第92話 広い白は残らない
10階へ入るのは 5日目だった。
ここまでで見えてきた言葉は、かなり増えている。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
昨日の最後に、それはかなり強くなった。
危ない形を避けたあとに残る白も、ずっと同じではない。
余白そのものが削られていく。
でも、その先がまだ 1つだけ曖昧だった。
白は減る。
では、減る時にどの白が先に消えるのか。
そこが分かれば、10階はもう 1段深く通る気がした。
結人は朝、ノートの余白に短く書いた。
* 広い白は残らない
書いてから、しばらくその文字を見ていた。
かなり近い。
かなり今日見るべき場所に近い。
⸻
配信を始める。
終路深界圏 / 10階 広い白は残らない
「天城結人です。
今日は 10階で、減る白の順番を見ます。
入口の言葉はかなり残ってきたので、その先を拾います」
同接は 71。
少しずつ。
でも、確かに残っている。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は白の減り方か
澪:お願いします
迷子の斥候:広い方が安全そうだけど怪しい
凪:残る白が減るなら、先に消える白を見ろ
結人は、その最後の 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋、ゼリーを 2本。
それから、今日はスポーツドリンクも 1本買った。
10階は、潜っている時間の長さより、考え続けている時間の長さが効く。
白と黒を見て、形を捨てて、残る白を拾う。
その繰り返しだけで、身体より先に頭が熱くなる。
会計を待っていると、後ろで探索者が連れに言っていた。
「10階、輪の中は駄目。
帯も真ん中じゃなく継ぎ目。
欠けた所も駄目。
でも、そのあと白が 2本あったら、どっち行けばいいんだろうな」
かなり、その通りだった。
その問いが、今日の 10階だった。
相良環の窓口へ向かう。
「今日は、白の優先順位ですね」
「はい」
相良は端末を見ながら言った。
「今朝の報告でもあります。
『形は全部避けた。
でも、白が 2本残った時に広い方へ入って、そのまま削られた』
この形です」
結人は小さく息を吐いた。
かなり近い。
かなり今日見るべき場所に近い。
「ありがとうございます」
相良は小さく頷いた。
「10階は、残る白そのものも“正しそうに見える方”が危ないのかもしれません」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。
今日は後ろにつく探索者が 6人。
昨日と同じだ。
坂城が短く言う。
「今日は広い白だな」
「はい」
真壁が続ける。
「道。
分かれ目。
終わり。
輪。
帯。
欠けた所。
白。
そこまでは見えた」
三枝も小さく言う。
「10階の次は、“残る白の中のどれが残るか”ですね。
余白が 2本ある時、広い方へ寄りたくなる。
だから危ない」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は頷いた。
「昨日は“残る白は減る”まで見えました。
今日は、その減り方を見ます。
広い白が先に削られるなら、進み方がかなり変わります」
坂城が即答する。
「止まるな。
それと、広い方を信用するな」
真壁も頷く。
「狭くても残るなら、その方が正解だ」
三枝が前を見たまま言った。
「広さより、減り方ですね」
それで十分だった。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
結人はその場で配信へ向けて短く言った。
「10階は、危ない形を避けたあとに残る白も固定じゃない階です。
今日は、その白がどう減るかを見ます」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり10階だ
通り雨:白まで怪しい
澪:はい
凪:広い方が残るとは限らない
かなり、その通りだった。
入口の 4本は、もうかなり速い。
太い線。
縁を見る。
線蛇が裂ける。
分かれ目。
上に立たない。
岐路蜘蛛が浮く。
終端。
先を見すぎない。
終端蟷が開く。
輪。
入らない。
環路羊が首を上げる。
帯。
継ぎ目を見る。
渡輪鹿が裂ける。
欠けた輪。
寄らない。
欠輪鹿が飛ぶ。
入口の言葉は、もうかなり場に残っていた。
⸻
そこから少し奥へ進む。
白い柱の残骸がさらに増え、黒い形ももっと重なってくる。
線と輪と帯と口。
その外に残る白い余白。
そして、その余白が今日ははっきり 2本に分かれていた。
右は広い。
左は細い。
かなり分かりやすい。
かなり嫌だ。
右の方が歩きやすそうに見える。
余裕がある。
もし何か出ても避けやすそうに見える。
だが、その“見え方”自体が 10階では危ない。
結人はそこで足を止めた。
「白、2本あります。
広さで決めません」
三枝がすぐに言う。
「右の方が広いですけど、縁が少しだけ汚れてます」
真壁も低く続ける。
「左は細いけど、まだ白が均一だ」
かなりいい。
広い白は、もう削られ始めている。
細い白の方が、むしろまだ“残り”としては安定している。
次の瞬間、右の広い白の縁を、白削鼬が 2匹同時に走った。
やはりだ。
広い方が、先に削れる。
しかも 2匹同時に走るせいで、白の幅が一気に細くなる。
広いと思って足を置いたら、その間に幅が消える。
かなり悪い。
「右、削れます!」
結人が叫ぶ。
前にいた探索者の足が、広い方に寄りかけて止まる。
その直後、その場所を白削鼬の尾が払った。
かなり危なかった。
真壁が細い左の余白へ先に足を置く。
坂城がその後ろへ続く。
結人も左の白へ入る。
細い。
だが、まだ残る。
かなり大きかった。
「細い方、通ります!」
結人は配信へ向けて言う。
コメント欄が一気に流れる。
炭酸:やっぱり
通り雨:広い方が罠か
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:広い白は残らないか
かなり、その通りだった。
⸻
そこで終わらなかった。
次に出たのは、白い余白が 3本並ぶ場所だった。
右はかなり広い。
中央は普通。
