魔女と龍 (3)
咆哮と同時に、鏡の中で閃光が煌めいた。
そして、それと同時に聞こえた巨大な爆音とともに、土龍の胸がいきなり爆ぜた。
儂らを襲うべく立ち上がっていた土龍が、その一撃でゆっくりと倒れ、ほんとに"どすん"と言う音を響かせて崩れ落ちていったんだ。
ああ、ほんとに一撃だったよ。
皆、何が起きたのか理解できなかった。そりゃあ、龍を一撃で屠る、そんな化け物が存在するなんて、噂でも聞いたこと無かったからな。
え、土龍だから弱かったんだろうって?
いや、空を飛べない土龍は、その所為で一段低く見られがちだが、事頑丈さに関してだけ言えばどの龍よりもよっぽど堅い。飛べない分攻撃をかわすのが難しいからだろうが、その分頑丈だっていうのが定説だな。逆に、空を自由に翔べる翼龍なんかは、案外一撃に弱い事が知られてる。もっとも、飛龍に攻撃を当てることなんて、よっぽど腕か運かがなきゃ不可能な話で、あたらなければどうと言うこと無いってのを地で行ってる訳だ。
一瞬後、我に返った儂らは、いままで見ていた、あまりのことに茫然自失している妖女の方からあわてて鏡の方に顔を向けた。
その化け物は、まさに鏡の中から現れてきた。比喩的な意味でなく、その通りに、な。
まさしく、地獄からの化け物と呼ぶのがふさわしい異形の存在で、儂らの知っとるどんな化け物とも似ても似つかなかった。そうだなぁ、そのとき儂は、長い嘴のついた亀みたいなと思った。精霊使いは、部族の伝承に出てくる甲虫を思い浮かべたと言ってたな。肌の色は、黄色っぽかったんだが、トカゲみたいに毒々模様があって、それでいてトカゲとかとは違って乾いていた。 そして何より、しっぽが無くずんぐりしている。
そいつは、すさまじ異音とともに、蛇みたいに手足が見あたらないのに祭壇の段差を難なく乗り越して迫ってきた。
真っ先に動いたのは、怪力の斧使いだった。
化け物に駆け寄ると、両手で持った戦斧を大きく振りかぶる。そして放たれる、赤帽さえ屠った渾身の一撃。それに合わせて、精霊使いが手にした投槍を放った。
槍を易々とはじいた化け物だが、さすがに斧の一撃は避けられない。だが、信じられないことに、そいつは全く無傷だった。嫌、多少は表面に傷らしき物がついていたけど、それだけだった。
それどころか逆に、斧使いの戦斧の先端が吹っ飛んでいった。斧の刃で切られたのか、斧使いは右手から血をだらだらと流しながら奇妙な踊りを踊ってた。まあ、実際には手がしびれてた所為だと思うがね。
だが、それがやつの不幸だった。斜め後ろから化け物に接近してたんだが、一撃を難なく受けたと同時に、いきなり後ずさりし出したんだ。斧使いはまともにはねとばされ、右足を化け物に踏みつぶされた。あの寡黙な斧使いの、張り裂けんばかりの絶叫を聞いたのは後にも先にもこのときだけだったな。
精霊使いと魔法使いが、それぞれありったけの術をぶち込んでいる間に、儂はリーダーと共に右足を失った斧使いを助けようと駆け寄った。
化け物の方は、今度は、少し下がった場所で体を右へ左へと回転させ、あたりを伺いながら威嚇している様だ。
視界の端に、モーラと呼ばれた土龍に向かって、何か叫びながら魔女が駆け寄っているのに気づいたが、とりあえず後回しにすることにして、斧使いの脇に肩を入れ、動けるように。
儂とリーダーとで何とか斧使いをさっき入ってきた、洞窟の入り口あたりに寝かせると「全く、どうしたモンだ」とリーダーがその化け物の方を向いて話しかけてきた。
こちらこそ、どうしたもんだか聞きたいよと思いながらも、 「逃げるか」と軽口を返しておく。
「追ってこられたらどうする」
「洞窟の通路は……ぎりぎり抜けられるかもしれないのか」
そうなんだ。確かに通路は狭い。だがそれは、洞窟に比較してと言う意味で、人が二人並べる程度には広い。だから、ここから土龍が外に出ることは確実に出来ない。だが、あの化け物は土龍よりも細そうだ。
もちろん、通れない可能性の方が高いんだが、きちんと計った訳じゃないから、断言は出来無い。それに、別の出口が無いとも限らない訳だ。あんな化け物が世に放たれたら、全くかなわない。
「全く、楽な仕事ってのはないモンだな。だが、依頼の真の目的がわかった」
リーダーは自分の装備を直しながら「侯爵、異界の力を手に入れようと考えたんだ」と続ける。
異界の力を呼び寄せるには、二つ方法が知られてる。一つは、霊的な存在を呼び寄せる降霊術で、もう一つは物理的に取り寄せる招喚術。そして、招喚術では、異界との接点として魔方陣を用いるが、より強力な招喚を行うために特定の場所に現れた……
「なるほど異界方門ってやつか」
リーダーはうなずく。
「まあ、制御出来るとでも考えたんだろ。まあ、いきなり龍殺しの怪物が現れるなんて想像しないだろうから」
「えらいさんなんてそんなもんだろ」
儂がおどけて肩をすくめると同時に、リーダーも苦笑いを浮かべた。
「だが、あいつを倒したら龍殺しを倒したものの称号がもらえるぞ」
「何とも、欲しくねぇ称号だなぁ、そりゃぁ」
そんなたわいも無い会話とは裏腹に、儂とリーダーは斧使いに簡単な治療をすると、使えそうなものを見繕っていた。
そのとき、斧使いがうわごとのように話しかけてきた。
「あれは、肌じゃない。やつは……龍の鱗みたいに、鋼の皮膚をまとってるんだ」
「わかった。だから、このまま休んでろ」
リーダーの言葉にこくりと頷くと、荒い息を吐きつつじっと痛みに耐えようとする。その姿を見て、儂はたいしたモンだと思ったよ。
あんたらもそうだろう、痛いのを我慢するのはなかなか大変だ。紛らわすことが有ればまだしも、それが無いのに我慢するともなれば、それは実に大変なことだ。それを、斧使いのドノバンはやり遂げたよ。
しかし、斧使いが抜けた孔は大きかった。以前の赤帽退治で話したこと有るけど、やつがここぞと言うときに繰り出す斧の一撃はずば抜けてるからな。
だが、儂らは絶望だけはしとらんかった。『絶望は愚か者の結論』がリーダーの口癖だったからかもしれん。
とにかく、どんな化け物にでも弱点は有るはず。
だが……この化け物の弱点はなんだろう。
儂らは、心底頭を悩ませた。




