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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第34話 偏軸鉱蛇

朝、結人は机の上に並べた付箋を順番に見ていた。

•減らして見ろ

•選び直せ

•止まるな

•先端を捨てろ

•余韻を捨てろ

•手前を取れ


ここまで来るのに、かなり時間がかかった。


1階で終わった入りを止めた。

2階で向き戻しと手足の戻りを止めた。

断層喰いで逃げ場を食う壁を越えた。

その先の3階で、見えるものを減らし、選び直し、最後まで追わないことを覚えた。


そこまで積み上げてきて、ようやく今の気配に名前が置けるところまで来た。


結人はノートの新しいページを開く。


昨日の最後に書いた1行を見てから、その下へゆっくり文字を足した。

•3階後半の完成形

•正面を見せて、軸をずらす

•先端を追わせて、手前を通る

•音の芯も渡る


書いたあとで、結人は少しだけペン先を止めた。


かなりそのままだ。

でも、今はそれでよかった。


正面を見せる。

軸が偏る。

その偏り方が一度きりではなく、途中で渡り、折れ、さらに手前へ芯を残す。

3階で覚えた嫌さを全部まとめたような相手に、この名前はかなり合うと思った。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道 3階 / 輪郭に名前を置く


配信開始。


「天城結人です。今日は3階後半の重い個体に、名前が置けるかを見ます。前半と断層喰いは流して、その先だけ見ます」


同接は13。

数字としてはまだ大きくない。

でも、立ち上がりの重さは前より明らかに違う。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日は名前回か


澪:お願いします


迷子の斥候:かなり楽しみ


凪:見えてきたものにだけ名前を置け


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそうします。見えていないものには置きません。見えたものにだけ置きます」



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


今日は回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

それから、小さいゼリーを1本。


3階まで行く日の持ち物は、もうかなり決まってきている。

前みたいに、その場の残高だけでは選ばない。

どこで集中が切れるかを分かってきたからだ。


会計を待っていると、横から声がした。


「天城さん」


振り向くと、この数日後ろについている探索者の1人だった。

昨日、「3階の下は減らす。その先は選び直す。もっと重いやつは手前を取る」と言っていた男だ。


「はい」


「今日、名前つきそうですか」


結人は少しだけ考えてから答える。


「輪郭はかなり近いです。

でも今日、ちゃんと見えたら、です」


男は頷いた。


「その方がいいですね。

俺も後ろで見ます」


短い。

だが、それで十分だった。


相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。


「今日は輪郭に名前を置く日ですか」


「多分」


「今朝の報告も、そこに寄っています」


相良は端末を見ながら続ける。


「“減らして見ろ”“選び直せ”“先端を捨てろ”“余韻を捨てろ”“手前を取れ”

ここまではかなり揃ってきました」


結人は小さく頷く。


「その先は」


「まだ薄いです。

ただ、複数の報告で

『頭を見せている感じが強い』

『筋が1本じゃない』

『蛇みたいだった』

という表現が出ています」


かなり近い。

かなり、今まで見てきた輪郭に近い。


「ありがとうございます」


相良は少しだけ視線を上げる。


「今なら、かなり自然に置けそうですね」


その一言は、かなり静かだった。

でも重かった。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は今日ついてくる探索者の位置を見ている。

真壁は大盾の縁を軽く叩いて感触を確かめ、三枝は坑道の奥から返る重い音だけを聞いていた。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は名前置くか」


「はい」


真壁が続ける。


「下の敵と中位で、3階の嫌さはかなり揃った。

その完成形に名前がつくなら、今日だな」


三枝も小さく言う。


「輪郭だけじゃなく、動きの芯まで見えたら置ける」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「今日は、折れた先の手前と、音の芯の移り方まで見ます。

