第83話 分かれ目に立つな
10階へ入るのは 2日目だった。
昨日持ち帰った言葉は 1本。
白い道は道じゃない。
かなり強い。
でも、入口だけだ。
10階は、あの白い空間の見え方だけで終わる階じゃない。
終路深界圏という名前がついているなら、たぶんもっと露骨に“選ばせる形”そのものを使ってくる。
結人は売店で水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋、それにゼリーを 1本買った。
ここから先は、9階までよりも考える疲れが強い。
身体より先に、視線と判断が削られる気がした。
相良環の窓口へ向かう。
「今日は、昨日の続きですね」
「はい。
白い道の次を見ます」
相良は端末を見ながら小さく頷いた。
「今朝の報告でも、10階は“太い線を踏んで切られた”が多いです。
でも、もう 1つあります」
結人は少しだけ目を上げる。
「何ですか」
「分かれた線の上で足を止めて、そのままやられた報告が多いです」
かなりいい。
かなり、昨日の続きをそのまま言っていた。
「ありがとうございます」
「10階、太い線が怪しいだけじゃないですね」
「はい。
今日はたぶんそこを見ます」
相良は静かに言った。
「その方がいいと思います。
この圏域は“選ぶ瞬間”が危なそうなので」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。
今日は後ろに 2人だけ、探索者がついていた。
7階や8階より少ない。
でも、それでいい。
10階はまだ、“見えるから行ける”階じゃない。
理屈が立つまでは、人が多い方が危ない。
配信を始める。
終路深界圏 / 10階 更新 2日目
同接は 59。
少しだけ増えた数字を見て、結人はすぐに視線を戻した。
「天城結人です。
今日は 10階の 2本目を見ます。
今ある言葉は“白い道は道じゃない”です。
その先を見ます」
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:10階の続きだ
澪:お願いします
迷子の斥候:今日は分かれ目かな
凪:道そのものが怪しいなら、次は選ぶ場所を疑え
かなりいい。
結人はその 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
白い階段を下りる。
白い床。
白い壁。
白い天井。
その上を走る黒い線。
何度見ても、距離感が少しだけ狂う。
広いのに近い。
近いのに遠い。
白いせいで、足元と先の境目が薄い。
昨日の入口は、もう少しだけ見える。
太い黒線の中央を踏まない。
縁を見る。
そこで線蛇が浮く。
坂城の剣が先に入る。
真壁は大きく踏み込まず、線の外で受ける。
三枝は分かれ目の暗さを見ている。
かなりいい。
昨日の 1本だけで、入口の景色はかなり変わる。
⸻
少し進む。
黒線は、昨日よりさらに増えていた。
まっすぐ行く線。
途中で折れる線。
円を描く線。
それから、Y字に分かれた線。
そこで結人は足を止める。
分かれ目だった。
太い 1本の黒線が、途中から左右に割れている。
白い床の上で、その分岐だけが妙に濃い。
右へ行けそうだ。
左へも行けそうだ。
しかも、どちらもそれなりに“正しい道”に見える。
かなり嫌だった。
真壁が低く言う。
「選ばせるな」
坂城も短く続ける。
「立つと危ない形だ」
三枝は分岐の根元を見ていた。
「黒が少し厚いですね」
結人もそこを見ていた。
枝そのものじゃない。
分かれた先でもない。
根元だけが、少しだけ膨らんでいる。
次の瞬間、その膨らみが割れた。
黒いものが、上へ開く。
蜘蛛だった。
岐路蜘蛛。
蜘蛛に似ている。
だが、胴が異様に薄い。
黒い紙を折って作ったような、平たい体。
脚は 8本あるが、前脚 2本だけが長く、左右へ裂けた矢印みたいに伸びている。
止まっていると、Y字の分岐そのものにしか見えない。
胴の後ろは 2枚に割れ、道が左右へ伸びる形とぴたり重なる。
実用的に言えば、
10階では、分かれ道の上で止まると危ない。
岐路蜘蛛は“選ぶために足が止まる場所”そのものに潜んでいる。
枝を見る前に、分かれ目の根元を疑う。
それが、10階の 2本目だった。
「分かれ目!」
結人が声を張る。
後ろについていた探索者の 1人が、反射でそこから半歩だけ下がる。
その瞬間、岐路蜘蛛の前脚が空を切った。
かなり危なかった。
もし分岐の真上で足を止めていたら、そのまま抱き込まれていた。
真壁が盾を下から返す。
岐路蜘蛛の腹が浮く。
坂城の剣がそこへ入る。
黒い胴が真っ二つになり、分岐の黒線と一緒に白い床へ散った。
かなり嫌だ。
でも、かなり分かりやすい。
選ぶ場所そのものが敵だ。
⸻
「10階、分かれ目に立たないでください!」
結人はすぐに配信へ向けて言う。
「枝を見てる間に足が止まる場所が危ないです!」
コメント欄が流れる。
炭酸:うわ
通り雨:めっちゃ嫌だ
澪:選ぶ場所そのものが危ないんですね
迷子の斥候:これは立ち止まりそう
凪:分かれ目に立つな
かなりいい。
短い。
強い。
そして、この場所の嫌さをそのまま言っている。
