BGB 第九話 「夢であえたら」
「嘘だろ……」
目に映ったのは暗がりの伽藍堂。
慌てて自身の“世界”との接続を確認する。
異常はない。
「……」
恐る恐る社の中へと歩みをすすめ、神器があったはずのところを探る。
手は、空を切った。
「……どうなってやがる……?」
消えた、という現実。
「ひとりでに移動した……?あるいは奪われた?」
最後に見た神器の姿を思い出す。
その時、黄金の刃に触れたタイヨウは社の外にはじきとばされ、身体を起こした時に
はすでにその扉は閉ざされていた。
あの時はまだ存在を扉ごしに感知できていた気がするのだが。
「メイに話聞くしかねぇか」
思案する。
そもそもタイヨウはあの神器について何も知らない。
ただソレを通して神を見ただけだ。
いつからここに置かれてあったのか。
その術式的性質、そんな基本的なことさえタイヨウは確認できていなかった。
「……今更ながらえらいもん見ちまったな」
神器に思考をのばすとどうしても神に思い当たる。
その、裸身。
「……ッ」
バツが悪くなり頭をかいた。
「とりあえず戻ろう。メイに話聞かねぇとどうしようもねぇ」
多くの謎だけを抱えてタイヨウは家へと歩みを戻した。
「あら、どうかしたのタイヨウ。辛気臭い顔をして」
開口一番、メイがタイヨウの表情を見てそう言った。
「メイ、タイヨウが辛気臭いのはいつものことです。だいたい枯れてます」
「あら、それもそうだったわね」
「おいメイド共。表出ろ、ぶちのめしてやる」
思わず流れるように喧嘩を買ってしまった。
「威勢のいいこと。で、どうしたの、タイヨウ」
何かあったのでしょう、と茶をすすりながらメイは問うた。
その冷静さにタイヨウも本題を思い出す。
「なぁメイ、あの神器、いつからあそこにあるんだ?」
「……さぁ?詳しくはわからないわ。私たちもこの世界に来たのは最近のことだし」
「そうか……」
アテが外れた。
という思いが顔に出たのだろう。
「残念だったわね、知りたいことが知れなくて」
「……見透かしたみたいに言うんじゃねぇ」
ほんの少しではあるが、メイのそう言ったいいまわしはタイヨウは好きではなかった
。
「察するに神器に何かあったのかしら」
こういう部分。
今日に関してはタイヨウがあまりにわかりやすかったというのもあるが。
「……さっき見に行ったんだよ。そしたらなくなってた」
タイヨウのにメイとリアは目を丸くした。
「なくなったですって……?」
「あぁ。だから確認したいことがいくつかある。いいか?」
「えぇ……いいわ」
クールを身体にしたようなメイでさえ動揺を隠せないでいる。
リアに至っては固まっていた。
「まず一つ、この世界には俺たち以外に誰がいる?」
盗まれたという可能性。
それをタイヨウは疑った。
ひとりでに動くものは神器以外でもそれなりに存在する。
しかしそれは術者、主と繋がっている状態での話だ。
主不在の状態で動くものなど、聞いたことがない。
さらに、現状においてタイヨウは敵が来ることを疑っている。
その敵という存在。
ゆえにその敵たるだれかが持ち去ったというのがタイヨウの中では最も妥当な考えで
あったのだが。
「神だけよ。この世界は、作り出したその主と私たちしかいないわ」
「俺以外に誰かが侵入した形跡とかは?」
「それはないわ。ねぇリア」
「えぇ、仮に主の用意した別の門からこの世界にまともに接続しようとした場合、この
世界にヒビが入ります」
「ヒビ?」
「はい。ゆえに侵入者はいまのところ誰もこの世界の中には存在していないかと」
「……なるほど」
「そもそもあの神器は人を拒むはずよ。あなたも身に覚えがあるでしょう、タイヨウ」
捨てきれない疑念を、メイが打ち捨てる。
その言葉を聞いて、タイヨウは右手の痕を見る。
痣、というほどではないがはっきりと残った痕。
