魔女と龍 (1)
今回の依頼は、辺境近い丘に居を構えた魔女を退治することだった。
別にわざわざ悪さをしに来るような性悪魔女というわけでは無いようだが、それでも周囲の天候がころころ変わったり作物に影響が出たりとなれば、打倒する大義名分としては十分。
まあ実際のところは、魔女の存在自体が邪魔だという事だ。
何しろ魔女の住まうその丘は共和国と帝國との国境に近く、兵の移動における急所となり得る要所にほど近い。そして、まあ理由あっての事だが、悪い魔法使いとか言ったたぐいの連中が構えるのは、どうしたわけか下手な城塞よりもよほど強固だったりするから、どちらにつくともわから無い不安定要素は排除しておくに限るといったところだろう。別に直接的な攻撃でなく、霧でもはられればそれだけで進軍は鈍ってしまう。
これが、せいぜいが占いや簡単な幻術程度が精一杯なただの隠者だとか世をすねた老婆の類ならそれほどでも無かったのだろうが、幸か不幸か、本当に天候を変えられるだけの実力を持った魔女らしい。
当時、この地を治めていたのが共和国第一国政卿の側近中の側近である侯爵であった事も原因といえるだろう。彼は、彼の王様とその側近に多いタイプだった。そう、困った事にそれなり以上の能力を持っていたのだ。かれの場合は、戦争--といっても直接戦う方でなく、計画や準備それに補給とか言った戦う為の準備をする事が得意だった。いわゆる戦略家だな。だからこそ、戦いって言うのが戦場だけで決まるわけでないって事を身につまされた王様に重用されてたんだが。それ故、魔女の住まうちの重要性を見抜き、彼女を退治すべしと短絡してしまった。そう、取り込むとか言う、どちらかという政治的な選択肢を思い浮かべることもなく。
だが、兵を差し向けるわけにはいかない。調度、例の伯爵が追放された頃で、たださえ緊張が高まっているというのに軍を動かすなど論外。それだけで帝國と戦争になっちまう。
かといって、現時点で敵対しているわけでない魔女にいきなり賞金をかけるというのも問題だ。
そこで、儂らみたいなのの出番となる。
さっきも言ったが、たいがこの手の魔女騒動って奴は、たまたま天候不順やなんやかんやで収穫が悪かったりしたときの身代わりで、実際には簡単な魔法が使える程度の奴がほとんどだ。
まあ、あれだ。森のラスターさん、あの人を思ってもらえば一番早いな。
今のラスターさんみたいにだな、たまにでも村に現れて話とかしてりゃあ村の連中も作物に悪さしたなんて思わんだろうけど、ほら、今でこそうちの上得意で、酔っ払ってみんなにおごって後で頭抱えてる姿見せるけど、そう言った事しなかったら……そりゃ、以前のラスターさんみたいに誤解されるよな。
そうだったそうだった。そういやたまに手品見せてくれるんだよな。確かに、あの人の手品は絶品だ。王宮でも見られないような、珍しい手品ばかりだから。今度また手品してくれって頼んでみるよ。でもあの人、ほら、結構出し惜しみするからねぇ。祭りには絶対やってくれるだろうけど。ああ、確かに、酔っぱらって手品を失敗するなんて、ここでしか拝めない芸当だ。
で、だ。そう言った『普通の』魔女騒動は、駆出の冒険者で十分つとまる。適当に交渉して場所を移ってもらったり、そんな難しい仕事でない。いざとなれば、荒っぽい方法もあるしな。流石に、御館様みたいな解決までいくのは無理だが。おや、知らんかったのかい、ラスターさんが顔見せるようになったのは、御館様の口利きだったんだよ。
話を戻すと、この魔女は弱ったことに実力者だった。それも、すこぶる付きの。
となると……
それなりの腕利きで、かつフリーの冒険家にこっそり依頼するのが一番良さそうだ。といったわけで、当時それなりに名をはせた我々にお呼びがかかった。そんなモンだと儂らは思った。
もちろん、これはその話を聞いたときの儂らの勝手な推測で、直接そんな細かい説明があったわけではない。まあ、殊更依頼主がそんなこと言うはずも無いがね。それに、どうにも王とその取り巻きどもと来たら、なまじ才能が有るだけに市井の連中をバカにする癖が有ってな。説明してもどうせわからんのだから、詮索する間にとっとと仕事をすれば良い、って感じさ。
で、ちょうどそのころは、ほら、前にせがまれて話したことがある赤帽をぶちのめした直後で、名が売れ出した頃のことだ。だから、まだそんな顔も知られておらず、かといって駆出でもなく実力もそこそこあるという、ちょうどおあつらえ向きだったってわけだ。成功する可能性の方がずんと高いのに成功報酬の額から考えると、かなりの好条件だったと思うよ。
一方で儂らにしても渡りに船。いっぱしの名が売れた冒険家になるためには、そろそろ後見というか、後援者が欲しいと考えていた頃だ。そうして見た場合、この依頼はまさしくおあつらえ向き。
この貴族が後見にならずとも、王の側近の依頼をこなしたと有れば何らかの申し出が舞い込んでくる事請け合いだ。
それと、一番の理由は……
実は、そろそろ大きな仕事を入れてみたいとみんな考えてたんだ。何度も組んで仕事をこなしてきたおかげで気心は知れていたから、楽とは思えないが何とかなるだろうといった程度には楽観してたというところだ。
丘までの道をくどくど言ってもしょうがないだろう。
どうも共和国ってのは街道ばかり重視して、田舎道はほっぽってるからなぁ。帝国と違って王様に権力が集まりすぎてるから、田舎領主が自分で出来る範囲が狭いんだよ。
