッ、女はうるさいなぁ。

黙って食えねーのかよ。

今はしゃぶ葉なんだぜ?



「え!?

鶏肉からですの!?」



「ふっふっふ。

素人さんは驚くけどな。

鶏肉を白だしに敷く事で味にコクを出すんや。」



「流石です!」



「じゃあ、ウチらも堪能しよっか♪」



「はい!!」



①ラム肉×8→②ラム肉×8→③ラム肉×8→④黒毛和牛×8→⑤ラム肉×8→⑥ラム肉×8→⑦ラム肉×8→⑧牛みすじ×6→⑨ラム肉×8→⑩わかめご飯×6→⑪ラム肉×8→⑫ラム肉×8→⑬ラム肉×8→⑭モッツァレラチーズ×8→⑮黒毛和牛×8→⑯ラム肉×8→⑰ラム肉×8→⑱ラム肉×8→⑲ラム肉×8→⑳ラム肉×8→㉑ラム肉×8→㉒カレーライス×3→㉓ラム肉×8→㉔ラム肉×8→㉕ラム肉×8→㉖ラム肉×8→㉗ラム肉×8→㉘牛みすじ×6→㉙ラム肉×8→㉚ラム肉×8→㉛ラム肉×8→㉜ラム肉×8→㉝ラム肉×8→㉞わかめご飯×6→㉟豚肩ロース×8→㊱ラム肉×8→㊲ラム肉×8→㊳ラム肉×8→㊴ラム肉×8→㊵ラム肉×8




うーん、やはり胃の調子が悪いのかなぁ。

今日は箸が全然進まないわ。



「大丈夫ですか、圭介さん?」



「圭ちゃん、無理は禁物やで?」



『そうだな。

腹八分目と言うし、最後にラム肉で締めるわ。』



㊶ラム肉×8



ここで俺は2皿だけ食べてフィニッシュ。

後は2人が食べ続ける様をのんびり見守る。



「しゃぶしゃぶ♪ネキネキ♪」



「ぱくぱく♥もぐもぐ♥」



「しゃぶしゃぶ♪ネキネキ♪」



「ぱくぱく♥もぐもぐ♥」



「しゃぶしゃぶ♪ネキネキ♪」



「ぱくぱく♥もぐもぐ♥」



コイツら余程前世で徳を積んだんだろうなー。

俺は熱い茶を3杯汲むと、テーブルの余白に置いた。

気が付けば、ギャラリーが遠巻きに俺達を見守っていた。

そりゃあね、しゃぶネキは全国区の有名人だからね。

嫌でも注目は集まるよね。



「しゃぶしゃぶ♪ネキネキ♪」



「ぱくぱく♥もぐもぐ♥」



「しゃぶしゃぶ♪ネキネキ♪」



「ぱくぱく♥もぐもぐ♥」



「しゃぶしゃぶ♪ネキネキ♪」



「ぱくぱく♥もぐもぐ♥」



2人の笑顔を見守りながら。

いつしか、俺の意識はネキと初めて出会った日に戻っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



当時の俺は今ほどの甲斐性を備えていなかったので、絶えず飢えに苦しんでいた。

必然、検索の大半は食事に関することだったし、食べ放題店情報の収集は最優先事項たった。

そんな俺が関西を拠点とする【しゃぶネキ】を知るのは必然だったのであろう。



当時のネキは食べ放題の成果をなんJやガルチャンにアップしていたのだが、その中でも伝説のスレ「100人前食ったった♪」は今でも語られ続ける名スレであり、俺をしゃぶ葉にのめり込ませる切っ掛けとなった。



ネキは顔も体格も俺好みであり憧れの女性ではあったのだが、粗暴な逸話が多いことから接触は避けていた。

何度かしゃぶ葉京橋店で見かける事はあったのだが、極力気配を殺し、関心を惹かないようには注意していた。



「おーう、今日も調子ええやんけ♥」



ある夏の日だった。

ドリンクバーで茶を注いでいた所、突然ネキに絡まれたのだ。

かなり露出度の高いノースリーブを着ていた事は鮮明に覚えている。



【死】



肩に腕を置かれた瞬間。

全身を死の予感が駆け巡り、指1本動かせなくなくなった。



「ウチな?

