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白銀と黒鋼  作者: ケイ
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3/3

白銀と黒鋼

第零特務戦術部隊・アヴァロンの作戦管制室には、朝から妙な緊張感が漂っていた。


巨大な戦域モニターには、第七宙域周辺の航路と艦隊配置が表示されている。赤は北方連合軍。青は統合宇宙軍。無数の光点が、静かな宇宙の中で少しずつ位置を変えていた。


榊原迅准尉は、レオン・クロフォード一佐の斜め後ろに立ちながら、モニターを見つめていた。


昨日の作戦会議。


レオンは敵第十一艦隊が補給を要求すると予測した。


十二時間以内。


その言葉を聞いた時、迅は正直なところ半信半疑だった。


いや。


会議の場では誰も反論しなかったし、理屈も通っていた。


敵艦隊の推進剤残量。


過去の作戦行動。


補給周期。


母港との距離。


そして敵司令官、ヴァルター・グレイヴ准将の性格。


それらを組み合わせた結果だという。


しかし。


本当にそこまで綺麗に敵が動くものなのか。


戦場は人間が動かしている。


人間は間違える。


予定を変える。


予想外のこともする。


そう思っていた。


そして現在。


迅はモニターの一点を見ながら、口を半開きにしていた。


「……来た」


赤い光点。


敵補給艦三隻。


護衛艦二隻。


その周囲に、複数の機動兵器反応。


昨日レオンが示した航路。


ほぼ、そのままだった。


迅はゆっくり隣を見る。


レオンは車椅子に座ったまま、紙パックのリンゴジュースを飲んでいる。


「一佐」


「ん?」


「来ましたよ」


「うん」


「本当に」


「来たね」


「昨日、十二時間以内って言いましたよね」


「言った」


迅は腕時計を見る。


「十一時間四十七分」


「十三分早かったね」


「誤差十三分!?」


思わず声が大きくなる。


周囲のオペレーターが何人かこちらを見る。


迅は少し声を落とした。


「怖いんすけど」


「何が?」


「その精度ですよ!」


「でも十三分外した」


「そこ反省するところなんですか?」


レオンは少し不満そうだった。


「補給部隊の巡航速度をちょっと低く見積もってたかな」


「いや十分ですから」


迅は改めてモニターを見る。


昨日までなら、「一騎当千」や「神々の盾」なんていう二つ名は大げさだと思っていたかもしれない。


今は違う。


戦闘だけではない。


この少年は、戦場そのものを異様な精度で読み取る。


敵が何を考えているのか。


どこへ動くのか。


いつ動くのか。


まるで、相手の頭の中を覗き込んでいるようだった。


その時。


オペレーターの一人が声を上げた。


「敵護衛部隊、識別完了。機動兵器十二機」


戦域図が拡大される。


敵機識別コードが次々と表示された。


迅は横目で見る。


標準機。


高機動型。


狙撃型。


そして。


一機だけ、見覚えのない特殊識別反応。


レオンがストローから口を離した。


それまでの軽い表情が、ほんの少しだけ変わる。


「……へぇ」


迅が気付く。


「知ってる機体ですか」


レオンは返事をせず、端末を操作した。


敵機情報が拡大表示される。


濃紺の機体。


肩部に北方連合軍の識別章。


そして搭乗者情報。


《カシウス・ヴァルナー少佐》


年齢二十九。


北方連合軍第五特殊機動大隊所属。


確認撃墜数、四十八。


迅が目を細めた。


「四十八……」


多い。


自分の十三機とは比較にならない。


「有名人?」


「向こうではね」


レオンが答える。


迅は搭乗者情報をさらに見る。


「一佐との交戦記録あり」


「うん」


「二回?」


「うん」


迅がレオンを見る。


「生きてるんすか」


「失礼だなぁ」


「いや、一佐と二回戦って二回生還って、かなり強いですよね」


レオンは少し考えた。


「強いよ」


珍しく素直な評価だった。


迅の表情がわずかに引き締まる。


「俺とどっちが強いです?」


「今ならカシウス」


即答。


「ちょっとくらい悩んでくださいよ!」


「あはは」


「俺の上官、部下の心折るの早すぎません?」


「でも本当だし」


「そういうとこですよ!」


