第10章 スケルトンからの再生
第10章 スケルトンからの再生
解体工事が完了した。
五十二年間、人々が暮らしてきたマンションは、鉄骨とコンクリートだけを残した巨大な骨格――スケルトン状態となっていた。
窓もない。
壁もない。
設備もない。
まるで建物の魂だけが残されたような姿だった。
美咲は最上階から吹き抜けた建物内部を見下ろした。
ここから本当の再生工事が始まる。
しかし予定は大幅に狂っていた。
解体工程だけで当初計画より四か月遅れていたのである。
予想外の構造物。
施工不良。
アスベスト処理。
追加補強。
数々の問題が工程を圧迫していた。
銀行団や投資ファンドからも進捗報告を求められる。
住民たちも完成を待っている。
もはや後戻りはできなかった。
第一段階 耐震補強工事
最初に行われたのは建物の骨格強化だった。
AIアークは最新の耐震基準に基づいて補強計画を作成する。
制震ダンパー。
鋼製ブレース。
炭素繊維補強。
柱補強。
梁補強。
巨大な鉄骨が次々と搬入される。
作業員たちは高所で慎重に取り付けていく。
センサーは24時間稼働。
わずかな変位もAIが監視した。
工事終了後のシミュレーションでは、建物は新築マンションと同等レベルの耐震性能を獲得した。
第二段階 防水工事
次の課題は防水だった。
築五十年以上の建物は見えない場所から劣化する。
屋上。
外壁。
バルコニー。
配管貫通部。
すべてを調査する。
AIは過去の雨漏り記録も解析した。
雨水侵入リスクの高い箇所を特定する。
最新防水膜。
シーリング材。
外壁改修。
工事完了後、防水性能は新築基準を上回った。
第三段階 新配管システム
古い配管は全撤去された。
新たに設置されるのは未来型設備だった。
給水。
給湯。
排水。
消火設備。
ガス。
通信回線。
光ファイバー。
IoTセンサー。
全てを統合したスマート配管システムである。
AIは将来の修繕も考慮して配管ルートを設計した。
五十年後の更新作業まで想定されていた。
第四段階 レイアウト変更
ここがAI再生の最大の特徴だった。
従来なら同じ間取りを復元する。
しかし今回は違う。
住民アンケート。
家族構成。
年齢。
ライフスタイル。
AIが全て分析する。
子育て世帯には広いリビング。
高齢者にはバリアフリー仕様。
在宅勤務者にはワークスペース。
同じ建物の中に複数の住空間モデルが誕生した。
まさにオーダーメイドマンションだった。
第五段階 エレベーター更新
既存設備は撤去された。
最新の省エネ型エレベーターを導入する。
停電時自動運転。
AI故障予測。
防災運転モード。
顔認証システム。
建物は一気に未来型マンションへ変わり始めた。
第六段階 室内工事
最も人手が必要な工程だった。
大工。
内装業者。
電気工事業者。
設備業者。
塗装業者。
左官業者。
建具業者。
家具メーカー。
毎日のように現場へ出入りする。
一日最大三百人。
二十社以上の企業が関わる巨大工事になっていた。
最大の課題
管理だった。
朝になると新しい業者が入る。
昼には別の業者が作業する。
夕方には別の班が引き継ぐ。
誰がどこで何をしているのか。
少しでも管理を誤れば事故や工期遅延につながる。
現場監督たちは悲鳴を上げていた。
「人が多すぎる。」
「工程表が毎日変わる。」
「資材置き場が足りない。」
そこで美咲はAI施工管理システムを全面導入した。
作業員全員にICタグを配布。
入退場を自動管理。
作業場所をリアルタイム表示。
資材搬入もAIが予約制で管理する。
大型モニターには建物全体の進捗が映し出される。
まるで巨大空港の管制センターだった。
最初は反発もあった。
「職人に監視は必要ない。」
ベテラン職人たちは不満を口にした。
しかし事故件数が減り、作業効率が向上すると評価は変わった。
「確かに便利だな。」
「待ち時間が減った。」
現場は徐々に一つのチームになっていった。
工事開始から一年。
灰色だったスケルトンに次々と新しい設備が組み込まれていく。
建物は確実に生まれ変わり始めていた。
そしてある日。
最上階の足場から完成に近づく街並みを見下ろしながら、美咲は静かにつぶやいた。
「もうすぐ住民の皆さんが帰ってくる。」
だがその頃、別の場所では大手ゼネコンや不動産業界が動き始めていた。
この再生プロジェクトの成功が見え始めたことで、全国の老朽マンション市場を巡る巨大な競争が始まろうとしていたのである。




