1 君を愛するつもりはない
「エマ…先に言っておくが、私は君を愛するつもりはない。私たちは形だけの夫婦だ」
(…きたきたきたぁぁぁ!!本物の「君を愛するつもりはない」宣言!しかも超絶イケボ!声優さんはどこのどなたですか!?)
「我が公爵家の品位を落とさない限りは、好きにしてもらって構わない。この屋敷で過ごすもいいし、都会が好きならタウンハウスに移れるように手配しよう」
氷の刃のような冷たい声が、豪華な応接室に響く。
目の前に座るのは、夫となったヴィルフリート・アスラン公爵閣下。
銀色の髪に、すべてを見透かすような鋭い琥珀色の瞳。
その冷たい美貌は、まさに私が前世で読み耽っていた縦読みマンガ『旦那様、愛さないはずじゃなかったんですか?冷徹公爵の甘い執着が止まりません!』のヴィルフリート様そのものだった。
私の名前はエマ、前世での名前も恵麻。
不慮の事故で命を落とし、目が覚めたらこのマンガの世界に転生していた。
たぶん…名前が一緒だったからという、なんとも安易な理由で。
この物語のヒロインであるエマは、「愛するつもりはない」から始まる冷遇結婚生活でも、清らか努力で氷の公爵を溶かす。そして最後はお決まりの溺愛。はい、みんな好きなやつ。
私も、この超絶イケメンに、あんな風に愛されたい!
だから私がやるべきは、原作のエマの人前での行動をすべて、寸分の違いもなく真似すること。
幸せが待っているヒロインポジなのだから、原作を変えてしまうつもりなんてこれっぽっちもない。
だからここで、エマの最初のセリフを。
「承知いたしました、旦那様。私は都会は好きではありませんから、この屋敷で過ごさせていただきたく存じます。旦那様のお邪魔になるようなことは、決していたしません」
私は「完璧な淑女の微笑み」をイメージして、表情をつくる。
口角が左右で違う高さになっている気もするけど…私はエマなんだから、うまくできてるはず。
ヴィルフリート様は「随分物分かりのいい女だ」と言う表情を浮かべる。シンプルに顔がいい。
「執事のセバスチャンが部屋に案内する」
「ありがとうございます」
◆
「素敵なお部屋ですね。本当に、ここを私が一人で使っていいのですか?」
「もちろんでございます、奥様」
はい、これで「貴族令嬢なのに贅沢に慣れていない質素な奥様」という印象を植え付けられたはず。
セバスチャンが「何かございましたらお呼びください」と言って下がると、私は天蓋付きのふかふかベッドにダイブした。
「よし、転生してフェーズが進んだらやること!イベントの確認!」
私は実家から持ってきた、一冊のノートを取り出した。
女嫌いのヴィルフリート様が、「波風立たない家門から」と適当に選んだ貧乏伯爵家の出身らしく、安っぽい表紙のノート。
パラリとページを開く。
《イベント1:健気な刺繍のハンカチ。公爵たるヴィルフリート様へのプレゼントとしては質素すぎるが、逆に「他の令嬢とは違う」と好印象》
「原作のエマは、これで”女に興味がない”という彼の冷たい琥珀の瞳を、一瞬だけ揺らしたのよね。あれで後半に訪れるデレを予感させられて、期待で胸が高まったわぁ…」
刺繍は貴婦人の素養であるため、この部屋にも原作通りにひと通りの…そして超高級な裁縫道具が準備されている。
原作のエマは、勇猛果敢な武人でもあるヴィルフリート様が戦場でも無事でいられるようにと、加護の力があるとされる「天仙花」を刺繍していたはず。
「よし、やるぞ!」
さあ、エマの行動を完璧になぞって溺愛スイッチを押そう。
――このときの私は、まだ認識していなかった。
自分が致命的に不器用で、原作のエマは超絶器用なスーパーヒューマンだったということを。




