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57話 勇者への文句

 広い部屋、本来舞踏会などに使われるはずのこの大広間。

 そこには、多くのバンパイヤがいるが、その中で一対一で戦う者たちがいる。

 一方は、この屋敷の主、吸血鬼エイブラハム・スチーマ―。

 そして一方は、記憶喪失の勇者タイムだ。

 その構図は、悪対正義。

 客観的に見てもそう思えるし、本人たちもそう自覚していた。


 タイムが剣を振るう。

 自身を中心として、12等分方向によって対応を変える。

 これがタイムの剣技だ。

 この剣技は、タイムが記憶喪失して尚、体が憶えていた技術だ。

 動きだけ染み付いていて、剣技としての流派や名称などは解らない。


 エイブラハムの動きに流派はない。

 吸血鬼としての感覚と身体能力を押し付ける戦法をとっている。

 これが意外に厄介でスキルも相まってタイムが負けている。


 タイムは、剣で切る。

 その斬撃は容易く避けられる。

 エイブラハムは、血を槍のようにして刺す。

 タイムはそれが掠り、切り傷となる。

 幸いだったのは、パキラのように血液が血管内に侵入しなかったことだ。

 そして、この傷なら瞬時に治癒が可能だ。

 その戦闘の最中、タイムには常に考えることがあった。


『三人は、大丈夫か?』


 仲間の安否。

 それだけが気になっていた。

 三人とも互いの強力が得られていない。


 タケは、三人の中で最も戦闘から離れている。

 最弱と言ってもいいかもしれない。

 最も心配するべき人物。

 それがタケ。

 そして同時に現在、最もタイムが心配していない人物でもある。

 タイムには、不思議とタケならば大丈夫だという自信があった。

 最近のタケの覚悟の決まり様が引き締まってきたからだろうか。


 アイリスは、大丈夫だろうと思っている。

 これは、勘ではなくしっかりと理由がある。

 アイリスは、三人の中で一人だけスキルを使わない。

 それだというのにサンクトゥスのテロでも無事だった。

 アイリスは、技術で言えば、この中で群を抜いて秀でていると言える。


 パキラは、最も心配している。

 パキラは、強い。

 それはもう少し理不尽なほどに強い。

 圧倒的基礎スペックの高さ。

 心配する要素など普段はない。

 だが、今回は場合が違う。

 パキラが膝を突いて倒れた。

 毒への耐性をもっているのにとても弱っていた。

 あの状態でも簡単にやられないだろうが、相手はバンパイヤだ。

 もしもがあるかもしれない。


『大丈夫かなぁ………………』


 タイムは、自身を少し不甲斐なく思う。

 タイムの理想の勇者は、こんな時、仲間を助けらるような存在だ。

 できることなら今すぐにでも目の前の吸血鬼を倒したいと考えている。

 だが、現実は非情というべきか、理を順守しているというべきか、吸血鬼に苦戦していて手一杯だ。


「大体、何で聖剣の効果がいまいちなんだよ! 弱点だろ!」


 タイムが文句を言う。

 聖属性の攻撃が精々気を引くほどのダメージしか与えられない。


「私のスキルの効果だ。文句ならば、スキルに直接言うといいぞ」


 エイブラハムの機能『吸血の王』の効果により、エイブラハムの吸血種としての弱点は、ほぼないと言ってもいい。

 弱点のほとんどは、少しヒリヒリするや不快感があるくらいの効果しかない。

 しかも、種としての性能はそのままどころか上がっている。


 エイブラハムは、血液で剣を形作る。


「さぁ、チャンバラ遊びといこうではないか」


 エイブラハムは、煽るようにいう。

 タイムにとって命がけの戦闘もエイブラハムからすれば、遊びのようなものだった。


 ◆


 タイムは記憶がない。

 少し前、あの殺風景な砂漠で立っているより以前の記憶がない。

 しかも、手掛かりさえ一切ない。

 持ち物はない。

 周囲には、物品もなく、どうやってあそこまで辿り着いたのかすら解らない。


 アイリスに会えたのも奇跡に等しい。

 タイムの進む方向が少しでも違えば、途中で少しでも別の方向へ進んでいたら。

 少し、休憩でもして時間が過ぎていれば、アイリスには会えていない。

 その場合だとタイムは、どうなっていただろうか?

 人のいる町へ着いただろうか?

 何処かしらの町に着いたりしていたとして、冒険者に成っていただろうか?

 案外、自分の素性がすぐに判明するような可能性がすぐ真横にあって、奇跡にも等しい確率で外しているのかもしれない。


 それは別にタイム一人に言えることではなく、他の者にも言える。


 アイリスは、タイムと出会わなければ、あの怪鳥に殺されていただろうか?

