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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第20話 線を越える

今日は、断層喰いを越える日だった。


結人は部屋を出る前に、机の上を一度だけ見た。


短槍。

包帯。

回復薬。

栄養ゼリー。

ノート。

端末。


昨日までに必要なものは揃えた。

手入れもした。

休みも入れた。

レベルも2になった。


だから今日は、もう迷わない。


見えた勝ち筋を、そのまま通す。


端末を開き、配信を始める。


「天城結人です。今日は断層喰いを越えます。前半は流して、3階層手前だけ見ます」


立ち上がりの同接は6。

前より明らかに早い。


コメント欄がすぐ動く。


炭酸:きた


通り雨:今日は決着だな


澪:お願いします


迷子の斥候:越える日か


凪:線を外すな


結人は小さく頷いた。


「前半の型は、もう持っていきます。今日は断層喰いの沈んだ線だけ見ます」


そう言って、端末を固定した。



灰石坑道の入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がもう揃っていた。


坂城はいつもより少しだけ前を見ている。

真壁は大盾の留め具を確かめ、三枝は壁と床の継ぎ目から目を切らない。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は切る」


「はい」


真壁が続ける。


「中央寄り維持。壁は最後まで信用しない」


三枝も小さく言う。


「沈んだ線だけ見る。全部の壁は見ない」


結人は頷いた。


「断層喰いが開く前に、噛み筋になる線だけが少し沈みます。そこへ逃げ先と振動が重なると口になる。そこを外します」


それだけで十分だった。


今日は見知らぬ探索者も何人か後ろにつく。

前に話しかけてきた男も、その中にいた。


「3階手前まで、後ろで見ます」


「前に出なければいいです」


結人が答えると、男は頷いた。


「終わった入りしない。向き戻ししない。壁行かない」


短い。

だが、ちゃんと持ってきている。


結人はそこで少しだけ息を吐いた。

前半の積み上げは、もう今日の戦いの前提になっていた。



1階層は速かった。


灰鼠が1回。

鉱屑トカゲが2回。

必要な声だけが飛ぶ。


「終わった入りするな」

「向くな」


それで足りる。


配信コメントも前半では騒ぎすぎない。


炭酸:前半はもう速いな


通り雨:ここで消耗しないのほんと大きい


澪:はい


迷子の斥候:前半が土台になってる


結人は返さない。

今は先へ進む。


2階層手前も同じだった。


荷喰い虫。

岩層猪。

終わった入り。

向き戻し。

手戻し。

足戻し。


全部、必要な時だけ刺さる。


「向き戻しするな」

「手戻しするな」

「足戻しするな」


前より短い。

前より迷いがない。

もうここは、攻略の前提として通り始めている。


そして、その流れのまま3階層手前へ入った。



空気が変わる。


人が減る。

音が返る。

壁と床の線が、嫌になるほど多い。

少しえぐれた逃げ場に見える窪みも、岩陰も、全部が怪しい。


結人はそこで一度だけ配信へ向けて言った。


「ここからです。前半は人の戻りを止める場所でした。ここは、逃げていい線そのものを疑う場所です」


コメント欄が一段速くなる。


炭酸:くる


通り雨:緊張する


澪:お願いします


迷子の斥候:壁が全部怪しい


凪:沈んだ線だけ見ろ


その最後の1行が、かなり今に近かった。


坂城が低く言う。


「中央寄り持て」


真壁が大盾を少しだけ前に出す。


「横へ逃げるな。押されたら中央へ戻る」


三枝が壁を見る。


「右壁、線多い。目散らすな」


全員の声が短い。

かなり良い。


その時、前方の右壁に斜めの継ぎ目が1本だけ鈍く沈んだ。


断層喰い。


次の瞬間、その線がそのまま裂けて口になった。

岩の厚みごと前へ噛み出してくる。


前の探索者が反射で左へ逃げようとする。

だが結人はすぐに分かった。


左は違う。

沈んでいない。

今食うのは右だけだ。


「左は死んでない! 中央寄り!」


探索者の足が止まる。

真壁が盾で中央側へ押し戻す。

右壁の口が空振る。


その直後、三枝が鋭く言う。


「右外、まだ死んでない!」


噛んだ後の外側だ。

結人もすぐに叫ぶ。


「右壁まだ行くな!」


口が閉じたすぐ外の線が、遅れてもう1度裂ける。

空振る。


かなりきれいだった。

前回見た形を、今日は全員で持てている。


