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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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35/63

第35話 名前がついたあと

名前がつくと、嫌さは少しだけ形になる。


昨夜、結人はノートに書いた「偏軸鉱蛇」という4文字を、しばらく見ていた。


減らして見ろ。

選び直せ。

止まるな。

先端を捨てろ。

余韻を捨てろ。

手前を取れ。


3階で積み上げてきたものが、ようやく1つの相手へまとまった。

まだ倒してはいない。

だが、少なくとももう「何と戦っているのか分からない」状態ではない。


ただ、名前がついたからといって勝てるわけではないことも、結人にはよく分かっていた。


偏軸鉱蛇は、3階の下の敵の延長ではある。

だが、延長であるだけに、どこまで今の見方が通って、どこから足りなくなるのかをはっきりさせないといけない。


朝、結人はノートの新しいページに短く書いた。

•偏軸鉱蛇

•頭を見せる

•軸を偏らせる

•先端と余韻を追わせる

•今の手順でどこまで通るか

•どこで開けないか


書いて、ペンを置く。


今日はそこだ。

倒す日ではない。

でも、戦い方を現実に寄せる日ではある。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道 3階 / 偏軸鉱蛇に手順が通るか


配信開始。


「天城結人です。今日は偏軸鉱蛇に、今まで積んできた手順がどこまで通るかを見ます。前半と断層喰いは流して、その先だけ見ます」


同接は13。

立ち上がりがもうかなり安定してきている。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日は実戦確認だな


澪:お願いします


迷子の斥候:名前ついたあとの初戦か


凪:通るところと通らないところを見ろ


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです。通るところと、まだ足りないところを見ます」



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


今日は回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

それから、小さいゼリーを1本。


3階まで行く日の買い方は、もうかなり決まってきた。

前みたいに、その場の残高だけを見て戻すことが減った。

どこで集中が切れやすいかを、ようやく自分の生活の側でも分かってきたからだ。


会計をしていると、いつもの若い探索者が横に来た。


「天城さん」


「はい」


「昨日の偏軸鉱蛇、かなりしっくり来ました」


結人は少しだけ目を上げる。


「ありがとうございます」


「今日は後ろで、どこまで通るか見ます。

名前ついたから、逆に変な思い込みしないようにしたいです」


かなり良い。

かなり今の段階に合っていた。


「はい。

今日は“分かったつもり”にならない方がいいと思います」


相手はすぐに頷いた。


「分かりました」


短い。

でもその短さの方が、今の3階には合っている。


相良環は窓口の奥から結人が近づくなり言った。


「今日は、名前のあとですね」


「はい」


「今朝の報告でも、もう偏軸鉱蛇という言葉が少し混じり始めています」


結人は小さく目を上げる。


「もうそこまで」


「はい」


相良は端末を整えながら続ける。


「ただ、中身はまだ揃っていません。

“偏軸鉱蛇らしいものを見た”は増えていますが、

“どう通るか”はまだかなり薄いです」


その言い方は、かなりありがたかった。

そうだ。

名前がついたからといって、攻略が揃ったわけじゃない。


「今日はそこを持ち帰ります」


「お願いします。

名前のあとに、手順が残るかどうかはかなり大きいので」


その一言が、かなり深く入った。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は今日ついてくる探索者の位置を見ている。

真壁は大盾の位置を少し高くし、三枝は坑道の奥から返る重い音だけを聞いているようだった。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は名前に寄りかからない方がいいな」


