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【第5話】

 夜間の魔都は、静謐《せいひつ》な空気に満たされていた。



「ビルが全部、墓石に見える」


「同じようなビルばかりですからね」



 夜の闇に沈む魔都の地上に足を踏み入れたユーシアとリヴは、聳え立つビル群を見上げて言う。


 どのビルも比較的同じような形状をしているので、どこにいるのか分からなくなる危険な戦場である。特にネオ・東京軍の第1陣とやらが送り込まれている状況なら、より注意しなければならない。

 ただ、遮蔽物が多く身を隠しやすい建物ばかりなのはありがたい。狙撃手として建物や遮蔽物の存在は非常に重要である。


 手頃なビルはないかと周囲を見渡すユーシアだったが、



「死神ィ、哨戒任務だからって気を抜くんじゃねェぞ!!」


「うわ、うるさい」



 いきなり夜の静寂さを引き裂くように胴間声が響く。

 声の主はもちろん、ヘルエスト・ラインバーツである。戦車乗りである彼だが現在は戦車を乗り回すことが出来ないので、軽機関銃を装備している。その鍛えられた肉体だけでも十分に人間を殺すことが出来そうなものだが、余計なことを言えば実行されそうなので黙っておく。


 ユーシアはジロリとヘルエストを睨みつけ、



「俺が狙撃手だって忘れてる? いるってバレるとまずいんだよ」


「それでもテメェは当てるだろ?」


「当てるけどさ。隠れていた方がより勝率は上がるってことをご存知じゃないのかな、この脳筋は」



 キョトンとした様子のヘルエストに、ユーシアは呆れたような表情を見せる。


 狙撃手だからこそ、その存在を知られてしまうと対策を取られてしまうのだ。特にユーシアはかつて【OD】の暴動を終結に導いた『白い死神(ヴァイス・トート)』である。死神の存在を知られてしまうと対策どころか逃げられてしまうことだって考えられる。

 自分の存在はあまり周囲に知らせるのはよくない。なのにこのヘルエストの胴間声と言ったら、ユーシアのことを「死神、死神」と連呼するものだから盛大に居場所を明かされている。本当に元軍人なのか、脳味噌まで筋肉が詰まっているから常識を考えられないのか。


 すると、



「はいはい、旦那。もう哨戒任務が始まってますんでね、見回ってきてくださいよ」


「おう、調合屋か。テメェも引っ張り出されたんだな!!」


「うるせえな、とっとと哨戒任務に行けって言ってんだ」



 ライダースジャケットを羽織った【DOF】の調合担当、ユーリカ・ブラドックはヘルエストの尻を蹴飛ばして哨戒任務に送り出す。


 無理やり送り出されたヘルエストは拗ねた子供のように唇を尖らせるが、装備品である軽機関銃を手にすると表情が切り替わる。夜闇の中に浮かび上がる琥珀色の双眸は、さながら肉食獣が獲物を探すかのような鋭い眼光を秘めていた。

 口を開けば阿呆だが、きちんと軍人らしくはある。あれでも革命戦争の当時は何人もの部下を抱えていたらしいのだから、戦う才能はあるにはあるのだろう。


 ユーリカは肩を竦め、



「やれやれ、まともに戦えるのがこのコミュニティだとあの人だけだからよ。何分もベラベラ喋られちゃ仕事にならねえ」


「ユーリさんも哨戒任務?」


「おうよ。戦闘になった時の為に【DOF】を調合するんだ。あとは適当に煙幕とか、浴びたらアヘアヘになるお薬を調合したりとか」


「何か不穏な薬品だな。本物の麻薬?」



 ユーシアがジト目で「大丈夫なの?」とばかりにユーリカを見据えると、彼は満面の笑みで親指を立ててきた。大丈夫、と言いたいのだろう。



「おい灰被り、そんなところでくっちゃべってないでとっとと資材を運び入れな。アンタもヘルエストのことが言えないだろうに」


「何だと銭ゲバ。調合苦手でオレの足元にも及ばねえようなお前がどうして哨戒任務の場に出てくるのか知りてえな」


「液体火薬を調合するんだよ、アンタには出来ないだろうけどねぇ」


「出来ないんじゃないでーす、やらないだけでーす。本当はオレ1人でどうにか出来まーす」



 遅れてやってきた褐色肌の女性――同業者であるナディアと言い争うユーリカ。どうやらナディアも哨戒任務に駆り出されたようである。

 噂によれば【DOF】の調合が下手くそで、摂取してもすぐに効能が切れてしまうほど質の悪さが目立つらしい。だから一度に大量に買い込む必要があるので、そのおかげで商売が成り立っているようだ。【DOF】の調合が下手な代わりにそれ以外が秀でているので、それで呼ばれたのだろう。


