表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/62

第43話 揺れの始点

4階は、見えた本体を信じると少し遅い。


昨夜、結人はノートを開いて、4階の最初のページを見返していた。

•音が返らない

•床が沈む

•揺れが始まる

•根這い犬

•白い筋より沈み

•幹皮猿

•姿より剥がれた根元

•見えた本体は少し遅い


そこまで見てから、結人は新しい付箋を1枚取った。

•揺れの始点


書いて、少しだけ目を細める。


4階は、3階みたいに線を読む階ではない。

音も返らない。

正面も作られにくい。

なら、何を取るか。


多分、最初に環境が動いた場所だ。


根這い犬なら、床の沈み。

幹皮猿なら、幹の剥がれ。

本体そのものより先に、周りの何かがわずかに変わる。


今日はそこを通したい。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道の先 4階 / 揺れの始点を取る


配信開始。


「天城結人です。今日は4階で、揺れの始まる場所を見ます。前回は入口だけ触りました。今日は、下の敵にどこまで通るかを見ます」


同接は12。

立ち上がりは昨日と同じくらいだ。

今はそれでいい。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日は4階の土台づくりだな


澪:お願いします


迷子の斥候:揺れの始点、かなり大事そう


凪:本体の前に動いた場所を見ろ


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです。見えた本体じゃなく、先に動いた場所を取ります」



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

ゼリーを1本。

それから、昨日買った薄いタオルを鞄のいちばん取りやすい場所へ入れ直す。


4階は湿る。

その小さい違いが、持ち物の置き方まで変えてくる。


会計を待っていると、後ろから声がした。


「天城さん」


振り向くと、昨日4階の入口まで後ろについてきた探索者が1人いた。


「はい」


「4階、見返しました。

根這い犬も幹皮猿も、見えてからだと少し遅いですね」


かなりいい。

ちゃんと見ている。


「はい。今日はそこをもう少し詰めます」


相手は頷く。


「今日は後ろで、揺れた場所だけ見ます」


短い。

でも今は、その短さの方がありがたい。


相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。


「今日は4階の続きを見ますか」


「はい」


「今朝の報告だと、まだ“湿っていて見えにくい”“音が返らない”で止まっている人が多いです」


結人は小さく頷く。


入口の印象だけが残っている段階だ。

まだ何を拾えばいいかまでは、揃っていない。


「ただ」


相良は端末を見ながら続ける。


「少数ですが、

『床が沈んだ場所の方が本体に近かった』

『幹の剥がれた元を見た方が早かった』

という報告はあります」


かなり近い。

かなり昨日の持ち帰りに近い。


「ありがとうございます」


「4階は、最初の言葉が残ると大きいと思います」


その一言が、かなり深く入った。


そうだ。

4階もまた、最初は短い言葉からだ。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は4階へ向かう探索者の足元を見ている。

真壁は大盾の下側を一度だけ繊維床へ押し当てて感触を確かめ、三枝は何も聞こえない場所を聞いているようだった。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は揺れの始点だな」


「はい」


真壁が続ける。


「4階は、見えてからだと遅い。

だから先に動いた場所を見る」


三枝も小さく言う。


「音が死ぬなら、環境の変化だけが残る」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「根這い犬は沈み。