その痕を見ながら
「なら盗まれた線はないとして、あの神器がひとりでにあるいは何かに移動したってのはありえるのか?」
考えていたうちの一つの線が消えた。
なら次に切り替える。
そちらの方がよっぽど可能性は小さいように思えるが。
「それはなんとも言えないわね。そもそもわたしたちはあそこに神器があるのはわかっていたけれど、直接見たわけではないし、さっきも言った通り、いつから置かれていたかも知らない」
だから、と。
冷静なメイは続けた。
「わからない、としか言いようがないわ」
「……そうか」
結局のところ、なくなった神器に関しては、なんの手がかりも得られなかった。
「ところでタイヨウ様、その右手の痕は解析できないのですか?」
リアがタイヨウの右手を見ながら無表情に言う。
「……あぁ全くもってわからん。だいたいの術式、つうか魔法に関しちゃ陣を視りゃ“方位”と“陰陽”くらいはすぐわかるもんだが。この痕に関しちゃその二つさえわからない」
あるいは神器にふれたときにたまたまついただけであって術式ですらないのではないかとさえ、タイヨウは考えていた。
「痛みなどはないのですか?」
「特にねぇ、ありがとな」
無表情ながらリアは心配し、それに礼を返す。
言った通り、痛みは全くない。
本当にただ、タトゥーのように肌の表面に浮かび上がっている。
ただそれだけ。
もしかすると、一晩もすれば消えているかもしれない。
そんな気配は微塵もないが。
「いや、待てよ……」
消す、痕が消える。
そうじゃない。
今、何かが引っ掛かった。
痕は、タイヨウの身体についた余分なものだ。
なら。
「やってみるか」
手を口にあて、脳に血をめぐらせる。
「少し、集中しなきゃなんねぇ。外で作業してくるからハクが来たらごまかしといてくれ」
「わかりました」
そう言ってから気づく。
「……ハクは?」
「ハク様ならもうお休みになっていらっしゃいます」
「ならいいや。ちょっと出てくる」
それだけ言って、タイヨウは外に出た。
まっすぐ“城”へと向かう。
「“開門”」
その中心に座る。
あぐらをかき、左右の手で印を組む。
そして目を閉じた。
瞑想。
それは現代において、リラックスの一貫とされうるが元々をたどれば術式の一つだ。
その効果は型によって様々あるがタイヨウが行ったのは“自分”という属性の消去である。
瞑想は世界との同化を成す術式だ。
それにより、自分を純化し、存在を強固にする。
むろん、一般社会に流布されているようなただ眼をつむるだけではまともな効果はない。
それなりの手順、方法がある。
今回、タイヨウはそもそも自身と“世界”を術式によって接続していたこと、そして“城”によりその接続を高めていたことで本来やるべき手順を省略した。
その繋がりに意識を集中させる。
静かに、静かに水に潜っていくような感覚。
肉体の内と外の境界を認識し、薄く薄く、そして消していく。
“自分”を“世界”に委ねていく。
ただ自分だけだ。
それ以上でも以下でもなく、タイヨウの知る己自身を“世界”になじませ溶かしてゆく。
コントロールという言葉の域をはるかに超えた、極限なまでに微細な力の操作。
ほんの少しでも加減を誤れば、自我を失いかねないモノ。
そういったレベルのことをタイヨウはやっていた。
それだけのことを思いついて、すぐに実行に移す程度には己の力のコントロールという点でタイヨウは絶対の自信を持っていた。
自分にはこれまで名を残してきた、偉大な術者たちのような圧倒的な力の総量はない。
質についてはそれなりだが連綿と血統の操作をし、幾年もかけて作り上げた家にはやはり劣る。
その二つは生来のもので、後天的にどうなるものでもない。
だから、そのコントロールを、制御を磨き、高め、仕上げる。
“城”をはじめとした“連鎖術式”もそういう制御の中で作り上げた。
