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胸の中の宝物

 その翌日、その日は一年最後の日だった。私と家森先生は招待メールの時間通りにベラ先生の部屋へお邪魔した。出迎えてくれたのはタライさんで何故か白いタキシードを着ていた。それも驚きだし、パーティというからたくさん来てるのかと思いきや、来ているのは我々だけだったことにも驚きだった。


 ベラ先生の部屋のリビングの壁はオーナメントでデコレイトされていて暖色の照明がキラキラと反射していて綺麗だった。テーブルにはたっぷりとホイップの乗っかった大きな3段ケーキと、鳥の丸焼きと、オニオンリングタワー、それにコブサラダに、赤いスープと……ん?パイかな?パイか、グラタンのどっちか分からないものが置いてあった。


「すご〜〜い!ご馳走!!」


「せやろ!もう早起きしてめっっっちゃ頑張ったよ!あ、この赤いのはボルシチね。彼女が好きなんや。」


 へえ〜〜、初めてみる食べ物だ。それにしても参加人数の割にはすごいご馳走だけど。同じことを思ったのか家森先生がタライさんに聞いた。


「それにしても我々だけですか?それにベラは?」


「ああ、ベラ様は寝室におる。ちょっと着替えるのに時間がかかってるんや。それにあんたらだけでええよ。これは神聖な愛と魂の儀式やから、あの人この人に見せるもんやないの……フッフッフ。」


 タライさんがワックスで固まっている彼の頭を撫でながら言った。それにしても今日のタライさんはキマっている。蝶ネクタイまでつけて。じっと彼のことを見ているとタライさんが私の方を二度見してきた。


「な、何ジロジロ見てんねん!あ、ヒーたん今日のドレスめっちゃ素敵やん背中なんてまぁ〜〜〜セクシーやな。家森先生もこれたまらんと違うか?「何を」そうそう!ベラ様から聞いたけどヒーたんと家森先生お付き合い始めたんやろ?おめでとう!」


 笑顔のタライさんが握手をしてくれたので礼を言った。今度は家森先生に向かっておめでとうございますと言って握手をしていて、それが終わるとタライさんはこちらを向いた。


「どうなん?」


「え?何がです?」


 タライさんがニヤッとした。


「……帰ってきたその日に告白されたんやろ?」


 ああ、その時の話を聞きたいのね。


「そうです。嬉しかったです。家森先生にも心配かけちゃってましたし、恋人になれて嬉しかったです。そのあとは恋人同士なので一緒にお風呂に入ったんですけど、キスが止まらないどころか最終的に「いやああ!飾り付けが綺麗だ!これを高崎とベラが二人で!?いやあ、見事なものですね!」


「……家森くんったら全く。帰ったその日ぐらい休ませてあげなさいよ。ふふ。」


 声のした方を振り向くと、そこには純白のドレス姿のベラ先生が立っていた。


 ……!?


 うっわ……美しい。


「羨ましいやろ、家森先生。」


 背後からタライさんの声が聞こえた。


「僕はヒーたんのが見たいので結構です。」


 ボソッと放たれた言葉、多分みんな聞こえてたよ家森先生……。予想通りに、いつも以上に華やかなメイクをしているベラ先生の綺麗なお顔が歪んだ。


「何ですって?」


「ああいや……あ、しかしこのご馳走美味しそうですね!」


「アッハッハ!もうさっきから家森先生必死やん!これは俺のスペシャルコースやもーん。このケーキはジョンの実家のケーキ屋さんのやけど。」


 そうなんだ。ジョンの実家ってケーキ屋さんなんだ。皆でテーブルの側に移動して、置いてあったワイングラス4つのうち2つにシャンパンと、もう2つにサイダーを入れて乾杯することになり、タライさんが挨拶をし始めた。


「今日は俺とベラ様のラブラブパーティに来てくれてほんまにありがとうございます。「ラブラブパーティって何?」ラブラブパーティとは何か?それは俺とベラ様の次元を超えた愛の誓いの儀式でございます!まあ彼女が今日誕生日なので儀式やるの待っててよかったわ、ヒーたん帰ってきてくれたしな。そう、俺とベラ様は仲がいい。これからもずっとや。永遠に続く我々の愛の奇跡に乾杯……。」


『乾杯……ふふっ。』


 タライさんのその雰囲気が新鮮すぎて、私も皆も笑いを漏らしながらグラスを合わせて一口炭酸を流し込んだ。それにしても今日、12月31日ってベラ先生の誕生日だったんだ。プレゼントを持ってくればよかった。


「ベラ先生お誕生日もおめでとうございます!後でプレゼントを……。」


「いいのよ、ありがとう。このパーティがプレゼントみたいなものだから。一緒に楽しみましょう!さあケーキを!」


 それを聞いたタライさんがキッチンの方へ包丁を取りに向かった。シャンパンを口つけた家森先生が喉に流しがてらベラ先生に話しかけた。


「っ、それにしてもこれはまるで……結婚式のようですね。」


 それに反応したのはタライさんだ。


「ちゃいます。魂の愛の誓いの儀式です!キスとかしない、そういうこともなし、でもハグはするし俺たちは仲が良い。鳥と魚は同じとこで暮らせるんやと証明するんや!そんなグレーゾーンもたまにはいいやん?」


