【小話:日本の文化にビックリ外国人】
「おう死神ィ、いいところに!!」
「どうも、ラインバーツ少佐殿。相変わらずうるせえな、声帯バグってんのかこの人」
「聞こえてるぞ」
「おっと失礼、つい本音がね」
普段から使用している【DOF】を吸いに喫煙所を訪れたユーシアは、ちょうど喫煙所から出たところでヘルエスト・ラインバーツに遭遇した。
相も変わらずの胴間声に内心で顔を顰めるユーシア。もう正直な話、うるさくてしゃーないのだ。
戦車乗りだった影響か、ヘルエストの声は基本的に野太くて大きい。よく通る調子外れなその声は、耳にすると頭痛を誘発する恐れがある代物だ。出来れば声量を抑えて会話に応じてもらいたいところだが、もうすでに声帯と聴力がバグを起こしているこの狂人に何を言ったところで通じないだろう。
ヘルエストは抱えていた紙製の箱をユーシアに差し出し、
「やる」
「え?」
「だから、やるって言ってんだ。大事に使えよ」
「え、ちょっと待って。何これ? いきなり渡されても困るんだけど、爆弾の類?」
「じゃあな」
「ちょっと話を聞けよクソ野郎がよ。何だ、耳が遠いの?」
ヘルエストは紙製の箱をユーシアに押し付けるだけ押し付けて、大股でのしのしと歩き去ってしまった。
取り残されたユーシアは、怪訝な視線を手元の紙製の箱に落とす。紙製の箱はずっしりと重たくて、ちょっと揺らすとカタカタと音を立てた。まさか爆弾の類だろうか。
とりあえず中身を確認する為にユーシアは紙製の箱の蓋を開けてみる。箱から軋むような音が漏れ、紙独特の擦れるような音が聞こえてきたと思ったら、中身は何の変哲もない卵だった。12個入りの、割れていない卵がずらっと専用の窪みに収まっている。
卵と対面を果たしたユーシアは、
「へえ、卵。いいね」
この【OD】が跋扈する魔都で上等な卵をもらえたことが意外なのだが、もらえるものは基本的に何でももらう主義である。ヘルエストが問答無用で押し付けていったので、ありがたく使わせてもらうことにしよう。
卵を使った料理はネアも結構好きなようで、積極的に食べてくれるのだ。特にフレンチトーストを作った時には目をキラキラと輝かせて食べてくれるので作り甲斐がある。
久々にフレンチトーストでも作るかと意気込んだユーシアだが、
「いや待って、これ本当に大丈夫なアレ?」
そんな訳がないとは思いたいが、まさかヘルエストは食べられない卵を押し付けてきたのだろうか。その可能性だって十分にあり得る。ユーシアならば食べられない卵をもらったら、適当な人物に無理やり生のまま食わす所存である。
卵から腐乱臭などは感じないので腐ってはいないはずだが、念の為に確認する必要がありそうである。まずはきちんと食べられるかどうかを判断しなければ、お姫様に美味しいフレンチトーストを食べさせてやることも出来やしない。
卵が割れないように紙製の箱の蓋を閉じたユーシアは「よし」と頷く。
「リヴ君に聞こう」
こういう時は頼もしい相棒の出番である。
☆
「卵ですか」
「うん、そう。腐ってることはないと俺は思うんだけどさ」
「なるほど」
根城としてあてがわれた駅直結のホテルの個室に戻ってきたユーシアは、早速とばかりに相棒のリヴへ卵の箱を差し出す。
おもむろに箱の蓋を開けて中身の匂いを嗅ぐリヴ。一通り匂いを確認してから「腐っているような匂いはしませんね」と評価を下す。
視力は圧倒的にユーシアへ軍配が上がるが、嗅覚に関してはリヴの方が優れている。そんな彼が腐った卵の症状としてよく見られる腐乱臭を確認できなかったのだから、この卵は紛れもなく食べられるものだとユーシアは判断する。
「じゃあフレンチトーストでも作ろうかな。ネアちゃんも好きだし」
「今は運動不足解消の為にお散歩に出かけてますよ。リリィも一緒です」
「あ、そうなんだ。じゃあ牛乳とパンを買ってきてもらおうかな。砂糖はこの前買ったし」
ホテルに居着くようになってから、携帯用の調理器具を持ち込んで料理をするようになったのだ。調味料や食材などは意外にも売店で販売していたので一通りは購入し、部屋に常備している。『醤油』とか『味噌』とか使用に自信のない調味料もあるので、これらに関してはリヴに説明をしてもらわなければならない。
そんな訳で砂糖は存在するのだが牛乳と肝心のパンがないので、ユーシアはメッセージアプリに『お散歩帰りにパンと牛乳を買ってきて』と打ち込む。送信相手であるスノウリリィはちょうどスマートフォンを見ていたのか、すぐにメッセージアプリにも既読の文字が輝いた。
ぽひん、と間抜けな音を立てて返信が送られる。
スノウリリィ:何かお作りになるご予定が?