レオンは楽しそうに笑う。


しかし数秒後。


戦域図へ戻した視線が鋭くなった。


「護衛十二機。そのうちカシウスが一機」


周囲の空気が変わる。


レオンが端末を操作した。


「護衛艦は第三艦隊に任せる。補給艦は可能な限り拿捕。機関部と推進系だけ無力化」


迅が頷く。


「機動兵器部隊は?」


「僕らがやる」


迅は一度頷き。


そして止まった。


「……僕ら?」


「うん」


「僕らって」


レオンが振り向く。


「君と僕」


迅は数秒黙った。


「一佐も出るんすか?」


「出るよ」


「マジで?」


「マジで」


昨日まで。


迅はレオンが実際に戦う姿を、シミュレーターでしか見ていない。


実戦。


この十五歳の少年が。


『神々の盾』が。


自分の隣で戦う。


そう考えると。


不思議と胸の奥が少し熱くなった。


それと同時に。


嫌な予感もする。


この上官。


絶対にまともな戦い方をしない。


「……了解」


迅は敬礼した。


「榊原迅准尉、出撃準備に入ります」


レオンも軽く敬礼する。


「僕も行こっと」


「散歩みたいに言わないでください」


     *


第零格納庫。


迅が格納庫へ入った瞬間。


足が止まった。


中央。


黒い《ヴァリアント》。


その隣。


今まで整備用隔壁の向こうに隠されていた区画が開いている。


そこに。


銀白色の機体が立っていた。


「……これが」


迅は見上げる。


全高十八メートル前後。


《ヴァリアント》よりもさらに細身。


装甲そのものが薄い。


肩部。


脚部。


胸部。


どれも、通常の機動兵器とは比較にならないほど細く設計されている。


無駄なものを削ぎ落としたような姿。


銀色の装甲が格納庫の照明を反射する。


翼のように広がる大型推進ユニット。


頭部には、長いブレードアンテナ。


美しい。


そう思った。


戦うための兵器なのに。


どこか神々しい。


整備主任が迅の隣へやって来た。


「LX-00」


迅は機体から目を離さない。


「名前は?」


「《アイギス》」


迅の眉がわずかに上がった。


神話に登場する盾。


神々の盾。


レオンの二つ名。


「なるほど」


その時。


背後から車輪の音。


レオンがやって来た。


「かっこいいでしょ」


「……まあ」


「もっと褒めていいよ」


「一佐が作ったわけじゃないでしょう」


「僕専用だから僕のようなものだよ」


「どういう理屈ですか」


迅は《アイギス》を見上げる。


ふと。


違和感。


「装甲、薄くないですか」


レオンが止まる。


「薄いよ」


「やっぱり?」


「普通の機体の六割くらい」


「六割!?」


迅が思わず振り返る。


「危ないでしょう!」


「当たらなければいい」


迅は額を押さえた。


「出たよ、その理屈……」


「重いと機動力落ちるから」


「でも当たったら?」


「死ぬね」


「もうちょい命大切にしてください!」


レオンがけらけら笑う。


迅はため息を吐いた。


だが。


笑っているレオンを見ながら、少しだけ考える。


この少年なら。


本当に当たらないのかもしれない。


昨日。


迅は十回戦って。


一発もまともに当てられなかった。


「一佐」


「ん?」


「そういや」


迅はレオンの車椅子を見る。


「どうやって乗るんです?」


レオンが《アイギス》を指差した。


「見てて」


操作端末を触る。


すると。


《アイギス》胸部のコックピットブロックがゆっくりと前へせり出した。


そのまま昇降機構が作動。


コックピットそのものが格納庫床面近くまで降りてくる。


「おお……」


「専用設計」


車椅子ごと固定できる搭乗ユニット。


レオンはそのままコックピット内部へ入る。


「僕、普通の機体だと乗り降り面倒だから」


「こいつ、一佐以外乗れないんすか」


「たぶん」


迅が嫌な予感を覚える。


「たぶん?」


「僕以外動かした人いないし」


迅が《ヴァリアント》を見る。


「こっちも適合者ほぼいない」


今度は《アイギス》。


「そっちも専用機」


一度。


大きく息を吐いた。


「この部隊、変な機体しかないんですか?」


整備主任が答える。


「まともな機体でクロフォード一佐についていけると思うか?」