 ナディアと睨み合うユーリカは鼻を鳴らし、



「お前如きが役立つとは思えねえけどなァ。今必要なのは【DOF】なんだよ、必要なお薬が調合できないお前なんて今は役立たずだよ」


「第1陣とやらに遭遇したら、アンタは生き残れないねェ。【DOF】なんていう攻撃のクソほど役にも立ちゃしないものを調合して生き残れるかってんだ」


「お前と違って銃火器支給されてるから平気でーす。お前は丸腰だけど大丈夫そ?」


「アタシは自分で調合してどうにか出来るからいらないって断ったのさ。アンタはそんなチャチな玩具に頼らなきゃいけないほど雑魚ってことだねェ」


「ンだと銭ゲバ」


「灰被りが」



 ユーリカとナディアの言い争いは激しさを増していく。何と言うか、やっていることが子供のそれである。


 完全に蚊帳の外になってしまったユーシアとリヴは、そっと視線を交わす。

 こうも言い争ってしまうほど仲が悪いのであれば、下手に喧嘩を止めても飛び火するだけである。面倒ごとには巻き込まれたくはない。火の粉が降りかからないうちに退散するべきだ。



「哨戒に行こっか」


「そうですね」



 背後から聞こえてくる激しい舌戦に巻き込まれない為に、ユーシアとリヴは足早に哨戒任務へ向かうのだった。



 ☆



 動きがあまりにもなさすぎる。



「ふあ」


「この状況で欠伸ですか?」


「仕方ないじゃん、動きがないんだもの」



 適当なビルの屋上で、ユーシアは純白の狙撃銃を構えた状態で欠伸をする。


 夜の闇にぼんやりと浮かび上がる純白の狙撃銃は目立つことこの上ない。ネオ・東京軍が送り込んできた第1陣とやらも目印にされそうである。

 もしかしたらこの闇の中に紛れている、昼間の狙撃手がユーシアとリヴを見つけているかもしれない。一応は定期的に照準器で周囲を確認してはいるものの、それらしい人影は見当たらない。


 ユーシアは「大体さぁ」と口を開き、



「狙撃手なんてあんまりいないよね。よほどの腕前がないと」


「じゃあシア先輩は珍しいってことですね」


「そうなるね」



 戦場における狙撃手は、あまり見かけない印象である。そもそも一般人と違って異能力を手に入れた【OD】になど狙撃は無意味になってしまう可能性もあるのだ。

 だから力技で解決するぐらいしか方法はない。戦車で轢き潰すとか、機関銃で蜂の巣にするとか、まあ方法は色々だ。【OD】とて不老不死の存在になった訳ではなく、ただの人間におとぎ話にちなんだ異能力が加算されただけに過ぎないので通常の銃火器で殺した方が勝率は高い。


 まあ、狙撃銃の場合は射線とか銃弾の関係で防がれやすい傾向にあるだけである。ユーシアの負け惜しみだ。



「眠いな、コーヒーでも買ってくればよかったな」


「チョコレートならありますよ」


「苦味の真逆じゃん」



 リヴがレインコートの袖から滑り落としたのは、あのアニメキャラクターが描かれた卵形のチョコレートである。まだ残っていたようだ。


 歯応えで目が覚めるかと判断したユーシアは、リヴから卵形のチョコレートをもらう。箱の中身を開封し、つるりとした茶色い表面に前歯を突き立てた。

 硬めに作られたチョコレートはポキポキと音を立ててユーシアの口の中で細かく噛み砕かれていく。チョコレート特有の甘さが口いっぱいに広がり、不思議と目が冴えるような気がした。集中していたこともあり、脳味噌が疲労していたのかもしれない。


 チョコレートの中身から出てきたおまけの袋を特に見ずにリヴへ渡したユーシアは、



「あげる」


「お、次はどんなおまけが」



 ユーシアからおまけが詰め込まれた袋をもらったリヴは、手のひらに転がる景品を眺めてピタリと固まる。

 またシークレットキャラクターを引き当てたようだ。やたら豪勢なドレスと杖を携えた少女の姿には見覚えがある。本日2個目である。


 リヴは膝から崩れ落ち、



「今だけはそのくじ運が、憎い……!!」


「仕事しなよ」



 ポキポキと卵形のチョコレートを順調に消費していくユーシアは、夜の闇に沈む魔都の街並みを見張る仕事に徹するのだった。

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