【第3話】
明かりの少ない区画を車で駆け抜けているにも関わらず、何故か寒気が止まらない。
「あっちもこっちも狙われてるって、俺たちは随分と人気者だね」
「色々やってきたから人気も出ますよ」
「そりゃそうか」
片側の扉が消失した後部座席から闇の中を駆け回る人影を狙い、ユーシアは次々と狙撃を成功していく。
車の速度に追いつくとは、何かの機材でも使用しているのだろうか。それとも行く先々で待ち伏せをしているのか不明である。逃げても逃げても視界の端に人間が割り込んでくるのが鬱陶しい。
大半はユーシア1人で撃破することが出来たが、中には果敢にも撃ち返してくる狙撃手もいた。車体やコンクリートの車道を弾丸がこすり、嫌な音が奏でられる。
新たに弾丸を薬室に叩き込むユーシアは、
「敵陣のど真ん中で大立ち回りなんて、あんまり経験ないなぁ」
「いいことじゃないですか。普段は出来ない経験ですよ」
「経験したくないんだよ、こっちは」
闇の中を駆け抜けるタクシーを止めようと、名前も知らないおっさんが前方に躍り出る。そんな体当たりで止まるぐらいなら人間なんて轢いていない。
リヴのアクセルペダルを踏む足に力が込められたようで、グンとタクシーが加速して目の前に躍り出てきたおっさんを容赦なく轢き殺した。重たいものに真正面から衝突を果たした衝撃が、車内を通じてユーシアの身体にも響いてくる。
しかし、今しがた轢き殺したはずのおっさんは、何事もなかったかのように立ち上がった。轢かれた衝撃はあるようで足元はふらついていたが、ヘッドライトに照らされるおっさんの身体に外傷らしいものは見当たらない。
「なるほど、ラプンツェルの【OD】でしょうかね」
「いや、あれは違うね」
ユーシアは純白の狙撃銃を構え、反対側の閉ざされたままになっている扉を蹴り開ける。
暗闇の中に佇むそのおっさんは、全身をマントのようなもので覆い隠していた。闇の中に沈んでいるので見えにくいが、あれはおそらくトレンチコートのようなものだろう。丈の長さが膝下まで到達しているので、かなり長いものと見ていい。
おもむろに、おっさんは身体を覆い隠していたトレンチコートを脱ぎ払った。その下から出てきたのは中肉中背の身体である。もっと言えば全裸であった。腹や胸、脛などに無駄な毛が生い茂ったちょっと見るに耐えない全裸であった。
見たくもない悪夢を目の当たりにしたユーシアは、思わず悲鳴を上げてしまう。
「ぎゃああああああああ汚い!!」
悲鳴を上げると同時に引き金を引いていた。
闇夜を引き裂くような轟音が耳を劈く。射出された弾丸はタクシーに追い縋ろうとした全裸のおっさんの眉間に突き刺さった。【OD】の異能力により撃たれても傷はつかず、代わりに仰向けに転がるなり寝息を立て始めてしまった。全裸で眠るとは変態として逮捕してくださいと言っているようなものだが、相手が社会的に死のうが悪党には知ったこっちゃない。
見たくないものがやけに脳にこびりついてしまった。純白の狙撃銃から弾丸を排莢し、ユーシアは「はあああああ」と深いため息を吐く。まだ親玉と遭遇していないのに、精神的な疲労が凄まじい。
「何でこんなところで裸の王様の【OD】と遭遇するの!?」
「【OD】だからきっとどこかしらにはいますよ」
「ちくしょう、変態どもがよ!!」
ユーシアは口汚く罵る。
あんな見せつけてくるタイプの【OD】がいるなら、せめてもう少しぐらい鍛えておいてくれた方が見栄えもあると言うものだ。太ってもいなければ痩せてもいない、ついでに言えば筋肉もない生っ白いだけの身体など誰が見たいだろうか。いや全裸はさすがにユーシアもご遠慮願いたいところだが。
この日本に不法入国を果たしてから、最初に見かけた【OD】が確か彼らのような裸の王様の【OD】だった。あの時も何だか脂ぎった太っちょがリーダーだったような気がするが、今はもう思い出したくない記憶である。
