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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第2章 冒険者のはじまり。
20/37

第18話 約束やけんね

前回のサブタイトルを変えているので、変更前に前話を見られた方は予想と異なる展開だったかもしれません。

すみません。

今回もバトル大目です。

「よ。一ヶ月ぶり。元気してた?」

「ああ、まあな。お前こそ、腑抜けちょらんめえな?」

「ま、一ヶ月師匠にしばかれたからな。気合は入ってんよ」


 前回の青華と杉原の戦闘から一ヶ月、彼らは再度森に集まっていた。

 青華と杉原が互いに向き合い、冬木が審判、有栖、ひとみの二人はその様子を見守る。

 

(ふむ……。杉原のコンディションもいいのですが、洲岡も中々いいみたいですね。肌ツヤの調子がいい。体ももう温めてあるみたいですね)


 冬木は、ウォーミングアップを終え、軽く汗を浮かべた青華の様子からそう判断した。

 杉原も調子を整えてきたため、お互いに万全の調子のようだ。


(お互い余計な気負いはなさそうですね。……さて、後は杉原の策がどこまで決まるかですね)


 そんなことを考えつつ、冬木は片手を振り上げた。

 そして相対する杉原と洲岡を見つつ、口を開いた。


「さて、二人とも用意はいいですね?」


 二人は無言で構え、冬木に応えた。

 その様子を見て、冬木は声を張り上げた。


「用意――始めッ!!」


 掛声と共に冬木が腕を振り下ろした。

 その瞬間のことだった。


「あ~ばよ~、とっつぁ~ん!!」


 どこぞの三代目大泥棒を髣髴とさせる調子で杉原はそう言うと、振り向き脱兎の如く駆け出した。


「……は?」


 杉原の纏う緊張感に、今回は慎重に様子見から入ろうとしていた青華が間抜けな声を漏らした。

 その隙に杉原は森の中に駆け込んでいく。


「――テメエ!! 何を舐めた事ばしよっとかァ!?」


 歯軋りしながら青華は杉原を追った。

 罠の可能性も考えてはいるが、敵に背を向けられ、青華は小馬鹿にされた怒りで満ちていた。


(……あんま、おちょくるもんじゃなかぞ!!)


 青華の鍛え抜かれた脚力は、装甲による身体能力強化も相まって、一気に杉原まで追いつこうとしていた。

 しかし、隠し持っていた手鏡でその様子を見た杉原は口の端を歪めた。

 そして右足を軸に勢いよく体を180度回転させながら、法被の下の腰の辺りに隠していた『武器』を引き抜いた。


「あ……?」


 その『武器』をみた青華は眼を見開いた。

 何らかの策なり、武器を用意することは予想していた。

 しかし、杉原は『魔法使い』冬木柊の弟子であり、杖か少なくとも刺突棍棒(メイス)あたりか、場合によっては剣を使う魔法剣士の可能性も考えていた。

 だが、それは――。杉原の武器は――。


「そいは魔法使いの武器やなかろうもん!?」


 杉原が両手に持っていたのは――、2丁の『拳銃』だった。

 その2丁の拳銃は両方ともが38口径の回転弾倉式拳銃(リボルバー)であるが、1丁は鈍く輝く黒。もう1丁は明るく輝く白銀の拳銃だった。

 そしてこの2丁のもう1つの共通点は、引き金を覆うトリガーガードから、銃身下部のラグという部分まで扇状の金具が装備され、更にその金具に銃剣が装備されていたことだった。

