白銀と黒鋼
第零特務戦術部隊・アヴァロンの作戦管制室には、朝から妙な緊張感が漂っていた。
巨大な戦域モニターには、第七宙域周辺の航路と艦隊配置が表示されている。赤は北方連合軍。青は統合宇宙軍。無数の光点が、静かな宇宙の中で少しずつ位置を変えていた。
榊原迅准尉は、レオン・クロフォード一佐の斜め後ろに立ちながら、モニターを見つめていた。
昨日の作戦会議。
レオンは敵第十一艦隊が補給を要求すると予測した。
十二時間以内。
その言葉を聞いた時、迅は正直なところ半信半疑だった。
いや。
会議の場では誰も反論しなかったし、理屈も通っていた。
敵艦隊の推進剤残量。
過去の作戦行動。
補給周期。
母港との距離。
そして敵司令官、ヴァルター・グレイヴ准将の性格。
それらを組み合わせた結果だという。
しかし。
本当にそこまで綺麗に敵が動くものなのか。
戦場は人間が動かしている。
人間は間違える。
予定を変える。
予想外のこともする。
そう思っていた。
そして現在。
迅はモニターの一点を見ながら、口を半開きにしていた。
「……来た」
赤い光点。
敵補給艦三隻。
護衛艦二隻。
その周囲に、複数の機動兵器反応。
昨日レオンが示した航路。
ほぼ、そのままだった。
迅はゆっくり隣を見る。
レオンは車椅子に座ったまま、紙パックのリンゴジュースを飲んでいる。
「一佐」
「ん?」
「来ましたよ」
「うん」
「本当に」
「来たね」
「昨日、十二時間以内って言いましたよね」
「言った」
迅は腕時計を見る。
「十一時間四十七分」
「十三分早かったね」
「誤差十三分!?」
思わず声が大きくなる。
周囲のオペレーターが何人かこちらを見る。
迅は少し声を落とした。
「怖いんすけど」
「何が?」
「その精度ですよ!」
「でも十三分外した」
「そこ反省するところなんですか?」
レオンは少し不満そうだった。
「補給部隊の巡航速度をちょっと低く見積もってたかな」
「いや十分ですから」
迅は改めてモニターを見る。
昨日までなら、「一騎当千」や「神々の盾」なんていう二つ名は大げさだと思っていたかもしれない。
今は違う。
戦闘だけではない。
この少年は、戦場そのものを異様な精度で読み取る。
敵が何を考えているのか。
どこへ動くのか。
いつ動くのか。
まるで、相手の頭の中を覗き込んでいるようだった。
その時。
オペレーターの一人が声を上げた。
「敵護衛部隊、識別完了。機動兵器十二機」
戦域図が拡大される。
敵機識別コードが次々と表示された。
迅は横目で見る。
標準機。
高機動型。
狙撃型。
そして。
一機だけ、見覚えのない特殊識別反応。
レオンがストローから口を離した。
それまでの軽い表情が、ほんの少しだけ変わる。
「……へぇ」
迅が気付く。
「知ってる機体ですか」
レオンは返事をせず、端末を操作した。
敵機情報が拡大表示される。
濃紺の機体。
肩部に北方連合軍の識別章。
そして搭乗者情報。
《カシウス・ヴァルナー少佐》
年齢二十九。
北方連合軍第五特殊機動大隊所属。
確認撃墜数、四十八。
迅が目を細めた。
「四十八……」
多い。
自分の十三機とは比較にならない。
「有名人?」
「向こうではね」
レオンが答える。
迅は搭乗者情報をさらに見る。
「一佐との交戦記録あり」
「うん」
「二回?」
「うん」
迅がレオンを見る。
「生きてるんすか」
「失礼だなぁ」
「いや、一佐と二回戦って二回生還って、かなり強いですよね」
レオンは少し考えた。
「強いよ」
珍しく素直な評価だった。
迅の表情がわずかに引き締まる。
「俺とどっちが強いです?」
「今ならカシウス」
即答。
「ちょっとくらい悩んでくださいよ!」
「あはは」
「俺の上官、部下の心折るの早すぎません?」
「でも本当だし」
「そういうとこですよ!」
レオンは楽しそうに笑う。
しかし数秒後。
