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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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62/62

第62話 残る殻は空

6階へ潜るのは、2日目だった。


昨日立てた言葉は1本。

残る映りは古い。


入口の理屈としてはかなり強い。

だが、6階はまだ入口しか見ていない。


だから今日は、その先だ。


配信を始める。


灰石坑道の先 6階 / 入口の先


同接は20。

数字としてはまだ大きくない。

でも、0から始まっていた頃を思えば、かなり違う。


「天城結人です。今日は6階の入口の先を見ます。

昨日の“残る映りは古い”が通るところまで確認して、その先の理屈があるかを見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:6階2本目だ


澪:お願いします


迷子の斥候:入口の先見たい


凪:昨日の言葉がどこまで通るか見ろ


「はい。今日はそこです」



6階へ下りる。


白い根の柱。

床を覆う薄い黒水。

あちこちに刺さった白い殻片。


5階までの“森”は、もうほとんど見えない。

6階は、水と殻だけが静かに残っている。


入口近くの残殻蛛が来る。


水面の中にまだいるように見える。

だが、本体はもうそこにいない。


「右、今揺れた方!」


坂城の剣。

真壁の盾。

三枝の短い補足。


「残る方は古い!」


それで通る。


かなりいい。


昨日の言葉は、6階の入口にちゃんと残っていた。



そこから先へ進むと、6階の景色はさらに整理されていった。


白い根の柱が少なくなる。

代わりに、床へ刺さっている殻片が増える。


小さな欠片じゃない。

人の胸ほどある白い殻が、何枚も斜めに立っている。

薄く、滑らかで、少しだけ透けて見える。

それらが水面に映るせいで、足元の景色がさらに増えていた。


しかも、その殻片の並びは自然じゃない。


置かれている。

立てられている。

そう見える。


真壁が低く言う。


「……増えてるな」


三枝も目を細める。


「殻片が多すぎる」


坂城は短く続ける。


「踏み込み先が読みづらい」


かなりその通りだった。


6階は、映りだけじゃない。

殻そのものが景色を増やしてくる。


その時、正面の白い殻片の1枚が、わずかに横へずれた。


自然の殻なら、立ったまま横には動かない。


来る。



最初に見えたのは脚だった。


黒い。

太く、低い。

水の下を横へ走る。


次に、白い甲。

丸じゃない。

幅広い。

平たく重なっていて、幾重にも薄い殻を背負っている。


空殻蟹。


蟹に似ている。

だが脚が長く、甲が異様に薄い。

白い甲羅は何枚かの殻板が重なってできていて、動くたびに上の1枚がわずかに浮く。

そしてこいつの厄介なところは、危険を感じるとその薄い殻板を1枚、水面へ置くことだった。


置かれた殻板は、まだ本体の形に見える。

水を張り、景色を映し、そこにまだ“いる”ように見せる。

でも中身はない。


実用的に言えば、

6階では、残るのは映りだけじゃない。

殻そのものが残ることがある。

残った殻は、本体じゃない。


それが、6階の2本目だった。


「殻が残ります!」


後ろの探索者が一瞬だけ白い殻板へ意識を引かれる。

だが、その横の黒水がわずかに動いた。


本体はもうずれている。


「左だ!」


坂城が即座に切る。

真壁が盾を送る。

三枝が短く言う。


「残る殻は空!」


かなりいい。


その言葉は、結人の中にもそのまま入った。


残る殻は空。

6階は、残り方がもう1段厄介だ。



空殻蟹が横へ滑る。


蟹に似ているが、正面へ突っ込むより横移動が速い。

しかも水面に残した薄い殻板が、まだそこに本体がいるように景色を保っている。


結人は視線を切り替える。


映りを見るな。

残った殻を見るな。

見るのは、今動いている黒い脚と、水の揺れ。


「右へ抜けます!」


真壁が盾を回す。

空殻蟹の脚がぶつかる。

硬い。

だが、門殻亀ほどの重さじゃない。


坂城が横から剣を入れる。

しかしその瞬間、空殻蟹の背の殻板がまた1枚外れ、水面へ落ちる。


白い板が立つ。

水を張る。

景色を映す。


本体が2つに増えたように見える。


かなり嫌だった。


コメント欄が流れる。


炭酸:うわ


通り雨:殻まで残るのか


澪:嫌な階です


迷子の斥候:これ見誤る


そうだ。

かなり見誤る。


でも、本体は殻板みたいに立ち止まれない。

脚がある。

重さがある。

だから水を動かす。


結人は息を詰める。