「はい」


真壁が続ける。


「偏軸鉱蛇って名前は置けた。

でも、それで分かった気になると危ない」


三枝も小さく言う。


「今までの手順がどこまで通るか。

それだけ見る」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「減らして見る。

選び直す。

止まらない。

先端と余韻を捨てる。

手前を取る。

そこまではかなり揃ってきました。今日は、そのあとに開ける場所があるかを見ます」


坂城が即答する。


「俺は入れる場所だけ探す」


真壁も頷く。


「俺は前の足が止まるか、流されるかを見る」


三枝が前を見たまま言った。


「俺は頭と軸が切れたあと、どこで戻るかを見る」


その一言が、結人の中に少しだけ残った。


戻る。

そうだ。

偏軸鉱蛇は、偏るだけでは終わらないはずだ。


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が6人。

顔ぶれは昨日までとほぼ同じ。

3階はもう「様子見で来る場所」ではなく、「見方を積みに来る場所」へ変わり始めている。



1階層は速かった。


灰鼠。

鉱屑トカゲ。

必要な声だけが飛ぶ。


「終わった入りするな」

「向くな」


もうここは、本当に土台だ。

結人はほとんど口を挟まない。


2階手前も同じだった。


荷喰い虫。

岩層猪。

向き戻し。

手戻し。

足戻し。


「向き戻しするな」

「手戻しするな」

「足戻しするな」


前半の核は、かなり自然な確認の音になっていた。


断層喰いも浅く越える。


「中央寄り持て」

「沈んだ線だけ見ろ」

「左まだ死んでない」


ここまで来ると、3階へ残る集中が前とはかなり違う。


結人は配信へ向けて一度だけ言う。


「ここまでは流します。今日は偏軸鉱蛇に、今の手順がどこまで通るかだけ見ます」


コメント欄が少しだけ速くなる。


炭酸:きた


通り雨:3階後半だ


澪:お願いします


凪:分かったつもりで踏み込むな



3階へ入る。


広い。

線が多い。

音が少し遅い。


その嫌さ自体は、もう前提になっている。

鉱脈蜥蜴が出る。

前の探索者が言う。


「頭いらない。白い筋」


その声で、後ろの探索者の目も迷わず線へ寄る。

坂城が払う。

蜥蜴が壁へ戻る。


斜骨ムカデも同じだった。


「先頭見んな、真ん中だけ」


響き喰いも前よりずっと速く通る。


「軽い音捨てろ!」

「重い擦れだけ!」


双筋蜥蜴もかなり浅い。


「選び直せ!」

「止まるな!」


返鉤守宮も通る。


「先端捨てろ!」

「手前を取れ!」


ここまでは、かなり手順になってきている。

だからこそ、偏軸鉱蛇の異質さが逆にはっきり見える。



最初に偏軸鉱蛇の気配が来たのは、右壁の太い鉱脈からだった。


静かだ。

線が少ない。

なのに、正面だけが妙にはっきりして見える。


前の探索者が、今まで通りに動く。


「減らして見ろ!」


視線を絞る。

次に、


「選び直せ!」


残した重い線の中で、本物を追う。

さらに、


「止まるな!」


踏み替える。


その次に、


「先端捨てろ!」

「手前を取れ!」


そこまでは、かなり良かった。

かなり今まで通りに通る。


だが、偏軸鉱蛇はそこで終わらない。


頭に見える先端を捨てた瞬間、その手前で取った芯そのものが、もう一度だけ内側へ戻る。


外へ折れる。

だから先端を捨てて手前を取る。

そこまでは正しい。

でも、その“手前の芯”さえも固定ではない。

一度だけ、内へ戻る。


結人の背中に冷たいものが走る。


「戻る! 今取ってる手前、まだ固定じゃない!」


前の探索者の足が一瞬だけ止まる。

真壁が中央へ引く。

坂城が、その戻りに合わせて内側へ剣を差し替える。

重い影が、その直前を抜ける。


空振り。

だが、かなり危ない。


前の探索者が荒く息を吐く。


「……手前を取っても終わらないのか」


「はい」


結人も呼吸を整えながら頷いた。


「偏軸鉱蛇は、偏った軸をそのまま通すんじゃないです。

一度だけ戻ります」


三枝が小さく言う。


「偏る。折れる。

そのあと、芯だけ戻る」


真壁も続ける。


「だから下の敵の完成形なんだな」


坂城が短く吐いた。


「かなり嫌だ」


かなり大きかった。

かなり決定的だった。


配信へ向けて短く整理する。


「今かなり大きいです。

偏軸鉱蛇は、偏った軸をそのまま通しません。

折れた先を捨てて手前を取っても、その芯が一度だけ戻ります」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:そこまであるのか