で、まあ、毎度の事ながら安全とは言い難い旅だったってことさ。 とはいえ、既にこういった仕事に慣れてるから、たどり着くのがやっとって事は無かったからわざわざ言うほども無いだろう。
で、国境付近の丘に到着したんだが、魔女は、どうやら地割れかなんかで出来た洞窟を根城にしてた。城とか行かなくても、いかにもな塔とかそういった代物を期待してたんだが、流石にそれは無かった。
道無き道を、といった感じでは無かった。途中から、多分、雨が降ると川になるんだろうなとおぼしき道を歩いていく。あんまり広くはないから、一列に並んで進む感じに自然となっちまう。一列といっても、いきなり雷撃の呪文で全滅なんて流行らない真似はしたくないから、襲われたときはすぐ助けられる程度の間隔を開け、千鳥状《互い違い》に並んでた。
道を抜け、崖の前に来たところで、何かの気配を感じた。
真っ先に気づいたのは誰だったか迄は覚えてないが、皆で目配せしあって一斉に武器の準備をして身構えた。前にも言ったことあると思うが、戦ってる最中ならいざ知らず、移動中には一々声に出したりしない。怪物どもの中には音に敏感に反応するのもいるのに、わざわざこちらから教えてやる必要もない。まあ今から考えると、ちょっと自画自賛気味だが、こういうところでも駆出の段階は超えてたって事だ。
そこには、巨漢の斧使いよりも優に頭一つはでかい石人形がいた。
こいつが、いかにして出し抜くかなんて事を考えるいとまもなく、拳を繰り出してくる。石で出来たとは思えない素早い動きで繰り出される拳は、一撃で巌を砕くほどの激しさだった。現に、まともに一撃を受けた門の脇の石像を軽々と壊してしまった。
やっかいな相手だ。そう感じた。こいつ《ゴーレム》と同時に、こいつを使役する魔女に対しても。
今、目前にいる相手がやっかいな敵なのは言うまでもないことだ。そして、そんなやっかいな敵を使役する魔女ともなると、当然ながらもっとやっかいな敵に決まってる。密かに、見かけ倒しを期待してたのが、この一撃でそんな安易な思惑は木っ端微塵に吹っ飛んだって訳だ。
悪いことに、こいつは石で出来ていた。普通、ゴーレムは作りやすさと動きの滑らかさを重視して、土塊で作られているのがほとんどだ。石だと、動きの方は目前の敵同様ぎこちなくなるが、その一方で大きな利点が有る。
なんだと思う?
何、石だと骨とかが折れやすい?
いや、それは土塊でも大して変わらんよ。結局、まともに受けたらどっちの場合でも良くて骨折、悪けりゃハイそれまでって意味で。だから、受け流したりかわしたりするときにちょっとだけ受ける打撃って事での話だよ。
それは、だな。石だと、とにかく、当たると痛いって事だ。 土と違い、かすっただけでも痛いんだ。
おい、そこ、笑い事じゃないんだぞ。痛いって事は、命に直接関わらないって思えるけど、実はこういう家業じゃそうでもない。おまえさん達も、野良仕事で怪我したらその日の仕事が滞るだろう。痛いと、それだけ自然と体をかばっちまうんだ。確かに闘ってる最中は、一時的に興奮して痛みを忘れるけど、その後でどかっと来る。そこまで考えて石にしたんだとしたら、たいしたモンだ。
実際、ゴーレムは強かった。皆、武器を取って応戦していたが、どちらかというとゴーレムの攻撃を受け流すのに必死だったって感じだ。
そのとき、儂はゴーレムの弱点を思い出した。ゴーレムは頭部の御札に吹き込まれた力で動いている。ゴーレムが不要となった場合、命令者は、その一文字を消すことで原材料に戻してしまうのだ。
そこで儂は、繰り出されたゴーレムの腕をかいくぐり、強烈な一撃をぱっと飛び上がって避けると、逆にその腕を駆け上がり……
とか、かっこよくいけば良いが、まあ、それはあれだ。 無理なもんは無理ってやつだ。
ははは、そう笑うなよ。そんなこと出来るくらいなら、ハナからそうしてるって。
実際には、こっそり離れると、近くの木に上ってゴーレムに飛び移る機会を伺った。最初、この野郎逃げるのかとすごい形相をしてた仲間も、儂の意図に気づいてくれたらしく、皆軽く頷くと同時に、上手いことゴーレムを木の方にと誘導してくれた。
全く、たいしたモンだよ。戦いの最中に相手を上手く誘導するなんて、いくら知性を持たぬ相手とはいえなかなか簡単にできる事じゃない。それを上手くやり遂げたんだから、これは褒めても自画自賛って事も無いだろう。
さて、間合いに上手く入ったのを確認すると、儂はぱっとゴーレムの頭に飛びついた。同時に、御札の一文字を指でごしごしとこすって消してしまった。文字だったところが単なる黒い汚れになると同時に、ゴーレムは崩れ落ちるようにしてただの石に戻った。
「あちゃー、全く」
「どうした」
どすんと地面にたった時の儂の言葉に、近くにいた取り纏め役が問いかけてきた。
「いや、なあ」
儂が指さしたところを見て、一同、はぁと大きくため息をついた。
確かに、誘導は上手くいったんだが……|さっきまでゴーレムだった物《石》の下には、儂らの食事が埋もれていたんだから。
用語解説
・共和国第一国政卿:いわゆる王様だが、建前上王を廃した貴族と市民による共和制となっているため、このように呼ばれている。
※ローマでのカエサル以降や、清教徒革命での護国卿がイメージ的に近い
このため、共和国以外では、建前を使う必要も無いので、普通に王と呼ばれている。