「……たぶん 2本目はこれです」
三枝がすぐに頷いた。
「かなり共有しやすいです」
真壁も低く続ける。
「選ぶなら、手前で選ぶ」
それもかなりいい。
でも、今日はまだそこまで言い切らない方がよかった。
まず必要なのは、“分かれ目に立たない”ことそのものだ。
坂城が岐路蜘蛛の死骸を見下ろしながら言う。
「道の先じゃなく、道が割れる場所が口か」
かなり、その通りだった。
⸻
さらに進む。
今度は分岐が 2つ続いていた。
1つ目は右へ。
2つ目は左へ。
その間の黒線は細い。
見た目だけなら、慎重に行けば通れそうに見える。
だが結人はすぐに言う。
「真ん中に立ちません。
分岐の外から見ます」
真壁が左外。
坂城が右外。
三枝は分岐の根元だけを見ている。
次の瞬間、1つ目と 2つ目の分岐の根元が同時に裂けた。
岐路蜘蛛が 2体。
やはりそうだ。
選ばせる形が増えると、その数だけ“立ち止まりどころ”が増える。
もし中央の細い線をそのまま進んでいたら、前後から噛み合わされていたかもしれない。
「前じゃない! 根元です!」
坂城が 1体を斬る。
真壁がもう 1体を弾く。
結人の槍が腹へ入り、黒い紙みたいな脚がばらばらに散った。
10階は、進めそうに見える線の上より、選ばせる場所そのものが危ない。
かなり、終路深界圏らしい。
⸻
少し奥で、黒線が 3本に分かれる場所があった。
白い空間の中で、それだけが妙に濃い。
しかも、遠くから見ると 1本の太い道に見える。
近づいて初めて、実は 3本に割れていると分かる。
かなり悪い。
結人は立ち止まり、しばらくそこを見た。
「10階、太い道が怪しいだけじゃないですね」
三枝が言う。
「はい」
結人も頷く。
「太く見える道が、近づいたら分かれ目になってる」
真壁が低く言う。
「進んでから選ばせるわけだ」
坂城も短く続けた。
「かなり嫌だな」
かなり、その通りだった。
9階までは、“正しそうなもの”を疑えばよかった。
10階はもっと早い。
進む前から、選ばせる形が道に擬態している。
その時、黒線の 3つ叉の根元で、またわずかに黒がめくれた。
結人はすぐに後ろへ声を飛ばす。
「下がってください!
ここ、分かれ目 3つあります!」
後ろの探索者 2人がすぐに下がる。
その直後、3つ叉の根元から岐路蜘蛛が 3体、まとめて立ち上がった。
かなり嫌だ。
でも、かなり見える。
坂城が左。
真壁が中央を受ける。
結人が右へ槍を出す。
黒い胴が裂け、分岐そのものが崩れた。
コメント欄が一気に流れる。
炭酸:3体
通り雨:完全に分かれ目が口だ
澪:嫌すぎます
迷子の斥候:選ぶために立つと死ぬやつ
凪:道の先を見る前に、道が割れる場所を見ろ
かなりいい。
結人はその 1行に強く頷いた。
道の先を見る前に、道が割れる場所を見る。
それが今の 10階には必要だった。
⸻
今日は、それ以上進まなかった。
分かれ目。
太い道。
見えている線。
そこにいる敵。
10階の入口としては、かなり大きい。
結人は配信へ向けて短く整理する。
「10階の 2本目です。
“分かれ目に立つな”
白い道は道じゃない。
それに加えて、選ぶために足が止まる場所そのものが危ないです」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなりわかる
通り雨:2本目つよい
澪:きれいにつながりますね
迷子の斥候:10階かなり好き
凪:選ぶ場所そのものを疑え
かなり、その通りだった。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「分岐です。
10階は、分かれ道の根元に蜘蛛型が潜みます。
選ぶために足が止まった場所に、そのまま食いついてきます」
相良の指が止まる。
「選ぶ場所が危ない」
「はい。
太い道だけじゃなく、分かれ目そのものが怪しいです。
2本目は“分かれ目に立つな”でかなり通ると思います」
相良はすぐに打ち込む。
「白い道は道じゃない。
分かれ目に立つな。
……かなり綺麗です」
「10階、進めそうに見える線だけじゃなく、選ばせる形そのものが危ないです」
相良は静かに頷いた。
「この圏域らしいですね。
正解が 1本とは限らない場所で、正解を選ぶ行為そのものが危ない」
かなり、その通りだった。
⸻
部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 白い空間
* 黒い道みたいな線
* 太い線が怪しい
* 分かれ目が怪しい
* 線蛇
* 白い道は道じゃない
* 岐路蜘蛛
* 分かれ目に立つな
* 根元が口
* 選ぶために足が止まる場所が危ない
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、“選ぶ行為”そのものを噛みに来る階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
10階は、9階までとは違う。
正しい方を捨てるだけじゃ足りない。
“選ぶ”こと自体が、すでに敵の中へ入っている。
かなり嫌だ。
でも、かなり面白い。




