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第十六話 空位の四十日

王が死ぬと、まず空くのは玉座ではない。

椅子の順序である。


その朝、サン・ルネ王宮の「小評議の間」は、まさにその種の不毛な空白を孕んでいた。


高窓の光は白く、磨かれた床板は古く、壁には代々の国王たちの肖像が、どれも自分の死後にまで他人を眺めることを当然の権利として認めている顔で掛かっている。

部屋そのものはさほど広くない。

だが狭さ以上に厄介なのは、その狭さへ意味が貼り付いていることだった。


小評議の間の中央には馬蹄形の長卓が置かれていた。

王国評議会の席。

その正面奥には、普段なら王が座るはずの高背椅子が一つ。

喪中ゆえ黒布が垂れ、いまは誰もそこへ座らない。


問題は、その右に誰を置き、左に誰を置き、外国使節をどこで見せるかだった。


ハルトゥング少佐は、夜明けのうちにその部屋を一度見に来ていた。


それは彼の癖でもあり、職業病でもあった。

初めて入る空間では、まず壁を見る。

次に扉。

窓。

退路。

机の長さ。

列の幅。

人が立った時にどの程度の視線が交差するか。


話し合いの前に物理が破綻している場所では、政治もたいてい破綻する。

そこまでは疑いようがない。


彼は巻尺で卓の長さを測り、西側の細い袖廊へ目をやり、北壁沿いの書記机の位置を確認し、それから東扉の外へ出て階段の幅を見た。

王宮の古い部屋というものは、建てた時代には美徳だった狭さが後世にはただの邪魔になる。

小評議の間も例外ではない。東扉と西扉。北の小出入口。袖廊。階段は一本広く、一本狭い。

大勢が一斉に出入りするには向かない。

とくに、全員が自分こそ先に入るべきだと思っている場合はなおさらだった。


その測り終えた図面を、ハルトゥングは二枚作った。

一枚は、外国使節を卓へ着けた場合の配置。

当然、破綻している。

書記が座る余地がなくなり、扉の前に人が溜まり、衛兵の視界が切れる。

もう一枚は、卓の外へ外国使節を出した場合の配置。

こちらは機能する。

だがどこに、どういう名で、どの程度の距離を置いて出すかが決まっていない。


西側の細い袖廊に、彼はわざと何も書かなかった。


そこが使えることは分かっていた。

視線も通る。卓から一段下がるが、軽視とまでは言えない位置だ。出入口も独立している。

国内の評議会と外国の立会を同じ場へ置きながら、同じ机へは置かぬためには、そこしかない。


だが、ハルトゥングはそこへ名前を与えることができなかった。


「外国使節席」と書けば、参加の意味が強すぎる。

「傍聴席」では侮辱になる。

「弔問廊」では、相手によっては押し込められたと感じるだろう。


正しい位置は出せる。

だが、その位置を人間が受け入れる言葉までは、自分の手の届く範囲ではない。

そこを認めるのは少し癪だったが、もはや認めざるをえなかった。


そこへクラウスが来た時、少佐は図面の上で最後の導線確認をしていた。


「珍しいですね。少し眠気が残っている」


「申し訳ありません、少佐殿。昨日、調べ物を少し」

クラウスは多少の疲労を抱えた顔をしていた。

それを、また妙な所で根を詰めていたのだろうとハルトゥングは判断した。


「それにしても、もう測り終わったのですか」


「ええ」


「二枚ありますね」


「一枚は破綻している方です」


クラウスはその言い方に少しだけ笑った。

それから、西側袖廊にだけ注記のない二枚目へ目を止めた。

「ここだけ空いていますが」


ハルトゥングは、そこで少しだけ間を置いた。

答え方によっては、自分が相手の役目を必要としていることを認めることになる。


「名前を付けなければなりません、誰かが」

結局、彼はそう言った。


クラウスは図面から目を上げた。ほんのわずかに意外そうな顔をしたが、すぐにその表情は消えた。





会議が始まったのは、十時を少し回ってからだった。


先日の会議での面々に加えて、サン・ルネ大聖堂の司祭までが揃っていた。

人間がこれだけ集まれば、どんな良い机でも足りなく見える。

ましてここは古い王宮の部屋だ。むしろ足りぬことを美徳として積み上げてきたような空間だった。


空気は、最初から重かった。


最初の議題は「王位継承承認会議の座次と立会範囲」である。

まずもって、継承会議の座る順番から決めようというのだ。

実に馬鹿らしく、けれどその席次は生臭い。

今日この部屋で、何が決まったことに見えるか。

誰がその決定の近くに立ち、誰がそこから排除されたように見えるか。

政治というものは、ときに法や兵より、見え方の距離で決まる。


ベルヴァーニュ首席使節アルジュー侯は、相変わらず朝から少し強かった。


「我が国は、故王に対する近親の礼のみならず、第一王女エレオノーラ殿下の権利保全に関心を有しております。したがって、承認会議の結果が定まる瞬間に、弔問使節は同室にてこれを見届ける必要がある」