 銃剣付き2丁拳銃、それが杉原の武器であった。






「――なるほど。僕の考えたものと合ってますね。近接戦闘から中遠距離戦闘までこなせる。これはいい」


 青華との一度目の戦いの後、ユキナが冬木たちの館にアタッシュケースを持って訪れた。

 そのアタッシュケースの中身が先ほどの銃剣つき二丁拳銃であった。


「ふふ、でしょぉ~? 実は私、こうした変り種の武器も扱っているのよぉ。銃剣つき回転弾倉式拳銃。口径は38。装弾数は6発。引き金を引くだけで撃鉄を起こし、発砲することができる、いわゆるダブルアクションという機能を持つわぁ。ドワーフの職人の製品だからものはかなりいいわね。火薬を使うんじゃなくて、魔力を弾丸に変えて打ち出す分、旧時代の拳銃よりも反動が小さいのも特徴ね」


 誇らしげにユキナがそう言った。

 杉原はユキナに断りを入れてから拳銃に手を伸ばし、自らの魔力を軽く纏わせた。そのまま、様々な角度から拳銃を眺め回すと、


「よっと」


 という軽い掛声とともにトリガーガードに指を引っ掛けクルクルと回し、宙に放り投げた。

 傍から様子を見ていた有栖とひとみが驚きの声をあげたが、何のことはなくその2丁の拳銃は杉原の両手に器用に収まった。


「……なんかこれ、すごく馴染みがいいスね」

「――びっくりするわね!! いきなり投げないでよ!!」

「あ、ごめん。なんとなく」

 

 杉原は苦笑とともにそう言った。

 その様子を見ていた冬木とユキナが満足げに頷いた。


「魔鉄との相性も申し分なしですか。流石ですね」

「うふふ。いいわねぇ。杉原君、やっぱいいセンスしてるわね」

「ん? どういうことスか?」


 冬木たちに杉原は疑問を投げかけた。

 その問いに冬木が答えた。


「その銃はただの金属でできている訳ではありません。魔鉄という魔力を含んだ金属で作られています。そのため魔法とのなじみがいい。魔剣の素材にも使われるものです。魔法の扱いの巧い貴方との相性はいいでしょうね。魔力弾も扱いやすいでしょうし」

「ふうん。なるほど。そんなすごいものなんスね」

「……その拳銃がすごいのはわかったけど、なんでお兄さんの武器は拳銃なんだよー? 魔法使いっぽくはないんだよー?」


 軽く手を挙げてひとみが問うた。

 杉原は一度銃を置くと、ひとみの頭を撫でながら逆にひとみに質問した。


「ねえ、ひとみちゃん。僕の欠点ってなーんだ?」

「えー、性格とかー?」

「うん。そういうんじゃないのね。ほら、弱点とか、そういうんだよ」

「魔力の量がしょっぱいところー?」

「やだ、最近のガールって辛辣だわ。僕のライフはもうとっくにゼロよ!! ま、そうなんだけどさ。じゃ、その弱点をカバーするには?」

「……魔力を補給し続ける。いや、魔力をよそにストックしておく、ってところかなー?」

「そ、それが一番やりやすい。だから銃なのさ。僕も師匠に聞いて知ったんだけど、この世界の銃はその場で魔力を銃弾に変えるか、予め空の薬きょうに魔力を込め、弾丸を作成する2パターンがあるんだ」

「なるほど。予め薬きょうに魔力を込め、弾丸をストックしておけば魔力の消費を抑えれるってとこね」

「そ、更に銃剣を装着することで近接攻撃にも対応する。そうすれば近中遠距離全てに対応できる」


 納得した様子で口を挟んだ有栖に杉原が応えた。

 しかし、険しい表情でユキナが尋ねた。


「確かに、使いこなせれば強力な武器よ。でも、下手するとただの器用貧乏よぉ? そこは大丈夫なのぉ?」

「……まあ、それはそうなんスけどね。やるしかないでしょ。ね、師匠」

「ええ、厳しく行きますよ」

「――ああ、それはそうと。この拳銃には名前とかあるんスか?」

「え? 名前? そうねえ、ものによってはあるけど。この拳銃にはないと思うわ。杉原君がつけていいんじゃない? そのほうが愛着わくでしょ?」

「そうですか……」


 そうして、杉原はしばし黙り込んだ。

 ――しかし、杉原は中型の雑種犬に『チワワ』という名前をつけるというネーミングセンスの持ち主であることを冬木たちはまだ知らなかった。


「それじゃあ――」






 杉原は右手の黒の拳銃の照準を合わせた。


My(マイ) Bitter(ビター) Honey(ハニー)


