第88話 帯の継ぎ目
10階の入口で立った言葉は、もう 5本になりかけていた。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 輪の外で動け
昨夜、結人はノートを開いたまま、その並びを何度も見返していた。
かなり見えてきた。
かなり通ってきた。
線蛇。
岐路蜘蛛。
終端蟷。
環路羊。
輪座鹿。
渡輪鹿。
10階は、入口だけでもかなり嫌だ。
でも、嫌さがちゃんと 1本ずつ言葉になり始めている。
問題は、その先だった。
輪の中に立たない。
そこまではいい。
でも、輪の外で動こうとした時、どこを通るかがまだ少しだけ曖昧だった。
結人は新しい付箋を 1枚取って、短く書いた。
* 継ぎ目を見る
書いてから、少しだけ目を細める。
まだ本命の言葉じゃない。
でも、今日見に行くものとしてはかなり近い気がした。
端末を開く。
配信タイトルを打つ。
終路深界圏 / 10階 継ぎ目を見る
配信開始。
「天城結人です。
今日は 10階で、輪の外をどう動くかを見ます。
入口の 4本はかなり通ってきたので、その先を拾います」
同接は 66。
大きくはない。
でも、もう“続きとして見に来ている人”の数字だった。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は帯か
澪:お願いします
迷子の斥候:輪の外の続きだな
凪:帯の真ん中を見るな。繋がる所を見ろ
結人は、その最後の 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです。
輪の中を捨てたあと、どこで動くかを見ます」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋。
今日はそれに加えて、目薬を 1本と、小さいゼリーを 2本買った。
10階は、思っている以上に視線が削られる。
白い。
黒い。
単純なのに、その単純さが逆に疲れる。
会計を待っていると、昨日の探索者がまた声をかけてきた。
「天城さん」
「はい」
「10階の入口の 4本、かなり残ってきてると思います」
結人は少しだけ目を上げる。
「はい」
「でも輪の外の帯でやられる人、やっぱり多いです。
輪を避けたから安心って思ったところで切られてます」
かなりいい。
ちゃんとそこまで見えている。
「はい。
今日はそこを見ます」
相手は頷く。
「今日は後ろで、帯の繋がりだけ見ます」
短い。
でも、その短さの方が今の 10階には合っていた。
相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。
「今日は、輪の外ですね」
「はい」
「今朝の報告にも少しだけあります。
『輪には入らなかった。
でも外を渡る時に、帯の途中だと思っていた場所が口だった』
このあたりです」
結人は小さく息を吐いた。
かなり近い。
かなり昨日の違和感に近い。
「ありがとうございます」
相良は端末を整えながら続ける。
「10階は、立ち位置を捨てたあとに、“正しく抜ける”場所まで選ばせてきますね」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。
坂城は白い床を見ている。
真壁は盾の下側を地面へ 1度だけ押し当て、返りを確かめている。
三枝は昨日見た輪と帯の配置を思い返しているようだった。
結人が近づくと、坂城が短く言う。
「今日は継ぎ目だな」
「はい」
真壁が続ける。
「始まり。
分かれ目。
終わり。
立ち位置。
そこまでは見えた」
三枝も小さく言う。
「10階の次は、輪を避けたあとです。
帯に乗れば安全、って思わせる形がかなり嫌でした」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は頷いた。
「渡輪鹿がそうでした。
輪の外を繋ぐ帯が、そのまま正解に見えます。
でも今日は、その帯のどこが本当に危ないのかを見ます」
坂城が即答する。
「真ん中を見るな」
真壁も頷く。
「止まるなら帯の外」
三枝が前を見たまま言う。
「動くなら、繋がる所を見る」
それで十分だった。
今日は後ろにつく探索者が 5人。
昨日と同じ。
10階の入口だけでなく、その先まで見たい人間が少しずつ増えている。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
結人はその場で配信へ向けて短く言った。
「10階は、道と立ち位置の形そのものが怪しい階です。
今日は、輪の外をどう動くかを見ます」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり10階だ
通り雨:白が怖い
澪:はい
凪:輪を捨てた先の正解も疑え
かなり、その通りだった。
最初の太い線。
後ろの探索者が言う。
「真ん中じゃない、縁!」
坂城がそこへ剣を入れる。
線蛇が裂ける。
次の Y字。
別の探索者が言う。
「分かれ目の上に立たない!」
真壁が盾を差し込み、岐路蜘蛛が浮く。
細く消える線。
さらに別の探索者が少し震えた声で言う。
「先、口です!」
終端蟷が開く。
結人の槍がそこへ入る。
そして輪。
誰も輪の中へ入らない。
環路羊が首を上げる。
だが、もうそこへ踏み込む気配はない。
入口の 4本は、かなり場に残っていた。
⸻
そこから少し奥へ進む。
輪と輪の間の帯。
昨日見たあの嫌な形が、今日はもっとはっきり見える。
ただの線じゃない。
橋みたいでもある。
細い通路みたいでもある。
しかも、輪を避けたあとにはそこへ行きたくなる。
最初の帯は短かった。
その真ん中に、昨日までと同じ渡輪鹿が重なっていた。
前にいた探索者が、その帯の中央を見かける。
だがすぐに別の探索者が言う。
