盗掘家業
井戸は、情報通りの場所にあった。
かっては、この辺りの葡萄畑にみずをやるための物だったのだろうが、すでに放置されて久しいらしく、畑は荒れ放題で、井戸も草で覆われて、隠れている。
レモンは、何かロープの端を固定できる物を探していた。
やっと、適当な木の根っこらしき物を見つけると、きっちりとロープを固定した。そして、2,3度強く引張って強度を確かめる。ロープを井戸の中に垂らすと、端につけた重しが、ぽちゃんと音を立てた。それを確認して、レモンはロープを伝って一気に降りていく。
底は、膝下程度まで水があった。
腰から下げていた、落しても割れないというランタンを手に持ち、辺りを照
らす様にした。
光が、さっと周囲を照らす。想像以上、といえる。
神殿の通路とおぼしきその洞窟の壁は、極彩色の模様に彩られていた。模様は、十分に美しく、色彩も失われていない。それは、かっての威容を感じさせる物だ。
レモンは、感嘆の口笛を鳴らした。
そして、足下に気をつけながら祭殿とおぼしき方に向う。
次第に、水深が浅くなってきた。通路が祭壇に向って軽い傾斜になっているのだ。祭壇とおぼしきところに着くと、すでに踝の辺りにまで減っている。長靴の中にたまった水を捨て、祭壇の上部へと続く階段をゆっくりと上がってゆく。
ここまでは、普通の信者も使うから、罠とかもないはずだ。神経質になる場所ではない。
だが、祭壇の先は全く別だ。
階段を上りきった先には、5ヘック(約15m)程の細長い通路があり、その先に祭壇と、この神殿で奉られていたらしい古代の神の像があった。像は8デコル(約20cm)程の大きさで、鈍い黄金色を放っている。
当りだ。
情報が正しければ、あれはただの黄金像ではない。伝説の金属、オリハルコンに違いない。
レモンは、階段の柱の辺りでごそごそと準備を整え、ゆっくりと通路を歩き
出した。通路は、不正確な四角形のタイルで構成されていた。今までの石畳と
は明らかに違っている。
唐突に、足下のタイルが抜けた。とっさに手を伸したが、間に合わない。
下は、水であったが、何か尖った物が植えてあるようだ。
突然、レモンの身体が宙に停止した。抜落ちた穴から、ロープが伸びているのだ。先ほど、ごそごそやっていたのは、この準備もあったわけだ。「備えあれば・・・」と言う奴だ。
レモンは、先ほど以上に慎重に歩き出した。一歩、歩く度に罠にかかりそうな、そんな不安感が襲ってくる。
半分ほど渡ったところで、一つの規則に気づいた。
半ヘック(約1.5m)ごとに、安全な通路が、右端、真ん中、左端、真ん中の順におかれているのだ。これは、新しく入った者に教える必要からか、一つのパターンがある場合、大抵はパターンからはずれることはない。
もちろん、例外もあるわけだが、とりあえず、罠にかかる確率が減る。
祭壇にたどり着いたときには、レモンは汗でびっしょりと濡れていた。
精神を統一すると、念のために、2,3の呪文を唱えておくことにした。
そして、祭壇の上の黄金像をじっくりと観察する。
像自体に魔力があるために、魔法感知は全くの無意味だ。そこで、小人族の鍛冶屋にもらった、鉱物判定用のレンズを取出す。
レンズを通してみる像は、虹色に輝いている。このように輝く鉱物は、オリハルコンとミスリルぐらいである。そして、ミス
リルは、基本的に銀色である。
レモンは、レンズを仕舞うと、像の周囲をさらに丹念に観察する。
そして、ごくりと唾を飲込むと、ゆっくりと像に手を伸した。
像は、異常に軽かった。それだけで、この像が只の黄金像でないことを示し
ている。
像を取上げると、急いで袋に仕舞う。そしてすぐさま脱出の準備にかかる。
像の置かれていた辺りが、何か湿ってきていた。そして、次第にシミを大きくし、水がちょろちょろと流れ出した。
そして、ついに勢いよく吹出し始める。
単純だが、効果的な罠だ。像自体が栓となっていたのだろう。
レモンは、その音を聞いても、振返りもせず、いきなり駆出した。
水は激流となってレモンの背後に迫っていた。敏速の魔法をかけているにも関わらず、その激流を引離せずに、一定距離をとるのがやっとだ。
やっと、井戸から垂らしたロープが見えた。
同時に、思いっきりジャンプして、ロープに手を伸す。
最初の激流は、何とか足下を去っていった。
ぐずぐずしていられない。
明らかにレモンがロープを伝う速度より、水の上昇速度の方が早い。
レモンは必死になって、ロープを上った。
だが、もう足の辺りに水は来ている。
後少しで出口だ。
と、突然、レモンは自分の身体が、水にもまれているのを感じた。
ロープをつかんだ手を離してしまう。
気がつくと、自分が水流とともに井戸から吹出しているのを感じた。
全く、効果的な罠だ。
レモンは、腹立ち紛れに考えた。
井戸が無けりゃ、今頃御陀仏だ。道理で特に大した罠がなかったわけだ。あの像は、言ってみれば、地獄行の駅馬車の片道切符。しかも、直行便だ。
そして、腰に下げた、像の入った袋をぽんとたたく。
空は腹立たしいまでに澄渡っていた。