 私は納得して頷いた。


「なんか大人ですね!応援します!」


「ありがとな、じゃあベラ様ケーキ切りましょ!一緒に切るんやで!?」

「分かってるわよ!ちょっとちゃんと持ちなさいよ!」

「そんなとこ持ったらあかんて!怪我するよ!」

「あなたがもうちょっと詰めなさいよ!私の手は大きいのだから!」


 二人が一緒に包丁を持ってケーキの1段目に近づいている。ちぐはぐしている所作が面白くて、私は家森先生の携帯で動画を撮りながら二人を応援した。家森先生も笑いながら見守っている。


 スッとケーキに入刀したところで私と家森先生が拍手した。そしてケーキに包丁が刺さったまんま、ベラ先生がタライさんをハグしたのだった。なんか知ってる二人のそういうのってちょっとそわそわする。ふふっ。


「よっしゃ!じゃあ後は各々、食べたい分だけぶった切って食え〜〜〜!」


「おーー!」


 私と家森先生はお皿とフォークを持ってケーキに近づいた。もうタライさんとベラ先生はフォークでほじりながら互いの口に放り込み合ってはしゃいでいる。それを見てちょっと羨ましくなったのか、家森先生も私の口にケーキを入れてくれたので私も家森先生のお口に入れた。


 うん、うまい!


 微笑んだ後に、彼がキスをする前の熱っぽい視線を向けてきたことに気づいた。ここではちょっとまだ恥ずかしいので、ケーキをまたフォークですくうことにした。その時に、そのケーキの一番上にホワイトチョコのプレートが乗っかっているのを発見した。


 チョコでこう書かれいている。


 ☆ベラとタライのラブラブパーティ☆

   ☆Takasaki Raito☆

 ☆Вера Сйдорова☆



 ……?


「どうしました、ヒーたん。」


 私はプレートを指差して彼の方を向いた。その時に家森先生が私の口にケーキを突っ込んできた。食べたけど、美味しいけど、ビックリした……ふふ。私は咀嚼しながら彼に聞いた。


「タライさんの名前の下ってベラ先生の名前ですよね?」


「ああそうですね、V、e、r、a、でベラです。キリル文字ですよ。僕も彼女に教わるまでは全然読めませんでした。」


 そうなんだ……難しい字をしている。因みに苗字はなんなんだろう。


「ベラ先生の苗字ってなんです?シーポ?」


「あれは英語アルファベットに変えるとSydorovaなのでシードロ「ねえちょっと、家森くん話したいことがあるのよ、ちょっといいかしら?」


 ああはい、と家森先生がベラ先生に連れられてソファに座ってしまった。

 するとタライさんがサンタさんのようにケーキまみれの口しながら、頭をゆらゆらと揺らしてこっちにやって来たので遠ざかる。


「おい待てや、なんで逃げんねん!」


「冗談ですって!でも良いですねタライさん、ベラ先生とこんなに仲良くなって!」


 まあなとタライさんがティッシュで口の周りを拭きながらキッチンのシンクに寄っかかった。そうそう、ちょっとした疑問がある。


「タライさんは……なんていうか、ハグだけでもいいんですか?キスしなくても。」


「ああまあ、俺って実はドライな方やから無くても平気は平気や。ハグ出来るからそれだけで俺はもうたまらん。でもあんたらはちゃうやろ?特に家森先生はちゃうやろ?普通ではないやろ?言うてみ?」