迅は黙った。


「……無理っすね」


「だろ」


レオンがコックピットから顔を覗かせる。


「迅ー」


「はい?」


「作戦確認するよ」


迅が《ヴァリアント》へ向かう。


「お願いします」


「補給艦三隻を無力化。護衛十二機を排除」


「はい」


「カシウスは可能なら撃墜」


「可能なら?」


レオンが少し笑う。


「無理して追わなくていい」


迅は意外に思った。


「因縁ある相手じゃないんです?」


「因縁ってほどじゃないよ」


「二回戦ったんですよね」


「うん」


「倒したくないんです?」


「戦場で個人的な感情優先するほど暇じゃない」


あっさり。


迅は少しだけ笑った。


「そういうところはちゃんと軍人なんですね」


「僕、一佐だよ?」


「見た目が説得力ないんですよ」


「十五だから?」


「そうです」


「差別だ」


「はいはい」


迅が昇降機へ乗る。


その時。


レオンが呼び止めた。


「迅」


迅が振り返る。


レオンは先ほどまでとは少し違う顔をしていた。


「今日は僕を追わなくていい」


「……はい?」


「僕の動きに無理して合わせないで」


迅が眉を寄せる。


「でも僚機ですよね」


「そう」


「だったら」


「君は君の戦い方をして」


レオンは静かに言った。


「AIは僕の思考を教えてくれる」


昨日。


民間輸送艇。


AIが出した最適解。


迅はそれを無視した。


「でも最後に決めるのは君」


迅は数秒黙った。


そして頷く。


「……了解」


レオンの口元が少し緩む。


「じゃ」


コックピットへ身体を戻す。


「行こうか」


     *


XR-17《ヴァリアント》。


システム起動。


機体各部正常。


補助AI接続。


同期率。


四十。


五十二。


六十八。


七十九。


八十六。


《SYNC STABLE》


迅の視界に戦術情報が流れ込む。


一瞬。


頭の奥に軽い違和感。


昨日より少ない。


すでに慣れ始めているのかもしれない。


通信回線が開く。


『聞こえる?』


レオン。


「良好です」


『そっちは』


「問題なし」


『じゃ、先行くよ』


「ちょっと待ってください。一緒に出――」


前方。


銀白色の《アイギス》がカタパルトへ固定される。


『LX-00《アイギス》』


レオンの声。


いつもの軽さは消えていた。


『レオン・クロフォード。出る』


射出。


一瞬だった。


銀色の機体が。


消えた。


「……は?」


正確には。


猛烈な加速で視界から消えた。


迅が慌ててレーダーを見る。


すでに数キロ先。


「速っ!」


管制。


『XR-17、発進許可』


「はい!」


《ヴァリアント》もカタパルトへ。


迅が操縦桿を握る。


「榊原迅。《ヴァリアント》、出ます!」


射出。


加速。


黒鋼の機体が宇宙へ飛び出す。


少し先。


銀白色。


迅は最大推力で追う。


「一佐!」


『なに?』


「一人で突っ走らないでください!」


『迅が遅い』


「それ昨日も言ってましたね!」


『頑張れー』


「腹立つ!」


レオンの笑い声。


その直後。


敵通信を傍受。


『敵機二!』


『識別――』


雑音。


そして。


明らかに敵の声色が変わった。


『白銀機確認!』


『クロフォードだ!』


『全機散開! 白銀から距離を取れ!』


迅が目を瞬く。


「……一佐」


『なに?』


「めっちゃ嫌われてますよ」


『人気者なんだよ』


「そのポジティブさどっから来るんすか!」


レオンが笑う。


だが。


《アイギス》の動きは笑っていなかった。


敵機十二。


レオンは真正面から突っ込んだ。


「一佐!」


迅の警告より早く。


敵機の一斉射撃。


十数本のビームが《アイギス》へ集中する。


普通なら。


死ぬ。


だが。


銀色の機体が。


一度。


わずかに右へ。


次に左。


機首を下げる。


ロール。


それだけ。


本当にそれだけの動きで。


すべてのビームが《アイギス》の周囲を通過した。


迅の目が見開く。


「……マジかよ」


シミュレーターで見た。


あの動き。


本物だ。


『迅』


「はい!」


『右』


反射的だった。


