まさしパスト其の參
さあ、反省会だ。
「お」
「ん?」
はてさて、昔話である。
後悔エピソードである。
とある日、人間としての常盤正志―――すなわち私は、制服(学生服では、勿論ない。駅員の正装、である)に着替えようと専用のロッカールームに入ったところで、何故か加納と出くわした。
「…加納、あなたのシフトはまだなはずでは?」
早朝のこの時間帯は私のシフトのはずであるのだが…、一応、シフトについては私も加納もミスした事がないため、どちらにせよ「シフトをミスった」のは衝撃なのだ。
が、
「あ?いやいや、今日だけは俺がこの時間帯を担当するって言ったろうが?」
「ぇ…、そ、そうでした?」
つい、声がうわずってしまう。
あー。
なる程。
――無意識のうちに、私がミスをするわけがないと、勝手にそう思いこんでいてしまっていた…。
私にミスはない。
ミスをしたのは、加納の方だ。
と。
「………スミマセン。」
私はぎこちなく謝る。
しかし、それが二重の意味である事を、加納は知らない。
「ま、いーけどな。珍しいモンが見れて楽しいってのが、内心だし」
「楽しい、て……」
酷い言いぐさだなあ。
勿論、わざわざ深く突っ込むような真似はしない。
結果論、悪いのは私なのだから。
結果論。
そう。
結果論、だ。
結果論、最終的に、罪を犯したとはいえ、加納の個人的事情に首を突っ込んでおいて、挙げ句の果てに私は加納を殺害してしまったのだから。
……、
………、
………………、
…………………………本当に?
本当、に?
ホントウニ?
…おいおい、ちょっとまて。
いや、かなり待て私。
何を疑っている?
何処を疑っている?
何故、疑っている?
明白じゃあないか、その後、化け物になった私がその異能の力を使役して。
加納を殺したじゃないか。
目撃者だっている。
しかも2人も、だ。
なのに―――だのに、なぜ、なにゆえ、どうして、どうなって。
私は、紛れもない事実に、
疑問を持っているのだ?
「……………」
…とかね。
うん、この物語のタイプからして仕方のないことやもしれんが、メタ発言である。いやさ、無関係でもなく、意味ありげな言い回し含めての、つまりはフラグ立てなんだが。
「…………………んー…」
閑話休題、暇人である。
私服に着替えなおしてロッカールームを出た私は、駅前のベンチに腰掛ける。
「…本当に、暇だなぁ…」
暇。
いとまでなく、ひまだ。
こうして暇を持て余していることにより、重大な過ちを犯していそうな、そんな気がしてならない。
過ち。
うーん。
悩み始めればキリが無くなる、私の良くも悪い性癖である。
自覚はある―――から、意識して中断することが出来るのが唯一の救いと言った所か。
しかし、意識しても一向に解決出来ない、どころか中断さえままならない性癖がある。
御名答。
読者の皆さんは勘がいい。
そう、「一見正義っぽく見える何か」だ。
冒頭に言った、アレだ。
それのせいで、私はどのコミュニティーからも爪弾きにされてきた。
某小説で聞いた話だが、この世界には本来、どんな見解が正しいのか判らない。
そもそも正しさなんてなく、あるのは「都合」だけ。
都合が悪いから法の上で悪と認定されるだけで、その善悪が他の世界の都合と合致するかといえば、そういうこともない。
それでも、正しい人間はいる。
正し過ぎる人間はいる。
私のように。
しかしそういった存在は、他の普通な人間からしたら「怖くて気持ち悪い」だけだ。
怖くて気持ち悪いから、一緒にいたくなくなる。
爪弾きにされる。
他人を爪弾きにする人間を、誉められた人間だとは思わないが、最近になって、そんな彼らを――彼らの気持ちを理解しないわけにもいかないと、感じれるようになった。
進歩した、とは思わない。
退化だ。
退化と言うなら、進化したわけではないと言うのが実際は妥当か。
都合がいい―――か。
私のように白過ぎたり、加納のように黒過ぎてもいけない。
真っ白な烈光では、眩しくて何も見えない。
真っ黒な暗闇では、暗くて何も見えない。
灰色の世界でこそ、
灰色の人間でこそ、
人間は人間でいられるのだ。
――そこをゆけば、
私が加納に殺されたのも、
世界から爪弾きにされたのも、
当然だと、思うのだ。
あまりにも、「過」ぎた話だが。
反省会はまだまだ続く。
まあ、反省した所で、何も還りは――省りはしないのだが。