坂城が短く言う。


「いけるな」


結人は答えない。

まだ早い。

でも、その通りだと思った。



少し進む。


今度は岩層猪が先に出た。


正面から来る。

前の探索者が避ける。

終わった入りは出ない。

向き戻しも止まる。

足戻しも坂城が止める。


前半の型は、やはりここでも土台だ。


問題はその先だった。


避けた探索者が、猪の勢いに押されて中央から右へ流れそうになる。

その先の壁際に、半歩だけ広く見える凹みがある。

逃げ場に見える。


だが、その凹みの手前の継ぎ目が、ほんの少しだけ沈んでいた。


「右の凹み、食う!」


結人の声で前の探索者が足を止める。

次の瞬間、凹みごと壁が裂けて噛みついた。


空振る。


真壁が低く言う。


「今のだ」


坂城も続ける。


「逃げたくなる場所がそのまま口になる」


三枝は壁から目を切らずに言った。


「だから断層喰いは、線だけじゃなく“逃げたくなる形”を食ってる」


かなり本質だった。


結人はそこで、断層喰いへの見え方がまた1段はっきりした。


ただの地形罠じゃない。

ただの壁でもない。

人が助かると思う形に、線を合わせてくる。


だから怖い。

だから前半の先にある壁になる。


配信へ向けて短く整理する。


「今のかなり大きいです。断層喰いは沈んだ線だけじゃなく、逃げたくなる形そのものに噛み筋を合わせてきます」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:嫌すぎる


通り雨:賢いっていうか悪質


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:人の逃げ方を食うんだな


凪:助かりたがる線が死ぬ


その最後の1行が、かなり深く刺さった。



断層喰いが、今度は真正面の壁から大きく開いた。


今までで1番広い口。

前列の探索者たちが一斉に止まる。

だが、その止まり方が今日は前と違う。


誰も壁へ寄らない。

中央寄りの細い安全帯を、真壁の盾を芯にして持っている。


断層喰いが噛む。

空振る。

その一拍後、外側の線が死ぬ。

それも三枝が拾う。


「まだ死んでない!」


全員がそのまま持つ。

外側が裂ける。

空振る。


その瞬間だった。


結人には、口の付け根へ続く1本の沈んだ線がはっきり見えた。


今までの開き方とは違う。

外へ食う線じゃない。

噛んだあと、閉じるための芯線が沈んでいる。


それが見えた瞬間、結人の中で今までの記録が一度に噛み合った。


開く前の線。

噛んだ後の止まり方。

逃げたくなる形。

全部が今、この1本へ集まっている。


結人は叫んだ。


「芯、そこです! 右下の継ぎ目、閉じる線!」


坂城が即座に動く。

片手剣を下げ、噛み終わった口の外ではなく、付け根の右下へ踏み込む。


真壁が大盾で中央の安全帯をさらに狭く持たせる。


「開いたまま持つ! 散るな!」


三枝が鋭く言う。


「外はまだ死んでない! 坂城だけ入れ!」


かなりきれいだった。

誰も余計に前へ出ない。

前半の型で戻りを止め、中央を持ち、断層喰いの芯だけを開かせる。


坂城の片手剣が、沈んだ芯線へ叩き込まれる。


嫌な音がした。

岩が割れる音と、肉が裂ける音の中間みたいな、断層喰いにしかない音だった。


だが、まだ足りない。


口が閉じかける。

芯線が戻る。

その戻りに合わせて、結人の体が先に動いた。


前へ出すぎない。

だが届く。

その距離だけ、短槍を踏み込ませる。


閉じる線の戻りを、槍先で止める。


結人の短槍が、坂城の剣が裂いた芯線へ細く深く入る。

押し込むのではない。

閉じる形そのものに、支えとして差し込む。


その瞬間、断層喰いが初めてはっきりと崩れた。


口がずれて閉じる。

継ぎ目が揃わない。

噛み筋が噛み筋のまま閉じ切れず、岩壁全体にひびが走る。


坂城が叫ぶ。


「そのまま持て!」


真壁が盾で中央を支える。

三枝が外側の死んでいない線を拾い続ける。


「左外まだ生きてる! そこ行くな!」


結人は槍を引かない。

引いた瞬間に、また閉じて揃うと分かったからだ。


断層喰いは、助かると思う線を食う怪物だ。

なら、閉じて戻る線をずらしたままにすればいい。


結人は歯を食いしばり、槍を押し込む。


その一拍あと、断層喰いの口そのものではなく、壁全体の継ぎ目が一度に崩れた。


岩が落ちる。

線が割れる。

嫌な重い音と一緒に、口が二度と揃わない形で沈んでいく。


静かになった。


全員、すぐには動けなかった。


配信コメントだけが一気に流れる。


炭酸:うわああ


通り雨:入った


澪:……!