迅は右へ銃口を向ける。


敵はいない。


一瞬。


そう思った。


次の瞬間。


《アイギス》に追われた敵機が、右方向へ急旋回して飛び込んできた。


「っ!」


引き金。


直撃。


敵機の胸部をビームが貫く。


撃墜。


迅が固まる。


「……え?」


『一機目』


レオンはすでに次へ向かっている。


「待って」


二機。


レオンが一機へ射撃。


外す。


いや。


わざとだ。


敵が射線を避ける。


左。


迅の視界。


補助AIが未来軌道を表示する。


「そこ!」


発射。


命中。


二機目。


迅の呼吸が少し速くなる。


「一佐」


『ん?』


「俺の位置、全部把握してます?」


『レーダー見てるから』


「いや、そういう問題じゃなくて!」


敵機。


レオンへ接近。


《アイギス》が回避。


そのまま敵の背後へ。


射撃。


武器だけ破壊。


敵は咄嗟に離脱。


その離脱方向。


迅。


「また!?」


照準。


射撃。


三機目。


「……」


迅は自分の手を見る余裕もない。


だが。


おかしい。


これは。


ただレオンが迅を誘導しているだけではない。


迅自身も。


レオンが何をするのか。


なんとなく分かる。


次。


レオンは左へ行く。


そう思った。


《アイギス》が左へ。


敵を一機追い込む。


迅はすでに右側の射線を塞いでいた。


敵の逃げ道は上。


レオンがそこへ撃つ。


敵は下へ。


迅。


発射。


撃墜。


『ナイス』


「……」


『迅?』


「いや」


迅は苦笑する。


「気持ち悪いくらい噛み合いますね」


『そう?』


「普通、もっと通信しますよ」


『じゃあ喋る?』


「そういう意味じゃないっすよ!」


敵側から悲鳴に近い通信。


『二機の動きがおかしい!』


『通信解析は!?』


『戦術通信ほぼなし!』


『ならどうやって連携している!』


迅はその声を聞いて。


思わず笑った。


「向こうも同じこと言ってますよ」


『失礼だなぁ』


「褒められてますよ」


『ならいいや』


五機。


六機。


七機。


戦場の敵が減っていく。


迅は昨日までなら到底できなかった速度で戦っていた。


AIによる補助。


敵の未来軌道。


射線予測。


そして。


その向こうにいる。


本物のレオン。


AIはレオンのコピー。


なら。


自分の視界に流れ込んでくるものと。


今、レオンが見ている戦場は。


限りなく近い。


その事実が。


二人の動きを異常なほど噛み合わせている。


『迅』


「はい」


レオンの声が変わった。


『来るよ』


レーダー。


高速反応。


正面。


濃紺。


一機。


他とは違う。


動いた瞬間に分かった。


速い。


《ヴァリアント》へ射撃。


迅が回避。


一発。


二発。


三発。


補助AIが進路を示す。


しかし。


四発目。


予測線と違う。


「っ!」


迅は咄嗟に機体を捻る。


ビームが《ヴァリアント》の肩を掠めた。


警告。


迅の目が細くなる。


「予測外した?」


敵機。


濃紺。


カシウス・ヴァルナー少佐。


公開通信。


『久しいな、白銀』


低い男の声。


レオンが返す。


『久しぶり、カシウス』


『相変わらず子供のままか』


『君はちょっと老けたね』


『余計なお世話だ』


迅が小声で呟く。


「普通に知り合いじゃないですか」


カシウスがこちらを見る。


『その黒い機体はなんだ』


レオン。


『僕の新しい相棒』


迅が一瞬止まる。


「……え」


しかし。


カシウスはすぐに反応した。


『貴様に僚機だと?』


『そう』


『珍しいな。いつも一人で戦場を荒らしていた男が』


迅が通信へ割り込む。


「人聞き悪いですね」


『誰だ』


「榊原迅准尉」


『准尉?』


少し間。


『クロフォードの新しい取り巻きか』


迅の眉が跳ねる。


「専属随伴官です」


『同じだろう』


「違います!」


レオンの笑い声。


『迅、そこ気にするんだ』


「一佐は黙っててください!」


その瞬間。


カシウス機が加速。


狙い。


レオン。


濃紺と銀白。


二機が交差。


ビームブレード。


一撃。


