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この結婚は地獄です  ~婚約破棄さえおこらないふたり~  作者: マンムート


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凡庸なボクは、騙され続ける幸せすら許されない



『王太子殿下からの調査依頼の結果』



『依頼内容 コットン公爵令嬢キリがウィロウ子爵令嬢マリアに対して犯罪レベルの嫌がらせを加えているという疑惑の裏付け調査』



 ウィロウ子爵令嬢マリアがコットン公爵令嬢キリに罵倒されていたという事実。 なし。


 礼儀作法を注意されていただけである。


※添付 魔法玉録音による資料。



 マリアがコットン公爵令嬢キリの寄子の令嬢や子息達に嫌がらせをされた事実。 なし。


 主家の令嬢が攻撃されていたら守るのは、寄子の令嬢と子息達として当然であり、その範囲を超えた行為は確認できず。



※添付 魔法玉録音による資料。



 マリアがコットン公爵令嬢キリ本人乃至は寄子によって教科書を破壊された事実。 なし。


 マリアが学園の東第一東屋で教科書を自ら破っていた事実。 あり。



※添付 魔法玉録画による資料。



 マリアが階段から突き落とされた事実。 なし。


 マリアが足を踏み外し(意図的な可能性極めて高し)自分で落ちた事実。 あり。


 事前に同階段でマリアが12回、階段を落ちる練習をしていた事実。 あり。



※添付 魔法玉映像による資料。



 コットン公爵令嬢キリが複数の男と付き合っている事実。 なし。



 マリアが複数の男――確認できた範囲で12人(ウィロウ子爵家当主ルドルフ含む)と肉体関係を結んでいた事実。 あり。


 他にも5乃至は6人と肉体関係を結んでいた可能性。きわめて濃厚。


※備考


 王太子殿下と肉体関係を結んでいた事実。なし。



※添付 魔法玉映像による資料。確認できた男12人の履歴。現在の所在。



 マリアが複数の男(確認できただけで38名)から贈答品を受け取り、それらを下町の故買屋に売っていた事実。 あり。


 複数の男に同じ品をねだり、一つを残してあとは売るという手口で露見を防いでいた。



※添付 魔法玉映像と魔法玉録音の資料。故買屋の主人の証言。並びに取引の帳簿の抜粋。



 王太子の側近候補3人は、それぞれ婚約者に使うべき費用を、マリアへの贈答品購入のために回していた事実。 あり。


※備考


 王太子殿下が婚約者に使うべき費用を、マリアへの贈答品購入のために回していた事実。 なし。



※添付 婚約者へ贈ると称して購入した物品の領収書とマリアが故買屋へ売却した物品の対照表。



 ウィロウ子爵家当主ルドルフとマリアのあいだに血縁関係。 なし。


 ルドルフが外見が美麗な少女を探していたという複数の証言あり。


※添付 魔法玉録音による資料。子爵の賄賂を受け取り戸籍を改ざんした役人の証言。ルドルフの側近の証言。



 現在。マリアは妊娠中であり、妊娠期間と交尾の時期からして、ウィロウ子爵との子である可能性。きわめて高し。



 結論 コットン公爵令嬢キリがウィロウ子爵令嬢マリアを虐げていたという事実。 なし』




 ボクは最後まで読み終えた報告書を閉じて、机においた。


「はぁぁ……」


 口から出たのはため息だった。

 

 衝撃も怒りも湧かない。

 