幹皮猿は剥がれ。

今日はそこに新しい相手が足されても、同じ見方が通るかを見ます」


坂城が即答する。


「本体は追わない」


真壁も頷く。


「床と幹を見る」


三枝が前を見たまま言った。


「どこから湿りがずれたかも見る」


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が3人。

3階後半よりは少ない。

でも、昨日より1人多い。

4階の入口で何を覚える場所かが、少しずつ共有され始めているのが分かった。



4階へ入る。


湿った空気が肌へ貼りつく。

白い根。

黒い幹。

沈む床。

そして、音の消える感じ。


結人はその場で配信へ向けて短く言う。


「4階は、まだ“どこを見るか”を作ってる段階です。

今日は本体じゃなく、先に動いた場所を取ります」


コメント欄が流れる。


炭酸:かなり別階だな


通り雨:3階からの切り替え大事そう


澪:はい


凪:線を探すな


かなりその通りだった。

3階の癖で線を探すと、4階では少し遅い。


最初に来たのは根這い犬だった。


黒い幹の根元。

白い根の束の横。

床の繊維層がわずかに沈む。


前の探索者が、昨日よりずっと早く言った。


「白い筋じゃない、沈み!」


かなり良い。

かなりもう分かっている。


坂城が沈んだ場所へ剣を入れる。

根這い犬が軌道を変えて逃げる。

空振りではある。

だが、見方は通っていた。


結人は配信へ向けて短く整理する。


「今かなり良いです。

4階の根這い犬は、白い背筋より床の沈みの方が早いです」


コメント欄が流れる。


炭酸:分かりやすい


通り雨:沈みだな


澪:かなり良いです


迷子の斥候:これ残りそう


その通りだった。

4階にも、残る言葉が必要だ。



少し進んだところで、幹皮猿が来る。


頭上の白い根がわずかに揺れる。

次に、黒い幹の表面がほんの一片だけ剥がれる。

そのあとで、本体が落ちてくる。


前の探索者が短く言う。


「本体じゃない、剥がれた元!」


真壁が盾を上げる。

坂城が落下角度を切る。

幹皮猿が盾を擦って横へ流れる。


かなり浅い。

でも、かなり良い。


結人はそこで、前より少しだけ確信した。

4階は、見えてから対処する階ではない。

周りの環境が先に出す前触れを取る階だ。


三枝が小さく言う。


「4階は揺れの始点でほぼ決まるな」


真壁も頷く。


「見えてからじゃなく、そこへ来る前の変化だ」


結人は、その言い方がかなり近いと思った。



そして今日、新しい下位が出た。


葉喰い蛾。


大きい。

蝶ではなく蛾だ。

羽は薄い灰緑で、腐った葉みたいな穴がいくつも空いている。

止まっている時は、幹に張りついた枯れ葉の束にしか見えない。

胴は細い。

口元だけが異様に長く、糸みたいな口吻が前へ伸びる。


だが、こいつの嫌さは見た目ではない。


羽ばたく音がほとんどないまま、周りの葉や根だけを先に揺らす。

本体は、その揺れが一拍流れたあとに、少しずれて入ってくる。


実用的に言えば、

揺れている葉そのものを見ると遅い。

どこからその揺れが始まったかを見ないと口吻に刺される。


4階の「本体より先に環境が動く」をかなり分かりやすく教える相手だった。


前方の白い根の束に、葉喰い蛾が3匹ほど張りついていた。

だが、見た目ではほとんど分からない。


最初に動いたのは、本体ではなく、その少し下の葉だった。

湿った葉の端が横へ流れる。

だが、そこへ目を寄せると遅れる。


結人の背中が少し冷える。


「揺れてる葉じゃないです! 始まった上!」


前の探索者の目がそこでやっと上へ戻る。

葉喰い蛾の口吻が、その直前を抜ける。

真壁が肩を引き、坂城の剣が上から斜めに払う。

1匹が羽を裂かれて落ちる。

残りは白い根の裏へ散る。


かなり良かった。

かなり4階らしかった。


配信へ向けて結人は短く整理する。


「今の新しい下の敵です。

揺れてる葉じゃなくて、揺れの始まった上です。

そこを見ないと遅れます」


コメント欄が流れる。


炭酸:うわ嫌だ


通り雨:4階の教材だな


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:本体見えなさすぎる


凪:揺れそのものを追うな


かなりその通りだった。

揺れそのものを追うな。

始点を見ろ。


4階の言葉として、かなり強い。



そこから先は、4階の下の敵に対して少しずつ手順が揃い始めた。


根這い犬なら、沈みの始点。

幹皮猿なら、剥がれの始点。

葉喰い蛾なら、葉や根の揺れの始点。


1度、葉喰い蛾が2匹同時に飛んだ。

葉の揺れは左右に広がる。