戦域図へ戻した視線が鋭くなった。
「護衛十二機。そのうちカシウスが一機」
周囲の空気が変わる。
レオンが端末を操作した。
「護衛艦は第三艦隊に任せる。補給艦は可能な限り拿捕。機関部と推進系だけ無力化」
迅が頷く。
「機動兵器部隊は?」
「僕らがやる」
迅は一度頷き。
そして止まった。
「……僕ら?」
「うん」
「僕らって」
レオンが振り向く。
「君と僕」
迅は数秒黙った。
「一佐も出るんすか?」
「出るよ」
「マジで?」
「マジで」
昨日まで。
迅はレオンが実際に戦う姿を、シミュレーターでしか見ていない。
実戦。
この十五歳の少年が。
『神々の盾』が。
自分の隣で戦う。
そう考えると。
不思議と胸の奥が少し熱くなった。
それと同時に。
嫌な予感もする。
この上官。
絶対にまともな戦い方をしない。
「……了解」
迅は敬礼した。
「榊原迅准尉、出撃準備に入ります」
レオンも軽く敬礼する。
「僕も行こっと」
「散歩みたいに言わないでください」
*
第零格納庫。
迅が格納庫へ入った瞬間。
足が止まった。
中央。
黒い《ヴァリアント》。
その隣。
今まで整備用隔壁の向こうに隠されていた区画が開いている。
そこに。
銀白色の機体が立っていた。
「……これが」
迅は見上げる。
全高十八メートル前後。
《ヴァリアント》よりもさらに細身。
装甲そのものが薄い。
肩部。
脚部。
胸部。
どれも、通常の機動兵器とは比較にならないほど細く設計されている。
無駄なものを削ぎ落としたような姿。
銀色の装甲が格納庫の照明を反射する。
翼のように広がる大型推進ユニット。
頭部には、長いブレードアンテナ。
美しい。
そう思った。
戦うための兵器なのに。
どこか神々しい。
整備主任が迅の隣へやって来た。
「LX-00」
迅は機体から目を離さない。
「名前は?」
「《アイギス》」
迅の眉がわずかに上がった。
神話に登場する盾。
神々の盾。
レオンの二つ名。
「なるほど」
その時。
背後から車輪の音。
レオンがやって来た。
「かっこいいでしょ」
「……まあ」
「もっと褒めていいよ」
「一佐が作ったわけじゃないでしょう」
「僕専用だから僕のようなものだよ」
「どういう理屈ですか」
迅は《アイギス》を見上げる。
ふと。
違和感。
「装甲、薄くないですか」
レオンが止まる。
「薄いよ」
「やっぱり?」
「普通の機体の六割くらい」
「六割!?」
迅が思わず振り返る。
「危ないでしょう!」
「当たらなければいい」
迅は額を押さえた。
「出たよ、その理屈……」
「重いと機動力落ちるから」
「でも当たったら?」
「死ぬね」
「もうちょい命大切にしてください!」
レオンがけらけら笑う。
迅はため息を吐いた。
だが。
笑っているレオンを見ながら、少しだけ考える。
この少年なら。
本当に当たらないのかもしれない。
昨日。
迅は十回戦って。
一発もまともに当てられなかった。
「一佐」
「ん?」
「そういや」
迅はレオンの車椅子を見る。
「どうやって乗るんです?」
レオンが《アイギス》を指差した。
「見てて」
操作端末を触る。
すると。
《アイギス》胸部のコックピットブロックがゆっくりと前へせり出した。
そのまま昇降機構が作動。
コックピットそのものが格納庫床面近くまで降りてくる。
「おお……」
「専用設計」
車椅子ごと固定できる搭乗ユニット。
レオンはそのままコックピット内部へ入る。
「僕、普通の機体だと乗り降り面倒だから」
「こいつ、一佐以外乗れないんすか」
「たぶん」
迅が嫌な予感を覚える。
「たぶん?」
「僕以外動かした人いないし」
迅が《ヴァリアント》を見る。
「こっちも適合者ほぼいない」
今度は《アイギス》。
「そっちも専用機」
一度。
大きく息を吐いた。
「この部隊、変な機体しかないんですか?」
整備主任が答える。