 それが黒の拳銃の名前だった。

 通称ハニー。

 完全に思い付きである。

 有栖には意味が分からないと鼻で笑われた。

 意味はないので当然だが。

 だが性能は良い。

 杉原は躊躇うことなく引き金を引いた。

 鼓膜を殴りつける銃声とともに、銃口から魔力が放たれ、その魔力は炎へと姿を変えた。

 魔法で作られた弾丸、魔法弾の基本六系の一つ。火炎弾であった。

 その火炎弾が青華を襲う。


(ちッ!! 拳銃には驚かされたばってん、かわせるッたいッ!!)


 青華は大きく頭を振り、火炎弾を避けた。

 しかし、同時に。

 火炎弾が異様に長い炎の尾を引いていることに気付いた。


「――四木々流、冬木ノ型。『火零(ひこぼ)し』」


 口の端を歪めたまま、杉原は呟いた。

 その瞬間、炎の尾が爆発した。

 直撃はしなかったが、予想外の一撃に青華がバランスを崩した。

 四木々流の中でも魔法に特化した歴代冬木柊の研鑽した技術の一つ、それが『火零し』である。

 文字通り、火を零すように通過したあとにも攻撃を加えることができる技だ。

 直撃したときより威力は劣るが、それでも不意打ちには十分だ。


「ぐぉッ!?」


 体勢を崩した青華に照準を合わせ、杉原はもう一丁の左手の拳銃の引き金を、二度連続で引いた。


So(ソウ) Sweet(スウィート) Angel(エンジェル)


 これもまた思いつきで付けた白銀の拳銃の名である。

 通称はエンジェルである。

 ひとみはもっとかっこいい名前にすればいいのにといっていたが、杉原としては普通に格好良いわけじゃないところが格好いいのだ、と思っていた。

 理解はされなかったが。

 エンジェルの銃口から撃ち出された魔力は、しかし二発とも魔力そのもののままに飛来し、青華を襲った。

 青華は体勢を崩されたため、かわしきれず両手でガードを固めた。

 だが、その弾丸に青華が触れた瞬間のことだった。


「四木々流冬木ノ型。『魔崩弾(まほうだん)』」


 杉原の言葉とともに、青華の両手に纏った装甲が弾け飛んだ。

 

「あ?」


 再度、青華の口から驚きの声が漏れた。

 その隙を見逃すほど杉原は甘くない。

 躊躇うことなく、右手のハニーの引き金を引いた。

 岩の弾丸が青華の両手の骨を砕く勢いで襲い掛かる。


「クソが!!」


 青華は両手のガードを解き、胸で岩石弾を受け止めた。

 強烈な衝撃が青華を襲った。


「グフッ!!」


 肺を叩かれた衝撃で青華の口から空気が漏れた。

 しかし、大したダメージはなく青華は踏みとどまり逆に岩石弾が破砕音とともに砕け散った。


「……装甲を砕かれたら魔法はガードできない。であれば、装甲の残っている胴体で受けたほうがマシ、ってとこか。度胸あんなァ、オイ」

「ボクサーは人を殺せるような拳で打ち合うとバイ。装甲ば纏っとるのに、こげな弾丸にビビッとられんくさ」

「ボクサー、ね。確かにお前はつええよ。ボクサーとして打ち合ったら僕なんて間違いなく1ラウンドでノックアウトだぜ。……だけど悪いな。僕はお前とボクシングなんてする気はないんだよ」


