足止め(1)
…調子悪いな、壊れたかな?
伊瀬はデジカメを下ろした。
一応電源は入るしシャッターも正常なのだが、デジカメの画面で確認すると、妙なノイズが映り込んで被写体が判別つかない。あーあ、まだ2年しか使ってないのに…。
神社の境内で車の動きを観察してはいたが、いつまでたっても変わった動きはなく、いい加減に飽きてしまった。そこで、二俣の写真みたいに自分も古い街並みを撮ろうと思ったのだけど…間が悪いとしか言いようがない。
追加取材なら普通はマチの人に話を聞いたりして時間も潰せるのだが、まさか後輩のネタをとるわけにもいかないし…佐野にくっついて施設に侵入すればよかっただろうか?
(それもなー。まぁ、スパイみたいで面白いかもしんないけど。)
やや急な神社の階段を下りて辺りを見回してみれば、小学校の時計が目に入った。
13時半…解散してからもう2時間もたったのか。三の字先輩も二俣もまだ戻っていないだろうな。
「そろそろ迎えに行くか。」
「おい、伊瀬っ!」
歩き出そうとしたその時、後ろから野太い声が飛んできた。振り向けば、佐野がものすごい勢いでこちらへ走ってくる。
「お前ンとこの後輩っ、二俣さんにあれから会ったか?!」
「いえ?まだ富樫さんの家でしょうね。話好きそうだったからなぁ、あのオジサン。
丁度今から迎えに行こうとしてたとこなんですよ。」
「そうか、俺も一緒に行く。さっさと帰ろうぜ。」
その富樫とかいう家はどの辺だ?と、佐野はどんどん歩いて行く。その様子に伊瀬は首をかしげた。
不機嫌やイライラともまた違う、どことなく焦っているような?
「三の字先輩、何かあったんですか?」
…と、電池が切れたかのように佐野の動きがぴたりと止まった。その間に、伊瀬は距離を詰める。
丁度真横に来たところを見計らって、佐野は小声で話し出した。
「あのな…」
「はい。」
「鉱山の中に、死体置き場があった。」
「は?」
「で、社員の間で俺たちの話も出ていた。二俣さんが来たのは好都合とか話していた。
俺たちヤバイ事に巻き込まれているかもしれないぞ。」
伊瀬の反応など全く気にしないで佐野は淡々と喋った。それがかえって不穏な言葉と相成って不安をかき立てる。
「好都合?しかも二俣が?どうして?」
「さあ。とにかく、ここはおかしい。理由考える前に早いとこ逃げた方がいいんじゃないか?」
急に、マチの景色が気味の悪い物に思えてきて、2人は自然と早足になった。
目的の家へ辿り着くとチャイムと同時に上がり込んで、先ほど通された居間へ突進する。
礼儀もマナーもおかまいなしに部屋へ入ってきた2人を見て、二俣はぽかんと口を開けた。
「伊瀬さんに佐野さん。どうしたんですかー?」
テーブルの上にはこれまた膨大なアルバムが乗っかっている。こんなもの、適当にページをめくっていったって軽く1日かかる量だ。取材とかいうレベルではない。
完全に足止めを狙ってやがった…。
「二俣、帰るぞ。あ、富樫さん、長々とお世話になりました。俺たちこれで失礼致します。」
促す伊瀬のセリフを聞いて、富樫が腰を上げた。
「いやいや、そんな急に。お茶でも飲んで行かれませんか?私は是非、あなた方とも話がしたい。」
「いえいえ、ちょっと時間がないもので。」
「え、じか「ないんだよっ黙って歩けっ!」
伊瀬がごちゃごちゃ言う二俣を引っ張り起こし、この2人を入り口の近くへ押しやって、家主との間へ佐野が入り込んだ。
「本当に突然ドタバタしまして、すみません。それでは。」
そのまま固まって玄関へと移動しようとして…
「まぁ、座って下さいよ…その方が身のためですよ…。」
ヒヤリとした冷たい声が、3人の動きを止めた。
振り返れば、相変わらずの笑顔を崩さぬまま、しかし富樫の片手には手のひらに隠れるぐらいの拳銃が収まっている。こんなオモチャのようなものでも、十分人間を傷つけることはできるだろう。
チッと舌打ちをして、佐野がどかりとソファーに腰を下ろした。
「そうそう、まぁ、ゆっくりしていって下さいよ。せっかくなんですから。」
伊瀬や二俣も座ったのを見届けて、富樫は拳銃を下ろしサイドボードに置いた。
隙を見てそれを奪うにしても、間にあるテーブルが邪魔になってうまくいかないだろう。
目だけ動かして脱出経路を探す伊瀬に、展開に全くついていけない二俣が小声でわめく。
「…え?…え?どうなってるんですか、コレ?伊瀬さん、どういうことです?」
「簡単に言うと、お前標的にされてるらしい。とりあえず黙ってろ、機会があれば…」
「…あンた、誰です?どうも見たところ俺と同じぐらいの年齢のようだが、名字も顔も見たことないな…違う町の人間だろ。休山してから住み着いたんですか?」
佐野はずっと目の前の男を睨み付けている。
富樫はその視線をかわすようにオーバー気味に片眉をあげてにこりと笑って答えた。
「もしかして、昔、芽久野にいたんですか?」
「まぁ、な。」
「どうですか?当時そっくりで、いい『再現』でしょう?」
思いがけない言葉に、伊瀬も佐野もとっさに反応できなかった。
「…今、再現とおっしゃった…?」
一足先に我に返った伊瀬が、目の前の男に確認する。
まさか、住人の口から『ここは再現した場所だ』と聞けるとは。
この部分は特に隠そうとしていない、ということか。
「なら、話は早いな。一体ここは何なんだ?
一応、鉱山も動いているみたいだが、これも再現の一環なんだろう?何のためにこんなことをする?」