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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第17話 2になる日

今日は潜らない。


朝の時点で、結人はそう決めていた。


3階層手前に壁があると分かった。

断層喰いが、逃げ場に見える線を食うと見えた。

そこまで行ったなら、次にやることは無理にもう1回入ることではない。


測ること。休むこと。整えること。


今の自分がどこまで来たのかを、1度ちゃんと見る日だ。



政府ギルドの測定室は、朝の早い時間だと少しだけ冷たく感じる。


白い。

静かだ。

現場の汗や石粉を、そのまま数字へ変えるための部屋みたいで、結人はまだ少し苦手だった。


認証を済ませ、所定の位置に立つ。

壁面の淡い光が走る。

身体の外周をなぞる線。

胸の奥を薄く通る振動。


前回は、まだ上がっていなかった。

でも、適応と生存精度の伸びは珍しいと言われた。


今回は分からない。

ただ、前より「測ってもいい」と思えるだけの積み上がりはある。


光が切り替わる。

測定終了。


結人が外へ出ると、相良環が窓口の脇で端末を持って待っていた。


「確認されますか」


「はい」


端末を開く。


表示された数値を見た瞬間、結人は少しだけ呼吸を止めた。


レベル2。


前より大きく伸びていた総合値が、ついに段を越えている。


結人は画面を見たまま、しばらく何も言えなかった。


2。

 