「必要ない」

とルサント老伯ヴァロワが即座に切り返した。

「ルサントの承認はルサントのものである。ベルヴァーニュの近親の礼が、王国の机の上へ乗る筋合いはない」


「机の上には乗りません」

とアルジュー侯は言う。

「ただし結果が出る瞬間に、われわれがそこにいることには、死者に対しても生者に対しても意味がある」


意味がある。

便利な言葉だな、とクラウスは思った。

意味があると言えば、大抵の押し込みは上品に聞こえる。


ド・サン=クレール少佐は、その間ずっと黙っていた。

この人は黙っている時ほどよく見ているような気がした。


ハルトゥング少佐は、議論の最中も扉と人の位置を見ていた。

外ではすでに群衆が溜まり始めている。

王都警備隊の靴音が廊下を一定の間隔で行き来し、東門側から時々ざわめきが押してくる。


いまこの部屋での決定が、そのまま廊下と広場の動きになる。

それが分かっているからこそ、彼はむしろ、ここで交わされる立派な語のいくつかがひどく腹立たしかった。


「どちらにせよ、外国使節を卓へ着けると詰まります」

と少佐が図面を広げて言った時、数人が不機嫌そうに彼を見た。


「席位を論じているのではない。座る意味を論じているのだ」

とアルジュー侯が言う。


「席位を部屋から切り離せるのなら、私ももっと楽なのですが」

少佐は答えて、朝の図面の写しを取り出した。


皆がそれを見て、すぐに外国使節の立ち位置が書き込まれていないことに気付いた。

そして、例の西側袖廊が空白だった。


「……卓へ着くことと、会議に立ち会うことを、同じ意味で扱う必要はないかと存じます」

クラウスは、自分の前に置かれたルサント旧儀礼録の写しへ目を落とした。

昨夜、眠る前に写し、確認した頁である。

「ルサント旧儀礼録第五巻、『継承時の列席』では、"国外使節王国の決議に列せず、弔意の証人として袖廊に立つ"とあります」

これはもはや現実に即しているとは言い難い旧儀礼法に過ぎない。

だが、その条文の効力だけは信じたい者へ効く。


評議会議長が顔を上げた。

「そんな条が残っていたか」


「第三十五節です」

とクラウスは言った。

「継承に外国が介入したと見られぬよう、また外国が侮られたと見られぬよう、“卓に列せず、袖廊に立つ”形を取ったと」


クラウスは、西側袖廊を指した。

「この袖廊を、“弔問立会廊”としてはいかがでしょう。評議会卓とは別。しかし同じ室内で、発言は聞こえ、立会は見える。国外使節は弔意の証人としてそこへ立つ」

少し間を置いた。

「卓はルサント王国の承認卓。袖廊は弔問立会廊。同じ会議にいて、同じ会議へは属さない」


部屋の空気が、そこでわずかに動いた。


アルジュー侯はすぐには頷かなかったが、露骨な反対もできなかった。

「袖廊」という語は押し込められた印象を与えうる。

だが「弔問立会廊」と名づけられれば、少なくとも退けられたのではなく、役割を与えられたことになる。


ルサント評議会議長も、慎重にだが可能性を見始めていた。

「卓の中に外国使節が座らぬなら、承認は王国の内政として保てる」


ヴァロワ伯はなお不満そうだった。

「見える場所に立たせれば、結局は同じではないか」


「違います」

とクラウスは言った。

「見えることと、署名権を持つことは違います。聞くことと、卓に列することも違います。そこを図面の上で分ければ、文言の上でも分けられます」


ここでハルトゥングが口を挟んだ。

「袖廊なら、東西の導線も割れます。ベルヴァーニュ使節は東階段から袖廊へ、ルサント評議会は南扉から卓へ。出入りが交差しない。群衆から見えるのも限られる」


その時だった。


北の小出入口から、宮内書記官が一人、蒼白な顔で入ってきた。

手には封蝋付きの細長い文書。


「ベルヴァーニュ皇都より、第一王女エレオノーラ殿下宛の親書が届きました」

部屋の空気が、一瞬で変わった。


アルジュー侯は当然それを読ませたがった。

ヴァロワ伯は当然、それが会議の前提を歪めると怒った。

外の群衆は、親書の存在そのものを「外国の手が入った」兆候として嗅ぎつけかねない。


「第一王女殿下ご自身に関わる文書です。いま開封されるべきでしょう」

とアルジュー侯が言う。


「ならん」

とヴァロワ伯が机を叩いた。

「今この場でそれを読めば、会議は王国の承認ではなく、ベルヴァーニュが持ち込んだ意思の朗読会へ堕ちる」


人間は封書一通で、驚くほどすぐに派閥へ戻る。

封蝋には妙な催眠作用がある。


クラウスはその封書を見た。

青い蝋。

ベルヴァーニュの紋章。

それから長卓の奥、黒布の下に置かれた王璽箱を見た。


それからまた、旧儀礼法の写本を開いた。

「……異議継承の場合、ルサント旧儀礼ではまず封璽を行います」


そう言った瞬間、何人かが怪訝な顔をした。

だが評議会議長と宮内長官だけは、目を上げた。


「封璽?」


「はい。第三十七節です。明確な継承者がおらず、王位に異議あるときは、王璽箱を四十日封じ、そのあいだ王位そのものの最終承認を留保する」

クラウスは続けた。

「まず決めるべきは後継ではなく、“王国保全評議”の構成と、誰がどの名において王都と印璽を守るかです。いま親書を開けば、それは継承そのものへの意見として読まれます。ですが封璽が先なら、今日の机で決めるのは継承ではなく、四十日の保全です」