《アイギス》が回避。


二撃。


回避。


三撃。


レオンが反撃。


しかし。


カシウスは読んでいる。


《アイギス》の射撃を避ける。


迅が驚く。


「避けた……」


レオンの攻撃を。


しかも一度ではない。


カシウスはレオンの動きに食らいついている。


『以前と同じ動きだ、クロフォード』


『研究した?』


『二度も負ければな』


カシウスの一撃。


レオンが回避。


しかし。


濃紺の機体が同時に放った実体弾。


銀色の肩装甲を掠める。


火花。


迅の顔色が変わった。


「一佐!」


『大丈夫』


「当たったでしょう!」


『掠っただけ』


「それを当たったって言うんすよ!」


『元気だな、君の部下は』


「誰のせいだ!」


迅が叫ぶ。


レオンが笑う。


しかし。


カシウスの動きは明らかに違う。


レオンを知っている。


レオンの回避方向。


射撃。


間合い。


それを長い時間をかけて研究している。


そして。


だからこそ。


レオンの声。


『迅』


「はい」


『カシウス、任せてもいい?』


迅が固まる。


「俺が?」


『うん』


「いやいや」


レオンとカシウスを見る。


「一佐と二回戦って生き残ってる人ですよね?」


『そう』


「俺より強いって言いましたよね?」


『言った』


「なんで任せるんすか!」


レオンは一瞬黙る。


そして。


少し楽しそうに。


『カシウスは僕を知ってる』


「はい」


『僕の動きをかなり研究してる』


「はい」


『でも』


《アイギス》が加速。


別の敵部隊へ向かう。


『君のことは知らない』


迅は一瞬。


何も言わなかった。


すぐ。


笑う。


「なるほど」


操縦桿を握り直す。


「そういうことなら」


カシウス機へ向く。


「お胸、お借りしますかね」


『またそれ言うんだ』


「うるさいですよ!」


濃紺。


黒鋼。


二機が正面から向き合う。


カシウスが通信。


『准尉』


「なんでしょう」


『クロフォードの真似事で私に勝てると思うな』


迅は笑った。


「奇遇ですね」


《ヴァリアント》のライフルを構える。


「俺も真似する気ないんすよ」


両機。


加速。


射撃。


カシウスの一発。


迅が避ける。


補助AI。


未来予測。


左。


右。


上。


射線。


迅は動く。


反撃。


カシウスが回避。


速い。


「やっぱ強ぇ!」


二発。


三発。


カシウスの攻撃。


AIが回避軌道を示す。


迅が従う。


しかし。


その先。


追加射撃。


「っ!」


ぎりぎり。


回避。


カシウス。


『やはり』


「……?」


『動きの基礎はクロフォードだ』


迅の目が細くなる。


『回避角度。間合い。射線の選び方』


カシウスが距離を詰める。


『そいつの戦闘データでも積んでいるのか?』


迅は何も答えない。


近接。


ビームブレード。


カシウス。


斬撃。


迅。


回避。


二撃。


三撃。


AIは全部教える。


どこへ避ければ安全か。


どこに射線があるか。


でも。


カシウスは。


その答えを知っている。


「……なるほど」


迅が小さく呟く。


レオンを研究している。


なら。


AIの最適解も。


ある程度は読まれる。


四撃目。


視界に回避方向。


右。


迅は一瞬見る。


そして。


無視した。


「だったら」


前。


敵の懐。


AI警告。


危険。


接触可能性。


機体損傷率。


迅は構わず踏み込む。


カシウスが僅かに反応を遅らせた。


『何――』


ビームブレードが《ヴァリアント》肩装甲を掠める。


迅はさらに前。


「レオンなら」


敵の懐。


「避けるんだろうな!」


拳。


《ヴァリアント》の左腕がカシウス機の胸部を殴る。


機体が大きく揺れる。


迅はそのまま右腕のライフルを至近距離で向ける。


「でも!」


射撃。


カシウスの右腕。


武装ごと吹き飛ぶ。


『くっ……!』


迅の口元が上がる。


「俺は俺だ!」


一瞬の静寂。


カシウスが距離を取る。


迅は追う。


しかし。


敵護衛艦から撤退信号。


カシウスの機体が後退を始める。