たったそれだけだ。

理論上の上限は10。

国内最高記録は7。

その中の2。


決して高くはない。

上位者の足元にも届かない。

坂城たちと比べても、まだ戦闘職としては明確に下だ。


それでも、前の自分とは違う。


相良が静かに言う。


「上がっていますね」


結人は小さく頷いた。


「……はい」


「今回も、討伐数だけで説明できる伸び方ではありません」


相良は端末を見ながら続ける。


「適応、生存精度、探索の安定度。その反映が大きいです。

かなりこの数週間らしい上がり方ですね」


結人はその言葉を、画面より長く見ていた気がした。


探索の安定度。


それは、妙にしっくりくる。

強敵を斬り伏せた結果ではない。

終わったと思うのを遅らせて、向きを戻しすぎず、手足を帰しすぎず、死ぬ形を減らしてきた時間が数字になっている。


派手ではない。

でも、確かに自分のやってきたことだった。


「2、ですか」


結人は自分で言ってみる。

口に出すと、画面の中の数字がやっと現実に近づいた。


相良は小さく頷く。


「はい。

ここから急に別人みたいに強くなるわけではありません。

でも、今までの積み上げが“たまたま”ではなくなったとは言えます」


その言い方が、かなり深く入った。


たまたまではない。


結人は、そこでようやく小さく息を吐いた。


「……ちゃんと、上がるんですね」


相良は少しだけ目を和らげた。


「上がるべきものが上がった、という感じです」



測定室を出たあと、結人はすぐには潜る気になれなかった。


今日は休む。

さっきまで決めていたことが、数字を見たあとでさらに正しく思えた。


2になったからこそ、今日は休んで整えた方がいい。

そういう感覚だった。


政府ギルド前の売店で、結人は少しだけ長く棚を見た。


回復薬。

包帯。

靴底補修材。

保存食。

乾燥スープ。

それから、前から見ていた少しだけ厚手の手袋の内布。


結人は今日は迷い方が前と違うことに気づく。

買えるか買えないか、ではない。

何を先に整えるべきか、で迷っていた。


最終的に、厚手の手袋の内布と、少し良い保存食を2つ、回復薬を1本買った。

それから、昼用に焼き魚の入った弁当も。


袋を受け取った時、売店の年配の店員が言った。


「最近、灰石坑道前でよく声かけられてる兄ちゃんだろ」


結人は少しだけ目を上げる。


「……そう見えますか」


「見えるよ。前は端で静かに買って、静かに入っていく顔だった」


店員は笑うわけでもなく続けた。


「今は、静かだけど周りが見てる」


それは少しだけ落ち着かなかった。

でも、嫌ではなかった。


結人は袋を受け取り、小さく頭を下げる。


「ありがとうございます」


店員はそれ以上何も言わない。

そのくらいがちょうどよかった。



昼前、部屋へ戻る。


まず洗濯をした。

探索用のインナー、タオル、手袋の内布、普段着。

洗濯機を回している間に、短槍の手入れをする。


穂先の曇りを落とす。

石突きを拭く。

巻き布を調整する。

買ってきた厚手の内布を手袋に合わせる。


前より、手入れの順番が少し分かるようになっていた。

何が先に傷むか。

何を先に替えると、次の1回が楽か。

そういう小さいことが、前より自然に見える。


部屋の机も少し整えた。


ノートを右。

端末を中央。

換金票を左。

予備の包帯と回復薬は手の届く棚へ。

研磨石と替え布はまとめて小箱へ入れる。


狭い部屋は狭いままだ。

安い家具しかない。

でも、前より「ただ寝る場所」ではなくなってきている。


次の探索へ戻る場所になり始めていた。


洗濯が終わる。

服を干し、弁当を開く。

今日はちゃんと座って昼を食べる。


白飯。

焼き魚。

卵焼き。

漬物。

味は普通だ。

でも、前より明らかに「まともな昼」だった。


結人は箸を止めて、少しだけぼんやりする。


レベル2。


数字は小さい。

でも、今の自分には大きい。


前は、ただ死なないように潜っていた。

今は、死ぬ形を減らしながら前へ進める感覚がある。


それは「強くなった」というより、雑ではなくなってきたに近かった。


自分を見る目も、少しだけ変わる。


まだ弱い。

まだ足りない。

でも、前より自分の判断を信用できる場面が増えた。


それだけで、数字の意味は十分だった。



午後、休みだからこそ見ておきたいものがあった。


上位者の配信だ。


結人は端末を開き、一ノ瀬綺羅のアーカイブを再生した。

続けて火澄圭の切り抜きも開く。


速い。

軽い。

重い。

鋭い。


綺羅の終わりは綺麗だ。

火澄の終わりは押し切る。

どちらも、自分とはまるで違う。


けれど今日は、前みたいな「遠い」だけでは終わらなかった。


レベル3になったから急に近くなったわけではない。

差は相変わらず大きい。

ただ、何が違うのかを前より少し言えるようになった。


綺羅は終わらせたあとまで崩れない。

火澄は崩れる前に終わらせる。

自分は、崩れ始める形を拾っている。


方向が違う。

だから今の自分が無意味ということではない。


その整理がつくだけで、上位者の配信を見る苦さが少し減った。


結人はメモに短く書く。

•綺羅

•終わりが綺麗

•火澄

•終わりを押し切る

•自分

•終わる前に崩れを拾う


その3行を見て、端末を閉じた。


前より、自分の位置が分かる。

それも今日の変化だった。



夕方、政府ギルドから帰る探索者の多い時間に合わせて、結人は少しだけ外へ出た。


消耗品をもう少しだけ見たかったし、部屋の中だけにいると頭が固くなりそうだった。


入口前を通ると、見知った顔が何人かいる。


そのうちの1人が結人を見るなり、少しだけ背筋を伸ばした。


「天城さん、今日は潜ってないんですね」


前なら、そんなふうに自然に話しかけられることはなかった。


「休みです」


「そうなんですね。

昨日の3階層手前、やっぱり壁際まずいですか」


結人は立ち止まり、短く答える。


「前半ほど素直じゃないです。

壁が逃げ場に見える時ほど気をつけた方がいいです」


相手はすぐに頷いた。


「分かりました。

最近、灰石坑道行く時に配信見てから入るようにしてます」


それはかなり静かな一言だった。

でも、重かった。


配信見てから入る。


数字の上ではまだ小さい。

それでも、誰かの入り方を変える程度には残っている。


少し離れたところでは、別の探索者2人が小声で話していた。


「終わった入りの人、今日休みか」

「昨日3階手前まで行ったらしい」

「マジか」


名前ではなく、見ているものの方で覚えられている。


それも、今の結人にはかなり合っている気がした。



夜、部屋へ戻る。


買ってきた保存食を棚へ入れ、回復薬を小箱へしまう。

洗濯した服は乾いている。

机の上も、朝よりさらに整って見えた。


結人はノートを開き、今日のことを書く。

•レベル2

•休み

•手袋の内布を替えた

•回復薬を買い足した

•焼き魚の弁当

•自分の位置が少し分かった

•見る目が少し変わっていた


最後の1行だけ、少し迷ってから書いた。

•前より、自分を雑に扱わなくなった


書いてから、しばらくその文字を見ていた。


これが今日いちばん大きい変化かもしれない、と思った。


強くなったから大事にする、ではない。

大事にするだけの積み上がりが、自分の中にできてきた。


それは生活にも出る。

道具の手入れにも出る。

食べるものにも出る。

休む日を休むことにも出る。


前の自分には、そこが少し足りなかった。


端末を開く。

今日の配信はしていない。

でも、アーカイブのコメントは少しずつ増えていた。


測定どうだったんだろ


今日は休み回か


灰石坑道の人、最近ちゃんと休んでていいな


結人は、その最後の1行で少しだけ目を止めた。


ちゃんと休んでていいな。


そう見えるのか、と少しだけ不思議に思う。

でも、前よりは自分でもそう思えた。


今日は休んでよかった。

測ってよかった。

整えてよかった。


明日から、また3階層手前へ行く。

今度は、ただ壁に触るためじゃない。

断層喰いを、最初の壁として越えるために。


結人は端末を閉じる。


狭い部屋の中は、前より少しだけ暮らしやすくなっていた。

数字も、生活も、周りの目も、全部が大きく変わったわけじゃない。

でも、確かに前とは違う。


今日はその違いを、ちゃんと休んで受け取る日だった。


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