食いっぷりのええ男が好きやねん♪

兄ちゃん見込みあるで♥」



『あ、あ、あ…』



ネキに恫喝の意図は恐らく無かった。

あんなものはスキンシップの一環に過ぎない。

ただ、俺の心は完全に折れてしまった。



「おーう!

店員さん!!

ウチ、この子の席で一緒に食うわ♪

ツレやねん♪」



恐らくは店の規約からは逸脱していた筈だが、ネキの席移動は認められた。

この凶人が暴れた場合、他の客の生命に危険が及び兼ねないからな。

極めて妥当な妥協である。



「ん?

どうしたー?

箸が止まっとるやんけ?」



『す、すみません。

き、緊張してしまって…』



「おーー?

お姉さんの美貌に緊張しとるんか?

いやあ、ええ女は罪やでぇ♪

ガッハッハww」



『いやあ、ははは。』



生きた心地がしなかった。

相当動揺していたので、会話の内容はあまり覚えてない。

あの時の俺はネキを迂闊に刺激しない事だけに専念していたと思う。


肉の味が全く分からなくなった事は鮮明に覚えている。

30皿程度しか喉を通らなかったのではないだろうか。


ネキが俺に構うようになったのは、それが切っ掛けである。

未だに綱渡りではあるが、最高の女に認識して貰えた事は俺にとって掛け替えのない勲章である。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「お!

鍋が蒸発したで♪」



「大変です。

すぐにダシの継ぎ足しをお願いしなければ!」



「ふっふっふ♪

ここから圭ちゃん流の奥義が炸裂するんや♥」



「え!?

圭介さんの奥義ですか?」



「おう、見とけよー♪

これがウチのハートを射抜いた圭ちゃん流の奥義や!!


ホアチョー!!

底の見えた鍋に薬味コーナー胡麻油ぁッ!!

たっぷり引いたら!!

ラム肉そのまま乗っけてジンギスカンやああ!!!」



「わー♥

焼肉になりました♪」



「いやあ、ウチもしゃぶ葉歴は相当なものやけどな?

フードバトラーとしては圭ちゃんがナンバーワン!!」



「フードバトラー♥

素敵ですぅ♪」



「圭ちゃんは単に胃袋がデカい訳やないねん。

戦い方に創意がある!!

そこにウチは惚れたんや!!」



「分かります!!!

全面的に同感です!!

ちなみにワタクシはネキお姉様の力強さもお慕いしております!!」



「はっはっはww

照れるやんww

ウチ、チ●ポ付いてない生き物に興味はないけど。

ドカちゃんだけは特別枠に入れとるさかいな。」



「キャー♥」



「「キャッキャ♥」」



鍋の底のラム肉が焼ける。

煮えたのではない、焼けたのだ。

胃の調子が悪いので、醤油を数滴のみ垂らして食す。




㊷ラム肉×8→㊸ラム肉×8




「わー♥

本当に焼肉みたいですね♪」



「あー、こうなると。

焼肉のタレがあったらなあ。

メシと組み合わせて焼肉ご飯が食いたなってきたで!」



『ん?

ネキは焼き肉のタレが欲しいの?』



「せや。

焼肉にはタレやで。」



『ふーむ。』



俺は立ち上がり、調味料コーナーの前に立つ。

こんなこともあろうかと、大まかな成分分析は終えてある。



【きざみ玉ねぎの香味たれ】

【レモンガーリックたれ】

【おろしニンニク】

【胡麻】

【おつまみ豆板醤】



『ペロッ。

後一歩が足りないな。

…何だ? 何が足りない?