「まともな機体でクロフォード一佐についていけると思うか?」
迅は黙った。
「……無理っすね」
「だろ」
レオンがコックピットから顔を覗かせる。
「迅ー」
「はい?」
「作戦確認するよ」
迅が《ヴァリアント》へ向かう。
「お願いします」
「補給艦三隻を無力化。護衛十二機を排除」
「はい」
「カシウスは可能なら撃墜」
「可能なら?」
レオンが少し笑う。
「無理して追わなくていい」
迅は意外に思った。
「因縁ある相手じゃないんです?」
「因縁ってほどじゃないよ」
「二回戦ったんですよね」
「うん」
「倒したくないんです?」
「戦場で個人的な感情優先するほど暇じゃない」
あっさり。
迅は少しだけ笑った。
「そういうところはちゃんと軍人なんですね」
「僕、一佐だよ?」
「見た目が説得力ないんですよ」
「十五だから?」
「そうです」
「差別だ」
「はいはい」
迅が昇降機へ乗る。
その時。
レオンが呼び止めた。
「迅」
迅が振り返る。
レオンは先ほどまでとは少し違う顔をしていた。
「今日は僕を追わなくていい」
「……はい?」
「僕の動きに無理して合わせないで」
迅が眉を寄せる。
「でも僚機ですよね」
「そう」
「だったら」
「君は君の戦い方をして」
レオンは静かに言った。
「AIは僕の思考を教えてくれる」
昨日。
民間輸送艇。
AIが出した最適解。
迅はそれを無視した。
「でも最後に決めるのは君」
迅は数秒黙った。
そして頷く。
「……了解」
レオンの口元が少し緩む。
「じゃ」
コックピットへ身体を戻す。
「行こうか」
*
XR-17《ヴァリアント》。
システム起動。
機体各部正常。
補助AI接続。
同期率。
四十。
五十二。
六十八。
七十九。
八十六。
《SYNC STABLE》
迅の視界に戦術情報が流れ込む。
一瞬。
頭の奥に軽い違和感。
昨日より少ない。
すでに慣れ始めているのかもしれない。
通信回線が開く。
『聞こえる?』
レオン。
「良好です」
『そっちは』
「問題なし」
『じゃ、先行くよ』
「ちょっと待ってください。一緒に出――」
前方。
銀白色の《アイギス》がカタパルトへ固定される。
『LX-00《アイギス》』
レオンの声。
いつもの軽さは消えていた。
『レオン・クロフォード。出る』
射出。
一瞬だった。
銀色の機体が。
消えた。
「……は?」
正確には。
猛烈な加速で視界から消えた。
迅が慌ててレーダーを見る。
すでに数キロ先。
「速っ!」
管制。
『XR-17、発進許可』
「はい!」
《ヴァリアント》もカタパルトへ。
迅が操縦桿を握る。
「榊原迅。《ヴァリアント》、出ます!」
射出。
加速。
黒鋼の機体が宇宙へ飛び出す。
少し先。
銀白色。
迅は最大推力で追う。
「一佐!」
『なに?』
「一人で突っ走らないでください!」
『迅が遅い』
「それ昨日も言ってましたね!」
『頑張れー』
「腹立つ!」
レオンの笑い声。
その直後。
敵通信を傍受。
『敵機二!』
『識別――』
雑音。
そして。
明らかに敵の声色が変わった。
『白銀機確認!』
『クロフォードだ!』
『全機散開! 白銀から距離を取れ!』
迅が目を瞬く。
「……一佐」
『なに?』
「めっちゃ嫌われてますよ」
『人気者なんだよ』
「そのポジティブさどっから来るんすか!」
レオンが笑う。
だが。
《アイギス》の動きは笑っていなかった。
敵機十二。
レオンは真正面から突っ込んだ。
「一佐!」
迅の警告より早く。
敵機の一斉射撃。
十数本のビームが《アイギス》へ集中する。
普通なら。
死ぬ。
だが。
銀色の機体が。
一度。
わずかに右へ。
次に左。
機首を下げる。
ロール。
それだけ。
本当にそれだけの動きで。
すべてのビームが《アイギス》の周囲を通過した。
迅の目が見開く。
「……マジかよ」
シミュレーターで見た。
あの動き。
本物だ。
『迅』
「はい!」
