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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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70/114

第70話 7階を通す

今日は、確認の日じゃない。


通す日だ。


結人は7階の入口で、ホームの先を見ていた。

崩れた案内板。

止まった時計。

奥へ伸びる暗い通路。


ここまでで、言葉は3本立った。


遅れるのは音だ。

先に落ちるのは影だ。

見えている位置は今じゃない。


今日は、それが実戦で本当に通るか確かめる。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 7階 突破


同接は31。


少しだけ増えた。

しかも、ただ覗きに来た感じじゃない。

“今日は進む日だ”と分かって来ている数字だった。


「天城結人です。

今日は7階を通しに行きます。

今ある3本を、そのまま実戦で使います」


コメント欄が流れる。


炭酸:いこう


通り雨:今日は突破回


澪:お願いします


迷子の斥候:3本あれば通せるはず


凪:言葉が立った日は、進める日だ


「はい。

行きます」



入口の残刻犬は、もう怖くない。


もちろん、油断はしない。

でも、怖さの種類が変わった。


前は“何が起きてるか分からない怖さ”だった。

今は“分かるけど嫌だ”に変わっている。


それは、かなり大きい。


唸り声は後。

床の沈みが先。


真壁が盾を当て、坂城が首を落とす。

もう1体は結人が短槍で喉を穿つ。


遅れて金属音だけが響く。


「入口は問題なしです」


三枝が周囲を見たまま言う。


「広場まで行けます」


そのままホームを抜け、広場へ。


上から遅灯鴉が滑る。

だが、もう影を追わない。


影が先。

本体は後。


坂城が一拍だけ遅らせて剣を振る。

真壁が盾を上へ返す。

結人も落下点ではなく、その後ろへ槍先を置く。


黒い翼片が散る。

遅れて羽音が追いついてくる。


かなり嫌なままだ。

だが、嫌なまま処理できる。


それで充分だ。



広場を抜け、改札跡へ入る。


狭い。

やはり狭い。


人を流すための列が、そのまま戦いづらさになっている。


改札骸が立っていた。


1体。

2体。

さらにその奥。


動いていないように見える。

だが、見えている場所は今じゃない。


結人は床を見る。

灰の流れ。

粉塵の切れ目。

壊れたバーの端が、ほんの少しだけ揺れている。


「正面じゃない! 右半歩!」


坂城の刃がずれる。

火花。

当たる。


「左列の奥、像は残りです!」


真壁が盾を左へ切る。

遅れて正面の像が崩れる。

やはり本体は左にいた。


三枝が息を吐く。


「通る」


その言葉の通り、通っていた。


7階の理屈が、ちゃんと7階の中で効いている。



だが、改札列の中ほどで、遠くから叫び声が聞こえた。


「っ、誰か――!」


結人たちは同時に顔を上げる。


通路の奥。

閉じたシャッターの前。

1人の探索者が追い詰められていた。


若い男だ。

20代前半くらい。

片手剣を持っている。

だが足場が悪く、改札列と店の残骸に挟まれて逃げ場が少ない。


周囲には残刻犬が2体。

上には遅灯鴉。

正面には改札骸。


最悪に近い。


音。

影。

位置。


7階の嫌さが、全部まとめて来ていた。


「あれ、まずいな」


真壁が前へ出ようとする。

だが、列が狭い。

横から一気には入れない。


結人は一瞬だけ通路全体を見た。


犬は右から。

鴉は上。

骸は正面像を残して左へずれている。


助けられる。


今なら。


「聞こえますか!」


結人が叫ぶ。


追い詰められていた男がこちらを見る。

顔が強張っている。


「音を追わないでください!

床を見て!」


男は一瞬だけ固まる。

だが、その足元でタイルが右から沈む。


残刻犬だ。


「右から来ます! 唸りじゃない、床です!」


男が反射的に右へ剣を出す。

犬の鼻先を裂く。

遅れて唸り声が届く。


「次、上! 影じゃない、本体は後!」


広場側から滑った遅灯鴉の影が先に男の前を横切る。

男が影に釣られかける。

そこで結人がさらに叫ぶ。


「半拍待って、後ろ!」


男が歯を食いしばって待つ。

遅れて本体が落ちる。

その瞬間、剣が入る。


落ちた。


最後に改札骸。


正面に立っているように見える。

だが灰は左へ流れている。


「そこじゃない!

