7章 再会 2節
あつしは『似ている』と、思いつつも『そんなはずがあるわけが無い』と、心の中で葛藤が生まれた。
当然そこに居たのは美奈代だったが、あつしはドイツに来て、こんな所に美奈代が居よう筈が無いと思う反面、目の前の女性が誰なのか近くに行って確かめたいとも思っていた。
しかし、美奈代でなかったら、気持ちが落胆すると分かっているので、またそれも辛かった。
売店に近づき、その女性とも数メートルの所まで来た時、ふとこちらの視線を感じたのか、その女性があつしの方に顔を向けた。
「みなよ?」と、あつしは、目の前にいる女性が美奈代である事を確信し、そして美奈代が居る事が信じられないと、言った風な声でそうつぶやいた。
ささやくような小さな声だった。しかし沢山の人々が行きかう中で、美奈代はその声を聞き分けていた。
そして、あつしがこちらに来ているのを認めると、じりじりと後ずさりを始めた。
それを見たあつしは「待ってくれ」と、叫んだその瞬間、あつしの声が号令だったかのように、美奈代はあつしと反対方向に走り始めた。
あつしは売店の所に着いて、呆然と今自分に何が起きているのか理解しようとしていた。
すると後ろから、
「何やってんだか、荷物は俺が見て居てやる。早く追いかけねえと、また見うしなっちまうんじゃあないのか」と、トムがあつしを叱咤するように、けしかけた。
あつしは振り返り「トム」と、言ってまだそこに立っていたので、
「ほれ、早くしろ」と、トムが顎をしゃくるようにした。
あつしはトムに驚いたような顔をしたが、トムやおそらく一緒に来ている孝一の考えが分かったような気がして、トムにうなずき、
「待ってくれ、美奈代」と、あつしは声をかけながら美奈代の後を走っておった。
すぐにあつしは追いつき、美奈代のすぐ後ろまで来た時、
「まてよ、何で俺から逃げるんだ。ちゃんと話しをさせてくれ。いきなり逃げ出さないで、もう俺の前から居なくならないでくれ」と、精一杯の声で美奈代を呼び止めた。
さすがに力のある声で、美奈代が走るのを止めるには十分な力があり、美奈代は立ち止まり、あつしの方を振り返った。
その目には涙があふれていて、涙の粒が落ちそうだったが、美奈代はそれを一生懸命こらえているように見えた。
それを見たあつしは、今彼女は真剣に物事を考えようとしているのだと思った。
もし、ここで大泣きに泣かれていたら、多分『やれやれ、困った。どうすれば良いのかな』と、戸惑っただろうが、そうではなかった。
彼女が真剣に向き合おうとしていると思うと、あつしの心に熱いものが湧いてきたし、あつしも真剣になった。