BGB 第零話 「幸せの日々」
いつもに比べ少し短めです。
また若干番外チックな内容、ナンバリングですがこちらは本編の一部ですので読んでいただけると幸いです。
「おとーさんつかまえたー!みてー!」
とてとてと小さな足音を響かせながら、小さな小さな少女の声が通る。
きららか金髪が揺れ、その顔は笑みに満ちている。
ぶらぶらと、右手に掲げているのは狩りで得たニワトリだった。
「おーおー、よくとれたなぁ!」
かけてくる娘を見て、おとーさんは顔ほ綻ばす。
父の座る縁側まで走っていった少女は、誇らしげにその獲物を見せた。
「湖のそばでとったのー!」
「そうかそうか!」
その大きな手でひと仕事を終えた娘の頭をわしわしと撫でる。
「ふふふふ」
少女はご満悦といった体で眼を細め、父の力強さに身を委ねる。
その父である男は特徴的な紋の入った白地の作務衣を来ており、金色の豊かな髭を蓄えていた。
恰幅のいい豪快な男といったところか。
ただその頭部にあるもっこりとした耳だけが、少し違和感がある。
その男は、神であった。
といっても神話に記されたことはない。
この世界にまだあふれるほどいる、神話外の神。
その一柱。
神を認識する人間、“術者”たちは彼をこう評した。
「純粋な力の塊」
「よし、それじゃその獲物、母さんに見せにいくか」
「いくかー!」
まだ言葉が少し覚束無い少女を太い腕に抱き抱え、男は歩き出した。
「なぁ、エペレ。今日はその鶏で何が食いたい?」
歩きながら愛娘に問う。
普段は単に焼いて香辛料を少しかける程度だが、今日は調味料にアテがある。
「んー……あ!」
問われた娘は少し考えて、思いついた。
鶏を使った料理で普段食べないもの。
少女が思いついたのは
「からあげー!」
「よしよし、ならからあげにするよう、母さんに頼もうな」
ガハハハと親子揃って笑いながら居間に入る。
「あら、どうしたの、そんなに笑って」
そこには女性がいた。
男とは対照的に黒地の、しかし同じ紋の入った着物をまとった女
。
「おかーさん、みてー!」
父の手をひょいと降りて、とてとてと走る。
「わたし、とった!」
ほこらしげに右手につかんだ鶏を母に見せる。
「あらあら、すごいわねぇ」
やさしく笑みをたたえながら娘の頭を撫でる。
しかしその眼は一瞬でこわばった。
「でもエペレ、嬉しくなったからっておうちのなかで走ってはいけません」
なでていた手をまっすぐに揃え、ペシリと軽くその額をはたいた。
「うー」
予想外に怒られたことに娘は眼に涙をためる。
ほめられたかっただけなのに、と。
「……ごめんなさい」
肩をおとし、眼を伏せながら素直に謝る。
「よろしい」
その言葉を聴いて、母は再び娘の頭を撫でる。
「今日は何にしましょうね」
ニコニコしんがら娘を抱きかかえた。
「からあげがいいとさ」
すぐそばにあぐらをかきつつ、父が言う。
「からあげー!」
同調して娘も声をあげる。
「からあげね、わかったわ。でもできるかしら」
人差し指を口にあてながら少し空を見る。
一通りの料理は軽くできはするが、からあげは普段あまり作らない。
「まぁ大丈夫だろ。お前なら。それに今日アイツ来るんだろ?」
「それもそうね。今日は何を持ってきてくれるのかしら」
彼ら家族には人付き合いと呼べるものはほとんど存在しない。
唯一まともな関係にあるのが、夫妻が口にしたアイツ。
とても人間とは思えない怪しげな男。
その名をこの幸せな夫婦は知らなかった。
ただ、娘がその男をさして言った“ヨーカイ”というその一言をおもしろ半分で呼び名として使っていた。
「さてな、それはお楽しみとしよう」