殻板は残る。

残るから目立つ。

でも中身がないなら、そこは今じゃない。


「残ってる白い方じゃない! 今揺れた下です!」


三枝がすぐに続ける。


「右脚!」


坂城の剣がそこへ入る。

空殻蟹の脚が1本跳ねる。

真壁が盾で押し返す。


甲の中央は硬い。

だが横脚の付け根は違う。


結人は踏み込む。


短槍を狙うのは、残った殻じゃない。

その下から動く黒い本体。


「そこです!」


短槍が入る。

脚の付け根。

殻の内側。


空殻蟹が大きく身体を振る。

だが、その拍子に背からさらに殻板が浮き、水面へ崩れ落ちた。


一瞬だけ景色が増える。

白い板が3枚。

本体が何体もいるみたいに見える。


それでも、もう騙されない。


残る殻は空。

今動いている揺れだけが本体だ。


「左へ回りました!」


真壁が前へ出る。

坂城が剣を置く。

三枝が低く言う。


「揺れが細い方!」


その細い揺れの先へ、結人はもう一度短槍を出した。


今度は深い。


空殻蟹の身体が沈む。

黒い脚が水を掻き、白い殻板だけがその場にいくつも残る。


本体が消えたあとも、空の殻だけが立っている。


それがかなり不気味だった。


坂城が最後の一撃を入れる。

空殻蟹は崩れ、残った殻板の景色も次々と壊れた。


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:残る殻は空、いい


通り雨:6階きつい


澪:かなり分かりやすいです


迷子の斥候:本体より殻が目立つの嫌すぎる


凪:目立つ方が今とは限らない


結人は肩で息をしながら、小さく息を吐いた。


かなり嫌だ。

でも、かなり重要でもある。


6階は、残像だけじゃない。

殻そのものを残して、今を隠してくる。



配信へ向けて、結人は短く整理する。


「6階では、残る映りだけじゃなく、残る殻もあります。

景色を映して目立つ方が、本体とは限りません。

言葉にするなら、“残る殻は空”です」


坂城が短く頷く。


「入口の先としてはかなり強い」


真壁も続ける。


「残るものを追うと遅れるな」


三枝が静かに言う。


「6階は、“今じゃないもの”が増える階だ」


かなり、その通りだった。



さらに少し進んだところで、結人たちは立ち止まった。


正面の水面の奥。

白い根の柱の向こうに、ひときわ大きい殻が見えた。


立っている。

白い。

広い。


人の背丈を超えている。

それなのに、周囲に本体が見えない。


ただ、そこにある。


真壁が低く言う。


「……あれも空か?」


三枝が目を細める。


「分からない。

でも、6階の奥はもっとそういう理屈になっていく」


坂城は短く言った。


「今日はここまでだな」


かなり、その通りだった。


6階は、まだ入口の先を見たばかりだ。

でも、その奥にいるものがどういう理屈で立っているかは、少しずつ見え始めている。


残る映り。

残る殻。

目立つ方が今じゃない。


この階は、その感覚を何度も叩き込んでくる。



政府ギルドへ戻ると、相良環は袋を受け取る前に言った。


「6階、2本目まで行きましたか」


「はい」


袋を渡す。


今日は空殻蟹の殻板。

薄く、軽く、白い。

本体の殻なのに、中身のない景色みたいだった。


「どういう相手でしたか」


結人は短く答える。


「殻を残します。

水を張って、そこにまだいるように見せます。

でも、本体はもう横にずれています。

だから、“残る殻は空”です」


相良の手が少しだけ止まる。


「……かなり共有しやすいです」


「はい。

6階は、“残ってるもの”を疑う階だと思います」


相良はすぐに打ち込む。


「残る映りは古い。

残る殻は空。

かなり綺麗に積み上がっていますね」


その一言が、かなり嬉しかった。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 6階

* 森が薄れ、水と殻が残る

* 床全体が薄い鏡になる

* 殻片が多い

* 景色が配置されている

* 今じゃないものが目立つ

* 入口

* 残る映りは古い

* 今の揺れを見る

* 殻の水が残像を作る

* その先

* 残る殻は空

* 目立つ方が本体とは限らない

* 動いている揺れが今


そこまで書いて、最後に1行だけ足した。


* 6階は、“残った形”で今を隠す階


書いてから、結人はペンを置いた。


5階は景色の嘘だった。

6階は、残された形そのものが嘘になる。


この先にいるやつは、きっともっと大きい。

もっと綺麗で、もっと厄介だ。


でも言葉は、また1本立った。


今日は、そのことがちゃんと形になった日だった。

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