すぐに新しい弾丸を装填し、純白の狙撃銃を構えるユーシア。冷たい銃把に頬を寄せ、引き金に指をかけ、
「――――ぁ」
闇の中を煌めく金髪。
いや、相手の髪の毛は元々、黒色ではなかったか。
それは、ユーシアの視界の中で、唐突にスイッチが切り替わるように出現した。
暗闇の中でも炯々と輝く青い瞳、子供らしいあどけない表情。走るたび、風にたなびく金色の髪は柔らかそうで、頭頂部には兎の耳を彷彿とさせる真っ黒なリボンが揺れる。
翻る真っ青なワンピース、フリルが縫い付けられたエプロンドレスが闇の中に浮かび上がる。身の丈を超すティースプーンを携え、お茶会に遅れそうな白兎を追いかけるかのような足取りでユーシアとリヴの乗るタクシーを追いかけてくる。
「ぁ、り――――」
憎悪が膨らむ。
銃把に寄せた頬に冷たい汗が伝い落ちていく。
震える指先で引き金を引こうとするも、あの少女は引き裂くような笑みをこちらに向けている。笑っている。笑うな。その可愛い顔を今すぐぐちゃぐちゃにしてボコボコにして嘲笑うのはこちらだお前如きが笑うな化け物が!!!!
「ほーらよっとぉ」
「ぎゃあ!!」
瞬間、リヴが物凄い勢いで方向転換をした。
車が半回転ほどして、後部座席のユーシアはその反動で振り回される。遠心力に振り回されたおかげで頭の中を支配していた憎悪がすっぽ抜ける。
あの少女は途端に見えなくなってしまった。視線を暗闇の中に巡らせるも、あの煌めく金髪や目に鮮やかな青色のワンピースはどこにもなかった。やはり、ユーシアの幻覚だっただろうか。
リヴは前方を睨みつけたまま、
「しっかりしてください、シア先輩。こんなところで幻覚を見ていたらこの先耐えられませんよ!!」
「分か、ってる」
ふらふらと頭を揺らすユーシアは、砂色のコートから煙草の箱を取り出す。真っ黒な煙草の先端を咥え、火は灯さずにとりあえずフィルターを噛み潰すだけで耐えた。ユーシアの【DOF】にはこういう摂取方法もあるのだが、応急処置に過ぎない。
しばらく【DOF】を摂取しないでいると幻覚が見えるようになる。最初は幻覚だけで済むが、そのうちユーシアは金髪で青色のワンピースを翻す夢見る少女の幻覚を追いかけて狂い果てることだろう。【DOF】に手を出せば真人間に戻ることなどない。
タクシーの後ろ部分にしがみついた何者かを一瞥し、ユーシアは扉が開けっぱなしになっている後部座席から身を乗り出す。純白の狙撃銃ではなく、足元に落ちていた自動拳銃を構えた。
「邪魔」
「があッ」
何やら呻き声を上げ、何者かはタクシーのトランクから滑り落ちる。長い髪を振り乱していたような気もするが、女性か男性か分からない。今更、気にするような内容でもない。
ガコン、とリヴがレバーを切り替えて、物凄い勢いで車を後退させた。後輪で先程ユーシアが強制的に眠らせた人物を轢き潰す。何か重たいものを押し潰した感覚が座席越しに伝わってきた。
車を後退させたかと思えば再び前進をし、今度はハンドルを思い切り回して車を回転させる。左右から襲いかかってきた人間を車体全体を使って振り払い、目的の方向に車体を向き直すとアクセル全開で発進した。
さながらジェットコースターに振り回される気分を味わう羽目になったユーシアは、真っ黒な煙草のフィルターから滲む苦味で正気を保ちながら叫ぶ。
「リヴ君!! ハリウッドスター並みのスタントは今いらないから!!」
「幻覚も追い出せるし、格好いいから一石二鳥じゃないですか」
「もう幻覚は見てないんだよ!!」
ユーシアの悲鳴など知ったことではないとばかりに、リヴはアクセルペダルを踏みつけてさらに加速させる。この真っ黒てるてる坊主、全く言うことを聞かないのは何度目になるだろうか。