 そう言うと、杉原は足元に風を呼び起こし、その風を踏みつけると一気に数メートル跳躍した。

 そして、森の木の枝に飛び移ると、地面の青華に銃口を構えた。


「悪いが、(ここ)は俺のリングだ」


 そして、引き金を引いた。

 青華の頭上から炎と風の弾丸が襲った。


「チッ!!」


 青華は飛びのいて攻撃を避けた。

 しかし、外れた火炎弾と風の疾風弾が衝突し、空気と炎が混ざり合い一気に炎が膨張した結果、爆発が起こった。


「ぬおッ!!」


 青華は後方に吹き飛ばされた。

 受身を取り、着地するがそこに魔崩弾が襲い掛かった。

 間一髪で地面を転がり青華は弾丸をかわす。

 しかし、更に火炎弾が2発襲い掛かった。


「舐めんなッ!! こん(この)バカが!!」


 青華は両手の装甲を纏いなおし、避けずにガードした。

 火零しがあることを考えれば、下手に避けずにガードしたほうがいいという判断であった。

 そして爆炎の中を突き進み、杉原の立つ木の根元にまで駆け寄り、勢いよく跳躍した。

 装甲により強化された肉体は、一気に杉原に襲い掛かった。

 しかし杉原は、その程度の事態は当然のように予測していた。

 自分の立つ太い木の枝を風を纏った脚で蹴り、離れた位置の木の枝に飛び移り、更に木から木へと跳躍した。

 負けじと青華も木から木へと跳躍するが、追いつけない。

 杉原は枝から枝どころではない。

 幹から幹へ、枝から幹へ、幹から枝へ、木々の間を縫うように、立体的に森を駆け抜ける。


「う、おおおッ!!」

「お前ボクサーらしいけどさ、ボクシングに空中戦はないんでないの?」


 杉原は空中で弾が尽きたハニーの銃身を折り、シリンダーを露出させ、空の薬きょうを捨て、代わりに法被の袖口からスピードローダーという全ての薬室に6発全ての弾丸を装填できる道具を取りだし、一瞬で弾丸を再装填(リロード)した。

 そして、跳躍しながら木の上に立っていた青華を打ち落とした。


「ってぇ!! ――ちょこまかと動くんじゃなかぞ!!」

「やだよ」


 青華は着地すると、無闇に杉原を追うことをやめ、木の陰に隠れた。


(クソッ!! アイツ、バリ強くなっとるやん!! 一ヶ月でなんしたとか!! いや、というより今のアイツと(オイ)との相性が悪すぎるとか……。そもそもアイツは弱くはなかった。武器と足場の問題か。単に遠距離っちだけなら間合いば詰めれば――)


 その瞬間、青華の思考を砕き壊すように風の弾丸がカーブしながら木の幹を避け、青華を的確に襲ってきた。


「おおおおッ!?」


 青華は咄嗟に地面を蹴ってかわしたが、それは悪手だった。

 無防備な状態で杉原の射線に飛び出してしまったのだ。

 エンジェルの2発の魔崩弾が青華の装甲を剥ぎ取り、ハニーの火炎弾と疾風弾が防御力をなくした青華を襲った。


「ぐはッ!!」


 爆発音とともに青華は弾き飛ばされた。

 全身の装甲を剥ぎ取られたわけではなかったが、右腕と胴体にやけどを負った。


「痛ッ……!! 野郎ッ!!」


(本当につよかぞコイツ!! 距離も詰められん。攻撃はかわしきれん。そもそも魔法弾でマジックディスターブげな、聞いたこともなか!! コイツ……一体なんだ!?)