「あ」
唐突に、女が声をあげる。
「どうした、ラードゥ」
「そういえばヨーカイさんが来るなら食料が少し足りないかもしれないわ」
「なるほどな」
「ヨーカイ?」
母の胸で少しうとうとしていた少女が口を開く。
「ヨーカイ、くるのー?」
「おぉそうだぞ。あいつが来るんだ」
「……えー……」
子供ゆえに、なのか素直に嫌悪を示す。
そこまで強い感情ではないのだろうが。
「エペレ、ヨーカイさん、嫌い?」
母がやさしく問いかける。
「あんまりすきじゃない……」
むすっと表情をくもらせながらエペレは答えた。
「まぁアイツも人嫌いなところあるからな、仕方ないだろう」
友人のいつも無表情な顔を思い出しながら
「なぁエペレ、父さん、今から魚とってくるけど、ついてくるか?」
「いくー!」
母の胸を飛び出し、少女は父の足にじゃれつく。
「よしよし、じゃぁラードゥ、ちょっといってくる。アイツが来るまでには戻るつもりだが先に来ちまったら頼む」
「わかりました」
ニコリ、と笑みと共にラードゥは返した。
それから少し、金色の髭を蓄えた父と金色の髪をなびかせる娘は川の中にいた。
深い川ではない。
大人の膝にも届かないほど。
小さなエペレにとっても腰より少し下くらいのものだった。
「魚とりのやり方は覚えてるか?」
「うん!」
父の質問に娘では行動で返した。
腰を少し折り、水面の下に視線を落とす。
魚が近寄ってきたら
―――いいか、エペレ。それだけを狙うんじゃなくて、そいつの周り全部をたたきつけるんだ。
パシっ。
初めて魚とりに来たときの父の言葉を思い出す。
魚を、ではなく、魚とその周囲の水全てを叩き出すように、すくう。
放り出された魚は川べりでぺちぺちとはねて、川に戻ってしまった。
「惜しかったなぁ、エペレ。詰があまだ甘いぞ」
「うー……」
小さな少女は少し悔しげに歯噛みする。
そしてそのまま、腰を落とし、再び腕を振り抜いた。
魚が水面から飛び出る。
はじき出された魚は岸からかなり離れたところで少しはね、動かなくなった。
「よしよし、よくできたなぁ!」
軽くエペレの頭を撫でて、父も魚とりに集中する。
ものの数分もしないうちに客をもてなせるだけの量は集まった。
「ただいま」
「ただいまー!」
「よう、金髭。それに娘っ子」
出迎えたのはラードゥではなく
「よう、ヨーカイ。もう来てたのか」
「その呼び方は止せっつってんだろうが……」
“ヨーカイ”。
神たる一家の友人である人間だった。
「エペレ、魚を母さんのところへもっていきなさい」
「はぁい!」
とてとてと、娘は父の言われた通り家の奥へ走っていった。
「で、今日はどういう要件で来たんだ、ヨーカイ」
「あのな……」
めんどくささが諦めに勝ったか、特にその呼び名についてはこれ以上言及しなかった。
「……警告だ。こないだお前が暴れて界者二人が返り討ちにあったせいでその周辺がごたついてる」
「界者……お前らの世界の強いやつのことだったか」
「雑にいえばな」
「まぁ知ったことじゃないわい。ありゃわしの世界のごたごただ。人間に首を突っ込まれる筋合いはねぇ」
「あいつらが素直にそう思うかはわからんがな……。ま、言うことは言ったぞ。今回はそれだけだ」
そのまま、ヨーカイは歩き出していた。
出口に向かって。
「そう焦るな。ラードゥが飯の用意してくれてる。食っていけ」
な、と。
大男とは見えないほどの無邪気な瞳で友人を見つめる。
「……わかったよ」
「よしよし」
二人はゆっくりと家の中へ歩いていった。
それは人に“金髭の死熊”と称された神の、幸せな日々だった。