『……榊原迅』


「なんすか」


『覚えておこう』


「そりゃどうも」


『次は落とす』


迅がライフルを構える。


「予約は受け付けてませんよ」


カシウス機が加速。


敵艦方向へ離脱。


迅は追わなかった。


レーダーを見る。


敵機。


残存二。


その二機も後退中。


補給艦。


三隻。


推進系破壊。


全艦停止。


そして。


少し先。


銀白色の《アイギス》。


その周囲には、無力化された敵機が浮かんでいる。


迅は数える。


「……一佐」


『なに?』


「俺が一機と遊んでる間に何機やったんすか」


『四機くらい?』


「くらい?」


『数えてない』


「怖ぇよ……」


レオンが《ヴァリアント》の横へ並ぶ。


銀と黒。


二機。


遠く。


停止した敵補給艦。


管制から通信。


『作戦目標達成。敵補給艦三隻、完全停止。拿捕部隊を派遣する』


迅は息を吐いた。


『全機、帰投せよ』


「了解」


通信を切る。


少しだけ。


静かな宇宙。


迅は隣の《アイギス》を見る。


「一佐」


『ん?』


「さっき」


『うん』


「俺のこと相棒って言いました?」


通信の向こうで。


少しだけ間。


『言ったっけ』


「言いました」


『じゃあ言ったんじゃない?』


「適当だなぁ!」


レオンが笑う。


『嫌だった?』


迅は少し黙った。


「……別に」


『ふーん』


「なんすか」


『いや?』


「その言い方腹立つ」


二機は並んだまま。


基地へ向かった。


     *


帰投後。


《ヴァリアント》のコックピットが開く。


迅はヘルメットを外し、大きく息を吐いた。


疲れた。


昨日とは違う。


初めての専用機。


初めての共同戦闘。


そして。


カシウス。


強かった。


AIがなければ。


恐らく。


勝負にもならなかった。


それでも。


最後に武器を奪ったのは。


AIではない。


自分の判断だった。


迅は少しだけ笑った。


昇降機で格納庫へ降りる。


少し離れた場所では、《アイギス》の専用コックピットが地上まで降りていた。


レオンが車椅子で出てくる。


迅はそちらへ歩いた。


「一佐」


「お疲れ」


「今日の連携」


「うん?」


「なんなんすか、あれ」


レオンが首を傾げる。


「連携?」


「俺が撃とうと思った場所に敵来るし、一佐が敵追い込むと俺の前に出てくるし」


「上手だったね」


「他人事みたいに言わないでくださいよ」


迅は両手を広げる。


「ほとんど通信してないですよ、俺ら」


「してたじゃん」


「『右』とか『来るよ』くらいでしょう!」


「十分じゃない?」


「十分じゃない!」


レオンは少し考える。


「ああ」


何かに気付いた顔。


「たぶんAIのせい」


迅が眉を上げる。


「AI?」


「君の補助AI、僕の戦闘思考が基礎でしょ」


「……あ」


「だから」


レオンが指で迅を指す。


「今の君の戦い方、ちょっと僕に近い」


迅が嫌そうな顔をした。


「嫌なんすけど」


「酷くない?」


「いや、そういう意味じゃなくて!」


レオンが笑う。


「だから僕も合わせやすいんだよ」


「でもあれ」


迅は《ヴァリアント》を振り返る。


「俺も一佐が次どこ行くか、なんとなく分かりました」


「そうだろうね」


「なんで?」


「AIが予測してるんじゃない?」


「表示出てない時も」


レオンが少しだけ黙った。


ほんの一瞬。


考えるような顔。


しかしすぐ。


「慣れじゃない?」


「昨日会ったばっかですよ」


「じゃ、才能」


「適当じゃないです?」


「それに」


レオンが迅を見る。


「僕も迅の癖、大体分かったから」


迅が止まる。


「……はい?」


「回避するとき左に逃げること多い」


「え」


「焦ると照準が二回上がる」


「……」


「敵が近接武器持ってると、最初の一撃だけ距離取りすぎる」


「……」


「攻撃に集中すると左後方への警戒が薄い」


「ちょっと待って」


「あと」


「まだある!?」


レオンは指を折る。


「人を助けようとすると周り見えなくなる」


迅が黙る。


昨日。


民間輸送艇。


今日。


レオンが敵に攻撃を掠められた瞬間。


確かに。


