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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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80/114

第80話 何も言っていない場所

今日は、見る日じゃない。


終わらせる日だ。


政府ギルド前で水を2本、回復薬を2本、塩飴を1袋。

それからゼリー飲料を2本。

もう迷わず買える。


相良環の窓口へ向かうと、相良は端末から目を上げて言った。


「今日は、通す日ですね」


「はい」


「後ろにつく探索者はいません」


「大丈夫です」


相良は小さく頷く。


「持ち帰るのは、勝ち筋です。

でも、もう1つあります」


結人は少しだけ目を上げる。


「何ですか」


「この圏域を通した言葉が、本当に最後まで通るかどうかです」


かなり重い一言だった。


7階。

8階。

9階。


ここまで立ててきた言葉が、主にまで届くか。

それが今日は試される。


「はい」


結人も短く頷いた。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。


もう言うことは、多くない。


結人は短く整理する。


「正しい方へ寄りません。

音、影、位置、前、道、青、屋根、空いた場所。

全部見せです。

本体はそのあとです」


坂城が剣を肩へ担いだまま言う。


「切らない」


真壁も続ける。


「受ける場所は、指示のあと」


三枝が静かに言う。


「今日の答えは、たぶん1本です。

何も言っていない場所を拾えば通る」


かなり、その通りだと結人は思った。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 9階 時差骸


同接は63。


数字を見ても、もう前みたいなざわつきはない。

見るべきは、あの終点だけだ。


「天城結人です。

今日は時差骸を通します。

ここまでの言葉を全部使います」


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:いけ


澪:お願いします


迷子の斥候:全部つながるはず


凪:正しさの一拍あとを取れ


結人はその一文に、小さく頷いた。


「はい。行きます」



7階は、かなり速かった。


残刻犬。

床が先。

音は後。


遅灯鴉。

影が先。

本体は後。


改札骸。

見えている位置は今じゃない。


8階も同じだ。


横断狼。

危ないのは前じゃない。


誘路狐。

開いてる道が罠だ。


9階へ上がる。


青灯鹿。

青は進めじゃない。


停留蜂。

屋根の下で待つな。


逃路猫。

空いた場所へ入るな。


ここまで来ると、嫌さは消えない。

でも、嫌さに順番ができる。


前より、ずっと戦いやすい。


言葉が立つというのは、たぶんこういうことだ。



9階終点の立体交差へ入る。


上に折れた高架。

斜めに落ちた歩道橋。

崩れたガードレール。

交差する矢印。

遅れて届くサイレン。

青く滲む誘導灯。


都市の正しさが、全部ここに残っている。


そして、その真ん中に時差骸が立っていた。


高い。

細い。

長い脚。

白線の入った胴。

肩に張り出す停留所の屋根。

頭部の掲示板に、ずれた時刻。


かなり綺麗だ。

かなり嫌だ。


時差骸は、すぐには来なかった。


まず右の誘導灯が点く。

次に左の歩道橋へ影が落ちる。

そのあと正面のガードレールの切れ目が“通れそう”に見える。

さらに、頭上の庇の影が深くなる。


全部、別々の正しさだ。


そして、その全部が違う。


「まだです!」


結人が叫ぶ。


真壁は動かない。

坂城も剣を低く構えたままだ。

三枝が小さく言う。


「次、左下の何もないところ」


結人も同じだった。


青もない。

影もない。

空いた道でもない。

屋根の下でもない。


いちばん“何も言っていない場所”に、今の重さが集まる。


「左下!」


真壁が盾を返す。


その瞬間、時差骸の長い脚が左下の低いガードレール影から滑り出た。

かなり速い。


だが、間に合う。


盾が受ける。

坂城の剣が膝裏を裂く。

結人の槍が脇腹へ入る。


浅い。

でも届く。


時差骸が大きく身を捻る。

遅れて、さっきまで右で鳴っていたサイレンが正面から響いた。


やはりそうだ。


今来た場所と、今聞こえる場所が違う。


かなり嫌だ。



時差骸はすぐに引いた。


高架の下。

歩道橋の影。

崩れた停留所の庇。

その全部を滑るように使う。


しかも、今度は“正しいもの”を1つずつじゃなく、重ねてきた。


青が点く。

その直後に影。

影の下に屋根。

その先に空いた中央。

さらに奥で逃路猫が振り返る。


順番が綺麗すぎる。


綺麗だからこそ、信じたくなる。


だから危ない。


結人の背中が少しだけ冷える。


時差骸は、今までの下位種や中位種より1段深い。

正しさを見せるだけじゃない。

正しさの連続で、こちらに“納得して動かせる”。


そこが強い。


「全部見せです!」


結人が声を張る。


「1個だけ見ないでください!

