二十八幕 交差する思い
「……ザック、私なら大丈夫」
私の葛藤を知ってかアリスが声をかけてくれる。
確かにアリスなら大丈夫かもしれない、精霊のリーダー格に成れた彼女なら私の予想なんて超えてくる可能性は十分にある。
しかし、大丈夫であるという保証は一切ない、こんな実験なんて命をかける価値なんて……。
「……ザック」
おそらく今私は非常に険しい顔をしているだろう、もし成功すれば魔術界の革命だ、まして理想通りに行けば『役』に対抗する手段としてこれ以上のものはないだろう。
「アリス、駄目だ」
それでも私はこう答えるしかない、アリスは私に残された唯一の家族なのだから。
「どうして……どうしてなの」
アリスは悔しそうにしている、こんな彼女を見るのは初めてだ。
「これが成功すればザックは皆に逢えるかもしれない、『役』に対抗するために長年頑張ってザックが見つけた答えのはず」
あぁそうだ、この方法を見つけるまでに30年はかかった。
「私は大丈夫、ザックの目的には私を使うのが一番いいはずなのに……どうして」
あぁ……確かにアリスなら素材としてはこれ以上ない存在だろう。
「私はザックのために成りたい、ザックのためなら死んでもいい、お願い……私を使って」
…………
………………
静寂が研究室を包み込む、泣いているアリスに声をかけることも忘れて立ち尽くす。
…………
………………
「止めてくれよ……」
ようやく出た言葉はそんな言葉だった。
「止めてくれよ! 私はアリスを使わないって決めたんだ! そのために研究を続けた! そのために他の精霊の協力も得た! あと少しなんだ! あと少しで安定させる方法が見つけるはずなんだ! 確かに答えは見えている! 確かに勝算は十分にある! でもダメなんだ! 百パーセントの完全正解を見つけないと必ず危険が伴う! そんな危険にアリスを……家族を晒すわけにはいかないんだ!」
怒鳴り付けるように、今まで溜め込んだ全てを吐き出すように、あるいは悲嘆するようにも見えただろうか。
もう私は耐えられない、また家族を失うとするならば、私はもう立ち直れないだろう。
アリスだけが心の拠り所なんだ、そんなアリスを危険に晒すなんて……私にはできない。
「……! ……馬鹿!」
怯えるように、今までアリスが出したことないであろう声量でそれだけ告げ、アリスは消えていってしまった。
あぁそれでいい、今アリスがここにいたら、私は取り返しの付かない過ちを犯していたかもしれない。
「ここが私の才能の限界なのか……いいやまだだ、まだ私は止まるわけにはいかない、皆のためにも、ルナ先生のためにも」
巷で言われているような『月』がルナ先生なわけがない、絶対今もどこかで皆をかばってどこかに居るはずだ。
「待っていてくれ、今助けるから」
立ち止まるわけには……いかないのだ!
アリスが居ない今しかないだろう、アリスを……家族を守れるならば私はどれだけでも堕ちてやろう。
「シル、すまない、力を貸してくれ」
アリスのお陰で知り合うことができた精霊のシル、精霊の中でもシルフィという分類になるらしいので、そこから取ってシルと呼んでいる。
「……(コクッ)」
シルと話すことは私にはできない、アリスが居たなら分かるのだが……。
いいや駄目だ、アリスを求めてどうする! これは私一人で成すしかないのだ!
「ではいくぞ……」
これ以上アリスに背負わせるわけにはいかない!
…………。
ザックだけが私を見つけてくれた。
ザックだけが私を見ることができて、私の孤独を満たしてくれた。
ザックだけが私を助けてくれた。
誰に声をかけても反応はなかった、魔力を少し分けてくれるだけでいいのに誰も私を助けてくれなかった、ザックだけが何も言わずに私を助けてくれた。
ザックは私の全てだった。
もし子供のザックがあの時私を見つけてくれなかったら、私は孤独と疲労に押し潰されて消えてしまっていただろう。
「……月」
空には月が浮かんでいる、太陽の光を隠すように、浮かび続けている。
何故か植物の成長には影響がないみたい、健康にも問題ないみたい。
でも気分はいつまで立っても晴れることはない。
「……ザック」
今日ザックは怒っていた、怖かった。
思わず逃げ出したけど……何で怒られたか分からない。
どうしてザックは怒ったの? どうしてザックはあんなに苦しそうな顔をしてたの?
