第93話 1人分の白
10階は、危ない形を避けたあとに残る白まで削ってくる。
昨日、結人はノートを閉じる前に、その流れを何度も見返していた。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
かなり見えてきた。
かなり通ってきた。
でも、その先でまだ 1つだけ足りなかった。
白は減る。
広い白は残らない。
では最後に残る細い白は、何人分なのか。
そこがまだ言葉になっていない。
結人は朝、ノートの余白に短く書いた。
* 残る白は 1人分
書いてから、少しだけ目を細めた。
かなり近い。
かなり今日見るべき場所に近い。
⸻
配信を始める。
終路深界圏 / 10階 1人分の白
「天城結人です。
今日は 10階で、細く残る白がどこまで人を通せるかを見ます。
入口の言葉はかなり残ってきたので、その先を拾います」
同接は 73。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は細い白か
澪:お願いします
迷子の斥候:いよいよ嫌だ
凪:残る白が減るなら、次は誰がそこを通るかだ
結人は、その最後の 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋、ゼリーを 2本。
それから今日は、スポーツドリンクも 1本買った。
10階は走るわけじゃない。
でも、止まらないための集中がずっと要る。
視線を置く。
捨てる。
残る白を拾う。
その繰り返しが、今までの階よりずっと疲れる。
会計を待っていると、後ろの探索者が連れに小さく言った。
「10階、細い白に入ったあとで、前の人と距離詰めると終わる気がするんだよな」
結人はその言葉で、少しだけ目を上げた。
かなり近い。
かなり今日見るべき所に近い。
相良環の窓口へ向かう。
「今日は、細い白の人数ですね」
「はい」
相良は端末を見ながら言った。
「今朝の報告にもあります。
『広い白は避けた。
細い白に乗った。
でも前の人の後ろへ詰めたら、そのまま白ごと消えた』
この形です」
結人は小さく息を吐いた。
かなり近い。
やはりそうだ。
「ありがとうございます」
相良は小さく頷いた。
「10階は、正解を見つけるだけじゃなく、その正解に何人まで乗せられるかも問われ始めていますね」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。
坂城が短く言う。
「今日は人数だな」
「はい」
真壁が続ける。
「道。
分かれ目。
終わり。
輪。
帯。
欠けた所。
白。
そこまでは見えた」
三枝も小さく言う。
「10階の次は、残る白の幅ですね。
細い白が 1本残った時、そこへ何人分の動きが乗るのか」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は頷いた。
「昨日は“広い白は残らない”まで見えました。
今日は、その先に残る細い白をどう通すかを見ます」
坂城が即答する。
「前の人に重ならない」
真壁も頷く。
「1列でも、間を詰めない」
三枝が前を見たまま言った。
「白が 1本なら、通れるのも 1人分ずつです」
かなり、その通りだった。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
最初の太い線。
後ろの探索者が言う。
「真ん中じゃない、縁!」
坂城がそこへ剣を入れる。
線蛇が裂ける。
次の Y字。
別の探索者が言う。
「分かれ目の上に立たない!」
真壁が盾を差し込み、岐路蜘蛛が浮く。
細く消える線。
さらに別の探索者が言う。
「先、口です!」
終端蟷が開く。
結人の槍がそこへ入る。
輪。
誰も入らない。
帯。
継ぎ目を見る。
欠けた輪。
口へ寄らない。
広い白。
もう信用しない。
入口からここまでの言葉は、かなり場に残っていた。
そしてその先。
黒い形を全部避けたあと、白い余白が 1本だけ細く残っていた。
本当に細い。
足 1つ分より少し広いくらい。
しかも、途中で少しだけ曲がる。
かなり嫌だ。
真壁が低く言う。
「……これ、1人ずつだな」
坂城も短く続ける。
「並べない」
三枝が白の幅を見ていた。
「はい。
2人分の揺れが乗ったら、余白が持たない感じです」
かなり、その通りだった。
広い白はもう残らない。
最後に残る細い白は、たぶん“安心して並べる道”じゃない。
1人分の白だ。
⸻
結人はそこで足を止めた。
「この白、1人ずつ渡します」
後ろについていた探索者たちの足が揃って止まる。
かなりいい。
次の瞬間、細い白の途中に黒い影が 2つ走った。
白削鼬だ。
しかも、今度は余白の中央を削るだけじゃない。
前を走る 1匹のあとを、少し遅れてもう 1匹がなぞる。
つまり、同じ白へ動きが重なると、削りが増える。
かなり悪い。
「重ならないでください!」
結人が叫ぶ。
「前の人の後ろへ詰めません!