最後まで待ちます!」


三枝が即座に続ける。


「青、影、屋根、中央、猫!

そのあとです!」


真壁が盾を少しだけ下げる。


「どこで受ける」


結人は視線を走らせた。


正面の青。

左上の影。

右の庇。

中央の空白。

奥の逃路猫。


全部が“そこへ来る”ように見える。

でも、そうじゃない。


時差骸の重さは、その全部が出終わったあと、右の歩道橋脚の根元にだけ残っていた。


何も光っていない。

影も薄い。

道も狭い。

屋根もない。


そこだ。


「右の脚元です!」


坂城が走る。

真壁が盾を向ける。

次の瞬間、時差骸の本体がそこから一気に踏み込んだ。


速い。


さっきより速い。

かなり、速い。


でも、見えている。


盾が受ける。

剣が肩を裂く。

結人の槍が肋の隙間へ入る。


今度は、さっきより深い。


時差骸が低く鳴いた。

いや、鳴いたように見えた。


本当の音は、半拍あとに高架の向こうから返ってきた。


かなり悪い。


でも、もう関係ない。


今を見る。



そこから、戦いは一気に速くなった。


時差骸が見せる正しさの数が増える。


青が2つ。

影が3本。

屋根の下の暗がり。

開いた中央。

逃げ道。

停留所のベンチ。

ガードレールの切れ目。


全部が“ここへ来い”と言ってくる。


だが、結人たちはもうそのどこにも寄らない。


真壁が受ける場所は、指示のあとだけ。

坂城が斬るのは、見えている方向じゃない。

三枝が拾うのは、光や影じゃなく、重さの最後の寄り方だけ。


そして結人は、全部の終わりを見ていた。


7階の音のあと。

影のあと。

位置のズレのあと。

8階の道のあと。

9階の青と屋根と空いた場所のあと。


その全部が出揃ったあとに、まだ何も言っていない場所。


そこだけが、本物だった。


「左の停留所裏!」


「次、中央じゃなく右の段差!」


「そこじゃない、ガードレールの切れ目の外!」


声を飛ばすたび、間に合う。


盾が受ける。

剣が届く。

槍が入る。


時差骸の白線の入った外皮が、少しずつ裂けていく。

青白い掲示板の光も、時々だけ乱れる。


かなり通っている。


かなり、終わる形に近づいている。



だが、時差骸もそこで変えた。


今までは“正しいもの”を見せてきた。

ここからは違う。


何も見せない。


青も点かない。

影も薄い。

サイレンも鳴らない。


静かだ。


何も言っていない。


結人の背中を、嫌なものが走る。


逆だ。


何も言っていない場所を取るようになった自分たちに対して、

今度は最初から何も言わないことで外してくる。


かなり嫌だ。

かなり、主らしい。


三枝が息を詰める。


「……切り替えた」


真壁も低く言う。


「どこだ」


坂城は剣を構えたまま動かない。


かなりいい。

もう誰も、すぐには動かない。


結人は視線を落とした。


何も言っていない。

だからこそ、今度は“本当に何もない場所”じゃない。


静かすぎる。

綺麗すぎる。

整いすぎている。


9階で何度も見てきたそれだ。


正しさを捨てた先で、今度は不自然な沈黙そのものが罠になる。


その時、歩道橋の影でも、道路の中央でも、停留所の屋根下でもなく、

崩れた案内板の裏の狭い隙間で、埃だけがわずかに舞った。


そこだ。


何も見せない。

でも、重さだけは消えない。


「案内板の裏です!」


真壁が盾を跳ね上げる。

その瞬間、時差骸が低く滑り出た。


いちばん速い。


いちばん静かだ。


だが、見えた。


坂城の剣が腹を裂く。

結人も迷わず踏み込む。


今度狙うのは、胸の白線の中心じゃない。

その少し左、信号灯の残骸と案内板の板片の境目。


そこだけが、今まで何度か色を変えていた。

遅れて来るこの王にとって、たぶんそこが中心だ。


槍を突き込む。


硬い。

だが、奥で抜けた。


入った。


時差骸の身体が一瞬だけ止まる。

その瞬間、遅れていたサイレンも、青い灯りも、影も、全部が広場じゅうで乱れた。


街の正しさが、一度に壊れる音だった。


真壁が押す。

坂城がさらに斬り込む。

結人は槍を離さない。


時差骸が長い脚で暴れる。

だが、今はもう“正しさ”を作れていない。

順番が崩れている。

青も影も、全部遅れ方が乱れている。


今だ。


「そのまま!」


三枝が叫ぶ。


「今は何も信じなくていい!