自分は一瞬。


周囲よりレオンを見た。


レオンはその反応を見ていたらしい。


「そこは直した方がいいよ」


「……はい」


レオンは少しだけ笑う。


「まあ」


一拍。


「嫌いじゃないけど」


迅が顔を上げる。


レオンはすでに先へ進み始めていた。


「……」


迅は何とも言えない顔で、その背中を見る。


「一佐」


「なに?」


「そういうの急に言わないでください」


「なんで?」


「なんでもです」


「変なの」


「十五歳に言われたくない」


迅も歩き出す。


少し先。


レオンが振り返る。


「迅ー」


「はい?」


「コーヒー」


迅の顔が引きつる。


「今戦って帰ってきたんですよ、俺!」


「僕も」


「自分で淹れてください!」


「随伴官」


「万能ワードにするな!」


レオンの笑い声が格納庫へ響いた。


     *


その日の夜。


第零格納庫。


ほとんどの整備員が引き上げた後。


銀白色の《アイギス》と黒鋼の《ヴァリアント》は、並んで整備用ラックに固定されていた。


技術主任が一人。


端末に表示された戦闘ログを見ている。


視線が止まる。


二機の軌道。


戦闘中の進路。


回避。


照準。


敵機への接近角度。


それらを重ねる。


「……なんだ、これ」


何度見ても。


おかしい。


端末を操作。


別の解析画面。


戦術行動同期率。


六十三・四パーセント。


技術主任の表情が険しくなる。


通常。


僚機同士の戦術行動一致率は二十パーセント前後。


熟練したペアでも三十。


四十を超えれば異常。


六十を超えるなど。


本来なら。


専用の神経接続システムを使用しなければ出ない数値だった。


だが。


今回。


接続記録はない。


レオン本人と《ヴァリアント》の間にリアルタイムリンクは行われていない。


あるのは。


迅と補助AIの通常同期のみ。


技術主任は端末を持ち上げた。


そのまま執務区画へ向かう。


     *


レオンの執務室。


ノック。


「どうぞ」


入る。


レオンはまだ仕事をしていた。


机の上。


書類。


その横。


迅が淹れたらしいコーヒー。


「一佐」


「どうしたの?」


技術主任が端末を差し出した。


「今日の《アイギス》と《ヴァリアント》の戦闘ログです」


「うん」


「見てください」


レオンが画面を見る。


指が止まった。


六十三・四。


少し。


目が細くなる。


「……六十三?」


「はい」


「接続なしで?」


「接続記録はありません」


レオンの表情から。


いつもの軽い笑みが消えた。


「AI同期だけ?」


「はい」


技術主任が低い声で続ける。


「あり得ません」


レオンは黙って画面を見ている。


二機の軌跡。


銀。


黒。


交差。


分離。


再び合流。


まるで。


最初から相手がどこへ行くのか知っているような動き。


技術主任が言う。


「クロフォード一佐」


「……」


「これは」


レオンが小さく息を吐く。


そして。


「迅にはまだ言わないで」


技術主任が眉を寄せた。


「しかし」


「まだ」


レオンは画面を見つめたまま。


「一回だけじゃ分からない」


「六十三ですよ」


「分かってる」


「予備接続すらない状態でこの数字は――」


レオンがゆっくり顔を上げる。


青い瞳。


その奥。


ほんの少しだけ。


楽しそうな光。


「だから」


口元が上がる。


「もう少し見たい」


技術主任は何も言えなかった。


レオンは再び画面へ視線を落とす。


銀白色。


黒鋼。


二つの軌跡。


「……迅」


小さく呟く。


そして。


誰にも聞こえない程度の声で。


「やっぱり君」


少し笑う。


「面白いね」


その夜。


《アヴァロン》の最高機密区画に。


新たな記録が一つ追加された。


《XR-17/LX-00 戦術同期試験》


接続方式。


――なし。


同期率。


六十三・四パーセント。


備考。


――原因不明。


後に。


この数字が九十七パーセントを超えることになるとは。


この時。


まだ誰も知らなかった。

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