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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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61/62

第61話 残る映りは古い

6階へ入る日は、朝から少しだけ空気が違った。


政府ギルドの中でも、売店の前でも、誰かが5階の言葉を口にしている。


「映りは遅れる」

「乾いた筋」

「丸すぎる水」

「殻の縁」


結人はその声を聞きながら、水を2本、回復薬を2本、塩飴を1袋、あとは予備の布を買った。

5階までは、もうかなり形になった。


だから今日は、その先へ行く。


相良環の窓口へ向かうと、相良は端末を見ながら言った。


「6階ですね」


「はい」


「後ろにつく探索者は2人です」


結人は少しだけ意外に思った。


「減りましたね」


「5階までは入口の言葉が共有しやすいです。

でも6階は、まだ理屈が見えていません。

様子見の人が多いです」


かなりその通りだった。


5階までは言葉が立った。

でも6階は、まだ何もない。


「今日は、まず景色を見ます」


「その方がいいです。

5階を通したからといって、6階が同じとは限りません」


結人は小さく頷いた。


「はい」



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。

後ろには2人。


少ない。

でも、それでいい。


未知の階は、少ない方がいい。

景色を見るには、その方がいい。


配信を始める。


灰石坑道の先 6階 / 初見


同接は19。

じわじわだ。

でも、ちゃんと増えている。


「天城結人です。今日は6階を初見で見ます。

5階の理屈は持ち込みますが、そのまま当てはめず、景色から見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:6階だ


