第85話 3本で通る
10階の入口で立った言葉は、もう 3本あった。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
かなり強い。
かなり、入口らしい 3本だ。
始まり。
分岐。
終わり。
道の形そのものが危ない。
それが 10階の入口だった。
結人は朝、ノートを開いたままその 3行をしばらく見ていた。
今までは、言葉を見つける日が多かった。
でも今日は違う。
その言葉で本当に通るかを確かめる日だ。
端末を開く。
配信タイトルを打つ。
終路深界圏 / 10階 3本で通る
配信開始。
「天城結人です。
今日は 10階の入口を、今ある 3本で通します。
白い道は道じゃない。
分かれ目に立つな。
途切れた先が口だ。
この 3本で、入口から少し奥まで行けるか見ます」
同接は 62。
大きい数字じゃない。
でも、前とはかなり違う。
始まった時点で、もう見ている人がいる。
続きを待っている人がいる。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は実戦だな
澪:お願いします
迷子の斥候:3本でどこまで行けるか
凪:入口の言葉は、通せた時に初めて入口になる
結人は、その 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋。
それに今日は、目薬を 1つ買った。
10階は目が疲れる。
白が多い。
黒が強い。
しかも、その黒が道に見える。
見ようとするほど、目が削られる。
会計を待っていると、後ろにいた探索者が小さく言った。
「10階、昨日の配信見ました」
結人は少しだけ振り向く。
「はい」
「太い線と分かれ目のところ、かなり助かりました。
あれ、言われないと踏んでました」
かなりいい。
かなり、外へ残り始めている。
「よかったです。
でも、10階はまだ入口です」
相手は苦笑して頷いた。
「分かってます。
だから今日は見ます」
短い。
でも、その短さの方が今の10階には合っていた。
相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。
「今日は、通せるかを見る日ですね」
「はい」
「今朝の報告でも、“白い道は道じゃない”と“分かれ目に立つな”は少しずつ回っています。
でも、“途切れた先が口だ”は、まだ実感として薄いです」
かなりその通りだった。
見たことがない人には、道の終わりが危ないなんて発想がまず出ない。
だから今日は、それを含めて通す必要がある。
「今日はそこまで見せます」
相良は小さく頷く。
「その方がいいです。
10階は、入口の 3本が揃えばかなり変わる気がします」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。
その後ろに今日は 4人、探索者がついていた。
昨日より少し増えた。
10階はまだ危ない。
でも、入口の 3本があるなら後ろから見たい。
そう思う人間が増え始めている。
坂城が短く言う。
「今日は通す」
「はい」
真壁が続ける。
「太い線。
分かれ目。
途切れた先。
そこだけ外さなければ、入口はかなり行けるはずだ」
三枝も小さく言う。
「10階は“道”に見える場所全部が敵です。
逆に言えば、見る場所が揃えばかなり軽くなる」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は後ろの 4人を見て短く言う。
「今日は、線の上で判断しないでください。
立ち止まるなら線の外です。
選ぶなら手前で選びます。
終わった先に足を出さないでください」
4人とも、すぐに頷いた。
それで十分だった。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
何度見ても嫌だ。
でも今日は、嫌さの見え方が少し違った。
最初の太い黒線。
その中央に線蛇が潜む。
前にいた探索者が、もう自分から言う。
「真ん中じゃない、縁!」
坂城の剣が入る。
線蛇が裂ける。
かなりいい。
次の Y字の分岐。
今度は別の探索者が言う。
「分かれ目の上に立たない!」
真壁が盾を差し込む。
岐路蜘蛛が浮く。
結人の槍が腹を貫く。
ここももう、かなり通る。
そして細く消える線の先。
結人がまだ言う前に、後ろから少し震えた声が出た。
「……先、怪しいです」
かなり良い。
終端蟷が開く。
坂城が斬る。
三枝が短く言う。
「入口、かなり残りますね」
結人も同じことを思った。
かなり残る。
かなり通る。
10階の入口が、やっと“入口”になり始めている。
配信へ向けて結人は短く整理した。
「今かなり良いです。
10階は、道の始まり、分岐、終わりを見れば入口はかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:もう入口の空気違うな
通り雨:通るようになってきた
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:10階の入り方になってる
そうだ。
今日はそこが大きい。
⸻
少し奥へ進む。
白い柱の残骸が増える。
黒い線も、単純な直線や Y字だけじゃなくなってくる。
四角く折れる。
丸く曲がる。
並走する。
そして、その中に輪が混じり始めた。
最初は小さい。