『右』
反射的だった。
迅は右へ銃口を向ける。
敵はいない。
一瞬。
そう思った。
次の瞬間。
《アイギス》に追われた敵機が、右方向へ急旋回して飛び込んできた。
「っ!」
引き金。
直撃。
敵機の胸部をビームが貫く。
撃墜。
迅が固まる。
「……え?」
『一機目』
レオンはすでに次へ向かっている。
「待って」
二機。
レオンが一機へ射撃。
外す。
いや。
わざとだ。
敵が射線を避ける。
左。
迅の視界。
補助AIが未来軌道を表示する。
「そこ!」
発射。
命中。
二機目。
迅の呼吸が少し速くなる。
「一佐」
『ん?』
「俺の位置、全部把握してます?」
『レーダー見てるから』
「いや、そういう問題じゃなくて!」
敵機。
レオンへ接近。
《アイギス》が回避。
そのまま敵の背後へ。
射撃。
武器だけ破壊。
敵は咄嗟に離脱。
その離脱方向。
迅。
「また!?」
照準。
射撃。
三機目。
「……」
迅は自分の手を見る余裕もない。
だが。
おかしい。
これは。
ただレオンが迅を誘導しているだけではない。
迅自身も。
レオンが何をするのか。
なんとなく分かる。
次。
レオンは左へ行く。
そう思った。
《アイギス》が左へ。
敵を一機追い込む。
迅はすでに右側の射線を塞いでいた。
敵の逃げ道は上。
レオンがそこへ撃つ。
敵は下へ。
迅。
発射。
撃墜。
『ナイス』
「……」
『迅?』
「いや」
迅は苦笑する。
「気持ち悪いくらい噛み合いますね」
『そう?』
「普通、もっと通信しますよ」
『じゃあ喋る?』
「そういう意味じゃないっすよ!」
敵側から悲鳴に近い通信。
『二機の動きがおかしい!』
『通信解析は!?』
『戦術通信ほぼなし!』
『ならどうやって連携している!』
迅はその声を聞いて。
思わず笑った。
「向こうも同じこと言ってますよ」
『失礼だなぁ』
「褒められてますよ」
『ならいいや』
五機。
六機。
七機。
戦場の敵が減っていく。
迅は昨日までなら到底できなかった速度で戦っていた。
AIによる補助。
敵の未来軌道。
射線予測。
そして。
その向こうにいる。
本物のレオン。
AIはレオンのコピー。
なら。
自分の視界に流れ込んでくるものと。
今、レオンが見ている戦場は。
限りなく近い。
その事実が。
二人の動きを異常なほど噛み合わせている。
『迅』
「はい」
レオンの声が変わった。
『来るよ』
レーダー。
高速反応。
正面。
濃紺。
一機。
他とは違う。
動いた瞬間に分かった。
速い。
《ヴァリアント》へ射撃。
迅が回避。
一発。
二発。
三発。
補助AIが進路を示す。
しかし。
四発目。
予測線と違う。
「っ!」
迅は咄嗟に機体を捻る。
ビームが《ヴァリアント》の肩を掠めた。
警告。
迅の目が細くなる。
「予測外した?」
敵機。
濃紺。
カシウス・ヴァルナー少佐。
公開通信。
『久しいな、白銀』
低い男の声。
レオンが返す。
『久しぶり、カシウス』
『相変わらず子供のままか』
『君はちょっと老けたね』
『余計なお世話だ』
迅が小声で呟く。
「普通に知り合いじゃないですか」
カシウスがこちらを見る。
『その黒い機体はなんだ』
レオン。
『僕の新しい相棒』
迅が一瞬止まる。
「……え」
しかし。
カシウスはすぐに反応した。
『貴様に僚機だと?』
『そう』
『珍しいな。いつも一人で戦場を荒らしていた男が』
迅が通信へ割り込む。
「人聞き悪いですね」
『誰だ』
「榊原迅准尉」
『准尉?』
少し間。
『クロフォードの新しい取り巻きか』
迅の眉が跳ねる。
「専属随伴官です」
『同じだろう』
「違います!」
レオンの笑い声。
『迅、そこ気にするんだ』
「一佐は黙っててください!」
その瞬間。
カシウス機が加速。
狙い。
レオン。
濃紺と銀白。
二機が交差。
ビームブレード。
一撃。
《アイギス》が回避。