 おそらく、ボクは心のどこかで予想していたのだろう。


 目の前に控えている『王家の影』に「これは事実か」と問う気さえおきない。



 判ってはいたんだ。



 マリアのふわふわしたピンクの髪。


 なぜかいつも潤んでいる緑の瞳。


 ひとなつっこい笑顔。


 ちょっと舌足らずな声。


 ちっちゃくて、保護欲をそそるコンパクトな身体。


 ボクをいつもしあわせな気もちにさせる賞賛の言葉。


 すぐにスキンシップしてきて、そのたびにおしつけられる柔らかい乳房。


 いいかおり。



 だが、心のどこかで疑っていた。


 いや、判っていたんだ。



 ふとした瞬間、ボクは、何度も思ったんだ。



 この子はとってもよくできているって。



 凡庸で王太子であることにしか取り柄のないボクに、あんなかわいい子が愛をささやくわけがないって。


 全てが計算づくだって。



 それに。



 ボクが個人的な予算以上の贈り物を買わないことに、舌打ちしていたことも思い出す。


 ボクは見ていた。


 そういうのには敏感なんだ。


 気づかないフリをしていただけだ。



 そして。



 ボクの婚約者である公爵令嬢キリが嫉妬なんてしないことも判っていた。


 彼女はボクが誰と何をしようと嫉妬なんかしてくれない。


 ボクと彼女の間には、政略以外のなにもない。


 冷え冷えとしてどんな他人よりも遠い距離。



 ボクは王太子でなければその程度の男だ。


 いや、王太子以外、なにもない男だ。



「さて……どうすべきだろうな」


「……」



 目の前の『影』は答えてくれない。


 彼らは王族の命に従うものであって、忠告はしてくれない。


 この報告書を出してくれたのも、ボクが『ウィロウ子爵令嬢マリアがコットン公爵令嬢キリに虐待されているか調べてくれ』と命令したからにすぎない。



「ボクが命じてから一日しか経っていないのに、これだけの報告書をあげてくれたということは……すでに誰かに命じられて調べてあったということだよね?」


「……」


『影』は答えてくれない。



 それでいい。どうせ独り言だからだ。



『影』を使える王族は限られている。


 父王、母王妃、そして王太子であるボク。その3人だけだ。


 だとすれば。



「……父と母は、すでに知っていたか」


 知っているのにボクには何も言わなかった。


「はは」


 乾いた笑いがもれる。



 つまり。ボクはほとんど見捨てられていたってことだ。


 もし調査を依頼せず、思い込みだけで突っ走っていたら……。



 一週間後の学園卒業パーティで、ボクは婚約破棄をやらかしていただろう。



 そして、おしまい。


 ボクもマリアも側近候補もおしまい。 



 ボクは王太子の座から追放され、廃嫡。


 側近達も廃嫡。


 全員揃って平民落ちか、それ以上にひどい結果もありえた。



 マリアは……詐欺罪や王族を誑かした罪で重罪だったろう。 



 だがだ。



 凡庸なボクのつまらない常識――『影』が使えるのだから調べさせよう――のおかげでこうして事前に知ってしまった。



「どうするべきか……」



 婚約破棄はしない。


 こんな事を知ってしまって、なお、婚約破棄をするとか正気の沙汰ではない。


 そしてボクはつまらないくらい凡庸な正気さしかない。


 だから真実の愛とやらがあれば、どんな境遇になっても大丈夫――とかも言えない。 


 というか、そんなものは最初からどこにもない。



「真実の愛か……あはは」



 そんなものがボクに対してあるわけがないじゃないか。




「……報告ありがとう」


『影』は消えた。




 いや、気配を消しただけかもしれない。


 ボクは王族だ。常に護られている――いや、見張られている。


 だからこそ、ボクとマリアに肉体関係がないことだって、書かれてしまうわけだ。



「どうするかな……」




 可能な手はいくつかある。


 この報告書の写しを、側近達やマリアの実家へ送りつける。


 彼らはそっと退学させられ、後継者から外され、日の当たらない人生を歩むことになるだろう。


 マリアとウィロウ子爵はいつのまにか消されるだろう。




 もっと積極的に、ボクが人前で彼らを告発する。


 毒にも薬にもならない王太子も、たまにはやるんだ、と言って貰えるかもしれない。


 彼らは退学させられるだろう。


 側近達は、後継者から外され、予算の流用を始めとする科で幾つか刑罰を下され、日の当たらない人生を歩むことになるだろう。


 マリアとウィロウ子爵は、重罪となり、消されるだろう。



 あるいは、なにもしない。



 婚約破棄をしなければ、側近候補達は遠ざけられ、後継者から外され、日の当たらない人生を歩むことになるだろう。


 新しい側近候補が立てられ。側近となり。


 マリアも、いつのまにか遠ざけられて、姿を見ることもなくなるだろう。


 ウィロウ子爵は、そっと消されるだろう。



 すでに決行予定日すらも把握されている、と考えて間違いがない。


 王家だけでなく側近候補の実家もすでに動いているだろう。


 混乱を起こさないために、後継者から外す準備が整えられているだろう。


 マリアとウィロウ子爵を退場させる準備も万端だろう。



 つまり、今さら何をしようが結果はほぼ同じだ。



 だったら何もしない。



 そして。



 ボクは公爵令嬢キリと結婚し、子孫を残すためだけに体を重ね。


 血統書付きの馬のように血を繋ぐ。


 そして、死ぬか処分されるかしなければ王太子から王になるだろう。


 砂を噛むような索漠とした人生を送り。


 礼儀と儀礼以上の敬意が払われることもなく、王として死ぬだろう。


 その死が、天寿なのか、必要なくなったから処分されたのかは……後者の可能性が高そうだ。



 死ねばすぐ忘れられ、名前すら語られない。そんな王になるだろう。



「はぁぁ……」



 だけど、ああ、だけど。


 もし思い込みで突っ走れていたら。



 ボクは、婚約破棄の瞬間まで、めくるめく恋という思い込みの中で、しあわせだった……かもしれない。



 そして、そんな愚かな幸福すら、臆病で凡庸なボクには一生訪れないんだろう。



後編『 秀才は凡愚に縛られる運命を受け入れる』は、コットン公爵令嬢キリの視点です。


本日の20時~20時30分の間に投稿する予定です。


2本合計しても5500文字程度の作品ですので、気楽にお読みくださるとありがたいです。

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― 新着の感想 ―
色んな意味で若いなぁ、この王太子。 とりあえず踏み止まれただけそこまで悲観する事態にはならないんだが。 思い通りにいかない事もあるって知れただけ大人に近づいただけやん。 一時の快楽に酔って地獄に落ちん…
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