 木の上から杉原は青華を見下ろす。

 今度はエンジェルの薬きょうをばら撒き、リロードした。


「……なあ、洲岡。もう止めにしねえか?」

「……ああ?」


 杉原の問いに洲岡は眉をひそめた。

 そして苛立ったように答えた。


「……一発まともに入ったけんて調子乗っとっとか? まだオイは10カウント取られとらんぞ」

「そういうんじゃねえよ。……戦う理由がないだろ? 僕がお前と戦ってんのは、ぶっちゃけ修行だ。僕には実戦経験が少ない。圧倒的に、な。だけど、まあこの世界は何かと危ない。自分の身ぐらい自分で守れねえと話になんねえ」

「ああ、そうやな」

「その訓練のためにお前の喧嘩を買った。でも、とりあえず、僕の戦闘スタイルは確立した。お前とやりあう理由が最早ないんだよ」

「……お前にはなくともオイにはある」

「それがわかんねえんだよ。なんだ? 僕を倒し、師匠を倒して、その上でどうすんだ? 最強でも目指すのか? だが残念なことに、この時代は僕達の生まれた時代とはかけ離れてる。……この世界にはボクシングはねえよ。もう、廃れちまった。何にこだわってきたのか知らねえが……」

「……そげなんで終わるか」

「……は?」

「……そげなんで親父との約束ば、――終わらせられるかッ!!」


 青華は地面を蹴り飛ばした。

 何が琴線に触れたのか、杉原は知らない。

 だが――。


(切れたか。まずったな)


 それは理解できた。


 そのままの勢いで、青華は体ごと叩きつけるように右拳で杉原の立っている木の幹を殴り砕いた。

 そして、大木がへし折れた。


「――馬鹿力がッ!!」


 杉原は空中で風を蹴り、跳躍した。

 しかし、足場がなくなり勢いは弱まった。

 仕方なく、最寄りの木に飛び移ろうとしたが、更にその木も青華が殴ってへし折った。

 確実に足場を破壊しに来ている。


(……乱暴な手で来たな。まあ予想はしていた。しかし、適当にやる気をそぎ落として、止めを刺すつもりだったが。逆に切れちまったもんなァ……)


「仕方ねえ」


 アレだけ無茶な動きをされると狙いにくい。一ヶ月の訓練ではそこまで銃の命中精度はよくならなかったのだ。

 距離を開けようと思えば装甲により強化された肉体と風魔法によって杉原は移動しなくてはならない。

 それでは徐々に消耗していく。

 このままいっても勝てなくはないが面倒だ、杉原はそう判断した。

 着地し、そしてそのまま足を肩幅に開いた。


「……来いよ。どうせ近接(こっち)も試す気だったしな」

 

 笑みを崩さず、杉原は青華を迎え撃つ。


「……いいの? 接近戦はまずくない?」


 有栖が焦った調子で冬木に尋ねた。

 ひとみもそわそわした様子だ。

 今、3人は杉原達を追い、森の中で戦いの様子を見ていた。


「まあ、試せるなら何でも試しておいで。とは言ってますので。気にすることもないでしょう」


 だが、冬木は落ち着いたものだった。

 何の気なしにそう言った。

 やがて、青華の拳と杉原の銃剣がぶつかり合う。


(普通、ナイフと素手ならナイフが有利だが。この時代は僕の普通とは異なる)