思い出せ、思い出すんだ。


(ピキーーーーーンッ)


そうかッ!!

分かったぞ!!』



俺は通路の裏側に回り、わたあめコーナーに到着。

そして、砂糖粉砕の為に綿飴を作ると、少しずつちぎってタレに足す。



『後、もう少し。

いや、コクは悪くない。

…これだッ!!!』




㊹ラム肉×8→㊺ラム肉×8→㊻ラム肉×8→㊼豚バラ×8→㊽ラム肉×8→㊾ラム肉×8→㊿ラム肉×8




ネキ好みの味だったらしく、一心不乱にジンギスカンを貪り続けている。

俺達が話し掛けても一顧だにしない。

これは機嫌が最も良い時の反応。

喜んでくれて何よりだ。



『久井さんはどう?

ちゃんと食べてる?』



「ええ、お2人の絆に御馳走様♥

そして、一番近くに居させて頂いていることに感謝です♪」



『絆って程じゃないけどね。』



「でも、ネキお姉様は圭介さんを1番の男性だと評価されてますよ。」



『…そうなら光栄だな。』



「あ!

凄く嬉しそうになりました!」



『…だって、嬉しいもの。』



「ワタクシも圭介さんが世界で一番の男性だと感じております♪」



『いやあ、まだまだだよ。』



「そうでしょうか?」



『ほら、さっき久井さんのお父さんと通話させて貰っただろ?

最高の男ってのは、ああいう人を言うんだ。』



「父が… 最高?」



『まあ、女の子には難しいかもだけど。

ましてや自分の父親を冷静に評価なんてな。』



久井公正。

想定を遥かに超えていた。

漫画に出て来るような厭味な金持ちだったら、どれだけ楽だったことか。

あの佇まい…

洗練などと言う安い言葉で形容して許される域のものではない。



『…別格だよ。

俺がこれから何十年修養を重ねても、あの人の足元にすら近づけないだろう。』



「…驚きです。

圭介さんが父をそれだけ評価して下さるなんて!」



『世間の人はみんな君のお父さんを尊敬していると思うよ。

久井さんは家族だから、偉大さを感じにくいんだろう。』



「偉大!?」



久井が目を丸くする。

冷静に考えれば失礼だよなコイツ。



「お父様!!

聞かれましたか!!」



『え?』



突然、久井がテーブル脇のスマホに話しかける。



  「…。」



画面の中には気まずそうな表情の公正氏。

無論、俺は更に反応に困る。


聞けば、俺がタレを作っている最中に電話が掛かって来たとのこと。

食事が一段落するまで保留していたそうだ。



『いや、親を放置して焼肉三昧かよ!』



「お父様ー♪

怒られてしまいましたーww」



  「…。」



『…親にそういう態度を取るのは好ましくないぞ。』



「はーい、反省しまーす♪

お父様、帰ったら孝行しますね?」



  「…円蹴君。

  誠に申し訳ありません。」



『…いえ、連れ回してしまっているのは、こちらですので。』



俺と公正氏は画面から目線を切らずに頭を下げ合う。



「2人が打ち解けて下さってワタクシ嬉しいです!

じゃあ、今夜は!!」



  「駄目だ。」



『駄目だ。』



「あははは♪

皆でお鍋を食べると仲良くなれますね♥」



アホらしいのでリアクションは取ってやらない。



  「円蹴君。」



『はい。』



  「この埋め合わせを近いうちにさせて頂けると幸いです。」



『いえ、どうかお気遣いなく。』




通話はそれだけ。

2人は大はしゃぎでラムを焼き続けていたが、俺は大事を取って白米と漬物で締めくくった。




to be next dish ⇒

【名前】


円蹴圭介



【所持品】


ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)


丸型七輪           (富士見産業)

業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)

業務用寸胴8.3リットル    (赤川器物製作所)

1升炊き炊飯器        (象印マホービン)

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