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【小話:ニセモノプディングにご用心】

 さて、今日の夕飯の献立を考えよう。



「どうしようかなぁ」


「日本の食材はまだ慣れていないのでお手伝いできず……」


「いやリリィちゃんはキッチンに入らないで。絶対に」



 スーパーを訪れたユーシアとスノウリリィは、棚に陳列する食材たちを眺めながら本日の夕飯の献立を考えていた。


 部屋には携帯用の調理器具もあり、調味料も揃っているのである程度の料理なら作ることが出来る。本当ならばキッチン設備がちゃんと整った部屋があればいいのだが、安全圏である鍵付きの個室をあてがってくれただけ感謝しなければならない。

 どうせならインフラ設備が整ったマンションやアパートの部屋でもいいのだが、この綺麗な高層ビル群にそれらしい建物は見当たらない。リヴに言わせると「ほとんど会社用のビルですよ」らしく、まともに生活できる環境が整えられているのがホテルだけなので受け入れた方が早い。


 閑話休題。



「それにしても、日本って面白い食材がいっぱいありますね」


「そうだね。俺も最初の頃は驚いてばかりだったよ」



 今もなお驚いてはいるけれど、という言葉はあえて飲み込んだ。


 ユーシアは買い物カートを押しながら、生鮮食品を見て回る。透明な袋に詰め込まれていたり、あるいは裸のまま棚に置かれているのを見ると衛生面はしっかりしていそうな雰囲気はある。萎びた野菜ばかりなのかと思いきや意外とそうでもないことにもユーシアは驚いていた。

 ただ、これらの野菜はどうやって料理をするのが最適なのだろうか。『大根』とか『きゅうり』とか謳われていても何が何だかさっぱりである。日本語に堪能なリヴを連れてくればよかったのだが、それが出来ない事情があった。


 ユーシアは肩を竦め、



「リヴ君もさ、せめて手伝ってくれたらいいのに」


「仕方ないですよ。今日のこの時間帯は、いつも見ている『恋して☆えんじぇぅ』の放送時間ですから」



 スノウリリィもまた苦笑していた。


 リヴを連れてくることが出来ない理由は、いつも見ているアニメ番組『恋して☆えんじぇぅ』の再放送があるからだ。このテレビ番組はネアも一緒に見ているので、2人揃ってテレビの前に張り付いたまま動こうとしないのだ。

 もう仕方がないので動かすことは諦め、スノウリリィと一緒に買い物へ出かけたという訳である。スノウリリィもネアが絶対に安全な真っ黒いてるてる坊主の側でアニメ番組に夢中となってくれれば安心できる模様だ。


 すると、



「何だろ、これ」


「あら、本当ですね。こんなところにプディングでしょうか?」



 リヴの好物である納豆を買おうとした矢先のこと、商品棚にプディングを発見したユーシアとスノウリリィ。こんな場所にお菓子を置いておくなど、元の商品棚に戻すのが面倒だからと言っても雑ではないか。

 試しに1つだけ手に取ってみると、無骨なプラスチックケースの中にカスタードのような黄金色の塊が詰め込まれている。ただ黄金色の塊だけで、カラメルソースらしき焦茶色の部分が見当たらない。加えて、ユーシアが商品を1つ手に取っても、後ろから同じ商品が並んでいたので売り場はここで間違いないようだ。


 透明フィルムの上に視線を走らせたユーシアは、



「読めないなぁ、漢字が分からないんだよね」


「すみません、私もこればかりはお力になれず……」



 スノウリリィも申し訳なさそうに謝罪をする。


 リヴに電話で聞きたいところだが、彼はアニメに夢中の時間帯からまだ抜け出せていないので、電話をかけようものならすっ飛んできて殺されそうだ。洒落にならない未来である。

 ならば他のスーパーの買い物客に聞いてみるべきなのだろうが、生憎と利用者が少ない時間帯なので店内は伽藍としている。この状況で意地でもこのプディングモドキの意味を問いただしたい訳ではないし、日本の食材は割と何でも美味しいので美味しいだろう。


