戦うことしか脳がないやつを相手にするのは大変ですね。
「もっと腰を使って振り下ろせ!その程度の剣さばきでは魔族どころか、ゴブリンだって殺せないぞっ!」
「ひぃ...、す、すいませんっした!」
あれから数日が経ち、ベルトランによる勇者達の育成訓練が開始していた。
筋肉バカの訓練は想像以上に単純かつ過酷で、その内容もいたってシンプル。朝から晩まで永遠にベルトランとシルバと稽古するだけだ。
基本的に参加している生徒全員で訓練中、どんな時でも教官二人に掛かっていってもいいのだが、帝国騎士団長殿と副騎士団長殿にはまったく歯が立たず軽く受け流されてからの返り討ちにあうだけだった。
熱中症で倒れる人が出たらバケツ一杯の水をかけて無理やり起こされ、そのくせ、訓練中は絶対に水分を取らせてくれない。
昭和の熱血教師もびっくりだ。
水が欲しい。
とにかく何でもいいから、何か飲み物を...
快適な引きこもり生活を送ってきた俺は開始五時間程はなんとか地獄の訓練にしがみついていたが、七時間を経過したところで強烈なめまいに襲われ床に手をついた。
あの筋肉バカめ、俺達を殺す気かよ。
もう少し、まともな訓練メニューを
考えやがれっての!
小花代と約束を交わしてから俺は訓練に積極的に参加するようになった。
他のやつが訓練をサボったとしても神器の力でどうにかなるのかもしれないが俺はそうじゃない。
神器を持たない俺は死ぬほど鍛えてせめてベルトランくらいにはならないと、小花代を守るどころか他の勇者の足手まといになってしまう。
くそっ!こんな所で挫折してられっか!
根性で立ち上がる。
こんなときでも神楽代達は果敢にベルトランやシルバに打ち込んでいた。
なんで神様はこんなにも不平等なんだよ畜生。
生まれて初めて神様と自分の引きこもり属性に後悔する。
小学校の時はそれなりに運動できる方だったのにな。
これじゃみる影もないじゃんか。
どうやら、剣道だけでは運動不足を解消できなかったらしい。
震える手で地面に転がる木刀を握り直し再びクソ教官に向かって走り出した。
八時間後
訓練場には咳き込む音と深呼吸する息の音だけが響いていた。
誰も喋らない。いや、正しくは『喋れない』だろうか。
肺が酸欠で呼吸するのが精一杯なのだ。
し...死ぬ..。
訓練が終わった後ベルトラン達は「飯だ。飯だ。」と叫びながら颯爽と訓練場を出ていってしまい、残された生徒は全員その場につっぷした。
今すぐにでも水が欲しいのだが、呼吸すらままならないのに飲み物を飲んだら二秒で窒息死する光景が容易に想像できる。
しばらくして数人がノソノソと起き始める。
「俺明日死んでるかもしれない。」
「ハハ、奇遇だな。俺もだぜ。」
結局考えることは皆同じらしい。
いや、この表現も少し違うな。正しくは『並みの勇者達は皆同じらしい。』だ。
辺りを見渡す。
ほとんどのやつらが疲れはてている中、神楽代とその相棒、道又仁だけは少量顔に汗を浮かべるだけで楽しそうに話していた。
確かあいつも俺と同じAランクだったよな。
なんであんなに余裕そうな顔してんだよ。
軽く嫉妬してしまう。
そりゃもちろん、一年以上幽霊部員をしてきた俺とボクシング部で毎日コツコツと練習し、県選抜に選ばれて名高い大会に引っ張りだこの彼では、圧倒的な体力差がつくのは当たり前なのだが...
「...いい筋肉じゃねぇか、こんやろう。」
もう諦めた。ここは素直に称賛してやろう。
二人の回りにいる他の男子もなかなかのスポーツマン揃いだ。
神楽代ブラザーズ恐るべし。
そして、神楽代ブラザーズ以外にもう一人地獄の訓練を終えても平気な顔したやつがいる。女帝 綾崎様だ。
女子生徒のほどんどはどちらかというと魔力総量が高く、クリスとの魔術訓練に参加しているのだが、綾崎様自身男子以上のずば抜けた運動能力と感の鋭さを持っているので取り巻きの下女どもと一緒に男子達とベルトランとの訓練に参加されているのだ。
それでも数人生徒の数が少ない。
その主な理由は帰還組だ。
帰還組は委員長をはじめとした男女五人。
帰還日の朝早く魔術師団のアルバに連れられ元の世界に帰っていった。
帰っていった皆が皆、元の世界にやり残したことや、待っている人がいた。だから、彼らが元の世界に帰ると言い出した時も誰も責める人はいなかった。
その昨晩にはクラス全員で送迎会を開いて騒ぎに騒ぎ散らしたのを覚えている。
そして、委員長には個人的に一つお願い事を頼んでおいた。
それは、俺の家族に俺がどうなったかを伝えてほしいというものだ。
まあ、多分行方不明になっていたクラスの生徒が現れたとなればすぐに全国版で放送されて、その時に、委員長達が体験したことと全員の無事を報告するだろうからあんまり心配はしていないのだが......
もう一つ、余談になるが、俺が綾崎に『様』をつけているのは彼女を心の底から尊敬しているからである。
俺と小花代の中を取り持つために自らが悪役になって励ましてくれるなんて。
もう、マジで感謝しかないっす。
「ん?」
綾崎様と一瞬目が合う。
が、すぐに視線を外される。
なんだ?照れくさいのだろうか?
一応敬礼しておこう。
「なにやってんだ、あいつ?」
「神器が貰えなかったから、遂におかしくなったのか?」
「おい、聞こえちゃうかもしれないだろ!やめとけって。」
「大丈夫だろ。小声で話してるんだから。」
周囲から冷たい視線が突き刺さる。
召喚の儀を行ってからクラスメイトや城の侍女からあからさまに俺は避けてられている。と言うよりかは卑下されている。
バリバリ聞こえてるっつうの。
ていうか、今神器関係ないじゃん。
多少むかつくが、こんなときこそ冷静に。
伝承が本当だとすれば、Aランクの俺がここで声を荒げて怒っても、おそらく神器を持っているあいつらには勝てない。
そもそも俺はむかつくやつらを見返すために訓練に参加しているわけじゃない。
大切な人を守れる力をつけるために参加してるんだ。
今問題を起こせば、それこそ小花代を悲しませるだけだ。
俺もそこまでバカじゃないさ。
強く睨んでやる。
「うっ...」
「は、早く行こうぜ...」
そうすれば、案外簡単に退散してくれる。
今俺にできるのはこれくらいだ。
「俺も食堂いこ。」
ため息をついて立ち上がる。
そして、食堂の方に向かって歩き出した時...
「待ってくれ京くん。」
「ん?」
背後で誰かが呼び止める。
「俺と少し話しをしないかい?」
振り返るとそこには神楽代が立っていた。




