龍と魔女 (終)
突き立てた瞬間、そこに……なにも起こらなかった。
一瞬、何か言いかけて、以前精霊使いが言ってた事を思い出し、少しだけ待つ。
呪文の中には、しばらく時間がかかるものがあるんだって、精霊使いは言ってた。それを思い出したんだ。
で、しばらく待ってもなにも起こらない。敵の魔法による攻撃は、だんだんと激しくなってきており、化け物は二度目の魔法を鏡に放つと同時にうんともすんとも言わなくなった。まあ、強力な龍殺しの魔法を少なくとも5度は受けてるから、流石と言うべきかもしれないんだが。
流石にじれてきて、儂は思わず妖女の方に向かって「どうなってるんだ」って言おうとしたそのとき。
ピキ
そんな音を確かに聞いた。
そして。
妖女が今まで突き立てていた杖を引き抜くと同時に、地面に亀裂が走り……いきなり水が噴き出してきた。
「なんだぁ」
そして、一気に腰の辺りまで増えた水に軽い恐慌を引き起こし「おい、大丈夫なんだろうな」と間抜けな質問。
妖女は小憎らしいほど清々しい笑顔を浮かべると、一言。
「安心せい、妾は泳げる」
「アホかぁ」
何をどう安心するって言うんだ。増え続ける水の中で、儂とリーダーは、何故か同時に突っ込んでいた。
あのときは、助かったのが本当に奇跡としか思えなかったな。全員、ずぶ濡れになったが、何とか命だけは助かったってとこだ。
洞窟の別の穴から吐き出された後、何とか乾いた岩場を見つけた儂らは、そこで躰を乾かしながら、ほっとしていた。全員びしょぬれで、くたくたで、こんな時にはぐれ小鬼一匹でも出会ったらひとたまりも無かったろう。もっとも、どうせ小鬼達もいきなりの水で大あわてだろうから五分五分かもしれない。
驚いたことに、足を失った斧使いも横たわっていた。残念ながら、彼は血を失いすぎてしばらくして息を引き取ったが、誰かが肩をかしてくれたおかげで水の中でおぼれ死ぬことは免れた。
意外に思うだろうが、担いで助けたのは、あの化け物の騎士だった。だが、儂らは別に意外とも何とも思わなかった。この騎士は貴族様でなく兵士なんだって、それで分かったんだよ。向かい合っての戦場では血みどろで争うくせに、不思議なモンだがそいつがよっぽどの根性悪で無い限り、隣に怪我した人間がいれば思わず助けちまう、そんなところだ。
後で知ったんだが、あの化け物を操るために他に3人従者が乗ってたそうだ。ただ、龍殺しの魔法を受けた際に騎士以外はやられたらしい。で、何とか化け物からはい出したところに斧使いが運ばれてきたもんで、あまり深く考えずに肩をかして泳いだそうだ。
「後は、侯爵に成功報酬をもらうだけだな」
妖女は怪訝な表情を一瞬浮かべ、そして納得したようにうなずいた。
「なるほど。殺してはおらぬが、もう恐れることはない。つまり、退治したと言うことか」
「そう言うことだな」
「そういやぁ」儂は、ふと思ったことを妖女に尋ねた。「あんな事して土龍は大丈夫なのか」
「モーラなら心配いらぬ。傷が癒えるまでの間、水の中で休むだけの事じゃ」
彼女は、年相応に可愛らしく肩をすくめた。
「じゃが、もはや守るものとて無いがな」
そんなたわいもない話をしながら、何とか気力が回復するのを待って、斧使い……嫌、ドノバンと騎士の従者達のための墓を作ってやる。
それから儂らは侯爵領のはずれにある小さな砦に向かった。そこには、結果を待つ侯爵がいるはずだからな。
「で、儂らの話を聞いて、侯爵は顔を青くしたり赤くしたり白くしたりと大忙しだった。見てて楽しいくらいだった。まあ、当然だな。依頼は見事に果たしてる。文句つけるいわれはない。だが、本当の狙いは、見事水の底におさらばだ。
楽しくはあったが、その所為で儂らは共和国での仕事を諦め、帝國の方に移る事になったんだが、まあそれは結果的には良かったんだがな」
店主は話し終えると、残ったエールを一気に流し込んだ。
「さて、今日の話はこれでお終いだ。みんな、どんどん食ってくれ」
店主の言葉とともに、皆一斉に焼き上がった豚や羊を注文し、無くなった酒のお代わりを頼んでくる。こうなると一人では間に合わない。以前は、美人で評判の女将さんが手伝っていたのだが、最近では母親似の可愛い女の子も手伝いをしている。
「店主さんに似なくて良かったな」と笑ってからかわれると「だから、おもしろい話なんて出来ないですよ」といった風に笑顔で切り返すところは父親の血だろうが、顔立ちは完全に母親の方だろう。全く上手いこと血をひいてる、と言うもっぱらの評判。
これで、次の月までがんばれる。来月だと満月からは少しずれるが、なに、かまうものか。次は、どんな話だろう。今日の話で出てきた魔女や騎士の事を聞いても良いかもしれないな。いや、久々に宮廷話も捨てがたい。
何しろ、月に一度のお楽しみ。
そう、安息日前の満月ともなれば、小鬼どもすら騒ぎ出すのだから。
冒険家 ~妖女と龍~ ヲハリ