そこまで揃えば置けます」


坂城が即答する。


「俺は入れる位置だけ見る」


真壁も頷く。


「俺は前の足がどこで止まるかを見る」


三枝が前を見たまま言った。


「俺は頭と軸がいつ切れるかを見る」


その一言が、結人の中で少しだけ残った。


頭と軸。

そうだ。

この3階後半の重い個体は、ずっとそこをやっていた。


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が6人。

顔ぶれはここ数日とほぼ同じ。

3階は、もう「様子見で来る場所」ではなく「見方を積みに来る場所」へ変わり始めている。



1階層は速かった。


灰鼠。

鉱屑トカゲ。

必要な声だけが飛ぶ。


「終わった入りするな」

「向くな」


もうここは、本当に土台だ。

結人はほとんど口を挟まない。


2階手前も同じだった。


荷喰い虫。

岩層猪。

向き戻し。

手戻し。

足戻し。


「向き戻しするな」

「手戻しするな」

「足戻しするな」


前半の核は、かなり自然な確認の音になっていた。


断層喰いも浅く越える。


「中央寄り持て」

「沈んだ線だけ見ろ」

「左まだ死んでない」


そこまで揃っているから、3階へかなり集中が残る。


結人は配信へ向けて一度だけ言う。


「ここまでは流します。今日は3階後半の重い個体を、ちゃんと見て名前が置けるかを見ます」


コメント欄が少しだけ速くなる。


炭酸:きた


通り雨:3階後半だ


澪:お願いします


凪:ちゃんと見えたものだけに置け



3階へ入る。


広い。

線が多い。

音が少し遅い。


その嫌さ自体は、もう前提になっている。

鉱脈蜥蜴が出る。

前の探索者が言う。


「頭いらない。白い筋」


その声で、後ろの探索者の目も迷わず線へ寄る。

坂城が払う。

蜥蜴が壁へ戻る。


斜骨ムカデも同じだった。


「先頭見んな、真ん中だけ」


響き喰いも前よりずっと速く通る。


「軽い音捨てろ!」

「重い擦れだけ!」


双筋蜥蜴も、もうかなり浅い。


「選び直せ!」

「止まるな!」


返鉤守宮も通る。


「先端捨てろ!」

「手前を取れ!」


ここまではかなり手順として残ってきている。

だからこそ、その先の重い個体の異質さが、逆にはっきり見える。



最初に来た気配は、左壁の太い鉱脈からだった。


静かだ。

線が少ない。

だから逆に、目が引っ張られる。


前の探索者が、今まで通りに動く。


「減らして見ろ!」


視線を絞る。

次に、


「選び直せ!」


残した重い線の中で本物を追う。

さらに、


「止まるな!」


踏み替えようとする。


そこまではいい。

今まで通りだ。


だがその次の瞬間、太い鉱脈の先端だけが、頭のようにわずかに持ち上がった。


ただの線ではない。

頭だ。


白い筋でも、尾でも、鉤先でもない。

頭を見せることで、軸の折れ先を餌にしている。


重い線が外へ折れる。

その先端が見える。

しかも、その先端に頭の輪郭が重なる。

だから、見た方はどうしても「そこが本体」だと思いやすい。


だが、本当に通るのはその少し手前。

折れ切る前。

重さが抜ける直前。


結人の背中に冷たいものが走る。


「頭じゃない! 折れ切る手前!」


前の探索者の目が、持ち上がった頭の輪郭から戻る。

真壁が中央へ引く。

坂城が、頭のある先端ではなく、その少し手前の重さが残る場所へ剣を差し込む。


重い影が、その剣をかすめて抜ける。

空振り。


だが、今のでかなりはっきりした。


頭を見せて、軸をずらす。


しかも、そのズレ方は一度きりじゃない。

折れ、渡り、先端を餌にする。


前の探索者が荒く息を吐いた。


「……頭まで餌か」


「はい」


結人も呼吸を整えながら頷く。


「正面を見せて、そこへ視線を寄せます。

でも本当に通るのは、頭のある先端じゃないです」


三枝が小さく言う。


「頭が正面。

軸は別だ」


真壁も続ける。


「しかも途中で折れる」


坂城が短く吐いた。


「かなりそのままだな」


かなり大きかった。

かなり決定的だった。


配信へ向けて短く整理する。


「今かなり大きいです。

3階後半の重い個体は、頭を見せて正面を作ります。

でも本当に通るのは、その頭のある先端ではなく、別の軸です」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:頭と軸がズレてる