二撃。
回避。
三撃。
レオンが反撃。
しかし。
カシウスは読んでいる。
《アイギス》の射撃を避ける。
迅が驚く。
「避けた……」
レオンの攻撃を。
しかも一度ではない。
カシウスはレオンの動きに食らいついている。
『以前と同じ動きだ、クロフォード』
『研究した?』
『二度も負ければな』
カシウスの一撃。
レオンが回避。
しかし。
濃紺の機体が同時に放った実体弾。
銀色の肩装甲を掠める。
火花。
迅の顔色が変わった。
「一佐!」
『大丈夫』
「当たったでしょう!」
『掠っただけ』
「それを当たったって言うんすよ!」
『元気だな、君の部下は』
「誰のせいだ!」
迅が叫ぶ。
レオンが笑う。
しかし。
カシウスの動きは明らかに違う。
レオンを知っている。
レオンの回避方向。
射撃。
間合い。
それを長い時間をかけて研究している。
そして。
だからこそ。
レオンの声。
『迅』
「はい」
『カシウス、任せてもいい?』
迅が固まる。
「俺が?」
『うん』
「いやいや」
レオンとカシウスを見る。
「一佐と二回戦って生き残ってる人ですよね?」
『そう』
「俺より強いって言いましたよね?」
『言った』
「なんで任せるんすか!」
レオンは一瞬黙る。
そして。
少し楽しそうに。
『カシウスは僕を知ってる』
「はい」
『僕の動きをかなり研究してる』
「はい」
『でも』
《アイギス》が加速。
別の敵部隊へ向かう。
『君のことは知らない』
迅は一瞬。
何も言わなかった。
すぐ。
笑う。
「なるほど」
操縦桿を握り直す。
「そういうことなら」
カシウス機へ向く。
「お胸、お借りしますかね」
『またそれ言うんだ』
「うるさいですよ!」
濃紺。
黒鋼。
二機が正面から向き合う。
カシウスが通信。
『准尉』
「なんでしょう」
『クロフォードの真似事で私に勝てると思うな』
迅は笑った。
「奇遇ですね」
《ヴァリアント》のライフルを構える。
「俺も真似する気ないんすよ」
両機。
加速。
射撃。
カシウスの一発。
迅が避ける。
補助AI。
未来予測。
左。
右。
上。
射線。
迅は動く。
反撃。
カシウスが回避。
速い。
「やっぱ強ぇ!」
二発。
三発。
カシウスの攻撃。
AIが回避軌道を示す。
迅が従う。
しかし。
その先。
追加射撃。
「っ!」
ぎりぎり。
回避。
カシウス。
『やはり』
「……?」
『動きの基礎はクロフォードだ』
迅の目が細くなる。
『回避角度。間合い。射線の選び方』
カシウスが距離を詰める。
『そいつの戦闘データでも積んでいるのか?』
迅は何も答えない。
近接。
ビームブレード。
カシウス。
斬撃。
迅。
回避。
二撃。
三撃。
AIは全部教える。
どこへ避ければ安全か。
どこに射線があるか。
でも。
カシウスは。
その答えを知っている。
「……なるほど」
迅が小さく呟く。
レオンを研究している。
なら。
AIの最適解も。
ある程度は読まれる。
四撃目。
視界に回避方向。
右。
迅は一瞬見る。
そして。
無視した。
「だったら」
前。
敵の懐。
AI警告。
危険。
接触可能性。
機体損傷率。
迅は構わず踏み込む。
カシウスが僅かに反応を遅らせた。
『何――』
ビームブレードが《ヴァリアント》肩装甲を掠める。
迅はさらに前。
「レオンなら」
敵の懐。
「避けるんだろうな!」
拳。
《ヴァリアント》の左腕がカシウス機の胸部を殴る。
機体が大きく揺れる。
迅はそのまま右腕のライフルを至近距離で向ける。
「でも!」
射撃。
カシウスの右腕。
武装ごと吹き飛ぶ。
『くっ……!』
迅の口元が上がる。
「俺は俺だ!」
一瞬の静寂。
カシウスが距離を取る。
迅は追う。
しかし。
敵護衛艦から撤退信号。
カシウスの機体が後退を始める。
『……榊原迅』
「なんすか」
『覚えておこう』
「そりゃどうも」
『次は落とす』