ユーシア:おやつにフレンチトーストを作ろうかと思って
ユーシア:何か他にいるかな?
スノウリリィ:おやつとして提供するならアイスも乗せてあげてください
スノウリリィ:ネアさん、最近はいい子でお留守番してますから
ユーシア:それはおやつぐらい豪華にしてあげないとね
ユーシア:じゃあ食べたいアイスも追加でお願い
スノウリリィ:ネアさんがチョコレートの奴が食べたいと
ユーシア:ならチョコレートソースもだ
スノウリリィ:承知しました、全て買って帰ります
そんなやり取りを経て、ユーシアは苦笑する。フレンチトーストが思いの外、豪華な仕様になりそうだった。
「シア先輩、卵をもらってもいいですか?」
「何する気? 爆弾にでも使うの?」
「食べるんですよ。僕のことを何だと思ってるんですか」
「世界で誰より殺人鬼」
「正解。でも卵はもらいます」
リヴは紙製の箱から卵を1つだけ取り出す。何をするかと思えば、彼が手にしていたものはレトルトのパックご飯であった。食事用として支給された段ボールに積まれていたものである。
鼻歌混じりにパックご飯を電子レンジに突っ込み、温めボタンを押し込む。電子レンジによってご飯が温められていく様をどこか楽しそうに眺める相棒の背中を、ユーシアは不思議そうに見ているしかない。
そしてついに、パックご飯の温めが完了した証拠の音が部屋全体に響き渡る。ぴーぴーと電子音を発する電子レンジから、熱々になったパックご飯の容器を取り出したリヴは鼻歌と共に戻ってきた。
「ご飯なんて温めてどうするの?」
「こうするんですが?」
ユーシアの疑問に行動で示すように、リヴは温めたばかりの白米の上に生卵を割って落としたのだ。
「なまッ!?」
「卵かけご飯ですよ。うはー、久々です。海外の卵は基本的に加熱処理しなければならないですからね、卵かけご飯はやはり日本の文化ですよ」
そのままぐちゃぐちゃと生卵とご飯を混ぜ合わせ、黄色く染まったところに醤油を垂らす。黒みが追加されたことで黄色いご飯から少しばかり橙色寄りのご飯と化した。
それにしたって考えられないことである。だって生卵をご飯の上に落として平然とぐちゃぐちゃにし始めたのだから、ちゃんと料理をする人間であるユーシアにとって「これが日本料理です」と提供されても納得できない。日本人は何でも食べると聞き及んでいたが、まさか強靭な胃袋までお持ちとは恐れ入る。
せめて卵黄のみだったらまだ何とかならないこともなかっただろうが、リヴは普通に白身も一緒に混ぜた状態のものを箸で掻き込み始めた。正気を疑った。
「やっぱこれですね!!」
「日本って怖いね」
「そうですか? 誰もが一度は通る道ですよ」
「正気? 生卵をご飯の上にぶっかけて食べるのが?」
「日本の大和魂を舐めないでいただきたいですね」
もぎゅもぎゅと生卵がけパックご飯を幸せそうに頬張るリヴに、ユーシアは「日本って怖いな……」と改めて思うのだった。異国の食文化とはなかなかに恐ろしい。
ちなみにこのあと、リヴは生卵がけパックご飯を食べたあとにユーシアの作ったフレンチトーストまでちゃっかりいただいていた。
一体その細い身体のどこにそんな余裕があるのか知りたい。