「真ん中じゃない、継ぎ目です!」
かなり良い。
坂城が帯の中央ではなく、輪と帯の境目へ剣を入れる。
渡輪鹿の前脚が裂ける。
結人の槍が首へ入る。
かなりいい。
輪の外で動く。
その時、見るべきなのは帯の真ん中じゃない。
輪と帯が繋がる所だ。
結人は配信へ向けて短く整理した。
「今かなり大きいです。
10階は、輪の外を動く時、帯の中央じゃなく継ぎ目を見た方がかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:なるほど
通り雨:真ん中じゃないのか
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:帯の入口と出口か
かなり、その通りだった。
⸻
そこで終わらなかった。
次に出た帯は、輪と輪を 1本で繋いでいない。
途中で少しだけ太くなり、また細くなる。
つまり、継ぎ目が 2つある。
かなり嫌だ。
人はどうしても真ん中を見る。
だが 10階では、真ん中はただ“通らせるために見える場所”だ。
結人はそこで足を止めた。
「この帯、継ぎ目 2つあります」
三枝がすぐに言う。
「はい。
途中で少し膨らんでますね」
真壁も低く続ける。
「立ちたくなる形だな」
かなり、その通りだった。
次の瞬間、その膨らみの両端が同時に裂けた。
狐に似ていた。
だが、逃路猫よりもっと細い。
脚は長く、輪の曲線と帯の直線をそのまま体に写したような模様が走っている。
耳は小さい。
尾は 2本に分かれ、その 2本が左右の継ぎ目へ伸びて見える。
継帯狐。
輪と帯の継ぎ目を使い、“ここを通れば渡り切れる”と思わせる膨らみだけに潜む 10階の中位種。
こいつは帯の真ん中にはいない。
輪に近い場所、もしくは帯が形を変える場所にだけいる。
実用的に言えば、
帯は真っすぐなほど安全そうに見える。
でも本当に危ないのは、輪と帯が繋がる所、帯の太さが変わる所だ。
継ぎ目を見る。
それが、今の 10階には必要だった。
「膨らみ、危ないです!」
結人が叫ぶ。
前にいた探索者の足が止まる。
その瞬間、継帯狐の前脚が空を切った。
かなり危なかった。
真壁が盾を帯の外側へ差し込む。
坂城の剣が 1体の喉を裂く。
結人はもう 1体へ槍を出す。
かなり嫌だ。
でも、かなり分かりやすい。
輪の中に立つな。
輪の外で動け。
その時、見るのは継ぎ目。
三枝が低く言う。
「10階、かなりまとまりますね」
結人も、その通りだと思った。
⸻
そのあと、さらに少し奥へ進む。
今度は輪が 3つ、ほぼ一直線に並んでいた。
その間を繋ぐ帯は細い。
しかも、輪の 1つが少しだけ欠けている。
完全な円じゃない。
それなのに、むしろその欠けた場所の方が“入りやすそう”に見える。
かなり悪い。
結人はそこで喉が少しだけ冷えるのを感じた。
10階は、立ち位置を閉じるだけじゃない。
“欠けているから安全そう”という形まで使い始めている。
でも、今日はそこを取り切る日じゃない。
そこまで行くと、入口の 5本がまだ薄くなる。
結人は息を整え、短く言う。
「今日はここまでにします」
真壁がすぐに頷く。
「十分だ」
坂城も剣を収める。
「5本目はかなり近い」
三枝が静かに言う。
「輪の外で動け。
かなり強いです」
かなり、その通りだった。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階は、輪の中に立たないだけじゃ足りません。
輪を避けたあと、外を繋ぐ帯も怪しいです。
今のところ、次の言葉は“輪の外で動け”でかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり見えてきた
通り雨:10階きれいだな
澪:入口の先がまとまってきました
迷子の斥候:立ち位置の次は動線か
凪:正解の外へ出たあとも、別の正解を急ぐな
かなり、その通りだった。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「輪を避けたあとの帯です。
帯の真ん中に乗るというより、継ぎ目を見る方がかなり通ります。
輪と帯、帯と帯の太さが変わる所に狐型が潜みます」
相良の指が止まる。
「輪の外をどう動くか、ですね」
「はい。
輪の中に立たないだけじゃ足りません。
外へ出たあと、どこで動くかまで見ないとやられます。
次の言葉は“輪の外で動け”でかなり通ると思います」
相良はすぐに打ち込む。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
「10階、道を疑う階から、位置と動線を疑う階へ深くなっています」
相良は小さく頷く。
「この圏域の“選ばせ方”が、また 1段深くなりましたね」
かなり、その通りだった。
⸻
部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 入口の 4本はかなり通る
* 輪の外を繋ぐ帯
* 継ぎ目を見る
* 4本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 継帯狐
* 輪と帯の継ぎ目
* 帯の太さが変わる所
* 真ん中じゃなく継ぎ目
* 次の言葉
* 輪の外で動け
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、“避けたあとの正解”をそのまま踏むと遅れる階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
かなり嫌だ。
でも、かなり進んでいる。
入口の 4本は残る。
その先の 5本目も、かなり見えた。
その手応えがあるなら、まだ進める。
今日は、そのことがかなりはっきりした日だった。