左半歩です!」


男が半信半疑のまま、刃を左へずらす。

鈍い手応え。

正面の像が遅れて消える。


助かった。


男は数秒その場で息を荒げ、それからこちらへ走ってきた。

改札列を抜ける直前で、真壁が盾を差し出して受け入れる。


「大丈夫か」


「は、はい……っ」


息を切らした男が膝をつく。

汗で前髪が張りついていた。


「水谷廉です……3階までは通ってて、でも7階の構造確認だけのつもりで……」


かなり無茶だった。


でも、入口確認だけのつもりで深みへ入ってしまう気持ちは分かる。

この階は景色に惹かれる。

そして、気づいた時には感覚が狂っている。


結人は短く言う。


「今日は戻ってください。

7階は、見たまま受けると遅れます」


水谷は何度も頷いた。


「……助かりました。

本当に」


その言葉に、結人は少しだけ間を置いた。


前なら、自分が言われる側だった。

誰かの言葉に助けられる側だった。


今は、違う。


かなり静かに。

でも、確かに違う。



水谷を入口側へ送り返したあと、結人たちは改札の奥へ進んだ。


ここから先は、細い通路と店跡が続く。


左右のシャッターは半開き。

割れたガラスの向こうには、売り物だったらしい何かの骨組み。

床には矢印。

天井には、行き先表示だけが黒く残っている。


そして、遠くから遅れたアナウンス。


内容は分からない。

だが、人を急がせる響きだけがある。


7階は、急がせて狂わせる階だ。


でも今は急がない。


1歩ずつ進む。


音は後。

影は先。

位置はズレる。


結人はそれを配信へ向けて、何度も短く言い直した。


「音じゃない、床です」


「影じゃない、本体です」


「正面じゃない、半歩横です」


コメント欄が流れる。


炭酸:わかりやすい


通り雨:助ける側になってる


澪:今の誘導、かなり良かったです


迷子の斥候:言葉がそのまま命綱だ


凪:助かった側の声は、次の記録になる


その1行を見て、結人は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


助かった側の声。


それも、記録になるのかもしれない。



通路の最後には、下り階段があった。


正確には、崩れた通路の先へ斜めに落ちていくエスカレーターの残骸だった。

途中の段は何枚も欠け、手すりも半分しか残っていない。

だが、その下からは明らかに空気が変わっている。


もっと乾いている。

もっと広い。

そして、もっと人の気配が濃い。


8階だ。


結人は立ち止まり、配信へ向けて言った。


「7階、入口からここまでは通せます。

理屈は3本です」


そして、短くまとめた。


「遅れるのは音だ。

先に落ちるのは影だ。

見えている位置は今じゃない。

この3本で、入口から改札奥までは通ります」


真壁が頷く。


「7階は通ったな」


坂城も剣を収めた。


「少なくとも、迷う階ではなくなった」


三枝が静かに言う。


「次は8階です」


結人はエスカレーターの下を見た。


見えない。

でも、確かに何かが待っている。


7階は通した。

その実感があった。


だから次へ行ける。



政府ギルドへ戻ると、相良環はいつもより少しだけ表情を和らげた。


「どうでしたか」


結人は答える。


「7階、入口から改札奥の下りまで通せます。

それと、途中で1人救助しました」


相良の手が止まる。


「救助を」


「はい。

言葉がそのまま通りました」


相良は静かに頷いた。


「それはかなり大きいです」


「……そうですね」


相良は端末へ打ち込みながら言う。


「階の攻略情報は、“共有できる”時点で価値があります。

でも、“誰かを実際に生かした”なら、もっと強いです」


その言葉は、結人の中へまっすぐ入った。


誰かを実際に生かした。


前までなら、遠い話だった。


でも今日は、それが自分の側へ来ていた。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 7階

* 入口から改札奥、下りまで通る

* 3本

* 遅れるのは音だ

* 先に落ちるのは影だ

* 見えている位置は今じゃない

* 実戦

* 3本は同時に使える

* 救助で通用確認

* 水谷廉

* 7階で救助

* 言葉で生かした


最後に、1行だけ足した。


* 7階は、“言葉がそのまま命綱になる階”


結人はペンを置いて、少しだけ天井を見た。


前より、ちゃんと進んでいる。


強くなっている。

見られ方も変わっている。

生活も少しずつ良くなっている。


でも、それ以上に大きいのはたぶんこれだ。


自分の記録が、

自分以外の誰かを生かす形になり始めている。

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