迷子の斥候:越えた


凪:そこで止めるか


灰野:記録が刺さったな


結人は、その言葉を追う余裕がなかった。

ただ、目の前の壁がもう口にならないことだけを見ていた。


断層喰いは、死んでいた。



最初に息を吐いたのは坂城だった。


「……越えたな」


真壁も大盾を少し下ろす。


「越えた」


三枝が壁の残った線を最後まで見てから、ようやく言う。


「もう死んでる」


その3人の声で、結人の中の緊張が少しだけ切れた。


短槍を引く。

槍先に、石とも肉ともつかない灰黒い芯片がついている。

真壁がそれを見て低く言う。


「核だな」


結人は静かに頷いた。


断層喰いの芯片。

これが、今日持ち帰るものだ。


前にいた探索者が、呆然とした顔で結人を見る。


「あれ、そこへ入れるのか」


結人は少しだけ息を整えてから答えた。


「閉じる線が見えたので」


坂城が苦く笑う。


「普通は見えねえよ」


その言い方が、今日は少しだけ嬉しかった。


結人は配信へ向けて、やっと短く言った。


「断層喰い、越えました」


たったそれだけだった。

でも、かなり十分だった。


コメント欄はまだ流れ続けている。


炭酸:おめでとう


通り雨:初ボス撃破だ


澪:お疲れさまです、本当に


迷子の斥候:気持ちいい


凪:ようやく1本だ


1本。

その言い方が、結人には妙にしっくりきた。


最初の壁を越える1本。

次へ伸びる1本。

多分、そういう意味だった。



3階層の先へ、全員が少しだけ足を入れた。


深くは行かない。

今日はそれでいい。


ただ、3階層手前と違って、もう「ここなら噛まれる」という圧がない。

それだけで、空気がまるで違っていた。


壁の線はまだある。

だが、目の前の1番太い嫌さは消えている。


前の探索者が小さく言う。


「……初めて、ちゃんと先がある」


その一言は、かなり深く入ってきた。


ただ勝った、ではない。

ただ倒した、でもない。

先がある場所に変えた。


結人はそこで、ようやく今日の撃破の重さを少しだけ受け取れた気がした。



政府ギルドへ戻る頃には、結人の体はかなり重かった。

だが、気持ちは前よりずっと静かだった。


換金列の空気が、明らかに違う。


「断層喰い、越えたらしい」

「まじで」

「3階手前のやつ」

「天城たちだろ」


名前ではなく、まず壁の方が話題になっている。

それが今はかなり良かった。


相良環の窓口で、芯片を置く。


彼女はそれを見た瞬間、ほんのわずかに目を見開いた。


「……断層喰いの芯片ですか」


結人は頷く。


「はい」


相良は手袋越しにその芯片を持ち上げる。

灰黒い。

重い。

表面に、断層みたいな細い線が何本も走っている。


「初回撃破報告、になりますね」


その一言が、かなり現実だった。


結人は少しだけ目を上げる。


「初回」


「少なくとも、窓口に正式に持ち込まれた記録としては初です」


相良はそれ以上大きくは言わない。

でも、声が少しだけ違った。


査定額は、今までで1番高かった。

荷喰い虫や岩層猪とは、明らかに桁が違うわけではない。

それでも、芯片1つで今日の換金はかなり大きい。


相良は端末を返しながら言う。


「今日は、休んでください」


結人は小さく笑った。


「はい。明日は測ります」


相良も頷く。


「その方がいいです」


それで十分だった。



帰り道、結人は売店で少しだけ立ち止まった。


今日は、前より良い弁当を買っていい。

そう思えた。


焼き魚じゃなく、肉がちゃんと入っているやつ。

それに、いつもより少し高いスポーツ飲料。

あと、帰りのために甘いゼリーを1つ。


前なら迷った。

今日は迷わない。


部屋へ戻る。

机の上に弁当、飲み物、ゼリー、換金票、断層喰いの控え票を並べる。


ノートを開く。

•断層喰い撃破

•逃げ場を食う壁

•沈んだ線

•閉じる線

•そこへ入れた


そこまで書いて、結人は少しだけ止まった。


それから、下へもう1行だけ足す。

•初めて、壁を越えた


書いてから、しばらくその文字を見ていた。


前半をまとめた。

政府ギルドに伝わった。

3階層手前の壁を見た。

勝ち筋を持ち帰った。

そして今日、越えた。


ここまで来るのに、かなり時間がかかった。

でも、その時間がそのまま槍先に乗った気がした。


端末を見る。

コメント欄はまだ止まっていない。


今日はすごかった


断層喰い戦、めっちゃ良かった


天城の配信ちゃんと見ててよかった


次は測定か


結人は、その最後の1行で少しだけ目を細めた。


そうだ。

明日は測る。

そして休む。


今日は勝った。

だから、ちゃんと休んで受け取る日がいる。


結人は端末を閉じた。


部屋の中はまだ狭い。

でも、前より少しだけ「ここまで来た」と思える場所になっていた。


断層喰いは死んだ。

3階層手前の壁は越えた。

次からは、もう少し先の景色を見ることになる。


そのことが、疲れの奥で静かに熱を持っていた。


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