そこまで言ってから、少しだけ息を継いだ。

「親書は“封璽後に保全評議が受領すべき文書”として扱える。つまり……」


「継承は、今日決めぬ方がよろしいかと。今日無理に決めれば、明日の街路に持ち出されます。四十日の封璽を置けば、そのあいだ王都は“誰のものか”ではなく、“誰が壊さぬか”で動けます」


アルジュー侯は、そこで初めて露骨に難色を示した。

「四十日とは長い。第一王女殿下の権利は、その間どうなる」


「留保されます」

とクラウスは答えた。

「消えるのではなく、留保です。アドル伯の主張も同じく。どちらも王国保全評議の外に置かれ、封璽後の審理へ回る」


それはベルヴァーニュにとっても、ルサント傍系派にとっても、不満足な提案だった。

だからこそ機能しうる。

完全に満足する提案は、この部屋では誰か一人の勝利を意味する。


評議会議長マルセラン卿が、ゆっくりと頷いた。

「封璽四十日……たしかに旧儀礼は残っている。久しく使われていないが、消えてはいない」


ヴァロワ伯はなお不満げだったが、それでも全面的には拒みきれなかった。


その時、エレオノーラ殿下が初めて口を開いた。

「本日ここで、わたくしの名を王位に近づけるべきではありません」

部屋がまた静まる。


「アドル伯の名を今ここで近づけても同じです。どちらの名も、今日広場へ出れば、明日には旗になるでしょう。父王の葬儀が終わった翌日に、王都を二つの旗へ分けるのは避けたい」

理屈だけではない。

この人は、自分がいま何として見られているかを分かった上で話している。


「ですから、封璽でよろしいかと存じます。今日決めるべきは、誰が王であるかではなく、誰も王都を壊さぬことです」

アルジュー侯は、そこで初めて明確に上品さを捨てて不満気な顔をした。

それはクラウスの案に、王女本人の重みを与える一言だった。


王璽箱は封璽卓へ移され、ルサント王家の紋章布が掛けられる。

評議会員は保全署名卓へ順に移り、「王国保全評議」への臨時署名を行う。

内容は簡潔だった。


王位の最終承認は四十日留保。

その間、王都警備、王庫、印璽、王道、鉄路、関税門は保全評議の連署において維持。

アドル伯、エレオノーラ殿下双方の主張は失効せず、ただし軍を率いて王都へ入ることを禁ず。

外国弔問使節は決議後に弔問立会廊においてこれを見届け、別紙名簿へ署名する。


王位は決まらなかった。

だが王都が今日崩れぬための最低限は決まった。


親書は開封されなかった。

封璽卓の横に置かれた受領箱へ、そのまま納められた。





正午近く、決議は閉門のうちに終わった。


その後、西回廊からベルヴァーニュ使節団が弔問立会廊へ入り、ノルトマルク側査閲班も別位置へ立ち、評議会議長が結果を読み上げた。


王位承認は留保。

四十日封璽。

王国保全評議の成立。

外国使節はこれを見届け、弔問名簿へ署名。


東門前の群衆へは、その少し前に布告が出ていた。


「本日決せらるるは王位にあらず、王国の保全なり」


その一文はかなり効いた。

「誰が王か」を聞きに来た者に対し、「今日はまだ決まらぬ」と言うより、「今日は王国を壊さぬと決めた」と言う方が、少なくとも石は飛びにくい。


立会廊で結果を聞いていたド・サン=クレール少佐が、読み上げが終わると小さく息を吐いた。

「見事に、誰も勝たぬ形で終わらせましたな」


クラウスは答えた。

「勝たせるには早すぎますので」


「あるいは、負けさせるには危うすぎる」


「たぶん、その方が近いでしょう」


彼らの少し前で、ハルトゥング少佐はすでに別の仕事をしていた。

東門外へ出る布告文の時刻を詰め、王都警備へ群衆流しの指示を出し、保全評議成立後の鉄路門管理がどの署名で動くかを確認している。


封璽は政治だが、門は現実だ。

そして現実は、いつもこの少佐の方を必要とする。


クラウスは、ふと机上の王璽箱を思い出した。

黒布の下で四十日閉じられる印。

誰のものともまだ書かれぬ権威。

その箱はたぶん、いま王都でもっとも重い物体だった。

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