 慌てずに、青華の放つ左ジャブに的確に装甲を纏った銃剣を当てる。

 お互いに同じ装甲を纏えば、もともとが強いほうが勝つ。

 つまり、同じ装甲なら、ナイフのほうが拳より強い。

 しかし、杉原より青華のほうが装甲は想像以上に強かった。

 杉原は確実に青華の攻撃を防御し、魔崩弾を至近距離で撃ち、装甲を剥がして相手を倒す。

 しかし。


「シッ!!」


 一瞬の隙を突き、左ジャブが杉原の銃剣を弾き、顔面を打ち抜いた。


「ぐっ!!」


 杉原の眼鏡が弾き飛ばされ、痛みに顔をゆがめた。

 しかし、それだけで青華の攻撃は終わらない。

 ボクシングの基本だ。(ワン)で距離を測れば――。


「があッ!!」

「ぐはッ!!」


 (ツー)が来る。

 右ストレートが杉原の顔面を打ち抜き、杉原の鼻から血が噴出した。


「ほう、見事なワン・ツーですね」

「感心してる場合じゃないんだよー!!」

「あいつまた負けるわよ!!」

「大丈夫ですよ。あの子には、もう一つ仕込んだでしょう?」


 そうして、冬木は不敵に笑った。

 その頃、たった二発で意識を揺らされた杉原は、ぼんやりと一ヶ月の修行を思い出していた。






「では、風と装甲を使って、弥蜘蛛さんと鬼ごっこしてください。制限時間は30分。杉原はその間地面に降りるのは無しで」

「……鬼畜ですね」

「木の枝で休むのはありですからいいでしょう。弥蜘蛛さんは木の枝の間に糸を張るのは禁止です」

「分かったわ」

「では、始め」


 そんな調子で、杉原の修行の実践編は始まった。


「はいはーい。地面に降りたら負けだと思いなさい。洲岡に懐に潜り込まれたら太刀打ちできませんよ」

「わかってますよ!!」


 杉原は何とか地面に降りないように木から木へと飛び移る。

 しかし、そんな杉原を有栖の糸が追う。

 糸を張り巡らせることは禁止されているが、糸を飛ばすことは禁止されていない。


「あははははッ!! 地面に引き摺り落としてやるわ!! 杉原!!」

「クソ!! なんかすごく活き活きしてやがる!!」


 毎日、そんなことを繰り返す。

 最初の頃は魔力の無駄が多く、魔力量が30分も持っていなかったが、徐々に感覚を掴んだらしく、魔力のロスを防ぎ、杉原は的確に木々を跳躍するようになっていた。

 また、訓練はそれだけではない。

 銃剣を使うため、それにあわせた近接戦闘の訓練も行った。

 銃剣と蹴りを主体にした戦闘だ。

 これもまた冬木との訓練を積み重ねた。

 また、当然ながら射撃訓練、銃の再装填の訓練といったことも忘れない。

 お陰で火零しを習得し、そして疾風弾であれば発射後に弾道をある程度自由に操れるようになった。

 しかし。


「まあ、これだけじゃ勝てませんね」

「……」


 館で全員を集め、はっきりと、冬木は言い切った。

 杉原もまっすぐにその言葉を受け止めた。

 有栖達もそのことは分かっていたため、何もいわない。


「確かに、杉原は強くなるでしょう。でも、洲岡ほどではない。彼は勇者としての成長補正も脅威ですが、何より研鑽してきた技術がある。軽く見ただけですが、彼は恐らく子どもの頃からボクシングの練習をしてきたのでしょう。ちょっとした動作に無駄がない」

「それは確かに、僕も戦ってみて感じましたね」

「ええ、また肉体そのものも鍛えられている。強力な攻撃にも恐れず対処する冷静さ、その冷静さを支える経験。見事なものです。――正直、レベルを上げ更に鍛えれば、彼は魔王を打ち倒す真の勇者になる可能性も秘めています」