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:下位互換の完成形だな


凪:まだ先があった


まだ先。

かなりその通りだった。



そこで終わらなかった。


少し遅れて、重い擦れ音が来る。


軽い音はない。

重い擦れの中にさらに遅い芯。

そこまでは今まで通りだ。

その余韻を捨てる。

手前を取る。

そこまでもかなり見える。


だが今日は、その音の芯も、切れる前に一度だけ戻る。


余韻の終わりを追わない。

切れる手前の重い詰まりを取る。

そこまでは正しい。

でも、その詰まりが一度だけ内側へ寄る。


結人の喉が少しだけ冷える。


視覚と同じだ。

外へ折れたあと、手前を取る。

そしてその先で、芯だけが戻る。


「音も戻る! 最後の詰まりをそのまま信じないで!」


前の探索者の足が止まる。

真壁が中央へ引く。

坂城が、内側へ戻った芯へ剣を差し込む。


壁の太い鉱脈の影が、その直前を抜ける。

姿はまだ完全には見えない。

だが、もう嫌さの形はかなり揃っていた。


三枝が鋭く言う。


「頭と軸だけじゃない。音の芯も戻る」


かなり大きかった。

偏軸鉱蛇は、下の敵の単なる上位版じゃない。

3階で学んだ全部を、一度深くしたあと、さらにもう1段だけ食い込ませてくる。


だからこそ、完成形だ。



今日はそこで深追いしなかった。


もう十分だった。


名前は置けた。

嫌さの中身もかなり見えた。

今はそれでいい。


帰り際、後ろについていた探索者の1人がぽつりと言った。


「減らす。

選び直す。

先端を捨てる。

手前を取る。

それでもまだ、戻るのか」


結人は、その一言で少しだけ目を上げた。


かなり近い。

かなり良い。


「はい」


それだけ返す。


今は、その短さで十分だった。


配信へ向けても短く整理する。


「今日はかなり大きいです。

偏軸鉱蛇は、3階で覚えた手順を全部要求します。

でも、それだけじゃ足りない。

最後に、取った芯が一度だけ戻ります」


少し呼吸を置く。


「ここが、今の自分たちに足りないところです」


コメント欄が流れる。


炭酸:なるほど


通り雨:勝ち筋見えそうでまだ遠いな


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:ここから攻略になる感じいい


凪:開く場所を探せ


開く場所。

結人にもかなりそう思えた。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ偏軸鉱蛇の中身までは届いていない。

でも、3階の土台はかなり残っている。


「3階は減らして見ろ」

「その先は選び直せ」

「先端捨てろ」

「手前を取れ」


そこまでは、かなり通っている。


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は鉱脈蜥蜴の背甲片。

双筋蜥蜴の双背片。

返鉤守宮の鉤尾片。

響き喰いの擦殻。

どれも高くはない。

でも、今日の持ち帰りはかなり大きい。


相良は鉤尾片を見ながら言った。


「偏軸鉱蛇、どうでしたか」


結人は短く答える。


「見方はかなり通ります。

でも最後に、取った芯が戻ります」


相良の手が少しだけ止まる。


「……戻る」


「はい。

偏ったまま通るんじゃなくて、最後に一度だけ芯を戻します。

そこが、今の自分たちに足りないところです」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり順調ですね」


結人は少しだけ目を上げる。


「順調」


「はい。

名前がついて、通るところが見えて、足りないところも見えた。

その順番ならかなり自然です」


その言い方は、かなり深く入った。


自然。

そうだ。

焦って倒す段階じゃない。

でも、戦い方はかなり近づいている。


「次は、戻る芯にどう入るかを見ます」


結人がそう言うと、相良は端末を返しながら小さく頷いた。


「はい。

そこが開くなら、かなり見えてきますね」


その一言はかなり静かだった。

でも重かった。



帰り道、結人は普通の弁当と小さいヨーグルト、それから安いクリップボードを1つ買った。


3階の記録が増えて、ノートを立ったまま見返すことが増えてきた。

前なら、こういう整理のための小物は後回しだった。

今は必要だと思えたら買う。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、クリップボード、換金票、ノートを並べる。

前より、記録がただ溜まるだけじゃなく、ちゃんと考える道具になってきている。


ノートを開く。

•偏軸鉱蛇

•頭を見せる

•軸を偏らせる

•先端を追わせる

•手前を取らせる

•最後に芯を戻す

•見方はかなり通る

•でもそこにまだ開きがない


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•倒すには、戻る芯が開く瞬間を取る必要がある


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり大きかった。

偏軸鉱蛇の正体が、名前だけじゃなく動きとしてかなり見えた。

そして、自分たちに何が足りないのかもはっきりした。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


偏軸鉱蛇かなり好きだわ


ここで“戻る”の嫌らしさ足すのいい


次は開き方を探す感じだな


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

次は、開き方だ。


結人は端末を閉じる。


次は、戻る芯がどこで開くのかを見る。

そこが見えれば、ようやく偏軸鉱蛇を倒す現実味が出てくる。


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