 案外、魔法で簡単に追い払えたかもしれない。


 タケは、タイムに出会わなかったらタイムが仲間にしなければ、どうなっていただろうか?

 すぐに生活に困るかもしれないし、挽回して安定した生活をするかもしれない。


 パキラは、どうなっていただろうか?

 パキラなら冒険者をやっているだろうが、あまり変わらないようでもある。


 神聖国サンクトゥスは、どうなっていたか?

 今と変わらないか、それとも今より酷いだろうか?


 こんなことにあまり意味はない。

 ただ、空想で後悔するか今の優越感に浸れるだけだ。


 では、少し変えよう。


 今ここでエイブラハムによってタイムが殺されたら?

 少なくとも状況は、いい方向にはならないだろう。

 最悪の場合、バンパイヤになったタイムが三人に襲いかかるなんてこともありえる。

 三人からすれば、そんなことは勝てても嫌だろう。


 もし、今この瞬間にも仲間が死んでいたら?

 事件が解決できたとしてもタイムは、後悔するだろう。

 実際にその時、何一つできることはないが、タイムは後悔する。

 もし、今に戻れるというなら頷くだろう。

 後悔先に立たずというが、これは先にならないだろうか?

 ならないだろう。


 タイムは、後悔しないような生き方をしたい。

 それが正しきことだと思うから、勇者だと思うから。

 タイムは、理想の実現を諦めるような選択はしたくない。

 理想の実現のためならば、禁忌でも何でも犯してみせよう。

 それはきっと勇者だから。

 万人に正しくし、悪へも正義を押し付けよう。

 それはきっと勇者だから。


 そう、それはきっと、タイムの理想の勇者だから。


「ふむ、終わりか存外耐えたな」


 エイブラハムは、タイムへ向けて軽い称賛を贈る。

 タイムは、負けかけていた。

 見る者によっては、負けたと断言する者がいるかもしれない。

 否、全員がするだろう。

 傷は、誰が見ても重症だ。

 自らの血で汚れていて、傷がどこかもわかり難い。

 辛うじて意識は、残っているが、もうろうとしている。

 だから可能性のような、戦闘に関係のない空想を始めている。

 信念を繰り返し、頭の中で復唱している。


「勇者と言えどこの程度………………伝説のようには、ならぬな」


 その言葉でタイムの意識が少しだけ起こされる。

 それは怒りからの文句に近い憤りからきた気合だ。

 相手は、エイブラハムではない。

 タイムが文句を言いたいのは、スキル【勇者】だ。

 タイムは、死にかけていることなど全く気にせず、文句を連ねる。


 何が勇者だ。

 肝心な時に役に立たない。


 何が正義だ。

 負けているではないか。


 何が珍しいだ。

 希少なだけじゃないか。


『何が勇者だ。役立たず』


 その言葉は、次第にタイムへ跳ね返っていく。

 己のスキルへの文句は、自身の腕や脚に文句を言うのと同じだ。


『あぁ、もっと強かったら………………』


 もっと強ければ、先ほどの空想も足が付く。

 もっと強ければ、もっと強ければ、もっと………………


『あなたは、後悔しますか?』


 タイムへ宗教じみた問いが投げられる。

 耳を介さず、頭へ届く声。


『もし、ここでこのまま死んだら、後悔しますか?』


『あぁ、もちろんだ』


 タイムは、迷わず答える。


『それは、あなたの意見ですか? 他でもないタイムとしての意見ですか?』


 謎の声は、追及するように問う。


『勇者タイムの意見だ』


 タイムは、答える。


『そうですか………………それならば、あなたにこちらを返しましょう』


 タイムは、薄れる意識だが、この声に既視感のようなものを感じる。

 この場合、既聴感が正しいのだろうか?


『どうか、どうか、魔王を倒した時と同じ轍を踏むことがないよう、願っています』


 その最後の言葉でタイムは、思い出す。

 この声を前に聞いたことを。

 記憶が無くなって以降のことだが、確かに聞いた。

 いつかの冒険者ギルドで。

 願いに呼応するように。


 ◆


 エイブラハムは、タイムを放って、背を向ける。

 もう用はない。

 このままならば、勝手に死ぬ。

 止めを刺す義理もない。


『さらばだ。勇者もどき』


 エイブラハムは、冷たくそう思った。

 その時だった。

 エイブラハムは、何故か危機感を覚えた。

 何かが起こるわけでもないことは、すぐに解った。

 実際、何も起きなかった。

 しかし、エイブラハムはタイムの方へ向き直る。


 タイムは、そこにいた。

 ただし、立っていた。

 二本の脚で体を支えていた。

 先程までは、瀕死で壁にもたれかかり座っていたというのに。


「貴様、何者だ?」


 エイブラハムは、尋ねる。


「勇者タイム」


 タイムは、剣を持ち直した。

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