迅がライフルを構える。
「予約は受け付けてませんよ」
カシウス機が加速。
敵艦方向へ離脱。
迅は追わなかった。
レーダーを見る。
敵機。
残存二。
その二機も後退中。
補給艦。
三隻。
推進系破壊。
全艦停止。
そして。
少し先。
銀白色の《アイギス》。
その周囲には、無力化された敵機が浮かんでいる。
迅は数える。
「……一佐」
『なに?』
「俺が一機と遊んでる間に何機やったんすか」
『四機くらい?』
「くらい?」
『数えてない』
「怖ぇよ……」
レオンが《ヴァリアント》の横へ並ぶ。
銀と黒。
二機。
遠く。
停止した敵補給艦。
管制から通信。
『作戦目標達成。敵補給艦三隻、完全停止。拿捕部隊を派遣する』
迅は息を吐いた。
『全機、帰投せよ』
「了解」
通信を切る。
少しだけ。
静かな宇宙。
迅は隣の《アイギス》を見る。
「一佐」
『ん?』
「さっき」
『うん』
「俺のこと相棒って言いました?」
通信の向こうで。
少しだけ間。
『言ったっけ』
「言いました」
『じゃあ言ったんじゃない?』
「適当だなぁ!」
レオンが笑う。
『嫌だった?』
迅は少し黙った。
「……別に」
『ふーん』
「なんすか」
『いや?』
「その言い方腹立つ」
二機は並んだまま。
基地へ向かった。
*
帰投後。
《ヴァリアント》のコックピットが開く。
迅はヘルメットを外し、大きく息を吐いた。
疲れた。
昨日とは違う。
初めての専用機。
初めての共同戦闘。
そして。
カシウス。
強かった。
AIがなければ。
恐らく。
勝負にもならなかった。
それでも。
最後に武器を奪ったのは。
AIではない。
自分の判断だった。
迅は少しだけ笑った。
昇降機で格納庫へ降りる。
少し離れた場所では、《アイギス》の専用コックピットが地上まで降りていた。
レオンが車椅子で出てくる。
迅はそちらへ歩いた。
「一佐」
「お疲れ」
「今日の連携」
「うん?」
「なんなんすか、あれ」
レオンが首を傾げる。
「連携?」
「俺が撃とうと思った場所に敵来るし、一佐が敵追い込むと俺の前に出てくるし」
「上手だったね」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
迅は両手を広げる。
「ほとんど通信してないですよ、俺ら」
「してたじゃん」
「『右』とか『来るよ』くらいでしょう!」
「十分じゃない?」
「十分じゃない!」
レオンは少し考える。
「ああ」
何かに気付いた顔。
「たぶんAIのせい」
迅が眉を上げる。
「AI?」
「君の補助AI、僕の戦闘思考が基礎でしょ」
「……あ」
「だから」
レオンが指で迅を指す。
「今の君の戦い方、ちょっと僕に近い」
迅が嫌そうな顔をした。
「嫌なんすけど」
「酷くない?」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
レオンが笑う。
「だから僕も合わせやすいんだよ」
「でもあれ」
迅は《ヴァリアント》を振り返る。
「俺も一佐が次どこ行くか、なんとなく分かりました」
「そうだろうね」
「なんで?」
「AIが予測してるんじゃない?」
「表示出てない時も」
レオンが少しだけ黙った。
ほんの一瞬。
考えるような顔。
しかしすぐ。
「慣れじゃない?」
「昨日会ったばっかですよ」
「じゃ、才能」
「適当じゃないです?」
「それに」
レオンが迅を見る。
「僕も迅の癖、大体分かったから」
迅が止まる。
「……はい?」
「回避するとき左に逃げること多い」
「え」
「焦ると照準が二回上がる」
「……」
「敵が近接武器持ってると、最初の一撃だけ距離取りすぎる」
「……」
「攻撃に集中すると左後方への警戒が薄い」
「ちょっと待って」
「あと」
「まだある!?」
レオンは指を折る。
「人を助けようとすると周り見えなくなる」
迅が黙る。