足 1歩ぶんくらいの黒い輪。
次は人 1人が立てそうなくらいの輪。
その次は、もっと大きい。
結人はそこで足を止めた。
かなり嫌だった。
輪は、道に見えない。
でも、囲いにも見えない。
“ここに立て”と言われているような、妙な収まりの良さがある。
真壁が低く言う。
「……嫌な形だな」
坂城も短く続ける。
「線の上を歩かせる感じじゃない。
中に入らせる形だ」
三枝が目を細める。
「10階、道そのものの次は“立つ位置”も作ってきますね」
かなり、その通りだった。
始まり。
分岐。
終わり。
そこまでは“進む”ための形だった。
その先で今度は、“立つための形”が出てくる。
10階はかなり強い。
⸻
最初の輪の中に、小さな黒い影が見えた。
羊に似ていた。
だが、普通の羊みたいな丸さはない。
体は細く、脚は長い。
背中には黒い輪の模様がいくつも重なっていて、角も外へ広がるのではなく、自分の方へ丸く巻いている。
顔は白く、目だけが細く黒い。
環路羊。
輪状の黒線の中に立ち、“そこへ入れば安全そう”に見せる10階の中位種。
こいつは輪の外から襲わない。
人が輪の中へ入った瞬間、外周の黒線を閉じるように走り、立ち位置そのものを檻に変える。
実用的に言えば、
10階では、輪の中に立つな。
環路羊は“立ち位置”を安全地帯に見せて閉じ込める。
白い空間の中で収まりが良すぎる形ほど怪しい。
次の言葉が、かなり近くまで来ていた。
だが今日は、それを取り切る日じゃない。
今日は 3本で通す日だ。
結人は息を整え、短く言う。
「輪はまだ踏みません。
今日は入口の 3本だけで進みます」
真壁がすぐに頷く。
「いい」
坂城も続ける。
「欲張らない方がいい」
三枝が静かに言う。
「今日は入口を入口として固める日ですから」
かなり、その通りだった。
⸻
環路羊は、こちらが輪へ入らない限り、自分からは来なかった。
ただ立っている。
輪の中で、いかにも“ここが位置です”という顔で立っている。
かなり嫌だ。
でも、逆に言えば、まだ今日は相手にしなくていい。
結人たちは輪を避け、白い柱の外を回る。
線の始まり、分岐、終わりだけを見て進む。
その進み方が、かなり正しかった。
輪の中へ入らないだけで、10階の奥行きは少しだけ見えやすくなる。
少し進んだところで、黒線がまた単純な形へ戻った。
直線。
Y字。
終端。
そこで結人は、大きく息を吐いた。
今日はここまででいい。
入口の 3本は、本当に通る。
それが確認できた。
そして、その先に“4本目が必要な形”も見えた。
かなり大きい。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階の入口の 3本はかなり通ります。
白い道は道じゃない。
分かれ目に立つな。
途切れた先が口だ。
この 3本で、輪の手前までは行けます」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなりわかる
通り雨:入口として完成してきた
澪:次の形も見えましたね
迷子の斥候:輪がかなり嫌だ
凪:入口を固めることは、先を急ぐことより強い
かなり、その通りだった。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐに尋ねた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「10階の入口の 3本はかなり通ります。
その先で、輪の中に立つタイプが出ました。
でも今日は、入口の確認で止めました」
相良の指が止まる。
「輪ですか」
「はい。
たぶん次の段階です。
でも、今日は 3本で行ける場所までを確かめたかったので」
相良は小さく頷いた。
「その判断でいいと思います。
入口の言葉が残る前に先へ行くと、結局あとで崩れますから」
かなり、その通りだった。
「10階の入口はかなり共有しやすくなりそうです」
「はい。
そこまでは形になりました」
相良は入力しながら言う。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
入口を入口として固める。
今の結人にとって、それは大きい意味を持っている。
⸻
帰り道、結人はコンビニで少しだけ高いおにぎりを 2つと、ヨーグルトを買った。
それから、目薬の替えも 1つ。
10階に入ってから、目の疲れはかなり大きい。
こういう細かい補充を迷わずできるようになったのも、前より生活が整ってきた証拠だった。
部屋へ戻り、机の上に食べ物とノートを並べる。
ライトをつける。
新しく買った卓上ライトの白い光は、10階の白よりずっと安心できた。
ノートを開く。
* 10階
* 入口の 3本はかなり通る
* 輪の形が出始める
* 3本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* その先
* 環路羊
* 輪の中に立たせる
* 収まりが良すぎる形が怪しい
そこまで書いて、少しだけ止まる。
それから、最後に 1行だけ足した。
* 10階は、道を読む階から、立つ位置を疑う階へ深くなっていく
書き終えてから、結人はペンを置いた。
入口は揃った。
次は、その先だ。
10階はまだ、入口しか見えていない。
でも、その入口がちゃんと通るなら、先へ行ける。
今日は、その手応えがかなり強く残った日だった。