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:名前もう出そう


凪:それだ


それだ。

結人にもかなりそう思えた。



そこで終わらなかった。


少し遅れて、重い擦れ音が来る。


軽い音はない。

重い擦れの中にさらに遅い芯がある。

ここまでは今まで通りだ。


だが今日は、その芯が一度右で重く鳴ったあと、少し遅れて左へ渡った。

しかも、その移り方がただの反響じゃない。

まるで頭が向いたまま、胴だけ別の軸へ通るみたいな音だった。


前の探索者が重い芯を拾う。

そこまではいい。


だが、その移り方を見て三枝が鋭く言った。


「音も頭と軸が切れてる!」


かなり近い。

かなりその通りだった。


結人の中で、今までの違和感が一度に噛み合った。


3階の下の敵は、正面が信用できないことを教えた。

双筋蜥蜴は、重い筋が途中で渡ることを教えた。

返鉤守宮は、先端と余韻を捨てることを教えた。

そして今、完成形はその全部を1つにしている。


正面に頭を見せる。

だが本当に通る軸はそこではない。

しかも、その軸そのものが途中で偏っていく。


結人は、その瞬間に名前を口へ乗せた。


「……偏軸鉱蛇」


声は大きくなかった。

でも、かなり自然だった。


坂城が即座に反応する。


「いいな」


真壁も低く言う。


「かなりそのままだ」


三枝は前を見たまま、小さく頷いた。


「頭は正面。

軸は偏る。

かなり合ってる」


そこまで来たら、もう引っ込める理由はなかった。


結人は配信へ向けて、今度ははっきり言った。


「名前、置きます。

3階後半の完成形は、偏軸鉱蛇です」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:きた


通り雨:偏軸鉱蛇


澪:はい


迷子の斥候:かなりいい


凪:ようやく置けたな


ようやく。

本当にその通りだった。



名前がついてからの空気は、少しだけ変わった。


まだ倒してはいない。

まだ勝ち切ってもいない。

でも、分からない嫌さではなくなった。


偏軸鉱蛇。


正面を見せて、軸を偏らせる。

折れた先端を追わせ、余韻を追わせ、その手前を通る。

3階の嫌さを全部まとめたような相手だ。


配信へ向けて結人は短く整理する。


「3階の下は“減らして見ろ”

その先は“選び直せ”

さらに重い個体には“先端を捨てろ”“余韻を捨てろ”“手前を取れ”

それを全部まとめた完成形が、偏軸鉱蛇です」


少し呼吸を置く。


「頭を見せて、軸を偏らせます。

正面に見えるものを信じると遅れます」


コメント欄が流れる。


炭酸:分かりやすい


通り雨:ここまで積んだから気持ちいい


澪:かなり良いです


迷子の斥候:下位互換から全部繋がってる


凪:次は通すだけだ


そうだ。

次は、もう通すだけだ。



今日はそこで深追いしなかった。


名前は置けた。

輪郭も揃った。

今はそれで十分大きい。


帰り際、後ろについていた探索者の1人がぽつりと言った。


「偏軸鉱蛇、か」


結人は少しだけ目を上げる。


「はい」


「かなり分かりやすいです」


その言い方は、前半から何度も聞いてきた。

そしてそのたびに、言葉は残ってきた。


今日も、多分そうなる。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ偏軸鉱蛇の名前までは届いていなかった。

だが、3階の土台はかなり残っている。


「3階は減らして見ろ」

「その先は選び直せ」

「手前を取れ」

「最近3階の言葉が増えたな」


結人はその中を通って窓口へ向かった。


相良環の前に袋を置く。


今日は鉱脈蜥蜴の背甲片。

双筋蜥蜴の双背片。

返鉤守宮の鉤尾片。

響き喰いの擦殻。

どれも高くはない。

でも、今日の持ち帰りは値段じゃない。


相良は鉤尾片を見ながら言った。


「今日は置けましたか」


「はい」


「名前」


「偏軸鉱蛇です」


相良の手が少しだけ止まる。


「……偏軸鉱蛇」


それから、短く頷く。


「かなり分かりやすいです」


今日、それを言われるのは何度目か分からない。

でも、そのたびに少しずつ現実になる。


「頭を見せて、軸を偏らせます。

折れた先端や余韻を追わせて、その手前を通ります」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり自然です。

下から積んできた見方が、そのまま完成形へ繋がっています」


その言い方は、かなり深く入った。


自然。

そうだ。

焦って名付けたわけじゃない。

ここまで来たから置けた。


「次からは、これを通します」


結人がそう言うと、相良は端末を返しながら小さく頷いた。


「はい。ようやく、戦う相手になりましたね」


その一言は、かなり静かだった。

でも重かった。



帰り道、結人は普通の弁当と小さいヨーグルト、それから安い見出しラベルを1つ買った。


整理箱の中で、3階の記録を分ける場所が必要になってきた。

前なら、そういう細かい整理の物は後回しだった。

今は必要だと思えたら買う。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、見出しラベル、換金票、ノートを並べる。

前より、記録がただ溜まるだけじゃなく、ちゃんと章立てされ始めている。


ノートを開く。

•3階の下

•減らして見ろ

•その先

•選び直せ

•さらに重い個体

•先端を捨てろ

•余韻を捨てろ

•手前を取れ

•完成形

•頭を見せて軸を偏らせる

•偏軸鉱蛇


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•今日は、ようやく戦う相手になった


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり大きい。

倒してはいない。

でも、輪郭へ名前が置けた。

下位の嫌さから積み上げてきた全部が、1つの相手へ繋がった。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


偏軸鉱蛇、めっちゃいい名前だな


ここまで積み上げたからめちゃくちゃ気持ちいい


次からは攻略が進む感じだな


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

次からは、もう攻略だ。


結人は端末を閉じる。


次は、偏軸鉱蛇を相手に、今まで積んできた見方がどこまで通るかを本当に試す。

まだ倒す段階ではない。

でも、もう「何と戦っているのか分からない」時間は終わった。


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― 新着の感想 ―
朝のノートの時点で既に偏軸鉱蛇と出てるところに違和感がありました。書き間違えかな?と思いました。
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