狩人の詩 (1)
鬱蒼と茂る森の中を、その猟師は小振りだがよく手入れされている狩猟用の弓と、厚刃の小剣を携えただけの軽装で歩いていた。
一見、狩り場へ向かう途中の気楽な移動にも、めぼしい獲物が見つからずに当てもなく歩いている様に見えるが実際は異なる。単に、あまりにも自然体である為にそう見えるだけだ。いや、本来の彼の狩り場と異なるこんな森の奥であっても、必要以上に緊張をせず、逆に知らない場所故に満遍なく意識を向けるが故に、自然体に見えているだけだ。
彼は気難しい森の民にも匹敵する弓の達人で、この辺りでは一番の狩人として知られている。命中箇所によっては巨大な洞穴熊をも一撃で倒せる威力を秘めた魔法の矢を扱い、数々の獲物を仕留めてきた。
尤も、魔法の矢など無くても、関係が無かったろう。その、飛んでいる小鳥を一撃で射落とす狙いの正確さと、自分から数歩の所にまで迫った獣に対して少しも慌てずに弓を射ることの出来る冷静かつ豪胆さ、狡猾と言う表現こそ当てはまる老獪さ。これらこそがこそが彼の強みである。
肉体的には衰えが明らかであるにもかかわらず、今なお彼は森一番の狩人であり続けていたのも宜なるかな。そして、彼はまだまだ後進に道を譲ろうとは考えだにしていなかった。
「……くっ」
荒い息を整えながらそっと毒づいた。
だが、幾多の名声を得てきた名狩人も、年齢という敵には勝てない。数年前なら、この程度で息が上がったりはしなかったのに、と自嘲気味にひとりごちた。
彼は、独特の動作とともに、大きく深く息を吸い込むとゆっくりと息を吐き出すことを何度も繰り返し行う。
やっと息が整ったところで、皮袋の水を少しだけ舐めるようにしてのむと、再びゆっくりと歩き出す。
まだ日は高い。狩りの時間はまだ来てもいない。
突然、ユウは、そっと地面に屈み込んだ。
森の下草に、踏まれた痕を見つけたのだ。かなり新しい獣の足跡で、まだ一時間も経っていないだろう。
全く微かな痕跡で、彼以外ならまず見逃していたであろう。
彼の目は、一気に獲物を見つけた狩人のそれへと変わっていた。
獲物だ。
彼は、矢を何時でも番えることの出来るように、矢筒を腰の右側に結わえ直した。
微かな足跡からでは、獲物が何であるか判断がつかないが、おとなしい動物ではありえない。この辺りには、鋭い爪を持った草食動物などいないのだから。
しかし、彼は足跡こそが探していた『悪魔の牙』の足跡だと直感的にわかった。
『悪魔の牙』
それは、最初に発見された死骸に残っていた巨大な牙の痕から名付けられた。この森に住む最大の動物である長毛象が、一撃の下に倒されたのだ。
喰いきれなかった為であろうか、残された死骸には、それまで知られていた獣のどれにも当てはまらない牙の痕が残されていた。
そして、その恐るべき牙は、ついには人間へと及んだ。
犠牲者は次第に増加している。
あまり乗り気でなかったユウがこんな森の奥へ入る決心をしたのは、何人もの狩人が返り討ちにあったためだが、これはあだ討ちではない。彼の自負心の問題だ。
『悪魔の牙』を狩るのは俺だ。
同じ頃、ダレも気づかぬうちに、森の口に二つの人影があった。
明らかに貴族の子弟の出自もしくは金で騎士階級を買った手合いらしい男たちで、むしろ従者がいない事に、むしろ、なぜと不振に思われる手合いの
「な、なあ、もっと人手があった方が良いんじゃないのか」
銀色に輝く新品の板金鎧に身を包んだ二人組みのうち、黄色の陣羽織を着込んだ方の男が、青の陣羽織の男に話しかけた。戦い慣れした感じを出そうと、わざと汚れをのこしていたりと小細工しているが、その事が逆に経験のなさを際だたせていた。
共に腰には見事な鞘に納められた剣が収まっている。
「臆病風に吹かれたのか。この弱虫」
その言葉を聞くと、変に声を荒げ、問い返す。
「ち、違うさ。怖いわけあるもんか。ただ、人数が多い方が早く発見出来るんじゃないかと……」
「怪しいもんだ。
だが、確かにもう二、三人いた方が探すのは楽だろうな」
「だろう。だから……」
「いや、でも五人も六人もかかって『悪魔の牙』を仕留めたんじゃあ、皆の評価が低くなる」
「だけど、このままじゃあ見つけれないんじゃないかな」
戦場でなら意味を成すであろう板金製の完全鎧など、この様な森の中では全く場違いであるという事実に彼らは全く気づいていない。大きな音のする金属性の鎧を着込んでいて、常に周囲を警戒している獣に接近できよう筈もない。獲物を発見する前に自分の存在を教えているようなもので、逃げるなり逆に襲いかかるなりする時間的余裕を与えてしまう。
更に、本人たちは世慣れた戦士の風を出そうとしているつもりであろうが、態とらしく崩した言葉を使って大声で会話するという馬鹿げた事を行っている。
これで狩りに成功したら、無条件で聖者に認定されるほどの奇跡だ。
黄色い方は、辺りを落ち着かない様子できょろきょろ見回していた。明らかにおびえている。たいして、青い方は一見落ち着き払っているようだが、その行動の端々から空元気であることが伺えた。