 ユーシアは手に取った黄金色の塊を買い物かごに入れ、



「それにしても『玉子豆腐』かぁ、どうやって食べるんだろ」


「帰ったらリヴさんに聞いてみましょうか」


「そうだね、それがいいかぁ」



 今日の献立に必要な食材を次々と買い物かごに放り入れながら、ユーシアは軽い調子で笑い飛ばすのだった。



 ☆



 買い物を終えて戻ってくると、ちょうどリヴとネアは仲良く並んで夕方の報道番組にぼんやりと視線を投げかけていた。特集は『ネオ・東京に新しく出来た飲食店』とある。ネアが好きそうなお菓子のお店が出てくると、液晶画面に顔を近づけて涎まで垂らしている。

 確かに美味しそうな苺のパフェだ。ただ、頼むから『ネオ・東京まで食べに行きたい』と言い出さないか心配ではある。


 リヴは液晶画面から視線を外すと、



「お帰りなさい。混んでました?」


「そこまで」



 ユーシアは買い物袋をテーブルの上に置き、



「はい、ネアちゃん。お土産」


「なぁに、これ」



 買い物袋から取り出したものは、ネアのお土産にと買ってきた先程のプディングである。透明フィルムの上には読めない漢字が踊っており、黄金色の塊がたぷたぷと液体を揺蕩う。

 ユーシアからプディングを渡されたネアは、その正体に気づいて顔を明るくさせる。どうやらお菓子であると判断したらしい。


 ところが、



「それ、甘くないですよ」


「え、そうなの? プディングの類ではなく?」


「違いますね。出汁と玉子を掛け合わせたもので、四角い容器に入っているから豆腐と言い出したんですよ」



 リヴにあっさりと否定されてしまった。


 どうやら玉子豆腐というものは、玉子と出汁を混ぜ合わせて固めたものらしい。甘い類のものではなく、どちらかと言えばしょっぱいものに該当するようだ。

 お菓子として与えてしまったが、違う別物ならばネアの機嫌を損ねてしまうかもしれない。違っていたらまずいので保険として購入した本物のプリンも一緒に渡すべきだったか。


 ユーシアはネアから玉子豆腐を回収しようとするが、



「おにーちゃん、ねあたべてみたい」


「ええ、食べるの? 甘くないって言ってたよ?」


「たべる」



 ネアは玉子豆腐を食べる気満々である。翡翠色の瞳は期待に満ち満ちており、それ以上は何も言えなくなってしまった。


 頑固なネアの意思を感じ取ったスノウリリィが、そっとネアに玉子豆腐用のスプーンを手渡す。スプーンを受け取ったネアは、玉子豆腐の容器に封をしていた透明フィルムをバリバリと引き剥がした。

 ふわっと香る出汁の匂い。ネアが黄金色の塊にスプーンを突き入れると、まるで本物のプディングのようにぷるんとスプーンによってすくわれた。知らない人間が見れば本当に甘いカスタードプディングを想起させる。


 ネアはスプーンですくった玉子豆腐を口に運び、



「おいしっ」


「え、本当に?」


「おにーちゃんもどーぞ」


「ありがと」



 ネアから譲り受けたユーシアもまた、玉子豆腐を1口もらう。


 ぷるぷるとした食感は確かにプディングを想起させるが、口の中いっぱいに広がっていくあっさりとした出汁の美味しさと玉子の相性が抜群である。見た目に騙されそうだが、これは美味しい。

 ネアも玉子豆腐を気に入ってくれたのか、ちょっと嬉しそうに消費していく。甘いカスタードプディングを想定して購入したのは失敗だが、結果的に喜んで食べてくれてよかった。



「ところでシア先輩、僕が頼んだ納豆ではないんですけど」


「え? 違う?」


「これは金時豆です、発泡スチロールの容器に入っていると教えたじゃないですか」


「買い物についてこないのがいけないんでしょ。嫌なら自分で買ってきなよ」


「多少の漢字ぐらい読めるようになってください」


「そもそも腐った豆を食べるお前さんの神経を疑うよ」


「腐ったとか悪い方向で捉えるような言い方をしないでください。発酵と言ってください、ヨーグルトと同じです」


「ヨーグルトはそんな臭え匂いを発しません」


「納豆の良さが分からない人間はこれだから!!」


「一生分かり合えないから安心して」



 どうやらユーシアが購入してきた納豆とは違った模様でリヴは文句を言ってきたが、そもそも買い物についてこなかったリヴも悪いのでユーシアは頑なに謝ろうとはしなかった。

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