通り雨:きた


澪:お願いします


迷子の斥候:ここから怖い


凪:5階の正解を急ぐな


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです」



5階最奥。

門殻亀の巨体を越え、灰色の石段を下りる。


下から上がってくる空気は、5階より冷たい。

湿っている。

でも、5階みたいな“濡れている”感じじゃない。


もっと閉じている。

もっと平たい。


鏡の裏に手を入れたみたいな冷たさだった。


数段、数十段、さらに下る。


そして、6階の床へ足を乗せた瞬間、結人は思わず足を止めた。


景色が、変わりすぎていた。



6階には、もう“森”という感じがほとんど残っていなかった。


黒い幹はある。

だが数が少ない。

代わりに、白い柱みたいな根の束が、天井から床まで何本も垂直に落ちている。

木というより、骨の檻に近い。


床は灰色の石。

でも、その上に薄い黒水が一面に張っている。

5階みたいな水たまりや細い水路じゃない。

もっと広い。

もっと薄い。

石の上に、鏡だけが置かれているみたいだった。


ところどころに、白い殻片が刺さっている。

小さいものもあれば、人の胸ほどあるものもある。

花びらみたいに薄く割れた殻が、地面に半分埋まっている。


天井は高い。

音は少ない。

雫の音が、5階より遠くまで残る。


地下樹林圏の最下層。

6階は、水と殻だけが整理されて残った場所だった。


三枝が小さく言う。


「……5階の答えを並べ直したみたいだ」


真壁も低く続ける。


「景色が整いすぎてる」


坂城は周囲を見ながら短く言う。


「嫌な階だな」


かなりその通りだった。


5階は、景色の嘘が散らばっていた。

6階は、それが最初から“配置されている”。



結人は配信へ向けて、短く整理する。


「6階は、水が広いです。

5階より浅いのに、床全体が映ります。

それと、殻片が多い。

森というより、水と殻の階です」


コメント欄が流れる。


炭酸:うわ


通り雨:景色かなりいい


澪:雰囲気が変わりました


迷子の斥候:もう森じゃないな


そうだ。

6階はもう、4階や5階と同じ見え方ではない。


同じ地下樹林圏でも、終点に来ている。



最初の異変は、動きじゃなかった。


“残り方”だった。


正面の黒い水面。

白い根の柱が何本も映っている。

その間に、低い影が1つ見えた。


大きくはない。

人の胴ほど。

脚が多い。

黒く、低い。


蜘蛛に似ている。


だが、その影は変だった。


水面の中には、まだそこにいるように見える。

なのに、水面の端で新しい揺れが起きている。


本体がいるなら、影と揺れは同じ場所に出る。

でも、それがずれていた。


結人の喉が少しだけ冷える。


「……残ってる」


次の瞬間、右側の水面から黒い脚が伸びた。


残殻蛛。


蜘蛛に似ている。

だが腹部が異様に大きく、半分に割った白黒の殻みたいな形をしている。

その殻の上に薄く水を張っていて、止まっている時は水面にもう1枚の水面を重ねたように見える。

脚は細く長い。

動きは速い。

でも速さそのものより厄介なのは、さっきまでいた場所の映りが少しだけ残ることだった。


実用的に言えば、

6階では、映りが遅れるだけじゃない。

残ることがある。

残った映りは、今の位置じゃない。


それが、6階最初の理屈だった。


「右です! 残ってる方じゃない!」


後ろの探索者が一瞬だけ水面の影へ反応しかける。

だが坂城はすぐに切り替えた。


「今揺れた方だ!」


真壁が盾を右へ送る。

三枝が短く続ける。


「残る方は古い!」


かなりいい。


その言葉は、結人の中にもそのまま入った。


残る方は古い。

そうだ。

時間のズレが、また1段深くなった。


残殻蛛が低く走る。

白い殻片の影を跨ぎ、薄い水の上を滑るように移動する。

その後ろに、さっきまでの映りだけが一拍どころか、もう少し長く残る。


5階までの“遅れ”より、厄介だった。


「影見るな!」


坂城が剣を振る。

だが残殻蛛はもう左へ回っている。

水面の中にはまだ右にいるように見えるのに、本体は違う。


結人は視線を落とした。


見るべきは影じゃない。

見るべきは、今の揺れ。

今の縁。

今の殻の位置。


「左の根の前です!」


真壁が盾をぶつける。

残殻蛛の細い脚が弾かれる。

坂城がそこへ剣を入れる。


浅い。

だが確かに当たった。


残殻蛛が跳ねる。

その瞬間、腹部の殻に張っていた水が流れ、残っていた影が一気に崩れる。


かなり分かりやすい。


殻の上の水が、古い映りを残している。


「殻が崩れると消えます!」


三枝が即座に言う。


「先に殻を揺らせ!」


かなりいい。


真壁がもう1歩前へ出る。

坂城が低く構える。

結人も短槍を握り直す。


残殻蛛はまた右へ走る。

だが、もう目は古い影へ行かない。


残る方は古い。

今揺れた方が今だ。


「今の揺れ、右!」


坂城の剣が殻の縁を叩く。

真壁の盾が脚を止める。

結人の短槍が腹の下へ入る。


柔らかい。

そこは殻の外だった。


残殻蛛が一度大きく跳ね、白い根の柱にぶつかって落ちる。

その拍子に、殻の上の水が全部流れた。


水面に残っていた古い影が、まとめて壊れる。


坂城が最後の一撃を入れる。

残殻蛛はその場で崩れ、薄い黒水の中へ沈んだ。


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:残る方は古いか


澪:かなり好きです


迷子の斥候:6階いやすぎる


凪:今の揺れが今だ


結人は肩で息をしながら、小さく息を吐いた。


かなり嫌な階だ。

でも、かなり綺麗でもある。


5階の“遅れ”が、6階で“残り”に変わる。

その繋がりが、はっきり見えた。



配信へ向けて、結人は短く整理する。


「6階では、映りが残ることがあります。

残っている方は今の位置じゃない。

見るのは、いま揺れた方です。

言葉にするなら、“残る映りは古い”です」


坂城が短く頷く。


「かなり強いな」


真壁も続ける。


「6階の入口としては、かなり通る」


三枝が静かに言う。


「5階が遅れなら、6階は残留だな」


かなり、その通りだった。



今日はそれ以上深追いしなかった。


6階は入口で景色が大きく変わる。

その上で、最初の理屈まで見えた。

初日としては十分だった。


政府ギルドへ戻ると、相良環は結人の袋を受け取る前に言った。


「6階、もう言葉が立ちましたか」


結人は少しだけ笑う。


「1本だけです」


袋を渡す。


今日は残殻蛛の殻片。

白と黒の境目が薄く、かなり綺麗な破片だった。


「どういう階でしたか」


結人は短く答える。


「5階より水が広いです。

それと、映りが遅れるだけじゃなく、残ることがあります。

入口の言葉は、“残る映りは古い”です」


相良の手が少しだけ止まる。


「……かなり共有しやすいです」


「はい。

今の位置を見る階だと思います」


相良はすぐに打ち込む。


「映りは遅れる、から、残る映りは古い。

綺麗に深くなりましたね」


その一言が、かなり嬉しかった。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 6階

* 森が薄れ、水と殻が残る

* 床全体が薄い鏡になる

* 殻片が多い

* 景色が配置されている

* 入口

* 残る映りは古い

* 今の揺れを見る

* 殻の水が残像を作る


そこまで書いて、最後に1行だけ足した。


* 6階は、5階の遅れが“残り”へ変わる階


書いてから、結人はペンを置いた。


4階は環境の答え。

5階は景色の嘘。

6階は時間のズレそのものが、もう少し長く場に残る。


この階は、きっと今までより厄介だ。


でも入口の言葉は立った。


今日は、その最初の1本をちゃんと置けた日だった。

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