「……普通ですよ。」


「なわけ!」


 家森先生風に答えたタライさんが面白くて二人で笑ってしまった。息が落ち着いたところでタライさんが聞いて来た。


「ほんで、来期はどうするん?まだいるやろ?俺ら、街に移動するの知ってるよね?」


「知ってます!それに今年の後期は単位全部落としたので来期もいますよ!ドロシーさんも待っててくれるって。」


「そっか!ほんなら良かったわ!また一緒に頑張ろーね、ヒーたん!」


 乙女のように可愛らしい声で言ってきたタライさんに笑顔で答えた。


「はははっ!はーい!」



 *********



 ベラに呼ばれた僕はソファへと座った。純白のドレス姿の彼女は、いつになく綺麗だ。


「な、何よ。」


「いえ……ふふ、似合うなと。」


 照れ隠しなのか僕の肩を手の甲で男らしく叩いて来たベラに、僕はどうして自分をここへと呼んだのか聞いた。すると彼女はじっと遠くを見つめた後に言った。


「ねえ家森くん。」


「はい?」


 僕はシャンパンのグラスに口を付けた。


「……そういうこと無しで、子どもが欲しいって言ったらどう思う?その件について詳しい?」


「ぶふっ!……急に何を。ま、まあ……医師でしたから方法については詳しいですが。」


 僕は少し自分の手にこぼしたシャンパンをハンカチで拭きながら答えた。なるほど、彼女の言いたいことは理解したが、出来れば担当したくはない。

 ベラはいい、その相手が不快なのだ……。


 しかしベラは僕の答えを聞いて安心したのか、微笑みながら僕を見た。僕はさっき十分に飲むことが出来なかったシャンパンのグラスにもう一度口を付ける。


「そう、なら良かったわ。ふふっ。ちなみに性転換は?」


「ぶっ……また奇抜な問いですね。しかも高崎をですか?正直……担当したくない。」


 またもや僕はハンカチで手を拭こうとしたが、ベラがテーブルに自分のグラスを置いて僕のハンカチを受け取り、僕の手を拭いてくれたのだった。


「試しに聞いてみただけよ。詳しいのならそれでいいわ。ふふっ。それはそうと、家森くんはどうなの?その……ヒイロと将来は。」


 ああ。聞かれたか。僕が苦渋に満ちた表情をしたのを見たベラは、その微笑みを消してしまった。僕はキッチンのシンクに寄っ掛かりながら楽しげに語らいでいる二人に聞こえないように小声でベラに話した。


「実は、ここだけの話。」


「何よ。」


 ベラが耳を僕に近付けた。


「僕は望んでいません。彼女は僕のものです。もう一生かけて独り占めしたいんです。僕は罪な人間でしょうか?」


「ネットの知恵袋みたいに質問してこないでよ……ふふっ。まあ、そういう愛もアリだとは私は思うけれど。」


 なるほど。ベラに承認されて僕は気が楽になった。彼女が友人でよかった。


「そうですか、ではベラにベストアンサーをあげます。ふふっ。」


 ベラは笑いながら立ち上がった。


「ふははっ!あなたも面白くなったわね、あ!そうそうこのパイ私が作ったのよ!ねえ食べてみてちょうだい!」


 どれどれ。僕も立ち上がってごちそうが乗っかっているテーブルに向かった。ベラが僕の前に差し出して来たのは……パイのような液体、いやそう見える固体か?その物質の集合状態が、見ただけでは把握出来ない恐ろしげな何かだった。


 魚介のような、いや根菜か?有り得ない話だがゴムかもしれない。とにかく有機魔法学を教えている、匂いには敏感な僕でさえ嗅ぎわけることの出来ない何かを、ベラが鼻歌を歌いながら取り分け皿によそっている。


 僕の目は明らかに泳いだ。その時に、ソファに高崎が一人座ってオニオンリングを食べているのが目に入った。ヒイロは居ない。よし。


「あ、そうだ……ヒイロと食べますよ!呼んできます!」


「え?ヒイロならそこにいる……あれ消えたわね。じゃあ頼人くん食べてちょうだい。「俺ちょっと今これ食べてるからあとで」あ?食べないの?」


 仕方なく取り分け皿を受け取った高崎を見て、僕は微笑みながら彼女の姿を探した。


 廊下や寝室にも居ない、お手洗いも使用中じゃない、どこだ?と探していると、彼女は何故かリビングの窓の向こう、ベランダに立って雪を眺めていたのだった。


「風邪をひきます……」


 僕はソファに置いてあったブランケットを手にして彼女の元へと向かった。



 *********



 雪が積もっている。雲の彼方には水色の柱が空に向かって伸びていた。普段見るよりも美しく感じたのは、私の胸の中に、思い出があるからなのかもしれないと感じた。


 肩をふわりと温かさが包んだ。振り向けば、家森先生がブランケットを私にかけてくれたのだった。


「どうしました?こんなところでぼーっとして。」


 私にくっつくようにして立つ家森先生が、ベランダの手すりに肘を乗せながらじっと白く染まっている木々を眺めた。私も手すりに寄りかかりながら答えた。


「うん……自分の中に思い出があることが嬉しいんです。この学園には思い出がいっぱいある。花壇のところでタライさんとお話ししたなとか、校庭でベラ先生と共に魔弾の撃ち合いしたなとか。そして……私の思い出の大半に欧介さんがいる。」


 私は自分の胸に手を添えて彼を見つめた。


「この胸の中には、たくさんの欧介さんがいる。」


 振り返って私を見つめる家森先生は、少し顔を赤らめながら優しく微笑んでくれた。彼の鼻から抜けた息が白く消えた。


「ふふ、これからもたくさんの思い出を二人で作っていきましょう。これからも、今日の夜も。」


「え?」


 どういうことかと聞き返したが、ちょっと意味は分かってしまった。


「さて、ベラが手作りのパイを食べてもらいたいそうなので戻りましょう。」


「ああ、あれやっぱりパイだったのですね……」


 笑いながらリビングに戻ろうとしたその時に、家森先生に腕を掴まれた。


「その前に」


「え」


 彼がニヤリとした。その笑み、見たことがある。


「僕を置いていったお仕置きがまだでしたね、さあ首を出しなさい。」


「ええ、ここで?ああ、はい……。」


 彼の方へと引き寄せられて、私は覚悟を決めて天へと顔を向けた。

 甘噛みの感触に少し体をよじらせるとそれが面白かったのか、ふっと彼の息が首筋にかかった。


 変わっているけれど、彼のこれも好きなことは事実だ。

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