【第2話】
さて、移動開始の時間である。
「リヴ君まだ?」
「もうちょっとだけ悩ませてください。僕が運転するんですから」
「こだわりが強いんだから」
ユーシアは呆れた様子で真っ黒い煙草の形をした【DOF】を吹かす。
現在、リヴが校庭にずらりと並んだ車を物色中である。軽自動車からワゴン車まで多岐に渡るそれらを観察し、どの車に乗っていくか悩んでいる最中だ。もうすでに運転手はこの世に存在しないので、どの車でも選び放題と言われれば悩むことだろう。どのみち盗難だが。
選択肢を絞ることが出来たのか、小回りの利きそうな黒い軽自動車か大量の荷物が積めるワゴン車の間を行ったり来たりするリヴ。「どちらがいいですかね……やっぱり荷物がたくさん入った方が……」などとぶつぶつ呟いているのが聞こえてきた。数ある選択肢を絞ることが出来たのは褒めるべきだろうが、そろそろ決めてほしい。
退屈そうに欠伸をするユーシアは、
「リヴ君、もう何でもいいじゃん。軽自動車の方が小回り利くんじゃない?」
「適当なことを言わないでください。次いつ足をなくすか分からないんですから、適当なものを選びたいんです」
「その選択肢はお前さんの中で『適当』なものなんだね」
車両とは結構高額な買い物になるので持ち主はきっと適当に選んだことはないだろうが、リヴからすれば次の移動手段が見つかるまでの間の繋ぎとして使うつもりらしい。贅沢な使い捨て品だ。
とはいえ、この状況ではガソリンなど貴重品である。きっと校庭に並べられた車両の数々も足りていないものが多いのではないか。それなら確かに選ぶのも適当さが出るだろう。
すると、
「おにーちゃーん」
「お待たせしました」
校舎からガラガラとキャリーケースを引いたネアとスノウリリィが姿を見せる。「女性陣は支度があるから外で待ってるね」と告げて校舎を出てきたのだが、まさかリヴの優柔不断が発揮されて女性陣が追いついてしまうという結果になってしまった。
スノウリリィは普段と変わらない安っぽいクラシカルメイド服だが、ネアは数少ない衣服の中から頑張ってお洒落をしたようである。今日の装いは白いふわふわとしたシャツとホットパンツという変態紳士垂涎ものの洋服で揃えられていた。下手に狙われないように気をつけなければならない。
ネアは翡翠の瞳をパチパチと瞬かせ、
「おにーちゃん、しゅっぱつまだ?」
「まだだよ。ごめんね、りっちゃんがお車を選ぶのが遅くてさぁ」
「そうなんだ」
ユーシアがやれやれと肩を竦めても、ネアは特に気にしていない様子である。それどころか、キョロキョロと周囲を見渡していた。興味がないようだ。
「ネアちゃんのご機嫌斜めだったりしない?」
「しませんよ。今日はおやつなどの我儘もありませんでしたし」
「そっか……あれが普通なのかな、女の子って怖いね……」
ネアの素っ気ない態度に思わずお世話係のスノウリリィに機嫌の良し悪しを聞いてしまったユーシアだが、あれが少女にとって普通のことだと受け入れる。まだ移動手段が決まらないことに対する不満を募らせているのかと思えば、そうではなかったようだ。
「あ!!」
「どうしたの、ネアちゃん」
「ネアさん、何か忘れ物ですか?」
「ねあ、あれがいい!!」
不意に、ネアが遠くを指差した。
彼女が示した先にあったものは、学校の敷地の外である。そこにはポツンと放置された路線バスがあり、存在しない運転手をひたすらに待ち続けている。
ひっくり返ってもいないし窓ガラスが割れているなどの破損状態も悪くはない。全体的に埃を被って汚さはあるものの、ガソリンなどの燃料系統を確かめれば走り出すことさえ出来るだろう。
ただし、路線バスはあまりにも大きい。小回りが利かず、しかも速度も出ない代物なので追いかけられたら終わりだ。
「ネアちゃん、さすがに路線バスは」
「乗りましょう」
「あれぇ!? リヴ君いつのまに!?」