左はかなり細い。
見た目だけなら、中央がいちばん“ちょうどいい”。
広すぎない。
細すぎない。
安全そうに見える。
かなり嫌だ。
結人はそこで喉が少しだけ冷えるのを感じた。
10階は、広い方が怪しいと分かった瞬間、次は“ちょうどいい方”を罠にしてくるはずだ。
「中央も怪しいです」
真壁が低く言う。
「広い方が駄目って分かった後の正解に見えるな」
三枝も目を細める。
「はい。
中央だけ、白の奥が少し濁ってます」
かなりいい。
次の瞬間、中央の余白を白削鼬が 1匹、右の広い余白を 2匹走った。
やはりだ。
広い方が先に削れる。
でも、人が次に選びたくなる“ほどよい白”も削られる。
残るのは、いちばん細い左だけだ。
「左だけ見ます!」
結人が叫ぶ。
前にいた探索者が、細い左の余白へ足を乗せる。
その瞬間、右と中央の白が一気に薄くなった。
かなり危なかった。
もし“ちょうどいい中央”に立っていたら、その場で余白ごと削られていた。
坂城が短く言う。
「広い白は残らない。
ちょうどいい白も怪しい」
真壁も続ける。
「結局、残るのは細い方か」
かなり、その通りだった。
10階は、歩きやすい白を先に削る。
残るのは、最初から細い。
人が選びたくない方だ。
かなり嫌だ。
でも、かなり大きい。
⸻
さらに少し奥へ進む。
今度は白い余白が、途中でだんだん細くなっていく。
最初は広い。
中ほどで普通。
最後は、足 1つ分ほどの細さになる。
その途中で、白削鼬が広い側から順に走る。
まるで、余白そのものを絞っているみたいだった。
結人はその景色を見て、ほんの一瞬だけ背筋が冷えた。
残る白は減る。
広い白は残らない。
そして最後に、細い 1本だけが残る。
かなり嫌だ。
でもかなり、この作品のもっと先にあるものに近い気がした。
まだ、そこまで言葉にする時じゃない。
でも気配はある。
三枝が静かに言う。
「10階、だんだん細い方だけが残りますね」
「はい」
結人も短く返した。
「広い方は、先に削られる」
その一言が、今の 10階のかなり大きい答えだった。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「10階、残る白は減ります。
その中でも、広い白から先に削られます。
だから広い方に寄らない方がいいです。
今のところ、“広い白は残らない”でかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:強い
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:残る白は減る→広い白は残らないか
凪:広い方、ちょうどいい方、削られて最後に細い方が残る
かなり、その通りだった。
結人はその流れを胸の中で転がした。
残る白は減る。
広い白は残らない。
かなり綺麗に繋がっている。
⸻
今日はそれ以上深追いしなかった。
10階の入口の 4本。
その先の 5本目、6本目。
そして今、“残る白は減る”と“広い白は残らない”まで見えた。
ここまで見えたなら十分だ。
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階は、危ない形を避けたあとに残る白も固定じゃありません。
残る白は減る。
そして、広い白から先に残らなくなります。
今のところ、この 2本でかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり見えてきた
通り雨:10階の嫌さが綺麗だな
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:細い方が残るってことか
凪:次は、その細い白を他人に渡すか、自分で取るかになる
結人は、その最後の 1行で少しだけ目を細めた。
かなり、その通りかもしれない。
次はたぶん、白が細く残るだけじゃ終わらない。
その細い白を、誰がどう通るかが問題になる。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「形を避けたあとに残る白は、広い方から先に削られます。
広い白は歩きやすそうなんですけど、逆に削られやすいです。
残るのは細い方です」
相良の指が止まる。
「……かなり大きいですね」
「はい。
今のところ、“残る白は減る”と“広い白は残らない”でかなり通ります」
相良はすぐに打ち込む。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
「10階、危ない形を捨てるだけじゃ足りません。
残った白の中でも、歩きやすい方を捨てる必要があります」
相良は小さく頷く。
「終路深界圏らしいです。
“残るものの中からさらに残るものを選ぶ”段階に入りましたね」
かなり、その通りだった。
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部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 入口の 4本はかなり通る
* 輪の外を繋ぐ帯
* 欠けた輪
* 形の外の白い余白
* 広い白と細い白
* 4本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 次の言葉
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 白削鼬
* 広い白から先に削る
* “ちょうどいい白”も削る
* 最後に細い白が残る
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、残った正解の中でも“歩きやすい方”から先に消える階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
かなり嫌だ。
でも、かなり進んでいる。
危ない形を避ける。
白を繋ぐ。
その白が減る。
広い白から消える。
ここまで見えたなら、10階はもう入口だけじゃない。
少しずつ、この階の奥にある考え方が見え始めている。
今日は、そのことがかなりはっきりした日だった。




