魔女と龍 (2)
さて、ゴーレムを倒して洞窟の中に入ったわけだが、狭い通路を抜けるとあっさりと広間に出た。警護の次はいきなり親玉登場って感じさせる広間だから、一瞬拍子脱したんだが、よく考えたら、そんな物だ。そもそも、あんな護衛なんて物がいるんだから、複雑にする必要を感じなかったってところだろう。複雑な構造した洞窟なんてもんのほうがまれだ。実際、狭い通路の長さを考えると、かなり気を配っている方だろう。
だが、それ以上に広間を見た瞬間驚いた。何しろ、あの普段はものに動じないあのリーダーが「なんだ、こりゃ」と間抜けな言葉を発したのを儂は聞いたくらいだからな。もっとも、後でそのことを言ってやったら、「俺は15の時の失敗以降、そんな間抜けな言葉を発したことなど無い」って、ムキになって言い返してきたから、まあ、実際間違い無く言ってるな。
確かに、そこは思った以上に広々とした空間だった。この店どころか屋形様のお屋敷だって優に入ろうって大きさだ。
だが、単に広いだけならここまで驚かんよ。その程度の事で一々驚いているほど、儂らも初じゃ無かったからな。
何に驚いたかというと……まあ、一言で言うのは難しいが、端的に言うと、あまりに想像と違っていた事にだな。
厭、いきなりその空間がお花畑で周囲はレースやらタペストリーやらペナントやらで覆い尽くされていた、とか言う方向ではもちろん無いぞ。そんなの、見た瞬間に足が回れ右してるに……
いや、ちょっと何、嫌なこと思い出しただけだ。まあ、何だ。いつか希望があれば話してやるが、エールに値する様な話でもないがね。
全く、ピンクのフリルで飾られた、血まみれの地下牢なんぞ、だれとくの極みだ。
それはさて置き、その空間がどうだったかというと、周囲は岩肌のままだったが、右手の奥に巨大な鏡の様なものが奉られた、質素な祭壇らしきものがあった。
それと対峙する側に、どうやら女性が仮眠を取っているらしい、簡素な寝台らしきものが置かれていた。
そして、中央には、祭壇の側に顔を向けた、巨大な土龍が一匹。
それがその空間の全てだった。
翼を持たない土龍は二種類いるが、ここにいたのは細長い螺旋龍と呼ばれる方でなく、四肢を備えた土竜と呼ばれるやつだ。
とにかく、やっかいを通り越してる存在だ。ゴーレムだって、普通は倒したらそれだけで尊敬を得られる。なのに、龍と来た日には、それが例え土龍だったとしても、龍殺しの称号が奉られるって寸法だ。そんな相手が目前にいる。
だが、それ以上に、とにかく、なんというか……不条理な世界だな。 客観的に見た場合。
とりあえず、何だ。|見ることは信じることだ《百聞は一見にしかず》とはよく言ったもんだ。
まあ、深く考えず、鏡とにらめっこしてるモグラの姿を想像してくれ。儂らが固まった理由もわかるだろう。
そうなんだよ、土龍って奴は、その恐ろしさとを全く想像させない姿をしてるところに持ってきて、今いるのが空間認識を完全に喪失したような空間だ。一瞬、寝台で仮眠を取っているのは人間でなくかわいらしいお人形さんかと思えたほどだ。
そんな儂らのニオイをかぎつけたのか、さっきまで鏡を見つめていた土龍が身じろぎした。同時に、寝台のお人形--もとい、魔女が起きあがると、こちらの方に振り向いた。
「出てこい、盗賊共。だがここには、貴様らが望むものなど何もないぞ」
魔女は、寝起きとは思えない、透き通る声で叫ぶように儂らの方に言ってきた。
儂らは軽くうなずきあうと、声の主の方に進み出た。最初から武器を構えて出るのもさすがに気が引けたから、全員いつでも使えるようにはしてたけど、一応武器を構えることはせずに魔女の方へ向かう。
そのときはじめてその魔女をまじまじと観察できたのだが、距離があるにもかかわらず艶っぽいその姿態は直ぐに認められた。魔女と言うから、年老いた老婆かと思っていたが、どうしてどうして、艶っぽい年増だった。
おい、待て、女房にご注進なんてやめてくれよ、全くしゃれならない。
とにかく、その魔女は黒いローブを着ていたんだが、どちらかというと魔女と言うよりも巫女という方が相応しいように思えたな。多分、奉られていた鏡の影響も強いだろう。龍を奉る巫女、そんな想像が浮かんだ。
実際、嫁みたいにに美人だったよ。
おい、のろけるな、だからににって噛むんだ?
うるさい、うらやましいだろ。だからちゃんと後で忘れるなよ。
でだ、その魔女だが、嫌むしろ妖女と言うべきか、黒い長髪を腰までたらし、黒いローブ越しでも見事な肢体は見て取れた。その切れ長の眼で儂らのことをきっと見据え、鈴の鳴るような美し声で、儂らに言いおった。
「お主らの望む様な財宝など、ここには無い。即刻立ち去るか」
儂らは、顔を見合わせた。どうやら侯爵め、俺らを雇う前に、財宝の噂を流してごろつきどもをたきつけた様だ。残念ながら上手くいかなかったようだが。
「それとも、此の世から去るか」
「それが、残念なことに俺たちが望むものは目の前にあるんだよ」
「ほう、財宝ではないか。ならば、なんだ」
リーダーの言葉に、妖女は問いただす。
「俺たちは、盗賊じゃない。依頼を受けてここに来たんだ」
「依頼だと」
リーダーが、どう言ったものかと逡巡してる間に、隣から大きな声が発せられた。
「|魔女退治」
「なるほど、侯め、考えおったな。良かろう、ならば、モーラ!」
最後の、斧使いの野太い声に反応して、妖女は鋭く土龍の方に向かって叫んだ。
同時に、モーラと呼ばれた土竜が、儂らの方に向かってどすんどすんと大きな音を立てて近づいてきた。妖女は、その隙に、指揮を執るためだろうか、モーラの後方へと身を移す。
ゴーレムの倍以上はある巨体が迫ったとき、全員逃げたいって本気でそう思ったモンだ。だが、変な義務感に皆駆られてなぁ、結局誰も逃げようとせなんだ。
と言うのはさておき、実際は、あんな巨体を見ては、逃げるってのが現実的で無かったってのが本当のところだ。
土龍は、さらに一歩踏み出すとともに、大きく息を吸い込んだ。そりゃあもう、凄い勢いで。そして、吸い込んだ息を一気に吐き出した。
その勢いと来たら、特に炎とか冷気ってわけで無かったが、吹き飛ばされないようにするだけで性一杯ってところで、とても体勢を維持出来たもんじゃ無かった。吹き飛ばされでもしたら一気に壁に叩き付けられて無防備になっちまう。そんなときに土龍の一撃でも食らえば、一瞬でおだぶつだ。
とにかく、ゴーレムといいこの土龍と言い、全く地味に嫌らしく、そして強い。
なんとか耐えきったと安堵をつく間もなく、再び土龍は大きく息を吸い込んだ。
そして、ぐわっと言う咆哮が洞窟に響き渡った。
そして、咆哮と同時に鏡の中で閃光が煌めいた。
用語解説
・龍:いわゆる西洋風の龍としては、四つ足で歩く所謂龍の他に、翼で空を飛ぶ二脚の翼龍もしくは飛龍、翼の無い土龍、前足のある土龍などが, 四つ足の土龍以外でもよく知られている。
<誤記部を内容追記により改訂:04.Jan.2017>
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