分からない、ザックは家族は助け合うものって言ってたのに。
ザックは私が私のことを知るために尽力してくれた、ザックはメアさんと友達の為に人生を賭けた。
なのにどうして……私がザックの為に全てを賭けるのはダメなの? 私はザックの家族じゃない? でもザックは私を家族って言ってくれる。
「分かんない……分かんないよぉ……」
いつまでも暗くていつまで経っても心は晴れない、でも、私の滲んだ瞳には月明かりが優しい光にも思えた。
勇者一行はあの後、少し考えたいと言って帰っていった。
今日の凱旋とは無関係だったらしい、打診はされたけど断ったそうだ。
何故断ったかは知らない、しかし儂の情報にだいぶ期待をしていたのだろう、思い詰めた表情をしていた。
詳しくは話していないが、恐らく察したのだろう、これは精霊を殺す技術だと。
そうだ、それでいい、こんな技術は無い方がいいに決まってる。
だから儂だけでいい、精霊を殺す罪を背負うものは、そうでなくてはならない、それがシルに対しての儂の償いだ。
「アリス、すまんの」
儂は繰り返し謝るしか術を知らない。
「……大丈夫、ずっとついてるから」
昔は確かに一度喧嘩した、お互いの認識の違いから、願いの違いから。
しかし今は違う、一人で背負うのはお互いに対しての裏切りである、そう思える程にアリスと話し、願いを合わせた。
「明日は儂らから訪ねてみようかの、もしかしたら連れていってくれるかもしれん」
希望は最後まで捨てない、それが儂の意地であり、アリスとの約束だ。
「……お休みザック」
「あぁお休み、アリス」
眠る直前に見えた窓の外の月が、希望ができたからか今日は珍しく優しい瞳で見れたように思えた。
ずっと傍らでザックが眠るまで待ち続けた。
「……ごめんなさいザック」
今私が考えてることはザックに対する裏切りだろう、でも、それでも私はやるべきだと思う。
ザックは絶対に最後まで諦めない、だから私も最後までザックを信じ続ける。
「……ごめんなさいザック」
何度でも謝ろう、そうすることで迷いが晴れるなら。
私は私の全てを以てザックの支援をする、そう……全てを。
どれだけ怨まれようと、ザックは私の全てなの、例えザックに恨まれようと、私はザックに全てを託すの……。
「一緒に……ですか?」
昨日決めたように、今日は『力』の勇者のもとを訪ねた。
「そうじゃ、ダメかの?」
「辞めた方がいいですよ? 足手まといだとは思いませんが、帰ってこれない可能性の方が高いです」
勇者一行は一行で昨日の討伐隊とは別にルナ先生の下に行くつもりだったらしい、儂が行けるとしたらここしかない。
「それくらい分かっておる、分かっておるが行かねばならんのじゃ」
「どう思う?」
勇者は他の二人に意見を聞いている、今は祈るしかない。
「止めた方がいいと思います、私たちが『月』を倒した後に繋ぐための者が居ないと国が回りません」
「何か事情があるんでしょ? 自己責任になるけど連れてってもいいんじゃない?」
「意見が分かれたな……よし、アドネには悪いけど連れていこう」
「おお! ありがとうございます!」
正直駄目だと思っていた、討伐隊に何度アタックをかけても見向きもされなかったと言うのに、この勇者は意見を聞いた後ノータイムで返答してくれた、本当にありがたい。
「ただし、僕たちがこれ以上無理だと判断したら戻って貰います、その時は一人で戻ることになるので気を付けてください」
「分かっております、そこまでお手数はおかけしません」
「そして最後に、絶対に死なないで下さい、僕たち三人は『役』です、庇う必要はありません、キツイと判断したら何も言わずに直ぐに逃げてください、それと、死に場所を探しているということなら迷惑ですので同行は控えて頂きます」
ほぉ……これはなんとも甘い、いや、若いと言うべきじゃろうか。
「……分かりました勇者様、『役』の皆様の足を引っ張らぬようできるだけ範囲で頑張らせて頂きます」
最後の条件は微妙じゃな、そもそも魔術で無理矢理体を動かしている現状、役目を果たして気が抜けたら、そのまま動けなくなる可能性もありうる。
バレないように隠しながらか……キツイ旅路になりそうよのう。
「それでは二日後に出発の予定です、準備は各自で行ってください、必要なものは分かりますか?」
「大丈夫でございます、儂も最近旅をしていた身故に、準備にそう時間はかかりませぬ」
「それはよかったです、それなら明日の昼に伺いますので、その時に打ち合わせ等を行いましょう、
『月』まではそれなりに長い道のりになることが予想されますので、連携等は確認しながらになりますが、何ができるかの確認はしておきたいので」
「畏まりました、では明日の昼頃に御待ちしております」
「それでは僕たちも準備がありますのでこの辺で、本当に無理はなさらないで下さいね?」
「分かっております」
行けるとなれば話は早い、色々準備を始めるとしよう、色々との……。