本体だけです!」


かなり、その通りだった。


今はもう、街のルールじゃない。

正しさでもない。

ただ、目の前の本体だけだ。


坂城の剣が肩を断つ。

真壁の盾が胸を押し上げる。

結人の槍がさらに深く入る。


そして次の瞬間、時差骸の全身から青白い数字が一斉に消えた。


長い脚が崩れる。

割れた掲示板の頭が傾く。

停留所の屋根みたいな肩板が地面へ落ちる。


時差骸は、都市の残骸をばらばらに落としながら、その場へ沈んだ。


遅れて、どこか遠くから最後のサイレンが届いた。


もう、本体は動かない。


終わった。


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:勝った


通り雨:うおおお


澪:おめでとうございます!


迷子の斥候:全部回収した


凪:正しさの一拍あとを取りきったな


結人は大きく息を吐いた。


かなり重い。

かなり疲れている。

でも、立っている。


通した。



壊れた都市の残骸の真ん中で、4人はしばらく何も言わなかった。


真壁が最初に口を開く。


「……かなり嫌な相手だったな」


坂城も短く言う。


「でも、全部あった」


三枝が静かに続けた。


「7階から9階まで、綺麗に繋がってました」


かなり、その通りだった。


駅。

地下街。

街。


人が“正しく”流れるための場所が、全部反転して敵になっていた。

そして最後に、その全部を時差骸が着込んでいた。


遅刻廃都圏。


かなり嫌で、かなり綺麗な圏域だった。



結人は配信へ向けて、息を整えながら言った。


「遅刻廃都圏、通しました。

最後まで必要だったのは、“正しい方へ寄らない”ことでした。

音も、影も、位置も、道も、青も、屋根も、空いた場所も、全部見せです。

そのあとに、本体が来ます」


コメント欄が止まらない。


炭酸:最高だった


通り雨:言葉が全部戦いになってた


澪:本当に綺麗でした


迷子の斥候:ここまで見てきてよかった


凪:次は、もっと道そのものが消えるぞ


その最後の一行に、結人は少しだけ目を細めた。


もっと道そのものが消える。


次の圏域の気配が、もうそこにある。


でも今日は、まだそこじゃない。



時差骸のドロップは重かった。


割れた掲示板の核。

青白い数字が消えた信号灯片。

そして、白線みたいな筋の入った胸殻。


それらは、どれも“街のルール”を小さく切り取ったみたいに見えた。


帰り道、建物裏の下りスロープへ一度だけ立つ。

その先から上がってくる空気は、今までと違った。


乾いている。

冷たい。

そして、やけに静かだ。


10階の気配だ。


結人はそこで深追いせず、戻った。


今日はここまででいい。


十分すぎる。



政府ギルドへ戻ると、空気が少しだけ変わった。


窓口の近くにいた職員が、結人の持つドロップを見て足を止める。

売店の店員も、遠くから一度だけこちらを見る。


相良環は席を立っていた。


「……本当に通しましたね」


「はい」


袋じゃ収まらないドロップを、そのままカウンターへ置く。


相良は掲示板の核を見て、小さく息をついた。


「時差骸ですね」


「はい」


「どういう相手でしたか」


結人は短く答える。


「この圏域の嫌さを全部持ってました。

音、影、位置、道、青、屋根、空いた場所。

全部“正しそう”に見せてから、本体はその一拍あとに来ます」


相良は静かに打ち込む。


「……綺麗です」


その一言が、かなり深く入った。


「最後まで必要だったのは、“正しい方へ寄らない”ことでした」


相良は頷く。


「遅刻廃都圏の総括として、かなり強いです」


結人もそう思った。


この圏域は、言葉がちゃんと最後まで通った。

それがかなり大きい。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 遅刻廃都圏

* 7階 / 順番

* 8階 / 道

* 9階 / 合図と安全地帯

* 総括

* 正しい方へ寄らない

* 先に来たもの、正しそうなもの、安心できるものを信じすぎない

* 本体はその一拍あと


最後に、1行だけ足した。


* 遅刻廃都圏は、“都市の正解”を信じると遅れる圏域


書き終えてから、結人はペンを置いた。


これで3つ目の圏域を通した。

次は、また景色が変わる。


そして今日は、休んでいい日だ。


ちゃんと、先へ進んだから。

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