【第8話】
【DOF】の調合を待つ間、しばしの歓談タイムである。
「ゆーりちゃん、ねあのあめちゃんつくって」
「今作ってるよ、お姫様。何味がいい?」
「りんごといちごがいい」
「はいよ、その味を多めに増やしておこうか」
鉄鍋で砂糖を煮詰めるユーリカは、作業に興味を示してきたネアに軽い調子で応じる。
携帯用のコンロに鉄鍋を乗せ、砂糖の袋の中身をひっくり返した時には我が目を疑った。ネアは飴玉の形をした【DOF】を使っているので必然的に砂糖を要するのは分かっていたが、いざその光景を見てしまうと思考回路が停止しかける。
溶かした砂糖に絵本から抽出したばかりの【DOF】の素となるエキスを投与し、木ベラを使ってユーリカは鉄鍋の中身を丁寧に混ぜる。部屋中に漂う甘い香りにネアが「おいしそうなにおい」と弾んだ声で言う。
鉄鍋の中身を確認するユーリカは、
「あとは味付けして終わりだから、もう少しだけ待てるか? メイドちゃんと遊んできな」
「うん、ありがとゆーりちゃん」
ユーリカに促され、ネアはお茶の準備をしている最中だったスノウリリィの元に突撃する。遠くの方から「りりぃちゃん、ねあもおてつだいするね!!」という申し出もしていた。【OD】らしからぬ純粋無垢な子供である。
鉄鍋の中身を掻き混ぜていたユーリカは、ネアがスノウリリィの元に突撃した姿を確認してから大量の小瓶を取り出す。小瓶のラベルには『もも』とか『りんご』などの果物の名前が書き込まれており、随分と使われているのかラベルが黄ばんでいた。
煮詰めた砂糖を木ベラで掻き混ぜつつ、ユーリカは『りんご』と書かれた小瓶の中身を垂らす。1滴の液体が鉄鍋に垂れた瞬間、ふわりと砂糖の甘い匂いの中に林檎の芳醇な香りが混ざり込む。なるほど、ああやって飴玉に味をつけていたのか。
その作業を眺めていたリヴは、
「あまり見かけない工程ですが」
「こうでもしねえと味がつかねえんだよ。普通の飴じゃねえから」
ユーリカは鉄製の枠組みを取り出す。鉄板に丸い形の窪みが作られたそれは、ユーシアがかつて日本文化として見たことのある『タコヤキ』を作る金型にそっくりだった。しかも2枚も鉄板が出てきたので、おそらく挟み込むことで飴玉を形作るのだろう。
普通にお菓子の飴玉とは違い、【DOF】を作る際は非常に工程が面倒臭そうだ。お菓子ではなく魔法のお薬だから、普通に飴玉を作る時と作業内容が違うことなど予想して然るべきだろうが。
鉄鍋の中身を2枚の鉄板に流し込み、ユーリカは鉄板の側面に設けられたロックをかける。ガッチリと固定された鉄板を上下左右に振って中身が漏れてこないことを確認してから、鉄板をテーブルの上に置いた。
「1種類ずつしか作れないのが難点だよなぁ。鍋をあと2つぐらい用意しておくかな」
「そういえばさ、ユーリカさん。これって使えるの?」
「あ?」
ユーシアはリヴの肩を叩き、それを取り出すように促す。
言わんとすることを理解したリヴが真っ黒なレインコートの裾を捲ると、ゴトンと音を立ててペットボトルが落ちてきた。中身は透明な水に見えるが、その正体は高濃度の【DOF】である。リヴなら原液のまま摂取できるが、ユーシアの場合は希釈しなければ使えない代物だ。
ペットボトルの蓋を開け、中身の匂いを嗅いだユーリカは「うッ」と顔を顰める。さすが【DOF】を調合する仕事を請け負っているだけあって、中身の匂いを嗅いだだけで分かってしまうのか。
しっかりとペットボトルの蓋を閉めてユーシアに突き返してくると、ユーリカは激しく咳き込んでいた。
「何だその粗悪な【DOF】は。濃く出せばいいってもんじゃねえぞ」
「リヴ君はそのまま飲んでも平気っぽいけど」
「僕は平気ですね」
「止めとけ止めとけ、濃さだけあっても粗悪品だからすぐに摂取分の【DOF】が切れるぞ。それならオレが整えてやるから」
ユーリカは「色んなおとぎ話をちゃんぽんしやがって、誰が作ったんだあの【DOF】」などと文句を呟く。【DOF】を売って生計を立てている調合師からすれば、かなり質の悪い【DOF】だったようだ。