「……マジすか」

「……そんなに強いの?」

「ええ、強いです」


 杉原は何も言わず、代わりに有栖が返したが、有栖もそこで止まってしまった。

 強いとは思っていたが、あの勇者がそれほどの力とは思っていなかった。


「それじゃ、杉原に勝ち目は……」

「いえ、勝てなくていいです」

「「は?」」


 有栖とひとみが声をそろえてそう言った。


「だってそうでしょう? この戦いに負けてはいけない要素なんて、ないでしょう? 殺し合いでもないですし、杉原が負ければ今度こそ私が出て、彼を倒せばいいんです」

「……でも、真の勇者になるくらい強いって、冬木さんが言ったんだよー?」

「可能性の話です。あの程度の相手、私にとっては犬にお手をさせるようなものです」

「師匠、そこは赤子の手を捻る、とかじゃないんですか?」

「何言ってるんですか? 幼児虐待で訴えられますよ。PTAに」

「PTAってなんなんだよー?」

「PTAというのはですね、子どもに害をなすと判断したものは完膚なきまでに叩き潰す組織ですよ。彼らが歩いた後はちょっとエッチな少年漫画すら残らないといいます」

「師匠アンタ、PTAをなんだと思ってるんですか?」

「……話逸れてない?」


 その言葉に、冬木が咳払いし、話を元に戻す。

 しかしPTAをどこから知ったのかだが、単に以前冬木が読んだ書物に言葉が残されていたからだった。

 その書物は旧時代についての歴史書であったが、いかんせんパンデミックがあったため、多少の間違いや話が大きくなるのは仕方ないだろう。


「閑話休題。この戦い、負けたところで損はありません。ですから、私はこの戦いを修行の一環程度にしか思っていません。杉原の力を高めるいい機会ですから利用しているだけです」

「僕もそんなもんですね」

「……杉原。一度負けた相手だから悔しいとかないの?」

「いや全然」

「……そこまで言い切るならいいわ」


 杉原は興味のないものにはとことん興味がない。

 彼にとって勝敗とは拘るものではない。

 寧ろ、勝敗の後が大事だ。自分が何を得、失うのかが重要だ。

 勝ち負けに対するプライドというものが杉原は薄いのだ。

 ただ、勝ち負けに興味がないというだけで、先日の勇者達のように絡まれれば怒るが。


「ということで、杉原の勝ち負けはどうでもいいので、『負けないための技術』としてもう一つ覚えてもらいたい技があります」

「……どういうことですか?」

「その技も、勝つためのものなんじゃないの?」

「いえ、違います。勝つのでなく『負けないこと』が目的です」

「……どう違うんだよー?」

「まあ、そんなに大したことじゃないよ――」








 そうして、杉原はその技術をつい昨日、習得した。


(きょう)感覚(かんかく)


 杉原はそう呟いた。

 と同時に。


「バリ痛ッてえええええ!?」


 青華はそう叫んだ。

 そして、自分の鼻を押さえた。

 その効果は名前どおりだ。

 鏡写しのように感覚を――、この場合は痛覚を同調させ伝え合う能力である。

 かつて、冬木柊は杉原千華に言った。


 ――魔力とは指紋のようなものです。

 一見同じでも全ての人間はバラバラに異なるのですよ。

 そして、魔法崩し(マジックディスターブ)とは、自分の持つ一部の魔力を他者の肉体や魔法に同調させ、強制的に融合させた上で切り離すことで、一度混ざり合った魔力が分離しようとします。

 その結果、魔力と魔力が反発することで魔法は崩壊し、肉体は魔力暴走を引き起こす。

 それが、魔法崩し(マジックディスターブ)の効果というわけです。

 要は水と油を同じビンにいれ、思い切り振れば混ざったように見えるがすぐに分離するようなもの、と思えばあっていますよ、と。

 

