5章 ドイツへ 3節
「ん、誰だっけ」と、トムはキャスリンに聞いていた事を覚えていない、と言った風に、言った。
「忘れてるんだ。私の言う事なんかこれぽっちも覚えてないんだから、ほら、ケイって日本の女の子よ」と、キャスリンは、今ドイツで一緒に暮らしている桂子の事を「ケイ」と、呼んだ。
キャスリンはアルファベットの「K」と発音が同じだったので、そばで聞いていた孝一には、桂子を連想させなかったばかりでなく、桂子の事すら頭に浮かばなかった。
「ああ、そうだっけ、けど、それだけじゃあ、いっぱいとは言わないだろう」と、トムが返すと、
「それがさあ、昨日久々に家の店に行ったらね、そこのウエイターがまたまた日本の女の子だったのよ。確かね美奈代とか言う女の子だったわ」と、キャスリンが言った時である。
所在もなく、ただ何となく二人の話を聞いていた孝一が、
「え!」と、驚いた声をいきなり出した。
そして自然に口が動き「とだみなよ」と、言っていた。
今度はキャスリンが驚いて、
「私、今、彼女のフルネーム言ったかしら、なのに貴方はなぜ彼女のフルネーム知っているの」と、孝一に聞いた。
孝一は再び、えっ!と言う顔になり、
「美奈代なんだ、その店にいるのは美奈代なんだね」と、二度名を言いキャスリンに詰め寄った。
キャスリンは、たじろきながら、「ええ、確かに戸田美奈代と名乗ったわ」と、うなずいた。
「なにがどうなんったんだ」と、トムが言ったものだから、キャスリンは孝一とトムに、昨日店で美奈代と話した内容を事細かく話した。
話を聞いて孝一は、四年前から所在が知れなかった美奈代だと確信した。
「あ、そうそう店を出る時、次にアメリカに帰った時、彼女が居るかどうか判らないと思ったから、記念にデジカメで彼女の写真を取っておいたの」と、デジカメを取り出し美奈代の写真を出そうと次々と画像を見ていっていた時の事だった。
デジカメの画面に、次々と出て来る写真の中に、ミュヘンの自室で桂子を撮った画像が出てきた。
その瞬間、一緒にデジカメを覗き込んでいた孝一とトムが同時に「桂子!」と、叫んでいた。
キャスリンは画像を検索するボタンから手を離し、孝一とトムの顔を代わる代わる見て、「どう言う事なの。何で二人とも桂子を知っているの」と、トムに聞いた。