先程までワゴン車か軽自動車の間を行ったり来たりして優柔不断を発揮していたリヴだが、ネアの鶴の一声で移動手段が決定してしまった。早々に自分で絞り込んだ選択肢を切り捨てると、大股で学校の外にポツンと停止している路線バスに向かう。
「ちょっとちょっと、リヴ君。そんなに早く決めなくてもいいんじゃないの? 路線バスって大型車両だし運転難しいし、普段の運転なんて出来ないからね?」
「ネアちゃんが乗りたいと言っているんですよ、それを叶えてやらないで何が紳士さんですか」
「おっと、やっぱり変態紳士が原因だったね」
もう完全にリヴは路線バスを運転する気満々である。ユーシアは一般車両の免許しか持っていないので路線バスを運転することは出来ないので、必然的に無免許でありながら割と何でも運転できるリヴに任せる他はない。
もう本人が乗る気満々だし、ネアは「やったー!!」と路線バスに乗ることが出来るのに喜んでいる。スノウリリィもネアの幸福が優先されているのか、はしゃぐネアを微笑ましそうに眺めていた。思考を放棄していると言っていいだろう。
ユーシアはため息を吐き、
「リヴ君、ちゃんと安全運転にしてよ。シートベルトないんだから」
「僕がいつ乱暴な運転をしました? 常に安全運転を心がけていますよ」
「いつもだよ。特に俺が乗ってる時で、追いかけられると途端にカーチェイスが始まるでしょ」
すっとぼけたことを言うリヴの後頭部をぶっ叩いたユーシアは、仕方なしに路線バスの旅路を受け入れるのだった。
☆
幸いなことに、路線バスは問題なく動かすことが出来た。
「いやぁ、路線バスもいいですね。ハンドル大きいから調子に乗っちゃいそうですよ」
「リヴ君、本当に止めてね。止めて」
車の1台も走っていない道路を、リヴは鼻歌交じりに突き進んでいく。
荒れ果てた東京の街並みはあまりにも静かで、太陽の光がゴーストタウンと化した高層ビル群を照らし出す。割れた窓ガラスに陽光が反射して煌めいていた。
錆びた看板が頭上を通り過ぎていく。それを車窓から何とはなしに確認すると、魔都の中でも巨大な駅に向かっているようであった。日本を一度も訪れたことのないユーシアでも知っている有名な駅方面である。あそこの地下街は迷宮みたいだと誰かから聞いた覚えがある。
椅子の縁から伸びた取っ手を掴むユーシアは、路線バスの奥方面の座席を見やる。
「りりぃちゃん、あのたてものおっきいねぇ」
「そうですね」
「いっぱいあるねぇ」
「きっと、昔は人で賑やかだったと思いますよ」
路線バスの後方へ向かって流れていく景色に目を輝かせるネアと、その隣にスノウリリィが微笑を浮かべて並んでいた。あそこの部分だけ実に平和な光景である。
単純に2人は、ゴーストタウンと化した魔都の街並みを楽しんでいるだけのようである。楽しむだけの余裕があって何よりだ。
路線バスの揺れが心地よく、ひっそりとユーシアは欠伸をする。リヴの目指す場所に到着するまで一眠りしようとして、
「――――?」
一瞬だが、窓の外を何かが浮かんでいるような気がして意識が引き戻される。
起き上がり、ユーシアは窓の向こうに視線を投げる。そこにあるのは墓石のように連なる不気味な高層ビル群で、人らしいものがいるとは到底思えない。
それなのに、何故か高層ビル軍の間を縫うようにして空中を散歩する人影がいた。2本の足で虚空を踏みつけ、ふらふらと歩むその後ろ姿は可愛らしいテディベアのようである。よく見れば熊の着ぐるみを着ているらしい。
「リヴ君、止めて」
「何故ですか?」
「いいから」
ユーシアに言われ、リヴはゆっくりと路線バスを停める。いきなり停止を命じたユーシアに、路線バスに乗っていた誰もが怪しげな視線を向けてきた。
足元に置いた革製の箱の蓋を蹴飛ばし、純白の狙撃銃を拾い上げる。高層ビル群の合間を散歩する熊の着ぐるみを身につけた何某が去った方向から目を離さず、弾丸を薬室に送り込んだ。
その瞳は、すでに狙撃手たらんとする鋭い眼光を宿していた。
「誰かいた」