 そして、魔力の同調を更に進めることで、感情の共有もできる。

 以前、杉原とひとみがしたものがそれだ。

 だが、鏡感覚はそれよりも高度である。

 なぜならば感情だけではなく、肉体の感覚をも共有するのである。

 言うなれば、感情の共有は鏡感覚の初歩なのだ。

 といっても、これは早々使えるものではない。

 こんなものは少なくとも冬木クラスの魔力操作性がなければ使いこなせない。

 また、感覚を共有したからと言って戦闘時にできることは少ない。

 今回のように痛覚を共有することで、相手に攻撃を躊躇わせることもできるだろうが、逆に言えばそれくらいだ。

 正直なところ、習得したからなんだという話ではある。

 だが、この能力を使えばお互いに攻撃を躊躇う。

 お互いが殴り合えば、痛みが倍増するのだから。


「だから負けることはない」


 冬木はそう呟いた。

 その言葉に有栖も頷く。


「……なるほどね。ま、確かに負けることはないわね。でも、戦闘にはほぼ使えないんでしょ? 格上相手の逃走用の能力みたいなもんなわけだし」

「それはそうですよ。ですが、格上相手のカードなんていくらあっても困りませんよ」

「でも、役に立つときは立つんだよー」


 冬木たちは鼻を押さえてうずくまる青華を見て、そんな会話をしていた。

 杉原は地面に寝転がっていたが、体を起こした。


「あー、いって。鼻骨折れなかっただけ上出来か。おい、洲岡。分かったろ。僕はお前には勝てねえけど、お前も僕には勝てねえよ。引き分けだ」


 回復魔法で鼻を治し、杉原はそう言った。

 同時に青華の痛みもなくなり、青華もまた立ち上がった。


「ああ、……そうか」

「分かったらいい加減――」


 その瞬間だった。

 瞬き程度の時間で、青華は間合いを詰め杉原の顔に右拳を叩き込もうとした。

――しかし、咄嗟の反応で杉原は青華の拳にハニーのグリップ下部をたたきつけた。


「づぅあッ!?」


 渾身の右ストレートを金属製のグリップに叩き込めば、拳のほうが痛む。

 先ほどの銃剣が弾かれたのは、銃の先の部分であったため、力に押し負けたからだった。

 しかし、しっかりと握ったグリップであればパワー負けしない。

 そもそも杉原の方がガタイもよく背も高いのだ。

 それこそボクシングで言えば、杉原と青華には3、4階級は差があるのである。

 単なる力比べなら、杉原も劣ってはいないのだ。

 結果として、青華の拳の骨のほうが砕けたのである。

 しかし、それは――。


「「いってえええ!!」」


 両者のダメージを意味した。

 ダメージと言っても、杉原に怪我そのものはないのだが。


「痛ッてえな畜生ッ!! だからいやだったんだ!! お前が怪我すりゃ僕も痛いんだよボケが!! マジふざけ――」


 杉原の言葉は遮られた。

 青華の再度の右ストレートが杉原の顔面に炸裂したことによって。


「ぶはッ!?」


 杉原の顔面に拳が叩き込まれ、更に青華が無茶をしたせいで顔だけでなく右手にまで激痛が走り、あまりの痛みにハニーを取り落とした。


「……痛かけんて、そいがどげんしたッ!! その程度で――オイの約束の邪魔ばすんなァッ!!」


 青華は痛みに歯を食いしばって耐えている。

 痛くないわけではないのだ。

 しかし、それでも青華は拳を握る。

 すでに骨が皮膚を突き破り、血の流れている右拳を。

 対する杉原もこめかみに青筋を立てて、同じように右拳を立てた。


「あー、戦う理由出来たわ。約束がどうのとよォ。僕も人の話をきかねえが、お前大概にしろよ。――流石にぶちきれるわボケッ!!」


 杉原としては、青華との戦闘は本当に訓練だった。

 殴られた怒りはなくはなかったが、こちらもやり返していたのでおあいこだった。

 しかし、いい加減に鬱陶しい。

 堪忍袋も切れるというものだ。


「「喰らえオラァッ!!!!」」


 全力の右拳同士のクロスカウンターが炸裂し、お互いの顔面を打ち抜いた。

 

 ――ゴギィッ!!!!!


 という鈍い音とともに、二人の意識が明滅する。

 そして、そのまま倒れこんでいく。

 遠のいていく意識のなかで、杉原の耳朶を何故か少年の声が叩いた。


『――さんッ!! 父さんッ!! お願い――』

『――しよう。お父さんと、……の約束やけんね』

『――って、そんな――』


 ――誰だ? 誰だコイツら? 知らねえ声だ。


 ぼんやりと、霞がかった頭で、杉原はそう考えた。

 そして、そのぼんやりした頭にまたしても声が流れてきた。




『――約束やけんね。……青華』


銃火器の知識はWikiとブラック○グーンとヨルム○ガンド、後は精々洋画程度の知識なので、甘いところもあるかもしれませんが、ご容赦ください。

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