昨日。
民間輸送艇。
今日。
レオンが敵に攻撃を掠められた瞬間。
確かに。
自分は一瞬。
周囲よりレオンを見た。
レオンはその反応を見ていたらしい。
「そこは直した方がいいよ」
「……はい」
レオンは少しだけ笑う。
「まあ」
一拍。
「嫌いじゃないけど」
迅が顔を上げる。
レオンはすでに先へ進み始めていた。
「……」
迅は何とも言えない顔で、その背中を見る。
「一佐」
「なに?」
「そういうの急に言わないでください」
「なんで?」
「なんでもです」
「変なの」
「十五歳に言われたくない」
迅も歩き出す。
少し先。
レオンが振り返る。
「迅ー」
「はい?」
「コーヒー」
迅の顔が引きつる。
「今戦って帰ってきたんですよ、俺!」
「僕も」
「自分で淹れてください!」
「随伴官」
「万能ワードにするな!」
レオンの笑い声が格納庫へ響いた。
*
その日の夜。
第零格納庫。
ほとんどの整備員が引き上げた後。
銀白色の《アイギス》と黒鋼の《ヴァリアント》は、並んで整備用ラックに固定されていた。
技術主任が一人。
端末に表示された戦闘ログを見ている。
視線が止まる。
二機の軌道。
戦闘中の進路。
回避。
照準。
敵機への接近角度。
それらを重ねる。
「……なんだ、これ」
何度見ても。
おかしい。
端末を操作。
別の解析画面。
戦術行動同期率。
六十三・四パーセント。
技術主任の表情が険しくなる。
通常。
僚機同士の戦術行動一致率は二十パーセント前後。
熟練したペアでも三十。
四十を超えれば異常。
六十を超えるなど。
本来なら。
専用の神経接続システムを使用しなければ出ない数値だった。
だが。
今回。
接続記録はない。
レオン本人と《ヴァリアント》の間にリアルタイムリンクは行われていない。
あるのは。
迅と補助AIの通常同期のみ。
技術主任は端末を持ち上げた。
そのまま執務区画へ向かう。
*
レオンの執務室。
ノック。
「どうぞ」
入る。
レオンはまだ仕事をしていた。
机の上。
書類。
その横。
迅が淹れたらしいコーヒー。
「一佐」
「どうしたの?」
技術主任が端末を差し出した。
「今日の《アイギス》と《ヴァリアント》の戦闘ログです」
「うん」
「見てください」
レオンが画面を見る。
指が止まった。
六十三・四。
少し。
目が細くなる。
「……六十三?」
「はい」
「接続なしで?」
「接続記録はありません」
レオンの表情から。
いつもの軽い笑みが消えた。
「AI同期だけ?」
「はい」
技術主任が低い声で続ける。
「あり得ません」
レオンは黙って画面を見ている。
二機の軌跡。
銀。
黒。
交差。
分離。
再び合流。
まるで。
最初から相手がどこへ行くのか知っているような動き。
技術主任が言う。
「クロフォード一佐」
「……」
「これは」
レオンが小さく息を吐く。
そして。
「迅にはまだ言わないで」
技術主任が眉を寄せた。
「しかし」
「まだ」
レオンは画面を見つめたまま。
「一回だけじゃ分からない」
「六十三ですよ」
「分かってる」
「予備接続すらない状態でこの数字は――」
レオンがゆっくり顔を上げる。
青い瞳。
その奥。
ほんの少しだけ。
楽しそうな光。
「だから」
口元が上がる。
「もう少し見たい」
技術主任は何も言えなかった。
レオンは再び画面へ視線を落とす。
銀白色。
黒鋼。
二つの軌跡。
「……迅」
小さく呟く。
そして。
誰にも聞こえない程度の声で。
「やっぱり君」
少し笑う。
「面白いね」
その夜。
《アヴァロン》の最高機密区画に。
新たな記録が一つ追加された。
《XR-17/LX-00 戦術同期試験》
接続方式。
――なし。
同期率。
六十三・四パーセント。
備考。
――原因不明。
後に。
この数字が九十七パーセントを超えることになるとは。
この時。
まだ誰も知らなかった。