ユーシアとリヴは互いの顔を見合わせる。
2人に【DOF】の良し悪しは分からない。このペットボトルの中身だって高濃度の【DOF】を常用するリヴからすれば問題なく使える代物だったのだ。しばらく【DOF】の調達に困らなくて済むかと思った途端にこの結末である。
リヴは次いで、レインコートの裾から腕を突っ込んで調味料の瓶を取り出す。中身は少しばかり使っているものの、調味料の形に整えた【DOF】だ。
「ではこれは使えますか?」
「色んな【DOF】が出てくるな。ついに運び屋の業務でも請け負うことになったのか?」
「そんな訳ありませんよ、殺しますよ」
「すーぐ殺意を振り撒く」
呆れるユーリカは、リヴの手から調味料の瓶を受け取る。プラスチック製の蓋を指先で押し上げ、中身の匂いを確認してから無言でリヴに調味料の瓶を返却した。
「普段の飯に使う分には使えるだろうよ。濃度はお姫様の【DOF】と同じぐらいだな」
「そこまで濃くない?」
「お姫様の【DOF】も濃く調合してねえからな。飴玉が嫌だってぐずりだしたら代替案として使える」
そこまで言って、ユーリカはハッと何かに気づく。
「調味料の【DOF】を調合すれば売れるッ!?」
「どうしようか、リヴ君。商材を提供しちゃったかな」
「商魂逞しいですね、本当に。【DOF】にも売れ筋とかあるとは驚きましたが」
ユーリカもユーリカで色々と苦労している様子である。世の中は【DOF】が広く出回っており、粗悪品やら劣化版も巧妙に混ざり込んでいるので『遊興屋』に弟子入りした調合師からすれば商売を奪われているようなものだろう。
どこの業界も大変そうだ。【DOF】の粗悪品など見分けがつかないから、【OD】はどうしても安いものを選びがちである。安い粗悪品を選ばれてしまうと調合師側も商売上がったりなので、工夫が必要ということか。
ユーリカがまた大量の砂糖を鉄鍋にドカッと投入する様を眺めていたユーシアは、
「ねえ、ユーリさん」
「何だよ」
「ラインバーツ少佐は、何でまた【DOF】に手を染めたのかな」
ユーシアは、ヘルエスト・ラインバーツが【OD】を殺しまくっていた狂人だと知っている。まるで蟻を踏み潰して遊ぶ子供の如く、戦車で幾人の【OD】を轢き潰して真っ赤な道を敷いていったぶっ飛んだ軍人がまさかの【OD】堕ちである。容赦なく【OD】を殺していく様を見ていたら、【DOF】に手を出すとは考えにくい。
それほど、彼自身を変えてしまう要因があったはずだ。面白半分で人生を潰す魔法のお薬に手を出す人間だとは思えない。
ぐつぐつと砂糖を煮詰めるユーリカは、今度は『いちご』と書かれたラベルの小瓶の中身を垂らしながら「何だ」と言う。
「お前なら分かってると思ったけどな」
「え?」
「分かるだろ、お前も同じなんだから。あの少佐も、戦場から帰ってきたら嫁と娘を【OD】にぶっ殺されてたんだよ」
あっけらかんと他人の口から明かされる、ヘルエスト・ラインバーツという男の【OD】堕ちの真実。
その痛みを――憎しみを理解できるのはこの場に於いてはユーシアぐらいのものだろう。ユーシアも同じく【OD】によって家族を惨殺され、復讐の為に【DOF】へ手を染めたのだ。
血の繋がりがなかったとしても『家族』を失う辛さは分かる。ましてやヘルエストの場合は配偶者と、血を分けた我が子を殺害されるというユーシアよりも状況は悪い。憎しみは誰よりも深かったのではないだろうか。
「まあ、復讐は自分の手でケリをつけたみたいだけどな。復讐を達成した途端にやることがなくなっちまって、それで流れてきたんだと」
「そっか」
「そうですか、興味ないですね」
「乾いてるなぁ、お前ら」
すでに復讐劇が終わっているなら首を突っ込む必要はない、と判断したユーシアとリヴはそれ以上は興味ないとばかりの乾いた態度を見せるのだった。