だが、本当に始まった場所は上の同じ根元だった。


前の探索者が一瞬だけ左右の揺れへ目を取られる。

その瞬間、昨日の探索者が先に叫んだ。


「揺れを追うな! 始点だ!」


かなり良かった。

かなり強い。


前の探索者の目が戻る。

坂城が根元側へ剣を入れる。

2匹の葉喰い蛾が散る。


結人は、その一連を見ながら胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。


もう、自分だけの言葉ではない。

少なくとも4階の入口では、ちゃんと現場の声になり始めている。


真壁が低く言う。


「4階は、始点を取れ、か」


三枝も続ける。


「かなりそのままだな」


結人は頷く。


かなりそのままだ。

でも、今はそれがいちばん強い。



今日は深追いしなかった。


まだ4階の完成形の気配は薄い。

だが、何を覚える階かはかなりはっきりした。


結人は配信へ向けて短く整理する。


「今日はかなり大きいです。

4階は、本体より先に環境が動きます。

だから揺れや沈みの始点を取る方が早いです」


少し呼吸を置く。


「今の段階なら、4階は“揺れの始点を取れ”がかなり合います」


コメント欄が流れる。


炭酸:いいな


通り雨:4階の言葉きた


澪:かなり良いです


迷子の斥候:始点を取れ、覚えやすい


凪:残るな


残る。

結人にもかなりそう思えた。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ4階の話はそこまで多くない。

それでも、今日は昨日より少しだけ具体が増えていた。


「音が返らないんだろ」

「床が沈むらしい」

「森みたいって聞いた」


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は根這い犬の根骨片。

幹皮猿の皮片。

葉喰い蛾の薄羽。

どれも高くはない。

だが、4階の匂いがちゃんとついている。


相良は薄羽を見ながら言った。


「新しいですね」


「はい。4階の下の敵です」


「どういう嫌さでしたか」


結人は短く答える。


「揺れてる場所を見ると遅いです。

揺れの始まった場所の方が本体に近いです」


相良の手が少しだけ止まる。


「……かなり分かりやすいですね」


「4階は“揺れの始点を取れ”がかなり合うと思います」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり共有しやすいです」


その一言は、入口の言葉としてかなり重かった。


「窓口でも次には揃いそうです」


「はい」


結人も頷く。


「その前に、もう少し4階で通します」


相良は小さく頷いた。


「その方がいいと思います。

4階は、入口で見方を持たないとかなり危なそうなので」


かなりその通りだった。



帰り道、結人は普通の弁当と、小さいヨーグルト、それから速乾の薄手タオルをもう1枚買った。


4階は湿気が残る。

首元と手が、思ったよりじっとりする。

そういう小さい違いが、買う物を少しずつ変えていく。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、タオル、換金票、ノートを並べる。

前より、探索と生活がちゃんと繋がっている感じがある。


ノートを開く。

•4階

•音が返らない

•床が沈む

•揺れが始まる

•根這い犬

•白い筋より沈みの始点

•幹皮猿

•姿より剥がれた始点

•葉喰い蛾

•揺れた葉より揺れの始点

•4階は始点を取れ


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•4階は、本体より先に環境が喋る階


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり大きかった。

4階がただの「森みたいな階」ではなく、ちゃんと何を学ぶ場所かが見え始めた。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


4階めっちゃ好きだわ


揺れの始点を取れ、かなりいい


次はこの見方が現場で残る回かな


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

次は、この見方が本当に現場の言葉になるかどうかだ。


結人は端末を閉じる。


4階は、まだ始まったばかりだ。

だからこそ、最初の言葉が大事になる。


今日は、その最初の1本が立った日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