少ない力を、極限まで無駄をなくし、限界を無視して利用しつくす。
それがタイヨウのやり方だ。
一つ一つ、軽くこなすようなものでさえ、通常の術者からすれば砂漠で宝石の粒一つを見つけ出すほどに微細。
むしろ効率が悪いと切り捨てられるようなやり方。
しかしタイヨウにはそれ以外のやり方がない。
だから愚直に、己のやり方を貫き通す。
そうして、目標にたどり着く。
“自分”を“世界”に溶かし切って残るは“自分”についた付属物。
右手の痕から浮かび上がるのは金色の陣だった。
「……なんだコレ」
目を通す。
その術式の基本方位はこの世界と同じく「王」
そしてやはり陰陽がない。
「王が基本なら陰だろうが陽だろうがどっちにしろ属性は火だが……」
ただその陣だけでわかるのはそれだけだった。
そこからどういった現象、効果が現れるのか、それがわからない。
「どっかで見たような気がすんだけどな」
一重に陣といっても、その形は多種多様だ。
大抵は円を中心とし、その内部に図や文字を描いていくものが最も多いが、四角であったりあるいは星である場合もある。
これといった正解はない。
同じ効果をもつものであっても、発動する人間によってその陣の有様は形を変える。
ただ一般に、陣に描かれているものが複雑であればあるほど、他者が見たときに分かりづらく、対処しにくいものとなる。
逆に陣が単純であれば、何が起こされるのか、あるいはその効果などは容易にわかるということだが。
しかしタイヨウの眼前にあるものはそれなりに単純なものではあるのに、タイヨウが理解しきれないでいた。
タイヨウの連鎖術式はその場における符の組み合わせで、陣を新たに作り出し、術式を行使するというものだ。
ゆえに彼は、なるべくその手段を増やせるよう数々の陣のパターンを見、実践し、身に染み込ませている。
だからこそ、困惑していた。
なぜ、こんな単純な陣の概要が理解できないのか、と。
そっと手をのばす。
その術式が発動しないほどの、ほんの微細な力を、陣に流し込む。
実際に力を通すことで、それがどう変化するかを体で感じる。
そのつもりだった。
しかし、予想とは裏腹に術式が起動する。
陣から、まばゆい光があふれ―――
目を開いたとき、そこにあったのは一つの家族の姿だった。
父と母、そして娘。
娘には見覚えがある。
豊かな金色の髪にときおりきらめく虹色の瞳。
タイヨウが知っている姿よりは幾分小さいが、恐らく同一人物であろう。
その三人家族は仲良くしゃべり、笑いあっていた。
娘が父にじゃれつき、母が撫で、父が笑う。
人間にもありふれた、家族の団欒の姿。
そのカタチが不意にかたまり、そして砕けた。
「ここは」
声が響く。
それは後ろから聞こえた。
「私の、夢」
タイヨウは振り返る。
そこにいたのは、さっきまで見ていた幼児を成長させたような、少女。
きらめく金色の髪に、やはり虹色の瞳。
「あなたは、誰?」
はじめて、といっていいかもしれない。
この時になってようやく、タイヨウはその少女の姿をキッチリと認識した。
思ったよりも幼い顔立ち。
昼に見たときに同じ格好。
どこかの民族衣装のようなうすい布をまとっていたが、肩が大きく露出していることにやっと気づく。
そして、頭部にぴょこっと生えたその耳。
明らかな人間との違い。
「俺は……」
神に出会った人間は誰しも魅入る。
そういうことをどこかで聞いたことがあった。
どこか少し、思考がおかしくなっているかもしれない。
いや、明らかにまともじゃない。
そうわかっていながら、タイヨウは答える。
己の名を。
「俺はアシベ・タイヨウだ」
名を聞いて、少女は、にこりとほほ笑んだ。
「私はエペレ」
よろしくね、と。
手を差し出す。
にぎった手のひらは陽だまりのように暖かかった。