1人分ずつです!」
前にいた探索者が、白の入口へ足をかける。
真壁がその後ろで待つ。
そのあとに坂城。
結人。
三枝。
後ろの探索者たち。
順番が必要になる。
10階で、初めてそこがかなり強く出た。
⸻
最初の探索者が細い白へ入る。
白削鼬がその前を走る。
だが、すぐ後ろに別の足が重ならない限り、白の幅はまだ残る。
「そのまま渡ってください!」
結人が声を飛ばす。
探索者が 1本目を抜ける。
かなり危なかったが、通った。
そのあとで真壁が入る。
真壁は大きい。
盾もある。
だが、白の外へはみ出さない。
かなりいい。
坂城が低く言う。
「1人分だな」
その一言が、そのまま答えだった。
白は残る。
でも、1人分しか残らない。
2人分の判断、2人分の踏み込み、2人分の迷いは乗らない。
「残る白、1人分です!」
結人は配信へ向けて言った。
コメント欄が一気に流れる。
炭酸:きた
通り雨:そういうことか
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:白の幅だけじゃなく人数か
凪:残る白は 1人分
かなりいい。
短い。
強い。
そして、今日の嫌さをそのまま言っていた。
⸻
そこで終わらなかった。
さらに少し奥で、細い白が 2本並んで残る場所があった。
右が短い。
左が長い。
見た目だけなら、2人同時に行けそうに見える。
かなり悪い。
真壁が低く言う。
「2本あるな」
坂城も短く続ける。
「だから危ない」
三枝は白の先端を見ていた。
「右は短い。
左は長い。
でも、どちらも途中で幅が減ります」
かなりいい。
次の瞬間、右の白を白削鼬が 1匹、左の白を 2匹走った。
やはりそうだ。
2本あるからといって、2人同時に通していいわけじゃない。
むしろ、片方が崩れた時にもう片方へ寄りたくなる。
その“重なり”が危ない。
結人はすぐに言った。
「同時に渡りません!」
真壁が頷く。
「1本ずつだな」
「はい。
2本あっても、1人分ずつ渡します」
かなり大きい。
白の本数が増えても、安心できる人数が増えるわけじゃない。
10階はそこまでちゃんと嫌だった。
⸻
そのあと、前にいた探索者の 1人が細い白の途中でほんの少しだけ速度を落とした。
先の黒い形を見て、迷ったのだ。
その瞬間、後ろにいた別の探索者の足がほんの少しだけ詰まりかけた。
かなり危ない。
白削鼬がその白を走る。
前と後ろの間の白だけが、細く削られる。
「詰めないでください!」
結人が叫ぶ。
前の探索者が歯を食いしばって前へ出る。
後ろの探索者も、ぐっと足を止める。
かなり危なかった。
かなり、大きい。
結人はそこで、10階の次の理屈がはっきり見えた。
白は、ただ細いだけじゃない。
人と人の間の時間も必要なんだ。
残る白は 1人分。
それは幅の話であると同時に、間の話でもある。
三枝が低く言う。
「人数だけじゃないですね」
「はい」
結人も短く返した。
「1人分の白に、1人分の間が要ります」
かなり、その通りだった。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「10階、細く残る白は 1人分です。
幅も 1人分ですけど、間も 1人分いります。
前の人の後ろへ詰めると、白ごと削られます」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり大きい
通り雨:幅だけじゃないのか
澪:間も 1人分、かなり強いです
迷子の斥候:10階ほんと嫌だ
凪:残る白は 1人分。通る時間も 1人分だ
かなり、その通りだった。
結人はその言葉を胸の中で転がした。
残る白は 1人分。
通る時間も 1人分だ。
かなり嫌だ。
でもかなり、もっと先の何かに近い。
まだそこまで言葉にする時じゃない。
でも、この階の先にある“1本だけ残る”感覚へ、少しずつ近づいている気がした。
⸻
今日はそれ以上深追いしなかった。
入口の 4本。
その先の 5本目、6本目。
そして今、“残る白は減る”“広い白は残らない”“残る白は 1人分”まで見えた。
ここまで見えたなら十分だ。
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階は、危ない形を避けたあとに残る白も固定じゃありません。
広い白は残らない。
そして、最後に残る細い白は 1人分です。
今のところ、この 3本でかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり見えた
通り雨:10階の答えに近いな
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:白の使い方がかなり明確になった
凪:次は、その 1人分の白を誰に通すかだ
結人は、その最後の 1行で少しだけ目を細めた。
かなり、その通りかもしれない。
次はたぶん、白が 1人分残るだけじゃ終わらない。
その 1人分を、誰が通るのかが問題になる。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「細く残る白は 1人分です。
幅だけじゃなく、通る間も 1人分必要です。
前の人の後ろへ詰めると、その白ごと削られます」
相良の指が止まる。
「……かなり大きいですね」
「はい。
今のところ、“残る白は減る”“広い白は残らない”“残る白は 1人分”でかなり通ります」
相良はすぐに打ち込む。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
「10階、危ない形を避けたあとに残る正解も、みんなで乗れるわけじゃありません。
最後は 1人分だけ残ります」
相良は小さく頷く。
「終路深界圏らしいです。
正解が複数人分あるとは限らない段階に入りましたね」
かなり、その通りだった。
⸻
部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 入口の 4本はかなり通る
* 輪の外を繋ぐ帯
* 欠けた輪
* 形の外の白い余白
* 広い白と細い白
* 細い白は 1人分
* 4本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 次の言葉
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 白削鼬
* 細い白の上でも削る
* 幅だけでなく間も必要
* 同時に渡らない
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、残った正解が“全員分あるとは限らない”階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
かなり嫌だ。
でも、かなり進んでいる。
危ない形を避ける。
白を繋ぐ。
白が減る。
広い白から消える。
最後に細い白が 1人分残る。
ここまで見えたなら、10階の核心にかなり近づいている。
今日は、そのことがかなりはっきりした日だった。




